乗りつぶし

2008年11月23日

中之島駅

中之島駅
出町柳目指して出発です(^^)。

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2008年8月30日

夏の鉄分補給旅'08

8月8日から10日にかけて、毎夏恒例の「鉄活動」へ行ってきました。

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2008年8月 9日

久宝寺にて

久宝寺にて
これからおおさか東線に乗車します(^^)。

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2008年6月22日

副都心線開通

副都心線渋谷駅

去る6月14日、ついに副都心線が開通しました。

続きを読む "副都心線開通"

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2008年6月14日

祝!副都心線開業

祝!副都心線開業
早速乗ってみます(^^)。

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2008年3月30日

オフと乗りつぶしの週末(その2)

「小さな旅」の第2段は、今朝5時少し前からスタートしました(爆)。

続きを読む "オフと乗りつぶしの週末(その2)"

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日暮里駅

日暮里駅
これから日暮里舎人ライナーに乗ります(^^)。

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中山駅

中山駅
グリーンライン、完乗しました(^^)。

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2007年9月 2日

2007年夏の鉄旅

2007年8月3日から5日にかけ、「鉄分補給」に行ってきました。

今回は3月に路線延長となった大阪モノレールの新線区間制圧と餘部鉄橋見学、そしてキハ181の最後の"牙城"と言われる特急はまかぜ乗車を目的とし、その他はその場で適当に…という実にお気楽な行程の旅となりました。

3日の朝は早朝の南武線でスタートし、まずは川崎へ。そして西へ下る時には定番となっている「ながら」折返しの普通列車を捕まえ、リクライニングシートでじっくり体力を蓄え(睡眠をとって)静岡まで進みます。

静岡からは焼津、浜松、豊橋、岐阜、大垣と乗り継ぎと途中下車を繰り返し、米原には何と15時過ぎに到着。かつてのように"本気で"乗りつぶしをしていた時には考えられない緩やかペースで、これも「乗りつぶしの呪縛」から解かれたお陰なのかと自ら感心してしまいます(^^;。

この後は新快速で真っ直ぐ大阪へ…というつもりでしたが、特急はまかぜを捕まえるにはまだ早すぎるということで、途中の石山で下車して京阪石坂線と京津線に乗ることに決めました。
石山で下車し、何度となく歩き慣れた通路を歩いて石坂線改札を通過。ホームに降りるとまもなく電車が入線。久しぶりの石坂線の電車はいつものようにまったりゆったりの速度で琵琶湖のほとりを進んでいきます。

浜大津では乗り継ぎがうまく行き、2分で京都市役所行きに接続。スーパーカーの異名を取る800形電車は、急勾配、急カーブ続きの逢坂山を軽快に走り抜けて行きます。

山科で京阪電車と別れ、再び新快速に乗り込みます。夕方ラッシュが近づいてきたせいか先程に比べて混雑が激しくなり、大阪に着く頃には通路に人がびっしり…という状態になっていました。

大阪駅についてからは入線の時間まで駅構内をふらついて時間調整。発車10分前にホームへと戻り、入線を待ちます。
18時ちょうどの新快速を見送るといよいよ目的の列車が独特のエンジン音を奏で入線してきました。開扉と同時に乗車し、発車を待ちます。

18時06分、列車はしびれるような唸りを上げて出発。昨今のディーゼルカーとは異なり恐ろしく加速は悪いものの、一度スピードが乗り出すと安定した乗り心地となり何とも気持ち良いです(^^)。そして速度上昇とともに独特のエンジン音が車内に響き渡り、古き良き時代の国鉄特急に思いをはせながら車窓を楽しみます。

姫路で方向転換をして播但線に突入。線路条件が悪い路線にも関わらずなかなか良い速度で走り、さすがは特急という印象を受けます。

和田山からは山陰本線に。さらに線路条件が悪くなってきて、どことなく元気のない走りになってきました。それでも餘部鉄橋では「銀河鉄道のような雰囲気(知人のコメントより)」を堪能。何とも言えない幸せな気分に浸るうちに終点の鳥取に到着。大阪を出てから4時間20分という長丁場だったものの、最後まで飽きることはありませんでした。

鳥取駅にて

列車を降りた後は宿に直行。明日朝からの闘いに備え、日付が変わる前に床につきました…。


4日は5時40分に起床。パッと身支度を整え、チェックアウトします。
駅構内のマクドで朝ご飯を食べ、6時57分発の普通列車でまずは浜坂を目指します。
のどかな沿線風景とはミスマッチなキハ121に揺られること50分で浜坂に到着。20分ほどの待ち時間を経て、おなじみののキハ47に揺られ、いよいよ今回一番の目玉「餘部鉄橋」を目指します。

浜坂を発って15分程で餘部に到着。ホームに降り立ち、列車の進行方向を見ると目の前にあの餘部鉄橋の姿が…。地図などで距離が近いということはわかっていたのですが、実際にホームへ降り立つとここまで近いのかと驚かされます。

列車を見送った後、撮影名所の"お立ち台"に上がり列車の到着を待ちます。
すぐそばで撮影場所談義に花を咲かせている人たちをよそ目に(^^;周囲の風景を眺めつつ待っていると、ふと遠くから汽笛が聞こえてきました。そろそろと思いカメラを構えると、ついに列車がトンネルを抜けて橋の上に出てきました。すかさずシャッターを落とし、まもなく姿を消してしまうこの風景をしっかりと記録しました。

お立ち台から見た餘部鉄橋

撮影後は橋の下にある集落へと向かいます。決してにぎやかという訳ではないですが、何ともいえない独特の雰囲気があり、それこそ一泊してのんびりしたらさぞかし良いだろうなぁと思ったほどでした。

集落を抜けた後は近くにあった神社で、この後の旅の安全を祈り(ちなみに鈴を鳴らした時に私にとって最強の"天敵"が頭上から落ちてきて死ぬほどビックリしたというとんでもないオチもありました(^^;)、今度はかつて列車が転落した事故現場へと向かいます。

事故現場には地蔵菩薩が立てられ、その当時の事故のことが簡単に触れられています。もうかれこれ20数年も前の話ですが、落ちた列車が有名な「ジョイフルトレイン」だったこと、そしてその現場が鉄道の名所であったこともあり、今でもそのことを鮮明に覚えています。
結局その時のことが引き金になって掛け替えという話になった訳ですが、何故その時未然に事故を防げなかったのかということを考えると、何とも切ない気分になります。
亡くなられた方の冥福を祈ってその場を離れた後は、香住行きバスが来るまで橋のすぐそばにある喫茶店で一休みします。
アイスティを飲みながら外の様子を見ていると観光バスでやってきた団体さんたちが、先程までの私と同様橋の周辺をぐるぐると歩き回っていました。やはりまもなくなくなるという話を聞きつけて、どこかの旅行帰りに立ち寄っているのかもしれませんね。

バスの時間が迫ってきたところで休息を終え、バス停へと向かいます。先程の"お立ち台"を見上げるとカメラの砲列がはっきりとわかり、朝早めに来たことが正解だったということを実感させられました。

定刻になり、香住駅行きのバスが到着。初乗りとなる全但バスは期待していた古いバスではなく、こぎれいなキュービックだったのでちょっとガックリ(^^;。とはいえのんびりした雰囲気は都会の路線バスとは異なり、周囲ののどかな風景とあいまって楽しいものがあります。

15分程で香住駅に到着。目的の列車到着まで40分近くあるので、待合室でのんびりしながらこの後の行程を考えます。
当初は山陰線で真っ直ぐ京都に向かうつもりでしたが、昨日大阪モノレールに乗らなかったこともあるので大幅に予定を修正。福知山から宝塚へ抜け、阪急宝塚線の蛍池からモノレールに乗ることにしました。

10時56分の城崎温泉行き列車で再び列車の旅を再開。ここもおなじみのキハ47で、ボックスシートに身をゆだねてのんびりと風景を眺めます。

城崎温泉からは電車が走る区間となり、乗り換えたの列車は113系。ここから線路状態も格段に良くなり、速度もグンと上昇します。しかし列車本数が増えてきたため、各駅ごとに交換待ちが発生。しかも対向列車の遅れがあったようで、徐々に停車時間が延びていきます。
何となく不完全な気持ちになりかけた頃に福知山に到着。乗り継ぎ列車まで時間があるので、駅構内にある「王将」で昼食を取ります。

13時56分に福知山線篠山口行きが出発。部活の遠征帰りらしい中学生?の集団に巻き込まれ、車内はとんでもないくらいの大混雑。マナーの悪い輩もいてムカムカしていたものの、そのうちいなくなるだろうと思い我慢をして過ごします。その思いが通じたのか、終点間近になるとそのほとんどが下車して落ち着きを取り戻しました(^^)。

篠山口ではわずかの時間で大阪行きに乗り継ぎ。幸い同じホームだったので、あっさりと乗り換えができました。
221系の転換クロスに座り、しばし休息。かつて@niftyのオフ会で訪れたことのある武田尾、生瀬を通過するとまもなく宝塚に到着。ここで阪急線に乗り換えです。

15時58分発の急行に乗って20分ほどで蛍池に到着。ここでも乗り換えがスムーズにできたお陰で、万博記念公園までさほど時間をかけずにたどり着きました。

ここからは今回の旅の第二の目的である乗りつぶしです。阪大病院前を過ぎると新線区間に突入。開発中の空き地が目立つ中をゆったりまったりと走っていくと、6分程で終点の彩都西に到着。駅前にバスの乗り入れがないことを確認し、1本後の万博記念公園行きに乗車して彩都西を後にします。
万博記念公園から南茨木へ抜けた後、阪急京都線に乗って一路宿のある烏丸を目指します。茨木市で特急を捕まえるとあっという間に京都市内に突入。そして烏丸に到着しました。

駅から徒歩数分のところにある宿に荷物を預けた後は、京都在住の友人と一献。今回もおいしいラーメン屋を紹介していただいた上に、おいしいお酒と楽しいお話で盛り上がり、京都の夜は更けてゆきました…。


5日は7時半に起床。朝食を食べてからチェックアウトし、まずは「京都へ来た時の定番」である八坂神社詣でに行きます。
参拝後は今回の旅の三つ目の目的である「赤川橋梁」の見学へ向かうことにします。
京阪四条から京阪特急の2階席に座り、ちょっと贅沢な気分を味わいつつ京橋を目指します。

