幕末

2005年9月25日

幕末と市電三昧の函館

2002年夏、学生時代の友人と久しぶりに「幕末旅」に出ることになりました。今回は数年ぶりの北海道、それも幕末最後の戦争「箱館戦争」の舞台となった函館を目的地に選びました。

8月31日夕方に上野駅を出発した「北斗星3号」は定刻18時34分に函館駅に到着。以前訪れた時にはまだ残っていた連絡船へのデッキもきれいに撤去され、ずいぶん様子が変わっていました。しかも改札口には見覚えのある改札機(^^;があったりして、思わず時の流れを感じます。

駅そばのコンビニで朝食を調達し、駅待合室で手早く食べて早速出発。まずは新撰組副長、土方歳三最期の地に立ち寄ります。ここは今回の旅では絶対はずせない場所として友人共々決めていた場所で、歳三殿に敬意を表するために(笑)朝一番の訪問としました。案内板に従って歩いていくと市の施設に到着。その施設の中に歳三殿最期の地の碑がありました。ここで友人と記念撮影をし、歳三殿の遺影に手を合わせて再び旅に戻ります。

駅前から市電に揺られて、次は五稜郭を目指します。ここも幕末に関係ある史跡なので楽しみにしていました。繁華街の真ん中にある電停で電車を降りて歩くこと10分強で公園に到着。特にすごい施設があるわけではないものの、比較的しっかりした城跡で、いろいろ考えて作ったのだなぁと思わされる部分があちこちに見えました。公園内をうろうろするうちに博物館を発見したので、早速立ち寄ります。偶然箱館戦争の特別展が開かれていたため、2人揃ってじっくりと時間をかけての見学となりました。

お土産屋を冷やかした後、討議の結果トラピスチヌ修道院に行くことにしました。五稜郭電停のバス停に行き、修道院近くに行くバスを探すと少し前に出発したようで、路線図を眺めて再検討。とりあえず湯の川まで行くことにしました。
湯の川からはバスに乗り換え。どれに乗ればよいのやらと考えていると、親切な年配のご夫婦がバスの系統を教えてくれて大助かり(^^)。まもなくそのバスが来たので、お礼を言って乗り込みました。

最寄りと教えられた団地の中の停留所でバスを降り、案内板に従って山を登っていくと修道院に到着。開放的で明るい雰囲気の施設内を一通り見学をします。見学後は施設の目の前で売っていたソフトクリームを食べ一服(^^ゞ。ここで作戦会議を行い、湯の川温泉の公衆浴場で一風呂浴びることにしました。

トラピスチヌ修道院

一番最寄りのトラピスチヌ入口のバス停から市内方面へのバスに乗り、無事湯の川温泉に到着。地図で見つけた公衆浴場「日の出湯」に立ち寄ります。塩分が固まって白っぽくなっている湯船に入ると体中が痛くなるような熱いお湯でビックリ! 入る前に地元のおっちゃん達が「入れたらたいしたもんだ」と言っていたのですが、身をもってこの言葉を噛み締めました(^^;;;。

湯上がりで一服した後、市バス(今市バスはこの1路線だけとのこと)に揺られて函館駅へと戻ります。朝市近くの食堂で塩ラーメンを食べながら次の作戦を練り、碧血碑(幕府軍の墓)を詣でることにしました。

市電に揺られて谷地頭に行き、市営浴場のきれいな建物を遠目に見ながら山を登ってきます。案内板によればたいした距離ではなかったものの、きつい勾配のせいかなかなか距離が縮まらず、途中から草むした階段になったので「本当に着くのか?」という不安に駆られましたが、無事碧血碑に到着。早速手を合わせ、幕軍の霊を慰めます。

碧血碑

碧血碑を後にして、再び山を下っていきます。途中で函館八幡宮に詣でて、函館山ロープウェイ乗り場近くの護国神社に参拝。境内の隅の方にある官軍の墓地に立ち寄り、幕軍同様己の正義に身を投じ戦った志士に手を合わせます。
神社を後にし、坂道を下って宝来町電停にたどり着くと16時近く。夜の函館山登山に備えて一旦宿に戻り、しばしの休憩をします。

