旅行貯金

2005年9月24日

上洛のおまけで五新線へ…

2002年、念願の山鉾巡行を無事見ることができたものの、尋常ではない混雑に気が滅入ってしまい(^^;、ふと思いつきの乗り歩きに出ることにしました(^^)。まず最初に近鉄線の南大阪線系列で乗り残しとなっている「御所」「長野」「道明寺」の3線を押さえてしまおうと思い立ち、四条から京阪電車に乗って丹波橋へ出て、ここから近鉄に乗り換えます。

ホームに入り時刻表を見ると橿原神宮行き特急がくるようなので、特急券券売機に行こうとしたものの、落雷で一時不通になっていたため運休とのこと。やむなく次の奈良行き快速急行で西大寺を目指します。

途中落雷現場となった小倉駅そばの踏切で徐行をしたものの、あとは比較的順調に走りあっと言う間に西大寺…のはずが、山田川付近から数分おきに走ったり止まったりの状態になってしまいました。車内巡回に来た車掌さんによると、落雷の遅延によって京都線、奈良線ともに電車が数珠繋ぎになってしまい、西大寺に入線できないのが原因とか。もうどうにもならないので、おとなしく到着を待ちます。

そして走る、止まるの状態を繰り返すこと30分強、やっと西大寺に到着。次の手を打つために駅員さんに橿原神宮前に向かう電車を問い合わせると、とりあえず普通列車が先発するそうなので6番ホームへ移動し、入線してきた電車に身をゆだねます。
さすがにこちらは影響がほぼ解消したようで、かなりいい勢いでかっ飛んで行きます。

何とか最後まで抑止がかからず、無事に橿原神宮前に到着。ここから南大阪線の2両編成ワンマン電車に揺られて尺土に移動。続いて御所線に乗り換えて近鉄御所に向かいます。

近鉄御所に着いてからは、薄暗いアーケードと狭い商店街を通り抜けて和歌山線の御所へ。ここで時刻表を眺めて今後の行動を検討した結果、まもなくやってくる和歌山行きで橋本に向かうことに。相変わらず路線に見合わない105系のロングシートに深々と座り、先を目指します。

途中五條で「阪本線」のバスの姿を発見。近々廃止になるという噂もあるため、どうしようかと悩むうちに電車は出発。その後もあれこれと悩むものの、あっと言う間に目的地の橋本に到着してしまいました。とりあえず駅前に出て、喫茶店で遅めの昼食をとります。

お腹を満たし駅に戻って時刻表を眺めているうちに、やはり五條へ戻るべきという結論が出たので、まもなくやってきた王寺行きの電車に乗り込みます。

五條に到着し、バスの時刻表をチェックするとまもなく到着の模様。待合室の様子や運賃表を眺めてフラフラしているうちにバスが入線。しかも今や全国でたった1台となってしまった日野車体のいすゞCJM500が登場(^^)。早速乗り込んで車内観察をしながら発車を待ちます。

そしてまもなく、乗客は私を含めてわずか3人という状態で五條駅を出発。懐かしい特有のエンジン音を響かせて国道をしばらく走って行きます。

五條病院バス停を過ぎると専用道入口の看板が登場。いよいよ「線路上」を走るようです。急な坂道を登って行くと進行方向右側から築堤が現れ、そしてその高さに達するといよいよ「線路上」に突入します。ここからは道路にしては緩いカーブと勾配になり、バスの唸りもおさまります。一般道との交差点部分はあきらかに踏切を意識した作りになっていて、もしやレールバスに乗っているのか?と思ったほどです(^^ゞ。その後の各停留所や、トンネル、橋なども独特の雰囲気があり、周囲の風景の良さもあって飽きない旅路となります。

五條駅を出て30分ほどで終点の城戸「駅」に到着。ここは数年前にうちの車でやって来たことがあるのですが、その当時と全く変わっておらずホッとします(^^)。折り返し時間を利用して「駅」構内を散歩して時間をつぶします。