京橋からは「赤バス」に乗り換えます。バスは駅を出ると廃線跡とおぼしき物件のそばや普通のバスなら走らないような狭い道など、実に面白い場所ばかり走っていきます。しかしあまりにグルグル回っていたために自分がどこにいるのか見当が付かなくなり、目的地の桜宮高校についた時には何だか訳のわからない状態になっていました(^^;。

ひとまず少し落ち着いて方向感覚を取り戻し、いよいよ赤川鉄橋とご対面となります。団地を通り抜け、淀川の土手に上がると目的の橋が目に入りました。一度河原に降りて橋をくぐり、再び土手に上ると赤川橋梁の入口にたどり着きます。

何枚か写真を撮った後、橋に足を踏み入れます。鉄道橋を渡るのは福知山線廃線歩き以来ではあるものの、こちらは一般の人を通行させることを目的としているため結構しっかりした「木道」で安定感があります。とはいえ、川の中程ではちょっと強い風が吹いていて、帽子が飛ばされそうな間隔もあり、台風の時などはかなりおっかないのだろうなぁと思ってしまいました。

赤川鉄橋の真ん中あたり

歩き始めて数分で対岸にたどり着き、赤川鉄橋訪問は無事終了。次ここへ来る時は電車の中から様子を見ることになるのかな、と思いながらその場を離れました。

その後は鉄橋近くの東淡路一丁目バス停から大阪駅行きバスを捕まえ、市内中心部に向かいます。まだ昼前ということもあるので、途中天六でバスを降りて堺筋線に乗って南へ下ってみることにしました。
ガラガラの天下茶屋行き電車に揺られて10分で恵美須町に到着。ここで下車して、阪堺電車に乗ることにしました。

通天閣が見えるホームへと入り、しばらく周辺を眺めて待っているとこぎれいな電車が入線。前よりの座席に座り、のんびりとした雰囲気を楽しみます。

途中の住吉で下車し、今度は天王寺方面へ乗り換えます。時刻表を見て住吉方面からのホームへ移動しようとしたところ放送が流れ、我孫子道方面からのホームへと方向転換。そしてまもなく「雲電車」塗装の501形が入線。満50歳を迎えているにも関わらずパッと見の痛みが少なく、大事に使われていることがよくわかります。
途中で乗客をぼちぼち増やしながら電車はのんびりと進み、約20分で天王寺駅前に到着。
そろそろお昼も近づいてきたので、御堂筋線に乗ってなんばへ移動します。

なんばに着いて定番の「金竜ラーメン」へと向かいます。時間がよかったのかあまり混んでおらず、すぐに食べることができました。いつも通りに具をしっかり乗せ、汗をかきながら食します。

しっかりお腹を満たし、ふたたびなんば駅へと戻ります。時間を見るとまだ京都駅に戻るには早かったので、千日前線で野田阪神を目指します。

野田阪神で阪神電車に乗り換えて、ここからはまっすぐに梅田へと向かいます。梅田到着後はいっそ阪急でも…と思ったものの、ひとまず素直にJRに乗って京都を目指します。

京都到着後はお土産を購入し、駅構内でお茶休憩。そして15時39分発の東京行きひかりで帰京の途に着き、3日間におよぶのんびり乗り歩きの旅は無事終了となりました。

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2007年8月26日

タイトル奪還

今月上旬の関西方面遠征の紀行文を書き起こしている途中ですが、昨日また「18きっぷ」を使ってふらりとでかけてきました。
今回の目的地は今年3月に開通した仙台空港線です。この路線を片づければ再び「全線完乗のタイトルホルダー」となるため、仕事が忙しくなる前に…と思ってでかけることにした次第です。

朝は新宿6時24分発の快速「フェアーウェイ」で出発し、東北本線の鈍行列車を乗り継いでどんどん北進。そして13時39分に仙台空港駅に到着し、3月から返上していた「全線完乗のタイトル」を無事奪還しましたヽ(^o^)丿。

その後は再び電車を乗り継ぎ帰京の途に。途中宇都宮で夕飯休憩を挟み、帰宅したのは23時過ぎ。ほとんど乗りっぱなしでしたが、鉄分を満たすにはちょうど良い一日になりました(^^)。

【23日の“乗りました記録”】
自宅~(東急バス、目黒線、多摩川線)~沼部~(多摩川線、東横線、東急バス)~自宅

【24日の“乗りました記録”】
自宅~(東急バス、目黒線、多摩川線)~沼部~(多摩川線、東横線、東急バス)~自宅

【昨日の“乗りました記録”】
自宅~(南武線)~武蔵小杉~(目黒線)~目黒~(山手線)~新宿~(快速フェアーウェイ)~黒磯~(東北本線)~名取~(仙台空港線)~仙台空港~(宮城交通バス)~館腰~(東北本線)~上野~(京浜東北線)~東京~(東海道本線)~川崎~(南武線)~自宅

【今日の“乗りました記録”】
自宅~(東急バス)~武蔵小杉~(東急バス)~自宅

【明日の“乗ります記録”】
自宅~(東急バス、目黒線、多摩川線)~沼部~(多摩川線、目黒線、東急バス)~自宅

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2007年8月25日

仙台空港駅

仙台空港駅
タイトル奪還しました(^^)。

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新宿駅

新宿駅
これからタイトル奪還に向かいます(^^)。

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2007年8月 5日

阪堺電車

阪堺電車
ちょっと寄り道してみました(^^)。

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赤川仮橋

赤川仮橋
これから渡ります(^^)。

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2007年8月 4日

彩都西駅

彩都西駅
乗りつぶし完了です(^^)v。

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餘部鉄橋

餘部鉄橋
もうすぐ列車が来ます(^^)。

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2007年8月 3日

ぶれぶれ「はまかぜ」(^-^;

ぶれぶれ「はまかぜ」(^-^;
今日の締め括りは水平対向エンジンを味わいます(^^)。

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今日は

今日は
この列車で出発です(^^)。

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2006年5月16日

やっと都内全線制圧

今日は平日でないと片づけられない用事があったため、年休を取りました。
そしてその用件は朝早い時間にあっさりと片づいたため、その後は夕飯までぽっかり時間が空いてしまいました。久しぶりの平日の休みなのにこのまま家に帰ってボケーっと過ごすのはあまりにもったいないので、天気が微妙だったものの思い切って都内最後の乗り残し路線「御岳登山鉄道」の乗りつぶしに行くことにしました。

自宅最寄り駅から南武線に飛び乗り、一路立川へ。すでにラッシュタイムも過ぎたので、車内は非常にのんびりとした雰囲気です。40分ほどで立川に到着し、青梅線に乗り継いでひとまず青梅まで進みます。

青梅で乗り継ぎまで若干時間があったので、ホームから駅前の様子を観察。最近昔の映画の看板を町中に展示していることで話題になったそうで、ホームには私が生まれるずっと前の映画のポスター(レプリカだと思うのですが)の姿も見えました。こういうちょっとした遊び心もなかなか面白いので、今後もますますこだわっていってほしいですね(^-^)。

しばらくしてやってきた4両編成の電車に乗って、再び前進します。ここまで来ると周囲の風景もがらりと変わり、201系を走らせるにはちょっともったいないくらいの良い雰囲気になってきます。
ギシギシと車体を揺らしながら走ること約20分で御嶽に到着。ここからはバスに乗り換えて御岳山の麓を目指します。

御嶽駅から10分ほどでバスは御嶽ケーブル下に到着。急坂を少し上がったところにケーブルカー滝本駅があります。リフトと食事券の付いた往復乗車券を購入し、いざ乗車。周囲は中高年の集団がやかましくちょっとしんどいものの、沿線風景を眺めて気を紛らせます。

6分で終点の御岳山駅に到着。これにて東京都内の鉄道路線はすべて完乗となりましたヽ(^。^)丿。しかし元地元の東京都内の路線がこんな最後の最後まで残ってしまうとは…(^^;;;。

ケーブルカーを降りてからはリフトに乗り換えて展望台へ。雨の中のリフトということでずぶ濡れになるかと心配していたものの、係のおじさんがビニールの膝掛けを用意してくれたお陰で被害は最小限で済みました。

リフト下車後は展望食堂で昼食タイム。乗車券についていた食事券を渡し、山菜そばを楽しみます。お天気が良ければしばらくここで休憩しても良かったものの、霧で周囲の風景もほとんど見えないこともあって食後にすぐ下山することに。

再びリフトに乗って下山を始めると、少し雲が晴れて眼下に水墨画のような風景が広がります。東京からわずか40km程のところでこんな風景を見ることができるとは思いもよらず、この悪天候にほんのちょっとだけ感謝した瞬間でした。

その後はケーブル、バスと乗り継ぎ、御嶽駅へ。これで目的は無事達成したので、今日は特に寄り道をせず帰宅の途に着くことにしました…。

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そして今日の乗りつぶしにより、残された路線は最終地点のあの路線を除けばいよいよすべて東京周辺以外となります。すでに次の遠征予定も決まり少しずつ終わりを実感し始めましたが、まだ油断はできません(昨年の高千穂鉄道のような事態がありますからね…)。決して最後まで気を抜くことなく、無事Xデーを迎えられるよう頑張りたいと思います。

【昨日の“乗りました記録”】
自宅~(東急バス)~武蔵小杉~(東横線)~渋谷~(山手線)~新宿~(山手線)~渋谷~(東急バス)~本社~(徒歩)~渋谷~(東横線)~武蔵小杉~(東急バス)~自宅

【今日の“乗りました記録”】
自宅~(南武線)~立川~(青梅線)~御嶽~(多摩バス)~滝本~(御岳ケーブル)~御岳山~(リフト)~展望台~(リフト)~御岳山~(御岳ケーブル)~滝本~(多摩バス)~御嶽~(青梅線)~立川~(南武線)~武蔵小杉~(東急バス)~自宅

【明日の“乗ります記録”】
自宅~(徒歩)~新丸子~(東横線)~多摩川~(多摩川線)~沼部~(多摩川線)~多摩川~(東横線)~中目黒~(東急バス)~本社~(東急バス)~中目黒~(東横線)~武蔵小杉~(東急バス)~自宅