17時半過ぎに宿を出発し、函館駅前のバスターミナルに行きます。ここから登山バスに乗って函館山登頂を目指します。ここで偶然道内を放浪している友人と合流し、ここから3人での旅となります。
バスで山頂にたどり着くとなんと一面が霧で麓が全く見えないという事態になってました(;_;)。幸い日没までは時間があるので、奇跡を信じて待つことにします。そのうち風の流れで眺めが良くなり、間欠的ではあるものの無事「100万ドルの夜景」との対面を果たしました\(^o^)/。

函館山の夜景

無事夜景との対面を果たし、ロープウェイで下山。市電でベイエリア近辺まで移動し、函館西波止場にあるビアレストラン「はこだて海鮮倶楽部」で飲み会を催します。函館名物のイカソーメンなどに舌鼓を打ちながら、旅の話や歴史の話に花が咲き、楽しいひとときを過ごしました。

だいぶ盛り上がったものの、途中合流した友人はこの日の夜行列車で札幌を目指すそうなので、列車に間に合うような時間でお開きに。その後は市電の乗り、函館駅そばの宿へと戻り、友人をお見送りして初日の行程を終了しました。

夜の赤レンガ倉庫街

そして翌日。夜遅かった割には比較的早い時間に目が覚め、9時頃には宿を出発することができました。まずは駅近くの棒二森屋バス停から高龍寺行きのバスに乗ります。
20分ほどで終点の高龍寺に到着。停留所の名前にもなった高龍寺に参拝した後、外人墓地に立ち寄ります。横浜などに比べて小さな所ですが、やはり目の前には海が見えるなど、明るく開放感のある雰囲気なのが印象的でした。

その後先ほど乗ってきたバスに乗り、元町界隈に戻ります。路線図を見て確認した停留所の名前が間違っていたらしく、1つ先の停留所まで連れて行かれるという失敗をしましたが(^^;、徒歩行軍で何とかリカバリーします。まずはイギリス領事館に立ち寄り、明治時代の函館についての勉強をします。
続いて少し山の上にある元町公会堂を見学。今ではとても作ることのできない、何とも豪華な作りに驚かされました。

見学を終えて、建物の前でチラシを配っていたソフトクリーム屋に立ち寄り、「山川牧場のソフトクリーム」というものを食べます。何とも濃厚な味で、徒歩行軍での疲れを癒してくれます(^^)。

そんなうちに鉄分が欲しくなってきたので(笑)、麓へ降りて市電に乗ります。何と運が良いことに、元都電7000形だった1000形がやってきました。しっかり車内にもかつての車番が書かれている他、随所に都電時代の名残が見えるので、つい目を皿のようにして観察してしまいます(^^;。
終点の函館どつく前に到着後一服し、再び電車に乗って市役所前まで戻ります。

元は都電7000系だった函館市電1000系

電車を降りてからは昨日の夜も訪れた赤レンガの倉庫街へ行き、「はこだてビール」のお店でお昼ご飯にします。ランチタイムメニューのイカスミオムライスを注文すると、何ともでかいオムライスが登場(^^;。かなりの量だったようで、食べ終わった時にはお腹一杯状態でした(^^;。

食後は久しぶりの市営谷地頭温泉へ行こうという話になり、また市電に揺られて谷地頭まで向かいます。私自身はこの温泉には2度訪れているのですが、まだ建物が古い時代だったので、新しい建物になってからは初入浴となります(^^ゞ。施設はまるっきり変わってしまったものの、あの茶褐色のお湯はあの当時のままで、体の心から暖まってきます(^^)。

温泉から出て休憩室で冷たい飲み物を飲んでまったりするうちに、そろそろ空港に向かわなくてはいけない時間になりました。市電で函館駅へ戻り、空港方面のバスに乗り換えます。ここでまた作戦会議を行い、まだ少々の余裕があるという見解にたっしたので普通の路線バスを利用し、空港を目指すことにしました(^^;;;。そしてやってきたのは冷房の付いていない古参車で、懐かしい三方シートに身を委ねます。そして窓から飛び込んでくる風を浴びながら、市内の風景を眺めて空港までのひとときを楽しみます。