城戸駅構内

城戸駅の運賃表

城戸駅の駅名標

そして折り返しのバスで再び今来た道を戻り五條駅へ。再び和歌山線で橋本へ向かいます。

橋本からは南海高野線に乗り換え。時刻表を見ると大型車による急行電車だそうで、時間間近になって難波方から6001系が入線してきました。ちょっと懐かしい雰囲気のエンジ色ロングシートに身をゆだねて紀見峠を越えていきます。

河内長野からは近鉄長野線のあべの橋行準急に乗車。道明寺で下車し南大阪線系統最後の路線である道明寺線に乗り換えます。2両編成のワンマン電車に揺られること5分で終点の柏原に到着。あとは大和路線の電車に乗って天王寺へ向かい、天王寺からは地下鉄谷町線で今宵の宿のある天満橋へと一直線。やたらと濃い1日を無事終えました(^^)。


翌日は午前中京都へ戻り市内の散策をし、午後から阪急線の乗り残しをやっつけに行きます。河原町の新福菜館で昼食を取って阪急京都線特急に乗車。久しぶりの6300系に感激しながら一路十三を目指します。

神戸線・伊丹線と乗り継いで阪急伊丹に寄り道。ここはかつて阪神大震災で駅が崩壊したそうで、駅ビルにもその旨の説明が書かれていました。しばらくその当時の映像を思い出しながら、駅前を一巡します。

折り返しの電車でいよいよ最終地点の甲陽園を目指します。夙川から線内折り返しの電車に乗り、単線の登り勾配をゆるゆると上っていくこと数分、終点の甲陽園に到着。10年以上前に初めて京都線に乗って以来少しずつやっつけてきた阪急線も、これで全線完乗と相成りました\(^_^)/。

駅前のバスから阪神西宮行きの阪神バスに乗車。大形の標準尺車が恐ろしく狭い道を走り抜けていくのが面白く、つい車窓に見入ってしまいます。そして阪神西宮駅に着いてから1局立ち寄って、阪神電車で梅田方面へ向かいます。電車内で時計を見るとまだ若干の余裕があるので、突如尼崎で下車。西大阪線と大阪環状線を経由し、弁天町へ。ここから中央線・御堂筋線と乗り継いで新大阪に向かいます。

駅構内で会社へのおみやげなどを購入し、18時ちょうどのこだまに乗車。ここ数年定番化している100系2階グリーン車でくつろぎながら帰京の途に着きました…

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2005年8月31日

幕末から維新をたどるとっても鉄な旅

1999年7月22日~26日にかけて、夏恒例の乗り歩きの旅へと出かけてきました(^^)。今回の目的は中国地方のローカル線のおっかけと「るろ剣の世界」に浸る(^^;ことでした。
なおこのページの写真の一部に白黒のものがありますが、これは実際白黒にて撮影したものなので異常はありません。

7月22日は仕事が終わって一服してからの出発となりました。今回の旅の始まりは寝台特急出雲号。今話題のサンライズは帰りに乗る予定だったのであえて敬遠をしたのです。しかしこの出雲号、夏休みでありながらかなりすいており、昨今の夜行列車凋落の様子をかいま見ることとなりました(;_;)。

23日は浜坂あたりで目が覚めました。車内販売のかにずしを朝食とし、松江到着までのひとときを車窓を眺めながら過ごします。天気はいまいちパッとせず、晴れたり曇ったりという状態が延々と続きます。

松江からは木次線直通備後落合行きに乗り換え。たった1両のディーゼルカーでしかもロングシートという悪夢のような状況に一瞬くらくらっとしました(^^;。そんな状況にくじけることなく、木次線の風光明媚な車窓を楽しみます。