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御岳山駅

御岳山駅

やっと都内の路線をすべて片付けました(^^)。

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2006年5月 5日

北陸の私鉄全線完乗

というわけで、無事北陸の私鉄線乗りつぶし旅から帰ってきました。
今回は下記の“乗りました記録”にも書きました通りまさに「駆け足」状態でしたが、年内廃止の噂がある神岡鉄道ではいろりのある列車に揺られて渓谷を眺めてまったり過ごし、先日開通したばかりの富山ライトレールでは想像以上の混雑に見舞われ、北陸鉄道では元東急の7000系と再会、えちぜん鉄道では愛知環状鉄道のお古の電車に遭遇、最後の福井鉄道では名鉄美濃町線でもお世話になったことのある770系に乗車するなど、非常に変化に富んだものとなりました(^-^)。

ちなみに今回の乗りつぶし終了時点で乗車率は97.3%を突破し、いよいよ残り2%台に突入しました。残るは東北地方と中国地方の数路線、東京近郊では御嶽のケーブルとXデーに乗るあの路線だけとなりました。東北地方と中国地方は夏の18きっぷ発売期間中に訪問予定ですが、いつどの日に決行するかは仕事の状況をにらみながら決めることになりそうです。ただあまりのんびりしていると「旅割」の時期を外してしまうので、そろそろ結論を出さなくては…。

【昨日の“乗りました記録”】
~(急行能登)~富山~(高山本線)~猪谷~(神岡鉄道)~奥飛騨温泉~(神岡鉄道)~猪谷~(高山本線)~富山~(富山ライトレール)~岩瀬浜~(富山ライトレール)~富山~(北陸本線)~金沢~(北陸鉄道バス)~野町~(北陸鉄道石川線)~西金沢~(北陸本線)~福井~(えちぜん鉄道)~勝山~(えちぜん鉄道)~福井口~(えちぜん鉄道)~田原町~(福井鉄道)~武生~(特急しらさぎ)~名古屋~(のぞみ)~新横浜~(横浜線)~菊名~(東横線)~武蔵小杉~(南武線)~自宅

【今日の“乗りました記録”】
なし

【明日の“乗ります記録”】
なし

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2006年5月 4日

武生新駅

武生新駅

これにて北陸の私鉄を全て制圧しました(^-^)/。

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勝山駅

勝山駅

いよいよラストスパートです(^^)。

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富山ライトレール

富山ライトレール

大盛況です(^^)。

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奥飛騨温泉口駅

奥飛騨温泉口駅

何とも良い雰囲気の駅でした(^^)。

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猪谷駅

猪谷駅

これから神岡鉄道に乗車します(^^)。

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2006年5月 3日

急行能登

急行能登

今宵はこの列車で出発です(^^)。

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2006年4月12日

東大食って、ゆりかもめ乗って(^^;

"最後の1週間"の3日目。たまには外で昼ご飯を…ということで、出向者メンバーの方の誘いに乗って代々木近辺へと繰り出しました。そしてたどり着いたのが以前から気になっていた「しょうが亭」という定食屋さんでした。
ここはメニューに大学の名前を付けているということで有名なお店で、私は死んでも受からない学校である「東京大学」を選択。肝心の中身はヒレカツとちょっとおかずがついているというシンプルなものでしたが、味も量もまずまずで、お値段も学生さんが喜ぶ値段で大助かりでした(^^ゞ。

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その後突発で出された宿題を片づけたり、今後のためのちょっとした準備をするうちに定時になりました。今後早い時間に帰れることは少なくなりそうなので、しばらく乗れずじまいだったゆりかもめ延伸区間の乗りつぶしに行くことにしました。

新宿から埼京線に乗り込んで一路りんかい線の国際展示場へ。ここからゆりかもめ有明駅へと出て、延伸区間のみの乗りつぶしを実行します。
きれいな夜景の中をのんびりと走ること7分、終点の豊洲に到着。あっという間に課題クリアとなりました(;^_^A。

その後は時間も時間なので有楽町線~りんかい線~大井町線と乗り継ぎをして、帰宅の途に着きました。

【今日の“乗りました記録”】
自宅~(南武線)~武蔵小杉~(東横線)~渋谷~(山手線)~職場~(埼京線・りんかい線)~国際展示場~(徒歩)~有明~(ゆりかもめ)~豊洲~(有楽町線)~新木場~(りんかい線)~大井町~(大井町線)~大岡山~(目黒線)~武蔵小杉~(東急バス)~自宅

【明日の“乗ります記録”】
自宅~(南武線)~武蔵小杉~(東横線)~渋谷~(湘南新宿ライン)~大宮~(湘南新宿ライン)~職場~(山手線)~渋谷~(東横線)~武蔵小杉~(南武線)~自宅

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開通から約半月…

開通から約半月…

やっと乗りに来ることができました(^^)。

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2006年3月28日

"ひょう"に出迎えられ…(^^;

"ひょう"に出迎えられ…(^^;

関西の私鉄全線完乗となりました(^O^)/。

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摩耶ケーブル

摩耶ケーブル

神戸の町並みが眼下に広がります(^^)。

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2006年3月27日

生駒山上駅

ついに近鉄全線制覇となりました(^^)。dvc00061_ed_m.jpg

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けいはんな線

首都圏以外の路線では初めての“開通日乗車”です(^^)v。dvc00057_ed_m.jpg

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紀州鉄道

名物車両に乗れました(^^)。dvc00044_ed_m.jpg

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2006年3月 5日

やっとできた…(;^_^A

昨日は1日時刻表や鉄道の公式サイトとにらめっこしながら、関西方面の乗りつぶし計画を作成していました。
これから4月中旬までいろいろ予定が立て込むことから日程の設定に頭を抱えていたのですが、何とか「隙」を見つけて日程を決定(^^)。その後行程を考え始めると最初からかなりしんどい計画を立てていたことから再構築に一苦労(^^;。それでもかなりスッキリとした行程ができあがり、あとはけいはんな線の具体的なダイヤ発表を待つだけとなりました(^^)。
発表されたら正式な行程を作り上げ、当日に備えたいと思います(^^)。

【昨日の“乗りました記録”】
自宅~(川崎市バス)~武蔵小杉~(東急バス)~自宅

【今日の“乗りました記録”】
なし

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2006年1月22日

四国より帰還

21時ちょっと前に無事帰宅しました。
今回は羽田の雪による遅れを除けば大きなトラブルはなく、ほぼ予定通りに行程をこなすことができました(^^)。ちなみに今回の作戦完了により乗車率が95.4%となり、さらに終わりに一歩近づきました。
来るXデーに備え、今後も節約して旅費を作り出し、淡々と乗りつぶしを進めていきたいと思います(^^)。

【昨日の“乗りました記録”】
自宅~(南武線)~川崎・京急川崎~(京急本線・空港線)~羽田空港~(JAL1483便)~高知空港~(タクシー)~後免~(徒歩)~後免町~(土佐電ごめん線)~はりまや橋 ~(土佐電バス)~桟橋車庫~(徒歩)~桟橋通五丁目~(土佐電桟橋線)~高知~(特急あしずり1号)~中村~(土佐くろしお鉄道宿毛線)~宿毛~(宇和島バス)~宇和島~(特急宇和海24号)~伊予市・郡中港~(伊予鉄郡中線)~松山市~(伊予鉄市内線1系統)~大手町

【今日の“乗りました記録”】
大手町~(伊予鉄高浜線)~高浜~(伊予鉄高浜線・横河原線)~横河原~(伊予鉄横河原線)~松山市~(伊予鉄市内線1系統)~本町六丁目~(伊予鉄市内線6系統)~道後温泉(道後温泉本館に立ち寄り)~(伊予鉄市内線5系統)~松山 ~(特急いしづち16号)~高松・高松築港~(琴電琴平線)~瓦町~(琴電志度線)~八栗~(タクシー)~八栗登山口~(八栗ケーブル)~八栗山上(八栗寺参拝)~(八栗ケーブル)~八栗登山口~(徒歩)~八栗~(琴電志度線)~瓦町~(琴電琴平線)~高松築港・高松~(ことでんバス)~高松空港~(JAL1410便)~羽田空港~(京急空港線)~京急蒲田~(京急本線)~京急川崎・川崎~(南武線)~自宅

【明日の“乗ります記録”】
自宅~(南武線、目黒線)~実家~(目黒線、南武線)~自宅

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八栗ケーブル

これにて四国の民鉄全線完乗となりました(^^)。dvc00018_ed_m.jpg

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横河原駅にて

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懐かしい電車に乗れました(^^)。

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高浜駅

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朝も早くから伊予鉄乗りつぶし展開中です(^^ゞ。

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2006年1月21日

宿毛駅

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あの痛ましい事故から見事立ち直りました。
この後はバスで宇和島を目指します(^^)。

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土佐電乗車中

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この後はりまや橋まで乗れば、全線完乗です(^^)。

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2006年1月 3日

嵐の後の九州で乗りつぶし

2005年9月10日から12日にかけて、九州の私鉄線制圧の旅に行ってきました。
今回は出発直前に台風が九州地方を直撃し、乗りつぶし対象路線の高千穂鉄道の線路が流されて運休になるという番狂わせが発生しましたが、その他の路線については全く問題なかったことから早急に行程を修正し、当日を迎えることとなりました。

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【9月10日】
ワンダーラクテンチのケーブルカー
武蔵中原 508-(南武線)-522 川崎-京急川崎 539-(京急)-551 羽田空港 630-(全日空981便)-810 福岡空港 819-(福岡市交)-823 博多 840-(福北ゆたか線)-943 直方 1005-(平成筑豊鉄道)-1038 田川伊田 1052-(日田彦山線)-1056 田川後藤寺 1110-(平成筑豊鉄道)-1122 金田 1127-(平成筑豊鉄道)-1223 行橋 1231-(日豊本線)-1304 小倉 1320-(北九州モノレール)-1339 企救丘-(徒歩)-志井公園 1409-(日田彦山線)-1416 城野 1428-(日豊本線)-1449 行橋 1504-(ソニック29号)-1559 別府 1603-(タクシー)-1610 ラクテンチ下 1620-(ラクテンチケーブル)-1623 ラクテンチ上 1640-(ラクテンチケーブル)-1643 ラクテンチ下 1647-(タクシー)-1655 別府 1745-(九州横断特急7号)-2013 立野 2031-(南阿蘇鉄道)-2057 高森 2101-(南阿蘇鉄道)-2127 立野 2130-(阿蘇高原線)-2206 水前寺-(徒歩)-水前寺駅通 2216-(熊本市電)-2228 辛島町