40分ほどで函館空港に到着。これで今回の行程はすべて無事終了となりました。あとは羽田行きの飛行機に乗って帰京の途に着くだけ。日程的には短かったものの、なかなか濃い内容になり、大満足の旅でした。

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2005年9月17日

初の「ドライブ」旅行で薩摩を堪能

2001年9月1日から3日にかけて、JASのマイレッジを利用して鹿児島へ行って来ました。今回ここを目的地にしたのは、6月の沖縄行きで見た「沖縄戦」と関連がある「特攻隊」のことを見たくなり、知覧へ行こうと思ったのがきっかけでした。その後両親が新婚旅行で訪れたという佐多岬に行こうなど、いろいろ肉付けがされていき、2泊3日の「ドライブ旅行」に発展していきました(^^ゞ。

9月1日は朝10時50分発の便で羽田を出発。いつものように居眠りをするうちに無事鹿児島空港へとたどり着きます。ここからは最終日までレンタカーでの行動となります。空港近くのニッポンレンタカーで車を受け取り、早速行動開始です。

まずは九州道でいきなり人吉を目指して北上。当初予定には入ってなかったものの、ふと「くま川鉄道」の存在を思い出したため、直前に行程へと組み入れました(爆)。東京近郊の高速道路からは想像できないような交通量であっという間に人吉に到着。ちょっと迷いながらもさほど時間をかけずに駅へたどり着きました。
ここで車を止めて、くま川鉄道の駅へ行きます。窓口で切符を買うと硬券が登場(*^^*)。つられて記念の硬券も購入してしまいました(^^;。
15時過ぎの列車で人吉を出発し、一路湯前へ。山間部にも関わらず以外と平坦な路線で、風景も近くを走る肥薩線とは異なったのどかな雰囲気が漂っています(^^)。

懐かしい雰囲気の湯前駅

くま川鉄道のレールバス

湯前に到着してから、しばらく駅前をフラフラして時間をつぶします。ふと目の前に「人吉温泉」という方向幕を出した産交バスがいたものの、ルートが全然見当がつかないので、やむなく折り返しの列車で人吉へ戻ることにしました。
人吉に戻ってからは再び車に乗り込み、先ほど見かけたループ橋にアタックすることにしました。ずーっと一般道を転がり、山間部を駆け抜けていき、やっとえびののループ橋に到着(^-^)。ちらちらとえびのの街を眺めつつ、ぐるぐると回りながら麓へと下っていきます。

その後は九州道に乗り、一路鹿児島を目指します。もう日もとっぷり暮れて、市内に入った頃には夕ラッシュの渋滞が始まってました。距離の割には時間がかかり、しかも宿の場所が全然把握できず一苦労しましたが、何とか宿を発見(^^;。駐車場に車を止め、チェックインしました(^^)。

夕食もまだだったので、とりあえず鹿児島市電乗りつぶしをした後天文館へ繰り出します。あの有名な「無邪気」の場所を確認しつつ、適当なラーメン屋で夕食(^^)。その後天文館の街の様子を見て宿に戻りました。


翌朝はちょっと早めに出発。フェリーに乗って、桜島へと渡ります。車をフェリーに乗せるのは数年ぶりで、確か初代を買った頃以来なんです(^^;。その記憶から、車検証を用意して…などと思っていたのですが、この桜島フェリーは手続きは一切無しのまま船に乗せられてしまいました(^^;。桜島港に着き、果たして運賃はどこで?と考えつつ下船すると、目の前に料金所が登場。ここで車体長を確認しながらの集金するシステムでした(^^)。

島に入ってからはまず鳥島が沈んだポイントを見学し、続いて「埋没鳥居」に立ち寄ります。ともに大正年間の大噴火で埋まったという話ですが、見ているとちょっと背筋が寒くなるものがありました。
#これだけの噴火をすれば地続きになるのも納得ですねぇ。

この足下に島が…

雨に煙る佐多岬

その後佐多岬を目指し、雨の国道をどんどん南下していきます。垂水、根占の街を通り抜け、まだか~と思ううちにやっと大泊に到着。ここからはロードパークという有料道路に入りますが、先ほどの国道を遥かに越える悪路で、所々地面がへこんでいたり、野生の猿が登場したりして参りました(^^;。そしてやっと駐車場にたどり着き、車を降りて展望台を目指します。ジャングルのような遊歩道を通り抜け、やっとの思いで展望台へ到着。そしてしばらく雨に煙る海を眺めます。天気が良ければきっと南西諸島の姿も見えたのかな~と思うと、この天気が恨めしかったです(;_;)。