途中の「三段スイッチバック」出雲坂根駅では延命水を飲み、ちょっとだけ長生きできるような気分を味わいました(^-^)。小休止の後スイッチバックを無事越えると今度は駅の見える所やおろちループの側で徐行をするという大サービスが行われ、私も写真を撮らせてもらいました。
#この時の運転士さんの粋な計らいには本当に感謝です(^-^)。


木次線 キハ120

出雲坂根駅 延命水

奥出雲おろちループ

そして備後落合からは懐かしの気動車急行「ちどり」(もちろんキハ58(*^^*))で三次へ進み、この旅で唯一の旅行貯金活動へ出ます。運良く駅周辺に2局あり、予想外の収穫でした(^^;。
この後は今回の旅一番の難所、三江線制覇となります。途中では乗客が自分一人になったり、石見川本では30分に及ぶ長時間停車を味わったりと、ローカル線の雰囲気をたっぷりと楽しみました(^^)。

もう真っ暗闇となった江津からは山陰本線を西に進み、浜田で一度乗り換えをしたのち益田に到着。この日はここで打ち止めとなりました。

翌朝は山口線の始発列車で津和野まで1往復し乗りつぶしの記録を伸ばします。再び益田へ戻ってからは山陰本線に乗り換え、念願の萩へ向かいます。

1時間ほどで東萩駅に到着し、駅前のレンタサイクルを借りていよいよ街歩きに出ます。萩城址に「るろ剣」でおなじみの高杉晋作、桂小五郎の生家などを見学し、幕末の萩をたっぷり味わいました。しかもありがたいことに、街自体をあまりいじり回していないため、かつての武家屋敷で使われていた壁などがうまい具合にくすんでいて好感が持てました(^-^)。

高杉晋作の家

桂小五郎(木戸孝允)の家

そして最後の締めに松陰神社へ行き、松下村塾を見学して駅に戻ろうとするとよりによってレンタサイクルの鍵を紛失し大騒ぎ(x_x)。もたもたしているとバスの時間になってしまうので駅まで担いで持ってかえることにしました(^^;。

松下村塾

なんとかバスの時間前に駅へ戻り着き、レンタサイクル屋のおじさんに事情を話すと「電話してくれれば合い鍵を持っていったよ」と言われて我に返りました(爆)。これこそ「骨折り損のくたびれ儲け」という感じでした。

返却手続きを終えて今度はバスで津和野へ向かいます。東萩駅からバスに乗ったのは何と私一人でしたが、その後バスセンターから大量の乗車がありました。しかしながら停留所ごとに人は減り、途中の吉部というバス停で再び私だけになりました。ここで時間調整の小休憩があり、お茶を飲んで一服します。そして運転士さんからエアコンのガスが抜けているとの説明があったため、窓を全開にして綺麗な空気を吸いながらの旅路となります。この後途中乗降は一切無く、時間通りに津和野駅に到着しました。運転士さんからお詫びの一言がありましたが、こちらとしては快適なドライブが出来たのでお礼を言ってバスを降りました(^-^)。

津和野の滞在時間もさほどないため、こちらもレンタサイクルで町中をふらふらと走り回ります。先ほどの萩に比べると手を入れてしまっているため妙に真新しい感じがするのは残念でしたが、それなりに趣はあったのが救いでした。

森鴎外旧宅を見た後再び駅へ向かいます。途中神社の横を通りかかるとなにやら人だかりがあったので立ち寄ってみると、30分後にかの有名な鷺舞をやるとのこと。まさか生で見れると思っていなかったので待つことにしました。

そして時間になると、優美な鷺舞が始まりました。やはりブラウン管を通して見る舞とは違い、美しい中にも力強さがあり、思わず見入ってしまいます。そんなうちに列車の時間が迫ってきたため、最後まで見れないのが残念でしたが駅へ戻ります。

レンタサイクルを返却し、お土産を東京に送ります。一段落して改札待ちをしていると、先ほどの鷺舞の一行が駅前に現れ、今度はここでお披露目をしてくれました。今度は先ほどよりもいい場所にいたので、舞の様子がゆっくりと見れました(^^)。