この日の対象路線はかつての筑豊炭田を支えた国鉄の赤字ローカル線を引き継いだ「平成筑豊鉄道」と小倉駅を起点に北九州市内を走る「北九州モノレール」、さらに難所と言われる「ラクテンチケーブル」と本来は2日目に乗るはずだった「南阿蘇鉄道」の4社です。
朝5時前に川崎の我が家を出発し、全日空981便で福岡入り。福岡空港からは地下鉄、福北ゆたか線を乗り継いで直方まで向かいます。

直方から平成筑豊鉄道に乗車します。かつては乗りつぶしを開始します。ここはかつて炭坑から積み出した石炭を運ぶために敷かれた路線だったことから、一部複線区間が存在する他、行き違い出来る駅も有効長に余裕があったりと、過去の栄光が見え隠れします。当然今走っている列車はごく普通のレールバスなので、あまりに余裕がありすぎる訳ですが…。

田川伊田から1駅だけ日田彦山線を利用して田川後藤寺に移動。そして再び平成筑豊鉄道に乗ります。先ほど通過した金田駅まで一旦戻り、再び田川伊田を経由して日豊本線の行橋まで進みます。

行橋からは一度北上して小倉へ向かい、2番手となる北九州モノレールに乗車します。小倉駅のものすごい構造に圧倒されたものの、走行時の速度が実に遅く、東京モノレールになれてしまった私としてはちょっと物足りない感じがしました…(^^;;;。

終点の企救丘からはすぐそばにある日田彦山線の志井公園まで徒歩行軍で移動。先ほどから怪しげだった空模様もさらに悪くなり、ホームに入るとざんざん降りの雨に…。20分後にやってきた鈍行で城野まで北上。城野からは再び日豊本線に乗り込み、別府を目指します。
ところがここで先行する列車の遅れを受け、乗車予定の鈍行が約5分遅れで入線。行橋から乗り継いだソニックも2分遅で出発。車窓を眺めていると天候がどんどん悪化していく状況が目に見えてわかるだけに先行きが心配になります…。

今回初乗車となる「白いソニック」は革張りのシートでちょっと豪華な雰囲気。別府までの1時間をゆったりと過ごします。しかし空模様はどんどん悪くなる一方。この後の行動に影響が出なければ良いのですが…。

別府には約5分延で到着。ここから「ワンダーラクテンチ」にあるケーブルカーを目指します。駅前の案内を見たものの、バスの路線がはっきりしないため非常手段のタクシーに乗車して移動します。

ワンダーラクテンチに着いてからは早速入場券込みの乗車券を購入。10分ほどの待ち時間を経てついに乗車となります。わずか数百メートルの路線を3分で走破し乗車完了。
折り返しまでの時間どうしようか?と悩んでいたところ、駅舎内からケーブルカーの"運転士さん"が出てきて私に声をかけてくれました。そして何と駅舎内に案内してくれて、滅多に見ることの出来ない運転台や駆動部分を見せてくれていろいろ説明までしてくださいました。
ちょうど発車時間になったところで説明が終わり、お礼を述べて下山することに。後ほどタクシー待ちの時に遊園地職員の方とお話をしたところ、先ほど案内をしてくれた運転士さんはここのケーブルカー一筋ウン十年のキャリアで、鉄道好きの人が来ると喜んで案内をしてくれるとのこと。来年全線完乗を果たした際には再びここを訪れて報告をしなくては…と思いつつ、再び別府へと戻ります。

別府駅構内で夕飯を食べてから九州横断特急7号に乗車。別府出発時点では定刻でしたが、大雨の影響で下り方列車の遅延が発生し、途中最大10分強の遅れが発生(x_x)。それでも交換待ちの時間をうまく使いながら徐々に遅れを取り戻し、立野到着時には5分延まで回復してくれました。

立野からは南阿蘇鉄道を一往復。当然周囲の風景も見えないので、一番前の座席に座ってで前方の様子を眺めて過ごします。

高森から折り返しの最終上り列車に乗り再び立野へ。ここからは定刻で接続となった普通列車で水前寺まで進みます。さすがに雨も峠を越したようで、対向の列車の遅れもなくなり、定刻通りに水前寺に到着。徒歩で市電の水前寺駅通まで移動し、ツリカケのうなりが楽しい旧型車に乗って一路辛島町へ。そして電停からもほど近い宿へと転がり込み、長い長い一日の行程を無事に終えました。


【9月11日】
熊本電鉄5000系

辛島町 815-(徒歩)-830 藤崎宮前 855-(熊本電鉄)-901 北熊本 902-(熊本電鉄)-911 上熊本 918-(熊本市バス)-926 交通センター 957-(産交バス)-1027 熊本港 1110-(熊本フェリーオーシャンアロー)-1145 島原外港 1207-(島原鉄道)-1311 加津佐 1340-(島原鉄道)-1604 諫早 1637-(大村線)-1759 佐世保 1813-(松浦鉄道)-1817 中佐世保(泊)


翌11日は8時過ぎに宿を出発。対象路線は対岸の島原鉄道のみということで、懐かしい東急5000系が走っている熊本電鉄に寄り道することにしました。
とぼとぼ歩いて15分ほどで藤崎宮前に到着。10数年前に訪れた時の古めかしい駅舎は跡形もなく、パチンコ店併設のこぎれいな建物に変わっていてビックリ。狭い通路を抜けて行き、小さな改札口からホームへと入ります。

程なくしてやってきた御代志行き電車は元都営三田線の6000系。車内の吊り輪には今はなきさくら銀行の広告が貼られていて思わずニヤリ。
6分ほどで北熊本に到着。隣のホームに止まっている上熊本行きは10数年ぶりに再会する東急5000系(^^)。懐かしいえんじ色のシートに座り、長い吊り輪の揺れる様子を眺めながら、上熊本までのひとときを過ごします。
しかし楽しい時間というものはあっという間に過ぎ去るもので、10分程で上熊本に到着。名残惜しかったものの、その後の行程もあるため5000系に別れを告げ、市営バスで交通センターへ移動します。
交通センターからは産交バスに乗車。熊本港まで移動し、熊本フェリー「オーシャンアロー」で島原へ渡ります。今日は天気が穏やかなお陰で非常に快適な船旅となり、気分上々で島原外港で下船します。

港から5分程歩くと島原鉄道の島原外港に到着。古めかしい小さな駅舎に入ると女性の駅員さんから「こんにちは」と声をかけられたので、早速切符を購入します。
20分ほどで加津佐行きの列車が入線。しかしやってきたのは期待していた旧型ディーゼルカーではなく、ごく最近投入されたばかりの新型レールバス。ちょっと残念に思いながらも、山側の席に座り終始沿線に見える普賢岳と90年代の大噴火でできた痕跡を眺めながら車内でまったり過ごします。
加津佐の折り返し待ちで昼ご飯を入手し、車内でランチタイム。帰りは海側の座席に座って美しい有明海の海を眺めて過ごします。
約2時間半で諫早に到着。ここからさほど間を開けず接続を取った大村線の普通列車で佐世保まで進み、さらに松浦鉄道に乗り換えて中佐世保駅へと向かいます。
まだ日があるうちに中佐世保駅に到着。今日はここで終了とし、明日の早起きに備えて早寝することにします…。


【9月12日】
帆柱ケーブル

中佐世保 600-(松浦鉄道)-835 伊万里 900-(松浦鉄道)-926 有田 939-(みどり8号)-1100 博多 1108-(鹿児島本線)-1205 八幡 1205-(徒歩)-1225 帆柱ケーブル山麓 1230-(帆柱ケーブル)-1235 山上 1300-(帆柱ケーブル)-1305 山麓-(徒歩)-高速帆柱ケーブル 1310-(西鉄高速バス)-1422 天神・天神南 1445-(福岡市交七隈線)-1509 橋本 1515-(福岡市交七隈線)-1539 天神南・天神 1551-(福岡市交空港線)-1602 福岡空港 1830-(全日空264便)-2010 羽田空港 2024-(京急)-2033 京急蒲田 2038-(京急)-2041 京急川崎-(徒歩)-川崎 2107-(南武線)-2123 武蔵中原

最終日は朝6時に中佐世保駅を出発。途中かつての"最西端駅"たびら平戸口を通り、数年ぶりにやってきた伊万里を経由して有田まで、約3時間半の長旅となります。
有田からは久々に乗るハイパーサルーン使用の特急みどりに乗車し、一路博多へ。朝早かったせいかさすがに眠気に見舞われ、うつろうつろしながら過ごします。

博多から鹿児島本線の区間快速に乗り換えて八幡へ。徒歩行軍で帆柱ケーブルの駅を目指します。駅前からひたすら急な坂道をあがっていくと山麓駅に到着。ここからは架線が張られていないちょっと特殊なケーブルカーで山頂駅を目指します。
山頂駅に着いてからは折り返しまで時間があったので、すぐそばのリフトで山頂まで登ります。眼下には北九州の工場地帯が見えるほか、玄界灘の姿や筑豊の山々の姿も見えるなど、非常に素晴らしい眺めが楽しめました。

下山してからは西鉄高速バスで一路天神へ。道路が空いているお陰でさほど時間をかけずに天神へ到着。ここでいよいよ九州内最後の対象路線である福岡市交七隈線に乗車します。天神の地下街につながっている改札口からホームに入ると、大江戸線と同じサイズの車両が登場。こちらの方がデザインが凝っていて、狭苦しい印象がないのが特徴的です。
約25分程で終点の橋本に到着。これで先日の台風で休止となってしまった高千穂鉄道以外の九州内私鉄各線は全線完乗となりました(^^)。

その後は折り返しの電車で天神へ戻り、地下鉄を乗り継いで福岡空港に。おみやげを購入後はサクッと全日空264便で帰京…のはずが、羽田で起きたトラブルの影響で何と50分延とのこと。まさか最後の最後でこんなオチが待っているとは想像すらしていなかったので、ガックリ来たことは言うまでもないと思います…(^^;。