展望台の売店でパッションフルーツの生ジュースを飲みながらおばちゃんとしばし歓談。そして再び車へ戻り、今度は根占へ向かい北上します。港に着き、時刻表を見るとちょうど良いタイミングの様子。乗船の手続きをして、乗船の列こ並びます。

デッキでうどんをすすり、船室でお茶を飲むうちに山川の港に到着。下船して一路指宿の砂蒸し温泉「砂楽」に立ち寄ります。浴衣に着替えて浜辺にある砂風呂へ。約10分ほど天国のような時間を過ごし、温泉で一風呂浴びて疲れを癒しました(^^)v。

温泉を出てから国道で一路鹿児島市内へ。そしてどうしても見ておきたかった「維新ふるさと館」を目指します。途中渋滞を食らい、これは時間内には無理かな?という気配が漂ったものの、何とか16時前に到着(;^_^A。西郷さんを始めとした薩摩の維新志士の資料をじっくり見学し、長州とは違った角度での幕末を勉強する事ができました(^^)。

これで日中の行程は終了し、宿へ帰着。荷物を置いてからまた市電に乗って天文館に繰り出し「くろいわ」のラーメンで夕食。その後昨日チェックをしておいた元祖白熊の「無邪気」へ行きます。そして有無を言わさず白熊を注文。自分の想像を遥かに超えるでかいかき氷が登場し、一瞬引いてしまいます(^^;。意を決して食べ始めると最後の頃は恐ろしいまでの満腹感に襲われ、帰りの市電の中ではヘロヘロになってしまいました(^^;。生まれて初めて「甘いもの」に負けた気分になりました(^^;。
#教訓:白熊をは食べる前に何も口にしないこと(爆)。
その後宿に帰ってからはしばらくひっくり返っていたことは言うまでもないと思います(^^;。


そして最終日、いよいよ最大の目的である知覧へ向かいます(^^)。指宿スカイラインに乗り、とても有料道路とは思えない峠道?を走っていきます。途中あおられながら何とか知覧インターに到着。そして一般道を転がしていくと目の前に味のある町並みが…。やっと知覧の街に到着です。ここは後ほどゆっくり見るとして、まずは特攻平和会館に立ち寄ります。ここは以前沖縄で平和祈念資料館を見て以来ずっと気になっていたところで、今回知覧へ行くことを決意させるきっかけの場所だったのです。開館まて少し時間があったので、敷地内の神社に詣でたり、遺族から寄せられたという灯籠や復元された兵舎を見学します。

特効平和会館の灯籠

特攻隊員が寝泊まりをした三角兵舎

9時の開館と同時に入館し、早速資料を1点ずつゆっくりと見学していきます。死を目前にしながら、あまりにすがすがしい表情の隊員の写真を見ると何とも切ない気分になり、改めて戦争が良くないことであるということを強く実感しました。不幸にも若くして亡くなった特攻隊員の皆さん達のためにも戦争反対の姿勢を通し、二度とこのようなことが起こらないようにしていかなくては、と決意を新たにして平和会館を発ちました。

隣にある「ミュージアム知覧」を見学した後、知覧の街へと戻ります。車を駐車場に止めて、武家屋敷の一帯へと入ります。ここは各地にある「景観地区」にありがちの「いかにも保存している」という雰囲気が全くなく、京都の美山のように「人が生活をしている」という一番理想的な状態で街が存在していました。

知覧の街並み

庭園からの眺め

案内のパンフレットに従って順番に見学をしていきますが、どこもきちんと手入れがされていて、ふっと心が和むような庭ばかりでした(^^)。古い町並みが好きな方はぜひ一度足を運ばれることをオススメできる街です(^-^)。