そして20年越しの念願である「やまぐち」に乗り込みます。以前はブルーの12系だったのですが、今はレトロ調の客車に変わっており、しかも今日は特別にマイテ49連結にC56+C57重連という極めて豪華な編成になっていました\(^o^)/。

C56の「やまぐち」

マイテ49

時間になると力強いドラフト音と共にゆっくりと列車は動き出しました。今回は重連ということで、加速・減速のタイミングをとる汽笛があり、C56とC57の微妙な音の違いをたっぷりと楽しめました(^-^)。

向かい側に座った年輩のご夫婦からお菓子を戴き、お話をするうちに山口に到着。ふとガイドブックに目を通すと何とも興味深い町で、次に来るときは1日歩く時間を設けたくなりました。

再び走り出すとほどなく終点の小郡に到着。 今宵の宿にチェックインし、荷物を降ろして小野田線乗りつぶしへ。宇部経由で居能へ入り、ここから小野田線へ入ります。少ししてやってきた電車はクモハ123で、小野田港辺りで花火があるため満員状態(x_x)。しかも中高生達が出口付近に固まるため乗るだけでも一苦労でした(-_-;。
#この辺はどの地方でも同じよ良からぬ慣習ですね…。

そのご一行が花火会場近くの駅で下車すると今度は空気輸送一歩手前という状況に代わり、先ほどまでの盛況がウソのように感じました(^^;。
小野田に到着後はそのまままっすぐ小郡へ戻り、明日の早起きに備えて早めに床へ着きました…。


翌朝は宇部線の始発電車に乗り宇部新川へ向かいます。目的は言うまでもなくクモハ42の出庫列車に乗るためです。せっかく乗るので、1分でも長く乗ろうと多少無理をした訳です(^^;。

クモハ42 長門本山駅にて

時間になるとがらがらと音を立てて扉が閉まり、そして魂を揺さぶるようなツリカケサウンドが車内に響き始めました。あまりに感動して思わず卒倒しそうになりましたが、気を取り直して久々の旧型国電の旅を楽しみます(^^)。

長門本山の折り返しでは撮影タイム。一緒に乗っていた同業者の皆さんたち(^^;があちこちに散らばっていきます。目的を果たして車内に戻ると運転士さんが乗車記念証を渡してくれると言う嬉しいハプニングが(^-^)。これはもう家宝にするしかないですね。

雀田到着後は居能、宇部経由で徳山をめざし、徳山からは岩徳線の乗りつぶしを敢行します。車中で時刻表を広げると当初予定よりも1時間早く行動しており、この列車の終点岩国から錦帯橋に立ち寄ることとしました。

錦帯橋

岩国市営バス いちすけ号

駅前から市バスに乗り、20分ほどで錦帯橋のたもとに到着。長らく写真でしか対面できなかったこの橋とついに対面を果たしました\(^o^)/。ゆっくり噛みしめるように橋を一往復し、再び駅へ戻ります。ちょうどバス停に戻ると岩国市営の名物バス「いちすけ号」が停車しており、慌てて飛び乗ります。このバスはかつて岩国に走っていた路面電車(戦前に廃止になったとか)の跡を走っているそうで、思わず目を皿にして町並み観察をしてしまいました(^^;。

再び山陽線に乗り込み、数年ぶりの広島市内へ。今回は可部線の乗り換えのため横川で下車し、ホームで列車を待ちます。ここも毎度おなじみ105系が現れ、可部まではサクサクと進んできます。いよいよここからは運転本数も激減し、今度の三段峡行きを逃すと大騒ぎになるので入線と同時に乗り込みます(^^;。