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いろいろトラブルに遭ったものの、無事旅を終えることができました。今回の作戦終了時点で残り未乗率は10.4%となり、だいぶ終わりが見えてきた感じがします。
今年はいよいよ「最後の詰め」をする1年になりますが、念願の完乗に向けてさらに頑張っていきたいと思います(^^)。

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2005年12月25日

浜名湖界隈を駆け巡る

2005年8月16日、この夏第4弾の乗りつぶしに行ってきました。

今回は浜名湖周辺を走る遠州鉄道、天竜浜名湖鉄道の2社と、そこからほんのちょっと足を伸ばした先にある豊橋鉄道をターゲットにしました。

朝は10日程前にも乗った川崎5時39分発の静岡行き普通列車で出発。早起きで眠気が取れないことから、静岡駅到着までほとんど眠りこけてました(^^;。

天浜線にいたピカピカのディーゼルカー

静岡駅から浜松行き普通列車に乗り換え、40分ほどで掛川に到着。いよいよここから今日の作戦開始です。天竜浜名湖線のホームに行くと、ピカピカの新車が入線していました。ボックスシートに身を委ね、発車を待ちます。

9時21分、列車はゆっくりと出発。のんびりまったりとしたペースで先に進んでいきます。途中の交換待ちでは5分以上止まることが多く、ふらりとホームに降りる余裕があるのは嬉しい限り。ここ最近忘れていた「ローカル線の良さ」をたっぷりと堪能します(^-^)。

トロッコ「そよかぜ」

天竜二俣駅では留置中のトロッコ列車「そよかぜ」を目撃。渓谷や高い鉄橋などスリリングなポインがない路線とはいえ、のんびりと風を浴びて走る列車はさぞかし気持ちよさそう(^^)。時刻表を見るとこの列車の後を追っかけてくるようですが、今回は先に予定があるので残念ながら見送ることに。次回訪れた時にはぜひ乗りたいものです(^^)。

車内でまったりしているとかみさんからメールが。何とまた首都圏で地震が発生したとのこと。慌てて気象情報を確認すると震源は宮城県沖だそうで、東北新幹線は一気に運休状態とか。しかし私のいる浜名湖界隈はまったく揺れる気配がなかったので、このメールがなかったら気づかずじまいでした。早速運転見合わせや遅延も発生してきたようなので、何とか帰りまでに列車が元に戻っていれば良いのですが…。
その後浜名湖の湖岸を走り、ますます車内はまったりした空気に。もうトロトロの状態になった頃、終点の新所原駅に到着。もうちょっとまったりしていたい気分だったものの、気持ちを切り替えて先に進みます。

東海道本線に揺られること10分で豊橋駅に到着。ここからは豊橋鉄道線乗りつぶしに取りかかります。まずは懐かしい電車が待つ渥美線から…ということで、駅前ロータリーの端っこにある新豊橋駅へ向かいます。

豊鉄で元気に走る元東急7200系

窓口で1日乗車券を購入し、ホームに入ると元東急7200系こと1800形が入線していました(^^)。ひとまず先頭車に乗り込み、発車を待ちます。車内の様子を見ると、広告や車号を除けばまるっきり東急時代と変わっておらず、目蒲線で乗っていた頃のことを思い出します(^^ゞ。
12時17分、電車はゆっくりと出発。懐かしいモーター音を響かせて、池上線を彷彿させるようなのんびりした速度で進んでいきます。

独特の作りの三河田原駅

新豊橋を出て35分で三河田原駅に到着。帰りは定番の路線バスを…と思って駅前に出ると、あまり良い情報が得られずあえなく断念。折り返しとなる13時04分の新豊橋行きに乗ることにします。

名古屋からやってきた3100形

新豊橋駅に着いてからは市内線の制圧に入ります。停留所で時刻表を見ると赤岩口行き電車がまもなく来ることがわかったため、ひとまず赤岩口駅を目指すことにします。
まもなくやってきたのは、元名古屋市電という3100形。冷房こそついているものの、一昔前の路面電車らしい内装に思わずニヤリ。運転席直後の席に座って豊橋市内の様子を眺めつつ過ごします。
途中の競輪場駅からは単線に。過去にも岐阜や高岡などで単線の路面電車というものを経験していますが、日頃世田谷線や都電のような全線複線に見慣れている私にとってはちょっと不思議な光景に映ります。

クラシックな3700形

豊橋駅から約20分で赤岩口駅に到着。停留所のすぐそばには車庫があり、カラフルな一般車に混じりクラシックな装いの3700系の姿があったので一枚パチリ。その後停留所近くにあった豊橋井原郵便局で旅行貯金を済ませ、運動公園駅へ徒歩行軍で向かいます。
途中で見つけた吉野家での食事休憩を挟み、約30分で運動公園駅に到着。直前に電車を逃したため、約15分停留所のベンチで待ちぼうけとなります。
かつて国内の路面電車が減少する一方だった昭和50年代に新たにできた路線として注目されたこの路線も、今やすっかり周囲になじんでいる様子。そんな風景を眺めていると井原駅方から元都電7000系の3500形がコトコトと走ってきました。
乗り込んで車内の様子を見ているうちに発車時間となりゆっくりと動き出しました。まだ都内でも現役で走っている車だけにさすがに懐かしいという印象は受けなかったものの、ステップを付けて終始専用軌道を走る姿はちょっと新鮮でした。

ステップが付いた元都電7000系

豊橋駅に戻り、今日の最終目的である遠州鉄道線を目指し浜松へと向かいます。駅の案内を見るとすでに発車しているはずの15時14分発の浜松行きがまだ来ていない模様。急いでホームに降りるとちょうど発車ベルが鳴り出したのでそそくさと乗り込みます。当初の予定では約20分後の浜松行きに乗る予定だったので、ここで大幅に予定が繰り上がりました(^^ゞ。

浜松駅に着き、きれいな駅前を通って新浜松駅へと入ります。とても中小私鉄とは思えない作りの良いホームに上がると、まもなく西鹿島行き電車が入線。期待していた30系ではなく1000系でした。
16時00分、電車は軽やかに出発。以前から話には聴いていたものの、12分おきの頻繁運転や電車・バス共通のICカードシステム「ナイスパス」を導入するなど、大手顔負けのサービスを目の当たりにしてビックリ。そしてそのお陰か比較的乗車率は高く、鉄道会社も攻めの姿勢が重要なんだ…ということを痛感させられました。

洒落た作りの西鹿島駅舎

驚きまくっているうちに西鹿島に到着。これで本日の作戦は無事終了となりました。途中から考えていた東名のハイウェイバスで帰宅する案を採用しようかと思っていたものの、iモードで道路情報を確認すると偉いことになっていたのでひとまず16時48分発の新浜松行きに乗って浜松駅へ戻ることに。

浜松駅に戻ってからは17時31分発の静岡行き普通列車に乗り込み、車内でいろいろ検討を実施。最終的に静岡~小田原を新幹線で移動して時間を稼ぐことにして、静岡駅で新幹線に乗り換えます。
静岡駅からは3分遅れでやってきた「こだま」に揺られて一路小田原へ。普通列車ならかなり時間がかかる区間をあっさりと通過してくれました(^^)。
小田原からは快速アクティに乗って川崎に向かうだけ。心配されていた地震の影響もすっかりなくなり、その後はまったく遅延が発生することなく自宅最寄りの駅までたどり着け、無事旅を締めくくることができました。

☆今回の作戦終了時点の残り未乗率(つくばエクスプレス含む)…17.4%☆

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出張終えて、北近畿へ

2005年8月12日から13日にかけて、この夏第3弾の乗りつぶし作戦を展開してきました。

今回はおなじみの草津出張が週末になったことから、仕事が終わった後1泊して北近畿にある難所を片づけることにしました。

12日夕方仕事が終わり、京都駅で上司、同僚と別れていよいよ作戦開始。17時33分発福知山行きの普通列車に揺られて北上していきます。車内であれこれ時刻表を眺めているうちに、明日の朝の早起きを回避したくなり(笑)急遽予定を変更することに。ひとまず綾部駅で普通列車を降りて、舞鶴線に乗り換えます。
まもなくやってきた東舞鶴行きは特急「まいづる」。わずか20分の所要時間で特急に乗るのはちょっともったいない気もしましたが、その後の行程を考慮して迷わず乗車。車内で特急券を購入してちょっと一息つきます。

20時02分西舞鶴駅に到着。乗り換え予定の北近畿タンゴ鉄道豊岡行きまで約40分あるため、駅近くの吉野家で夕飯を取って時間待ちすることにします。
駅に戻ってくるとすでに列車は入線済み。少しでも海が見えることを期待して、進行方向右側の席に座って発車を待ちます。

20時38分、列車はゆっくりと動き出しました。ディーゼルカーの心地良い揺れを感じながら、遠くに見える家の明かりや国道の街灯をぼんやり眺めて車内でのひとときを過ごします。
丹後由良を過ぎたあたりから期待通り海沿いを走り始めましたが、あっという間に内陸に戻ってしまい、ふと気が付けば宮津駅に到着。ここで宮福線に乗り換えます。

乗り換え列車の席に座るとまもなく福知山行きは発車。駅を離れてまもなく、先ほどとは比にならないくらいしっかりとした軌道の上を走り出しました。しかし勾配がきついのかスジが寝ているのかわかりませんが、何となくかったるい走りっぷり。高規格の線路を高速走行することを期待していましたが、ちょっと拍子抜けしてしまいました(^^;。
22時05分、定刻よりわずかに遅れて福知山駅に到着。ひとまず今日の行程はここで打ち止めにし、駅近くの宿へと向かうことにしました…。