一通り見終わり、そろそろ空港へ…と思って時計を見るとまだ時間に余裕が。地図を見ると「加世田」という地名が目に入り「南薩鉄道記念館」の存在を思い出しました(^^;。そしてほとんど何も考えずに加世田へ向かって車を走らせていました(^^;。
少々迷いながらも何とか加世田バスターミナルに到着。横にあるスーパーの駐車場に車を止めて、記念館に行くと「バスの窓口へ」との案内が。どうやらお客さんが来た時だけ開けてくれるとのこと。バスの切符売り場へ行き、窓口のお姉さんに声をかけると早速記念館に案内してくれました。入口で入場券を受け取り、ここからは自分一人だけで資料と向かい合います。かつて鉄道雑誌の上だけでしか見たことのなかった鹿児島交通南薩線の姿がここでやっと見えてきました。しばらく思いに浸っていたものの、飛行機の時間を思い出して我に帰り、窓口のお姉さんにお礼を言って記念館を後にしました。

鹿児島交通 キハ100

その後再び国道を転がり、途中の道の駅でおみやげを買ってから指宿スカイラインへ。あとは九州道をかっ飛ばして無事鹿児島空港に到着\(^o^)/。これで薩摩の旅は無事終了となりました。

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2005年9月16日

野郎3人で京都珍道中(^^;

2001年4月28日~30日、またまた京都へ行って来ました(^^;。今回は高専の時の同期2人が同行し、「野郎三人珍道中」が展開されました(爆)。

※今回の表のテーマは「癒し」、裏のテーマは「幕末」ということで、スタート時点で何とも凶悪な雰囲気が漂っていました(笑)。

11時過ぎ、こだまで京都駅に着いて荷物をコインロッカーに預けて早速スタート。まずは京都名物の「にしんそば」を食べたいという声があったので、南座の「松葉」に向かう事にしました。しかもせっかくなのでということで、鴨川の河原に出て徒歩行軍となりました(笑)。涼しい風を浴びながら、地元の人たちに混じってのんびりと進んでいきます。
お昼少し前に四条大橋に到着。早速「松葉」に入ってにしんそばを食します。同行した友人からも絶賛のコメントがあり、まずは一安心(^-^)。

食後は四条通を東に向かい、八坂神社、円山公園を経由して霊山へ。ご存じ龍馬さんのお墓詣でます。途中維新志士のお墓を詣で、やっと龍馬さん、中岡慎太郎さんのお墓に到着。しばらく心静かにお二人の前にたたずみ、友人と熱く語って(笑)その場を離れました。
つづいて目の前の霊山資料館で幕末のお勉強。またまた熱く語り合いながら資料を見ていきます。

たっぷり幕末に浸った後は、定番の清水寺を目指します。三年坂を上がり、お土産屋の前をフラフラ歩いていきやっと到着。拝観料を払い、舞台から市内をのんびりと眺めます。ここからの市内の眺めはいつ見ても良いものだなぁと思い、つい見入ってしまいます。

しばらくして舞台を降り、五条坂のバス停へ向かいます。ここから市バス206号系統に乗り込み、一路京大へ。ここには資料館があるということで足を運んだものの、残念ながらお休み。近くの喫茶店でお茶をして一服します。

一服した後は市バス17号系統を捕まえて次は銀閣寺へ。こちらではわびさびの雰囲気を味わいつつ境内を一巡し外へ出ます。ここからまた徒歩行軍で哲学の道を散歩。永観堂付近までひたすら歩いて、最後は東天王町にたどり着きます。市バス203号系統に乗って烏丸丸太町を経由して、地下鉄で京都駅へ。荷物を回収した後飲み屋に入り、のんびり宴を楽しみました(^^)。

翌朝は8時頃に東急インを出発。シャトルバスで京都駅まで戻ります。駅前の喫茶店で朝食を摂りながら作戦会議。そして大まかな行程が決まり、一路金閣寺を目指します。「かたつむり作戦」仕様の101号系統に乗ると道路が比較的空いている上に、急行運転のバスのため以外と早く金閣寺道に到着。早速金閣寺の拝観へ向かいます。昨日の銀閣寺に比べてやはり人手は多く、写真を撮るのも一苦労しました。