可部から先は、都会の風景から一転ローカル線の色が出てきてのんびりした空気になってきました。もう少し涼しければ窓を全開にして楽しみたいくらいです。

暫くのほほんと車窓を眺めているうちに終点の三段峡に到着。かつては浜田を目指した線路も駅のすぐ側でとぎれていて、ちょっと寂しい気分になりました…。

駅前で会社の先輩に戦果報告の電話をしているうちにバスが入線。話し終わってから「外周席」を陣取り車窓を楽しみます。そして戸河内からは何と中国道に乗り、80km/hという路線バスとしては最高のスピードを味わいます。自分の車の80km/hと違って迫力があり、ちょっとドキドキしてしまいました(^-^;。

広島市内に入り一般道に入ってからも途中からの乗車はなく、ほぼ定刻にバスセンターに到着。ここから広島駅までは広電に乗車します。自分としては京都市電が来ることを願っていましたが、残念ながらやって来たのは大阪市電。先に進まなくてはいけないので飛び乗りましたが、その後追っかけてきたのが何と京都市電!!! 悔しくて仕方ないのでいずれリベンジを果たすことを誓い、再び山陽線に乗り込みます。

この先は乗り残しになっていた呉線経由で糸崎へ。運良くクロスシート車だったので、海側に席を取って外を眺めます。噂通りの素晴らしい車窓に思わず見とれてしまいました(^^)。糸崎に着く頃には日も暮れ、あとは岡山を目指すだけとなりましたが、ふと尾道ラーメンの存在を思い出しふらりと途中下車をしました(^^;。案の定駅前に取り扱っているお店があり、キビナゴの天ぷらをおかずに背油入りのラーメンをしっかり楽しみました(^^)。

その後岡山に向い、サンライズ入線まで岡山電軌の乗りつぶしを敢行し時間つぶしをします。すべて乗り終えて駅に戻ってくるといよいよこの旅最後の列車になる「サンライズ」に乗り込みます。登場して1年目にしての乗車ですが、もう疲れもピークを迎えているため車内をちらりと見物した後床に着きました(^^;。


「サンライズ」 東京駅にて

と言うわけで、旅が終わって1ヶ月半経ってやっと完結しました(^^;。またまた駆け足の紀行文になってしまいましたが、ぜひご感想をお寄せください。

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2005年8月24日

ついにJR九州制覇!!

1998年9月10日~15日にかけてちょっと遅めの夏休みを頂き、九州へと出かけてきました。今回の旅では初のJR1社の完乗という大変なタイトルがかかっているため、計画もかなり入念に行われ、現地では「タイムアタック」が登場するなど、かなり苦戦を強いられましたが、1998年9月15日 筑豊本線6542Dに乗車、10時59分若松駅に到着し、無事JR九州全線完乗を達成しました\(^o^)/。

今回久しぶりに写真を撮りましたので、報告がてら紹介したいと思います(^^)。

tsubame
JR九州ご自慢のつばめ型電車です。今回の旅ではまず初日の夜に「ドリームつばめ」(何とグリーン車に乗りました)、そして3日目の「にちりんシーガイヤ」と2回乗車できました。
「にちりんシーガイヤ」ではビュフェを利用し、なかなかおいしいチーズケーキとコーヒーを味わい至福の時を過ごすことが出来ました(^^)v。
今度九州へ来るときには「つばめ」のグリーン車にチャレンジ、というところでしょうか。

moji-kou
門司港駅の駅舎です。以前から評判は聞いていましたが、噂以上の重厚な作りで記念物の指定を受けたのも頷けます。
門司港駅界隈は結構このような洋館が多いとのことで、時間があれば散歩をしたかったというのが本音のところですが、今回の旅は「乗りつぶし」がメインでこの先があったので涙を呑んで諦めました(T^T)。

yoake
某乗り継ぎの始発駅、夜明の駅名表です。最近あまり見かけなくなってきた木製だったので思わず一枚撮りました(これは本音ぢゃないのでは?<私)
周囲の風景は至ってのどかで、時々田圃から鳥避けの空砲が聞こえる以外は至って静かでした。ホームのベンチに座ってのんびり風景を眺めていると日頃のイヤなことを忘れることができます(^^)v。

dc52
私の大好きなディーゼルカーの一つ、キハ20の兄弟にあたるキハ52です。これは以前南九州で走っていると言う噂を聞いたので、今回北九州で乗ることができて驚くばかりです。
この車両の後がまとして製造されたキハ40とは違って、いかにも"昔のDC"という雰囲気が漂っています。
さて、今度はいつどこでこの車両の姿を見ることが出来るでしょうか?