翌朝は7時40分過ぎに宿を出発。駅前のマクドナルドで朝食を取り、福知山発8時22分の豊岡行き普通列車に身を委ねます。まだ疲れが取れていないらしく、駅を出て5分と経たずに意識朦朧となり、うつらうつらし始めました(^^;。そしてふと目を覚ますと、下夜久野駅にて停車している模様。中継信号を見ると青が出ていたのですぐ動くかな…と思っていたらまったく動く気配なし(x_x)。そのまま数分間何の放送もないまま停車して、車内がざわつきだした所で何事もなかったように出発。
これは平常ダイヤなのかな?と思いしばらく気にとめずにいましたが、周囲の人たちがおもむろに時刻表を広げ始めたので思わず手元の時刻表を確認してみました。すると見事10分近く遅れているではありませんか! こんな事態なのに何にも放送しない運転士は何なんだ?!と思ったのと同時に、この後乗る予定の北近畿タンゴ鉄道との接続があるのかが心配になってきました。
その後和田山駅、養父駅と電車は進んでいきましたがまったく回復する傾向はなく、豊岡駅到着寸前に初めて遅れが発生しているとの放送が入りました(-_-;。しかも同時に北近畿タンゴ鉄道の列車との接続はないという案内も流れ、かなり厳しい状況になりました…。

ひとまず後続の西舞鶴行き普通列車に乗ることにして、事前に集めていた情報と時刻表を突き合わせしながら計画を修正。結果、最終的には予定通りに戻せることがわかったので、やっと落ち着いて旅を続行できることになりました(;^_^A。
9時52分、定刻より4分ほど遅れて後続の普通列車は出発。ピンチを脱出したこともあり、のんびり進んでいく車窓を落ち着いて楽しみます(^-^)。

10時56分に岩滝口駅に到着。本来はこの次の天橋立駅まで行く予定でしたが、あわよくば…の期待も込めここで傘松ケーブル方面に向かうバスに乗り換えます。
駅前ロータリーを抜けてバス停に行くと、次のバスまでは約30分待ち。しばらく行き交う車の様子を眺めながら到着を待ちます。しかし、時間を過ぎてもバスの気配は全くなく、いい加減しびれを切らしてタクシーを呼び出そうと思ったところでやっとバスが来ました(^^;。

バスは狭い国道をスイスイと走り、20分ほどで傘松ケーブル下に到着。いよいよ「近畿一の難所」の制圧にかかります。参道らしき坂道を上がっていくとなかなか渋い府中駅の駅舎が登場。往復乗車券を買って列に並びます。
改札が始まり、いざ車両に乗り込むと席は全部埋まり、立ち席も出る程の大混雑。先月箱根で乗ったあのケーブルカー達とはまるで別ものの状態でした(^^;。
まもなくベルが鳴り発車。ゆっくりと勾配を登り出すと、眼下に天橋立の姿が見えてきました(^-^)。その眺めを楽しみながら傘松駅到着を待ちます。

天橋立

府中駅から4分ほどで傘松駅に到着。これで無事「難所」をクリアしましたヽ(^o^)丿。駅前に出ると山上の相成寺行きバスが待機していたので思わず乗りたくなったのですが、待合室の時刻表を見るとまもなく野田川駅方面に行くバスが来ることがわかったので、「股のぞき」だけ試してリフトで下山することにしました。

野田川駅舎

バス停にたどり着いて数分後、バスが到着。「外周席」に座って車窓を楽しみつつ先に進みます。約20分ほどで先ほど列車内からも眺めた風景が目に入り、野田川駅に到着。駅近くの商店で昼ご飯を購入した後、この先の乗車券を購入します。
お昼ご飯を食べ、駅構内の様子を見ているうちに発車時刻が迫ってきたのでホームに入ります。しかし時間になっても踏切が動作しないのでおかしいなぁ…と思っていると事務室の中から駅員さんが出てきて、「5分ほど遅れるそうですよ」と教えてくれてくれました。どうも朝の遅れを今の時間まで引きずっているらしいのですが、ほんとこの遅れの根元って何だったのでしょう?

タンゴエクスプローラー

当初の予定より5分ほど遅れて「タンゴディスカバリー」が入線してきました。列車名からブルーの車両が来ると思っていましたが、実際にやってきたのは何とタンゴエクスプローラー。次が終点の天橋立なのでわずか数分の間ですが、ハイデッカー車両からの眺めを楽しみます。

天橋立駅からは特急はしだて6号に乗り換え。こちらも接続待ちの影響で3~4分遅れての発車となりましたが、途中福知山駅での長い停車時間のお陰で無事回復し、園部に着いた時には何事もなかったような状態になっていました。
園部駅からは普通電車に乗り換え、馬堀駅へ。そして今回の作戦の最後を締めくくる嵯峨野観光鉄道に乗車します。ここは京都という「しょっちょう遊びに行っていた街」のすぐそばにある路線でありながら、ずっと乗る機会を逸していて今回やっと乗ることになった次第です。

トロッコ亀岡駅舎

馬堀駅から線路そばの道を歩き、トロッコ亀岡駅へ。木造のステキな駅舎に入り、待合室で発車時刻を待ちます。
出発5分前にトロッコ嵯峨からの列車が入線。案内に従って乗り込み、席に着いてまもなく列車は動き出しました。駅を出てまもなく進行方向左側に保津川の流れが見えてきました。ほんの15年ほど前まで特急や急行が往来していた線路なのに、それが信じられないくらいののんびりとした風景に思わず心が和んでいきます。
トロッコ保津峡駅では「最終列車のならではの特別サービス」という7分の小休止。私もちょっとホームに降りて吊り橋の様子や保津川の流れを見物して息抜きをします(^-^)。

トロッコ保津峡駅

再び列車に乗り込むと、今度は進行方向右側に川の流れが見えてきました。途中橋の上でわざと止まってみたりするなど、先日の大井川鉄道と同じようにとことんサービスしまくり。やはり観光鉄道はこうでないと…などと思ってしまいました(^-^)。

嵯峨野観光鉄道のDE10

トロッコ亀岡駅から約30分で終点のトロッコ嵯峨に到着。波乱含みだった今回の乗りつぶし作戦はこれで無事完結となりました(^^)。

その後は嵯峨野線に乗り換えて京都駅へ出て、京都の友達と一献。最終のぞみの時間まで、鉄話を酒の肴に楽しいひとときを過ごして今回の旅を締めくくりました。

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2005年12月23日

大井川鐵道でトロッコ満喫

2005年8月6日、大井川鐵道乗りつぶしに行ってきました。

ここは過去に何度か東海道線で通りかかった時に寄り道しようと計画しながら、井川までの所要時間の長さからずっと先送りになり、今回やっと念願叶って…ということになりました。

朝は川崎5時39分発の静岡行き普通列車(373系を使っている乗り得列車)で一路西へ。さすが18きっぷシーズンということでかなりの混雑のため川崎乗車時点では席に座れませんでしたが、大船で何とか席を確保できたためその後はひたすら仮眠を取って昼の行動に備えることにします(^^;。

静岡からは6両編成の浜松行き普通列車に乗り換え。乗り換え時間が短いことに加え、座席を確保しようということからダッシュで乗り換えをしている人たちが大勢いましたが、私はすぐ下車してしまうので座ることは諦めてまったりと乗り換えをします。

旧近鉄の16000系

8時57分、金谷駅に到着。いよいよ大井川鐵道線に乗車です。ここでツリカケ駆動の旧型車が来れば最高だなぁ…と思っていると、やってきたのは近鉄南大阪・吉野線からやってきた16000系だったのでちょっとガッカリ(^^;。しかもどこかの小学校の団体に列車を占拠されていたため、先行きが少々不安になります。
そのイヤな予感は的中し、彼らは車内で大暴れ。しかも引率の先生方は注意するどころか一緒になってふざけているではありませんか。隣の家族連れがいろいろ気を利かせていたにも関わらず困った振る舞いを続けてくれるため車内が極めて険悪な雰囲気に…というところで彼らは下車してくれました。これで千頭まで乗ってきて、さらに井川線まで引き続き乗られたら、今日は最悪な1日になっていたかもしれません…。

今日はお休み?C56

金谷を出てから1時間ちょっとで千頭に到着。ここからいよいよ今日のメイン、井川線に乗り換えとなります。発車時刻まで若干余裕があったので、構内に止まっているSLを撮影したりしながらしばらく時間をつぶして過ごします。

井川線の客車

発車時間が迫り、乗客がぱらぱらと揃ってきたので私も列車に乗り込みます。黒部峡谷鉄道のトロッコに比べれば一回り大きいものの、私の身長(173cm)でも立つと天井に頭がぶつかりそうな雰囲気。それだけにこの後の車窓に期待が膨らみます(^-^)。

小さいのにパワフルなDD20

10時35分定刻、列車はゆっくりと走り出しました。駅をでてまもなく「まさに森林鉄道」という路盤になり、20km/hに満たない速度でまったりと進んでいきます(^-^)。

ちょっと鉄○ジャーナル風に…

何ともいえない雰囲気の駅をいくつか過ぎると、アプトいちしろ駅に到着。
ここからが国内で一番の急勾配、そして今日本で唯一のアプト区間に入ります。その区間に入るに辺り、この駅で最後部に電気機関車ED90を増結します。

ホームに降りて見学しても良いとの案内があったので列車最後部に行くと、千頭方からゆっくりと電気機関車が入線やってきました(上の段一番左の画像)。
そして連結が終わると手早くジャンパ線の接続を行い(上の段真ん中の画像)、あっという間に作業終了。まもなく発車ということで車両に戻りがてら線路を覗いてみるとアプト式ならではのラックレールの姿が見えたので、ちょっと1枚撮影(上の段一番右の画像)。

なかなか格好いいED90 連結作業中 真ん中のギザギサレールが命綱です
走行風景 アプト式登場のきっかけとなった長島ダム お疲れ様でした!