その後再びバスに乗って北大路BTに進みます。ここからは京都バス28系統で円通寺道へ。そして毎度おなじみの円通寺に向かいます。この日はお天気が良くなかった事もあって比叡山はうっすらかすんでいましたが、これもまたいい味を出していて友人も大絶賛(^^)。頑張ってきた甲斐がありました(^-^)。

この後北山駅前のラーメン屋で昼食を摂り、地下鉄で二条城へ。私自身二条城はお初だったので、ウグイス貼りの床や城の作りをじっくりと楽しみます。
城を見てからは地下鉄に乗って三条京阪へ。ここでお茶タイムをして新京極を散歩。修学旅行シーズンということもあり、いつにも増して人でごった返していて、前に進むのも一苦労でした(^^;。

京阪四条に着いてからは京阪電車に乗って東福寺に向かいます。そしてまた徒歩行軍で歩を進め、雪舟寺に立ち寄ります。ここではお茶を頼み、ゆっくり庭を眺めます。雨がしとしと降っているお陰かいつもよりしっとりとした雰囲気があり、友人二人はここがいたく気に入った様子。こちらも足を延ばした甲斐がありました(^-^)。

拝観終了後は鳥羽街道駅へ向かい、今回の京都歩きは無事終了となりました。京都はいつも一人歩きばかりでしたが、たまには友人とのんびり歩くのも悪くはないなぁ、と改めて思った、今回の旅でした。

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2005年8月31日

幕末から維新をたどるとっても鉄な旅

1999年7月22日~26日にかけて、夏恒例の乗り歩きの旅へと出かけてきました(^^)。今回の目的は中国地方のローカル線のおっかけと「るろ剣の世界」に浸る(^^;ことでした。
なおこのページの写真の一部に白黒のものがありますが、これは実際白黒にて撮影したものなので異常はありません。

7月22日は仕事が終わって一服してからの出発となりました。今回の旅の始まりは寝台特急出雲号。今話題のサンライズは帰りに乗る予定だったのであえて敬遠をしたのです。しかしこの出雲号、夏休みでありながらかなりすいており、昨今の夜行列車凋落の様子をかいま見ることとなりました(;_;)。

23日は浜坂あたりで目が覚めました。車内販売のかにずしを朝食とし、松江到着までのひとときを車窓を眺めながら過ごします。天気はいまいちパッとせず、晴れたり曇ったりという状態が延々と続きます。

松江からは木次線直通備後落合行きに乗り換え。たった1両のディーゼルカーでしかもロングシートという悪夢のような状況に一瞬くらくらっとしました(^^;。そんな状況にくじけることなく、木次線の風光明媚な車窓を楽しみます。

途中の「三段スイッチバック」出雲坂根駅では延命水を飲み、ちょっとだけ長生きできるような気分を味わいました(^-^)。小休止の後スイッチバックを無事越えると今度は駅の見える所やおろちループの側で徐行をするという大サービスが行われ、私も写真を撮らせてもらいました。
#この時の運転士さんの粋な計らいには本当に感謝です(^-^)。


木次線 キハ120

出雲坂根駅 延命水

奥出雲おろちループ

そして備後落合からは懐かしの気動車急行「ちどり」(もちろんキハ58(*^^*))で三次へ進み、この旅で唯一の旅行貯金活動へ出ます。運良く駅周辺に2局あり、予想外の収穫でした(^^;。
この後は今回の旅一番の難所、三江線制覇となります。途中では乗客が自分一人になったり、石見川本では30分に及ぶ長時間停車を味わったりと、ローカル線の雰囲気をたっぷりと楽しみました(^^)。

もう真っ暗闇となった江津からは山陰本線を西に進み、浜田で一度乗り換えをしたのち益田に到着。この日はここで打ち止めとなりました。

翌朝は山口線の始発列車で津和野まで1往復し乗りつぶしの記録を伸ばします。再び益田へ戻ってからは山陰本線に乗り換え、念願の萩へ向かいます。

1時間ほどで東萩駅に到着し、駅前のレンタサイクルを借りていよいよ街歩きに出ます。萩城址に「るろ剣」でおなじみの高杉晋作、桂小五郎の生家などを見学し、幕末の萩をたっぷり味わいました。しかもありがたいことに、街自体をあまりいじり回していないため、かつての武家屋敷で使われていた壁などがうまい具合にくすんでいて好感が持てました(^-^)。