wakamatsu
これが私のJR九州線完乗の地、筑豊本線若松駅です。いわゆる"本線"の起点にしてはちょっと小振りな駅で、反対側の原田とともに「あれぇ?」という印象を受けました。
何はともあれ、この駅私にとっては忘れられない駅の一つとして心に残っていくことでしょう(^^)。

【今回の収穫】
 乗りつぶし完了路線:JR九州全線、西鉄全線、筑豊電鉄、甘木鉄道
 預けた局数     :吉松局、都城北原町局、伊万里局、基山局、原田局の計5局
 食べた豚骨ラーメン:佐賀市内で1杯、基山町で1杯、福岡の長浜で1杯(替え玉1)、博多駅そばで1杯

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2005年3月 4日

やはりインプレッサは良い(^-^)

今日は会社の創立記念日休みを利用して、この雪の中三浦半島まで旅行貯金ドライブに行ってきました(爆)。

本当なら日程をずらして対応をしたかったものの、レンタカーの割引券の期限に同行する友人と私自身の休みの都合があったことから、交通情報から何とか行けるだろうと判断し決行に踏み切りました。

その結果、川崎~横浜~横須賀と走るうちに雪は少しずつ収まり、横横道路の佐原ICに着く頃には地面の雪もほとんど解けていて通常の走行が可能になっていました。その後ぼちぼちと預けるうちに天候が回復し、半島内の17局(うち1局は帰宅後過去に貯金済みであることが判明(T^T))に立ち寄ることが出来ました\(^^@)/。

ちなみに今回借りた車は、今や"伝説"になった私の愛車インプレッサの「2代目」でした。予約時点では車種指定ができなかったため、このグレードならば…と狙いを定めて予約しましたが、見事期待に応えて登場してくれました(^-^)。

実際運転してみて、坂道や立ち上がりでの「苦しい」感じは噂通りだったものの、私のような街乗り中心の人間にとってはさほど大きな問題ではありませんでした。それより先代の売りでもあった「ハンドリング」や「取り回しのしやすさ」がしっかりと生き残っていてくれたことが何よりも嬉しく、やはり「私にピッタリの車」であることを再認識しました。

次に車を買うのがいつになるかわかりませんが、今回の試乗で「次期愛車候補」の筆頭に上がったことはいうまでもないと思います(^^ゞ。

【今日の“乗りました記録”】
なし

【明日の“乗ります記録”】
自宅~(東急バス、目黒線、東急バス)~実家~(東急バス、目黒線、東急バス)~自宅

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2005年3月 2日

東の川が…

一部の人の間で「聖地」とされていた東の川簡易郵便局が、この3月末で閉局されることになりました。

ここは95年に友人の誘いに乗って足を運んだのですが、その立地のすごさと独特の雰囲気があり、過去訪れたどんな郵便局よりもインパクトがあり、今でも「再び訪れてみたい局」のナンバーワン候補でした。

再訪が叶わないままになるのは残念ではあるものの、あの「すごさ」は今後も自分の心の中に残っていくことは確かです。

これから月末にかけて「最後の追い込み」をかける人が増えそうですが、ここへたどり着くまでの道のりはなかなか険しいので交通事故を起こして多大な迷惑をかける輩が出るのでは…という不安があります。どうか無事故のまま最後の日を迎えられることを心から願うばかりです。

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