その後発車合図の汽笛が鳴り、車掌さんが駅構内の確認をし終えるといよいよアプト区間に乗り込みます。特に特異な音や大きな音はしないものの、あきらかに従来の粘着式ではあり得ない急勾配を上がって行くことができるためアプト式であることを認識できます(下の段左の画像)。
長島ダム(下の段真ん中の画像)の姿が見えると長島ダム駅に到着。たった1駅の区間でしたが、ED90とはここでお別れとなります(下の段右の画像)。

すごい場所にある奥大井湖上駅

ここからしばらくはダム付け替えによりできた高規格の線路のため、DD20が本領発揮と言わんばかりに軽やかな走りを披露します。途中眼下に旧線跡に見えてきたり(高さの違いにビックリ!)、雄大なダム湖の風景が続くなど、最初の「森林鉄道」の雰囲気とは違った車窓が楽しめます。

旧線の橋梁跡

接阻峡温泉からはまた元の「森林鉄道」に戻り、まったりとしたスピードで進んでいきます。そして私鉄では最も高いとされる関ノ沢橋梁上で止まってみるなど、どこまでもサービス満点。最後の最後まで飽きさせません。

井川駅

そして千頭駅を出て1時間半強、最後のトンネルを抜けるとついに井川駅へと到着しました。普通1時間半というと中だるみが出てきそうな感じもするのですが、沿線の風景の変化と、スリリングな雰囲気のお陰で実に楽しいひとときが過ごせました(^^)。

中が空洞になっているという井川ダム

井川駅からは1時間後に来る静岡駅行きの静鉄バスで帰宅の途に着くので、それまでの間井川ダムの様子を見に行ったり、駅前の「やまびこ食堂」で昼食を摂ってバスを待ちます。

発車時間が迫ってきたので、車中で飲むお茶とアイスを購入して駅前のバス停に行きます。おそらく渋滞はないので時間通りに来ると踏んでいたものの、何と約20分遅で到着(^^;。車内を見ると登山客が満載だったので、途中停留所での乗車に時間がかかったのかもしれません。

ひとまず席に座り、溶け始めていたアイスをサクッと胃の中に納めて車窓を堪能します。とてもバスが走るとは思えない狭い道を、ごくごく普通の大型観光バスサイズのバスが走り抜けていく様子は圧巻でしたが、マナー知らずの対向車に苦労させられて何度かバックすることになったりと一苦労。これでは所要時間がかかるのも仕方がないかもしれません。
一時期心地よい揺れに負けて意識を失いましたが、森林の厳しい道を走ったり、はたまた小さな集落のメインストリートらしき道を走ったりと先ほどの井川線同様風景に変化があって面白く、約2時間の道中はなかなか充実したものになりました。

静岡駅に到着した後は東海道線を乗り継いで友人が待つ小田原駅へ向かい、そこから湘南新宿ラインで宴席のある都内へ行くだけ。たった1社2路線、約50kmしか片づかなかったものの、実に内容が濃くて楽しい乗りつぶしとなりました(^^)。

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2005年12月18日

箱根山をバスで駆け巡る

7月23日、箱根山中のケーブルカー2路線の乗りつぶしに行ってきました。

箱根のアプローチといえば小田急が定番なので今回もどうしようか悩んだのですが、ちょうど18きっぷシーズンに突入したので往復とも東海道線利用で行くことにしました。

川崎から快速アクティに揺られること約1時間で小田原に到着。相変わらず東海道線の速さにはビックリさせられます。駅前の案内所で伊豆箱根鉄道のフリークーポンを入手し、いざ山に挑みます。

9時45分定刻、駒ヶ岳経由箱根関所跡行きのバスは中高年ハイカーが座席の約半分を陣取るという偉い状況(^^;で小田原駅を後にしました。途中ほとんど乗車はなく、また心配された道路渋滞も発生しなかったためバスは順調に山を登り、約50分で駒ヶ岳登り口に到着。周囲は深い霧のため、自分から半径50メートルくらいの所までしか視界が確保されていない状況(^^;。せっかく箱根に来たので風景も楽しもうと思っていたのですが、ちょっと先行きが不安になってきました…。

霧の中にたたずむ駒ヶ岳登り口駅

風景が楽しめないとなった以上フラフラしていても仕方がないので、廃止を告げるポスターや、翌日からスタートするさよならイベントに関する掲示がある改札口を眺め、すぐホームへと入ります。

駒ヶ岳ケーブル

すでに入線していたケーブルカーには車体更新をしているためか思ったより綺麗。これがあと1ヶ月ほどで廃車になるとは何だかもったいない気がします。ケーブルカーには珍しいロングシートの座席に座るとまもなく発車。霧の中車窓を楽しむこともなく車内でのひとときを過ごします。

頂上に着いてからは駅構内にあった「廃止惜別の写真展」を見物。展示されている写真の中には今の寂しい状況からは考えられないくらい活気にあふれた様子を撮ったものもあり、ちょっと心が痛みます…。

寂しげなケーブル駒ヶ岳駅

多少起伏のある歩道を歩き、かつて人工スキー場があった頃に使われていた廃墟の横を通り抜けていくと、一件お化け屋敷(^^;と思ってしまうようなロープウェーの駒ヶ岳駅に到着しました。

一瞬ドキッとしたロープウェー駒ヶ岳駅

改札口に行くとちょうど箱根園行きが発車する寸前だったので、駅構内見物はしないですぐ乗車しました。本来なら眼下に芦ノ湖が見えるはずだったのですが、ここもかなり深い霧だったこともあり終着寸前でほんのちょっと見るだけにとどまりました…(/_;)。

箱根園からは箱根関所跡へ移動します。バス停の時刻表をのぞき込んでいると案内係のおじさんがそばにやってきたので、関所へ行けるかどうかを聴いてみました。すると箱根関所跡へ直接入るバスはなく、船の方が良いのではという説明があったので方針転換して遊覧船で移動することにしました。

出航時刻を調べるとまだ時間があるため、バス停近くのカレーショップで昼食タイムに。なかなかのお値段だったのですごい豪華なカレーが出てくることを期待していたものの、何だか寂しげなものが登場…。これなら隣のベーカリーでパンを買って、遊覧船乗り場のベンチで食した方が良かったかもしれません(;_;)。

芦ノ湖の遊覧船

11時35分、元箱根行きの遊覧船が入港。進行方向前よりの席に座り、芦ノ湖の風景を楽しみながら移動していきます。

箱根関所跡からは熱海行きのバスを捕まえて十国峠へ。"外周席"が確保できたので風景を楽しむつもりでしたが、箱根峠を越えてからは霧が深くなり、周囲は全く何も見えず。結局十国峠までただボーっと過ごす羽目になりました…。

十国峠のケーブルカー

十国峠のケーブルカーはドライブインの奥に駅があることから、先ほどの駒ヶ岳とは異なり何となく賑やか。しかし天候が悪いせいか乗客は少なく、私と家族連れ1組という実に寂しい状況でした…。

十国峠のあじさい

山頂についてからは折り返し時間待ちの間駅構内の見学や展望台付近を散策。気候が平地に比べて冷涼なせいか、まだあじさいが見事に咲き誇っていました(^^)。

折り返しのケーブルカーで下山した所で今日の予定は無事終了。この後は夕方から友人と呑み会の約束が入っているものの、今から行ったのではあまりに早く着いてしまうため、ひとまず強羅まで戻り、登山電車のツリカケサウンドを楽しむことにしました(^^;。

本当は富士山が見えるらしい…

まもなくやってきた箱根関所跡行きのバスに乗り込み、再び箱根関所跡へ。ここからは元箱根経由小田原駅行きのバスに乗って山を下っていきます。

強羅入口でバスを降りて、案内に従って強羅駅目指して歩き始めます。彫刻の森美術館を横目に見て、山を下る登山電車の姿を眺めたりしながら歩くこと20分で強羅駅に到着。

箱根登山の旧型車

そして目的の旧型電車が来るまで駅構内でしばしの休憩。そして2本電車を見送ったところでやっと登場ヽ(^o^)丿。ここから湯本まで、ツリカケの重々しい響きを楽しみながら、箱根山の風景を堪能します。

箱根湯本到着後は伊豆箱根鉄道バスに乗り換えて一路小田原へ。そして時間もちょうど良い頃合いになったので、16時07分小田原始発の普通列車で呑み会の待ち合わせ場所である川崎駅を目指すことにして今回の乗りつぶしを締めくくりました。

なおこの直後に関東地方で大きな地震が発生して辻堂駅に2時間半抑止された訳ですが、この件に関しては別の記事にしましたので割愛させて頂きます(^^;。

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2005年12月11日

名古屋界隈乗り歩き

2005年5月28日、29日と名古屋方面へ行ってきました。

今回は近鉄内部線の内部駅で「国内の鉄道完乗」を達成する友人のTさんのお祝いに駆けつけることが主目的でしたが、ちょうどこの界隈で乗り残しになっている路線があったため合間を縫って乗りつぶしをすることにしました。

28日朝、新横浜7時45分発のこだまで出発。仕事以外の目的で東海道新幹線に乗るのは本当に久しぶりで、いつになくワクワクした気分になります。

10時19分定刻名古屋に到着。ここで関西本線に乗り換えます。乗り継いだ列車は快速「みえ」。2両編成という非常に短い編成のせいか、乗車率もかなりのもの。満席の状態になった頃、若干遅れて出発。ディーゼルカーらしからぬ機敏な走りで快調に走っていきます。

しかし単線の路線だけに遅れは取り戻せず、鈴鹿には2分遅れで到着。ここから徒歩で近鉄鈴鹿線の鈴鹿市駅を目指します。駅前方にある近鉄線の線路横へ出ると左の方に鈴鹿市駅の姿が見えたので、そちらに向かって歩いて行きます。
10分強で鈴鹿市駅に到着。時刻表を見るとさほど待つことなく電車は来る模様。先ほど歩いてきた伊勢鉄道鈴鹿駅方向を眺めて電車を待ちます。
やってきた電車に乗り込むこと数分で終点の平田町に到着。本当ならここで駅前散歩でも…と思ったものの、あとの予定が詰まっているので今乗ってきた電車で折り返すことにします。

伊勢若松到着後は名古屋行き普通停車に乗って四日市へ進み、湯の山線に立ち寄ります。お昼を食べようと周囲を見回すと、構内にパン屋を発見。軒先に「松阪牛入りのカレーパン」という素晴らしい品物が置いてあったので、思わず購入します(^^;。

ホームのベンチで昼食を摂りつつ休憩をしているとまもなく電車が入線。下車してきたお客の中に、本日完乗を達成するTさんと同行しているYさんの姿を発見。1時間後内部線の方でお会いする旨を話し、ひとまず車中の人となります。

四日市を出てしばらく単線の高架線を走っていた電車は、中川原駅寸前から地上に下ります。しかもここから軽便鉄道だったということを証明するような線路状態になり、「まったり」とした感じで走っていきます。
四日市を出て25分で湯の山温泉駅に到着。なかなか雰囲気のある駅で、時間にゆとりがあればもう少し寄り道
をしたいと思うほど。しかし今回はそうも言っていられないので、平田町の時と同様に乗ってきた電車で折り返します。