高杉晋作の家

桂小五郎(木戸孝允)の家

そして最後の締めに松陰神社へ行き、松下村塾を見学して駅に戻ろうとするとよりによってレンタサイクルの鍵を紛失し大騒ぎ(x_x)。もたもたしているとバスの時間になってしまうので駅まで担いで持ってかえることにしました(^^;。

松下村塾

なんとかバスの時間前に駅へ戻り着き、レンタサイクル屋のおじさんに事情を話すと「電話してくれれば合い鍵を持っていったよ」と言われて我に返りました(爆)。これこそ「骨折り損のくたびれ儲け」という感じでした。

返却手続きを終えて今度はバスで津和野へ向かいます。東萩駅からバスに乗ったのは何と私一人でしたが、その後バスセンターから大量の乗車がありました。しかしながら停留所ごとに人は減り、途中の吉部というバス停で再び私だけになりました。ここで時間調整の小休憩があり、お茶を飲んで一服します。そして運転士さんからエアコンのガスが抜けているとの説明があったため、窓を全開にして綺麗な空気を吸いながらの旅路となります。この後途中乗降は一切無く、時間通りに津和野駅に到着しました。運転士さんからお詫びの一言がありましたが、こちらとしては快適なドライブが出来たのでお礼を言ってバスを降りました(^-^)。

津和野の滞在時間もさほどないため、こちらもレンタサイクルで町中をふらふらと走り回ります。先ほどの萩に比べると手を入れてしまっているため妙に真新しい感じがするのは残念でしたが、それなりに趣はあったのが救いでした。

森鴎外旧宅を見た後再び駅へ向かいます。途中神社の横を通りかかるとなにやら人だかりがあったので立ち寄ってみると、30分後にかの有名な鷺舞をやるとのこと。まさか生で見れると思っていなかったので待つことにしました。

そして時間になると、優美な鷺舞が始まりました。やはりブラウン管を通して見る舞とは違い、美しい中にも力強さがあり、思わず見入ってしまいます。そんなうちに列車の時間が迫ってきたため、最後まで見れないのが残念でしたが駅へ戻ります。

レンタサイクルを返却し、お土産を東京に送ります。一段落して改札待ちをしていると、先ほどの鷺舞の一行が駅前に現れ、今度はここでお披露目をしてくれました。今度は先ほどよりもいい場所にいたので、舞の様子がゆっくりと見れました(^^)。

そして20年越しの念願である「やまぐち」に乗り込みます。以前はブルーの12系だったのですが、今はレトロ調の客車に変わっており、しかも今日は特別にマイテ49連結にC56+C57重連という極めて豪華な編成になっていました\(^o^)/。

C56の「やまぐち」

マイテ49

時間になると力強いドラフト音と共にゆっくりと列車は動き出しました。今回は重連ということで、加速・減速のタイミングをとる汽笛があり、C56とC57の微妙な音の違いをたっぷりと楽しめました(^-^)。

向かい側に座った年輩のご夫婦からお菓子を戴き、お話をするうちに山口に到着。ふとガイドブックに目を通すと何とも興味深い町で、次に来るときは1日歩く時間を設けたくなりました。

再び走り出すとほどなく終点の小郡に到着。 今宵の宿にチェックインし、荷物を降ろして小野田線乗りつぶしへ。宇部経由で居能へ入り、ここから小野田線へ入ります。少ししてやってきた電車はクモハ123で、小野田港辺りで花火があるため満員状態(x_x)。しかも中高生達が出口付近に固まるため乗るだけでも一苦労でした(-_-;。
#この辺はどの地方でも同じよ良からぬ慣習ですね…。

そのご一行が花火会場近くの駅で下車すると今度は空気輸送一歩手前という状況に代わり、先ほどまでの盛況がウソのように感じました(^^;。
小野田に到着後はそのまままっすぐ小郡へ戻り、明日の早起きに備えて早めに床へ着きました…。


翌朝は宇部線の始発電車に乗り宇部新川へ向かいます。目的は言うまでもなくクモハ42の出庫列車に乗るためです。せっかく乗るので、1分でも長く乗ろうと多少無理をした訳です(^^;。

クモハ42 長門本山駅にて

時間になるとがらがらと音を立てて扉が閉まり、そして魂を揺さぶるようなツリカケサウンドが車内に響き始めました。あまりに感動して思わず卒倒しそうになりましたが、気を取り直して久々の旧型国電の旅を楽しみます(^^)。

長門本山の折り返しでは撮影タイム。一緒に乗っていた同業者の皆さんたち(^^;があちこちに散らばっていきます。目的を果たして車内に戻ると運転士さんが乗車記念証を渡してくれると言う嬉しいハプニングが(^-^)。これはもう家宝にするしかないですね。

雀田到着後は居能、宇部経由で徳山をめざし、徳山からは岩徳線の乗りつぶしを敢行します。車中で時刻表を広げると当初予定よりも1時間早く行動しており、この列車の終点岩国から錦帯橋に立ち寄ることとしました。

錦帯橋

岩国市営バス いちすけ号

駅前から市バスに乗り、20分ほどで錦帯橋のたもとに到着。長らく写真でしか対面できなかったこの橋とついに対面を果たしました\(^o^)/。ゆっくり噛みしめるように橋を一往復し、再び駅へ戻ります。ちょうどバス停に戻ると岩国市営の名物バス「いちすけ号」が停車しており、慌てて飛び乗ります。このバスはかつて岩国に走っていた路面電車(戦前に廃止になったとか)の跡を走っているそうで、思わず目を皿にして町並み観察をしてしまいました(^^;。

再び山陽線に乗り込み、数年ぶりの広島市内へ。今回は可部線の乗り換えのため横川で下車し、ホームで列車を待ちます。ここも毎度おなじみ105系が現れ、可部まではサクサクと進んできます。いよいよここからは運転本数も激減し、今度の三段峡行きを逃すと大騒ぎになるので入線と同時に乗り込みます(^^;。

可部から先は、都会の風景から一転ローカル線の色が出てきてのんびりした空気になってきました。もう少し涼しければ窓を全開にして楽しみたいくらいです。

暫くのほほんと車窓を眺めているうちに終点の三段峡に到着。かつては浜田を目指した線路も駅のすぐ側でとぎれていて、ちょっと寂しい気分になりました…。

駅前で会社の先輩に戦果報告の電話をしているうちにバスが入線。話し終わってから「外周席」を陣取り車窓を楽しみます。そして戸河内からは何と中国道に乗り、80km/hという路線バスとしては最高のスピードを味わいます。自分の車の80km/hと違って迫力があり、ちょっとドキドキしてしまいました(^-^;。

広島市内に入り一般道に入ってからも途中からの乗車はなく、ほぼ定刻にバスセンターに到着。ここから広島駅までは広電に乗車します。自分としては京都市電が来ることを願っていましたが、残念ながらやって来たのは大阪市電。先に進まなくてはいけないので飛び乗りましたが、その後追っかけてきたのが何と京都市電!!! 悔しくて仕方ないのでいずれリベンジを果たすことを誓い、再び山陽線に乗り込みます。

この先は乗り残しになっていた呉線経由で糸崎へ。運良くクロスシート車だったので、海側に席を取って外を眺めます。噂通りの素晴らしい車窓に思わず見とれてしまいました(^^)。糸崎に着く頃には日も暮れ、あとは岡山を目指すだけとなりましたが、ふと尾道ラーメンの存在を思い出しふらりと途中下車をしました(^^;。案の定駅前に取り扱っているお店があり、キビナゴの天ぷらをおかずに背油入りのラーメンをしっかり楽しみました(^^)。

その後岡山に向い、サンライズ入線まで岡山電軌の乗りつぶしを敢行し時間つぶしをします。すべて乗り終えて駅に戻ってくるといよいよこの旅最後の列車になる「サンライズ」に乗り込みます。登場して1年目にしての乗車ですが、もう疲れもピークを迎えているため車内をちらりと見物した後床に着きました(^^;。


「サンライズ」 東京駅にて

と言うわけで、旅が終わって1ヶ月半経ってやっと完結しました(^^;。またまた駆け足の紀行文になってしまいましたが、ぜひご感想をお寄せください。

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