四日市駅に戻り、いよいよ完乗立会に向かいます。内部線ホームに行くと、喫煙所で主賓のTさんがたばこをすいながら電車待ちをしていました。ここで改めてお祝いの挨拶をして、ともに電車を待ちます。その後久々にお会いするしいがるさんやおなじみの面々が少しずつ集まり、賑やかになってきます。

13時52分頃、内部行きの電車が入線。ここに集まった面々は先頭車に乗り込み発車待ちをします。14時定刻に電車はツリカケの音を響かせて出発。途中の赤堀からB大将が、終点一つ手前の小古曽からはKUTAMUKIさんが乗り込んで、さらに賑やかな状態になります。
そして四日市を出て16分、小さな電車は内部駅のホームに滑り込みました。ホームにはいちのつぼの住人さんとKくんが待っていて、我々同行組を合わせると立会者は全部で10名。なかなかの大所帯になりました。Tさんがホームに降り立つと立会者が挨拶と祝辞を述べて一気にお祝いムードに。しばし余韻に浸った後駅前に出て、ご本人からのご挨拶を頂戴します。

祝賀会を終えると、二次会の幹事さんから集合時間等の指示を受けて一旦解散に。私は先発隊に同行して折り返しの電車で一足先に名古屋へ向かうことにしました。
四日市でお茶休憩をした後、いちのつぼの住人さんと共に急行電車で一路名古屋へ。名古屋到着後は宿へチェックインをし、指示のあった列車の時間まで部屋で休憩します。

指示のあった「エキスポシャトル」に乗車すると主賓を始め何名かの人がすでに乗車していたので、私もすぐそばの席へ座ります。
16時40分に電車は発車し、7分で目的の鶴舞に到着。ここから歩くこと10分ほどで、今宵の宴が繰り広げられる名古屋ビール園「浩養園」に到着。ジンギスカンを突っつきながらさまざまな話題に盛り上がり、楽しい宴の時間はあっという間に過ぎ去っていきました。

終宴後は吹上から地下鉄に乗車。途中で一行から離脱して、もう一息乗りつぶしすることにしました。まず手始めに久屋大通で電車を降り、名城線右回りに乗車して金山まで向かいます。ちょっと古めかしい駅が出てきたり、まだできて間もないきれいな駅が出てきたりと、地下鉄でありながら微妙に車窓?が変化していて面白い。
そんなうちに金山に到着。名港線に乗り換えて名古屋港へ進みます。

名古屋港からはあおなみ線方面へ抜けるため、市バス幹築地1系統に乗り継ぎ。時刻表を見ると、今度のバスが最終とのこと。あと1歩遅かったら途方に暮れるところでした(^^;。

最終バスは時間通りに発車し、港湾地区と団地の近辺を淡々と走り、20分ほどであおなみ線野跡駅前に到着。バスを降りて改札口に行くと、1分後に金城ふ頭行きがでることが判明(x_x)。慌てて改札を通り、ホームに駆け上がるとドンピシャのタイミングで入線してきました。電車に乗り、席に座って呼吸を整えて外を見ると、前方に横浜ベイブリッジのような素晴らしいライトアップをしている「名港中央大橋」の姿が。あまりの見事さに、思わず息を呑んで見入ってしまいました(^^ゞ。
金城ふ頭に到着し、駅構内をぐるっと見学。しかし夜遅い時間のふ頭地区に何もあるはずはないので、ここもまた折り返しの電車に乗り込んで名古屋へ戻ることにしました。

港湾地帯、貨物駅、そして住宅地と少しずつ変わっていく風景を眺めるうちに名古屋駅に到着。全体を通してきついカーブが多く、思ったより時間がかかったなぁ…という印象を受けました。
名古屋到着後はコンビニでお茶を買い、宿へ直行して明日の朝に備えて早々に撃沈しました…。

翌29日は昼前に宮沢さんとお会いする約束をしているので、朝早く起きて乗りつぶし作戦を遂行します。
6時15分発の普通でまずは近鉄富田を目指します。まだ眠気も取れていないので、車中で少し居眠りをして時間を過ごします。

約40分で近鉄富田に到着。ここから三岐鉄道三岐線の乗りつぶしとなります。一旦改札を出て、窓口で西藤原までの切符を購入すると何と硬券が登場。磁気券が出てくると思っていただけに、思わず感激してしまいました(^^ゞ。

元西武の三岐鉄道101系

7時02分に西藤原行きの電車はゆっくりと走り出しました。乗った車両は元西武の401系で、この先行き違う車両もすべて西武のお古だったせいか、西武線の末端区間にでも乗っているような気分になりました(^^;。

ユニークな西藤原駅の駅舎

セメント積み出しの様子を眺めてまもなく、終点の西藤原に到着。周囲の風景は非常にのどかで、何だかホッとするものがあります。駅のすぐそばには「ウィステリア鉄道」と呼ばれる施設があり、ミニ鉄道も敷かれていて小さいながらも博物館のようでした。今日は朝早すぎて何もやっていませんでしたが、そのうち開園時間中に訪れてみたいものです。

帰りはただ往復するのもつまらないので、途中の伊勢治田で下車して北勢線の阿下喜へ出ることに。折り返しの電車に乗ること10分で伊勢治田に着きます。

駅構内がやたらと広い伊勢治田駅

駅前でバスの時刻を見ると、あと15分ほどで阿下喜方面のバスが来ることがわかりましたが、地図を見る限りでは歩きでもせいぜい1.5キロ程のようなので、ひとまず歩くことにしました。

味のある阿下喜駅

のどかな風景の中を歩くこと20分で阿下喜に到着。ちょうど西桑名から来た電車が着いたらしく、改札からぽちぽちお客が出てきました。改札口横の乗車駅証明書を発行し、早速電車に乗り込みます。

三岐カラーをまとった軽便電車

8時52分、ほんのわずかの人を乗せて電車は出発。ツリカケサウンドを奏でながら、ゆったりとしたスピードでのどかな風景の中を進んで行きます。
沿線の風景の中に家に比例して乗客の数も増えてきて、新たにできた東員辺りまでくると席がざっと埋まるくらいの状態に。その後も着実にお客を増やし立ち席が出るほどの盛況ぶりで、この路線が廃止の危機を乗り切った理由が見えた気がしました。
そして阿下喜を出て50分、乗車率になった軽便電車は終点の西桑名に到着。ここから再び近鉄に乗り、名古屋方面に向かいます。

途中八田で地下鉄東山線に乗り換え。乗り残し区間の一つである高畑~名古屋を片づけて、宮沢さんとの待ち合わせ場所へと向かいます。

名古屋駅の待ち合わせ場所に着くととまもなく宮沢さんも到着。早速行動を開始します。まずはちょっと早めお昼ご飯を食べに行きます。地下鉄東山線に乗って栄で下車、地下街をトコトコ歩いて行くと「スパゲティハウスチャオ」というお店に到着。

あんかけスパ「ミラカン」

ここはいうまでもなく「あんかけスパ」が名物とのことなので、迷わずあんかけスパにしました。待つこと数分、ついに本場のあんかけスパとご対面ヽ(^o^)丿。早速食べてみるとちょっと濃いめのソースと太めの麺が見事にマッチしていて、病みつきになりそうな感じ。あまりのおいしさに、ゆっくり味わうつもりがあっという間に平らげてしまいました(^^ゞ。

食後は私がリクエストした「ゆとりーとライン」乗車に行きます。栄から地下鉄名城線に乗り一路大曽根へ。地上に出るとまるで新交通システムかモノレールのような駅が目に入ってきました。そこが「ゆとりーとライン」の駅とのことで、そのまま宮沢さんの後についてホームへと上がっていきます。

yutoreet

ホームに上がるとちょうど到着のバスが入線してきました。その様子はごくごく普通のバスが鉄道の駅に乗り込んできたような感じで、非常に不思議な印象を受けました。
その様子を眺めるうちにバスが入線。乗る時の状況もまるっきりバスなので、ますます不思議な印象を受けます。時間になり、バスはゆっくりと発車。早速カーブがあるので運転士の様子を見てみると、ハンドルには一切触っておらず、カーブに合わせて勝手に動いていました。その先に続く軌道は新交通システムそのもの、途中にあった速度制限の標識は鉄道用そのもので、本当に「鉄道とバスの良いとこ取り」のような感じでした。また沿線が丘陵地帯ということから眺めが非常に良く、これは夜乗ったらちょっとした夜景スポットにもなりそう。今度は夜乗りに来たいなぁ…と思ってしまいました(^^ゞ。
10分強で小幡緑地に到着。この駅を出ると地上に降り、ガイドウェイバスとしての機能が解除され、ごく普通の「路線バス」へと変化します。
次の竜泉寺で下車してUターン。まもなくやって来た大曽根行きに乗り、市内へと戻っていきます。

大曽根を戻ってきてからは再び名城線に乗り込み新線区間へ。途中の西高蔵駅で下車し、駅近くにあるビアレストラン「シャーロック・ホームズ」でお茶休憩になります。ここはお店の名前の通りシャーロック・ホームズをテーマにしたレストランで、何ともクラッシックな作り。そしてメニューも個性的で、ボリュームも満点の様子。その中に「あんバーガー」なるメニューがあったので、お店の方に聴いた上で注文。

PIC_0018

注文して数分後、あんことバニラアイスが塗られたパンが登場(^^;。お店の人に説明通りにもうひとつのパンを上にのせるとまさにハンバーガー(画像参照)! しかもパンが温かいので、中のアイスが溶けて生地にしみこんでいきます。早速食べてみるとなかなかおいしく、これまた病みつきになりそうでした(^^;。

お茶を飲んで一息入れた後は名城線に乗り込んで栄へ。これで名城線をキレイに1週しましたヽ(^o^)丿。栄到着後は「日車夢工房」に寄り道。私が以前通販で買った「新幹線のチャイムが流れる目覚まし時計」を始め、心惹かれるグッズが満載でクラクラきましたが何とか我慢(^^;。懐に余裕があったら非常に危険なお店でした(;^_^A。
ふと時計を見るとちょうど良い頃合いとなったので、ここで市内散歩は終了して名古屋駅へ戻ります。

名古屋駅で宮沢さんと別れた後、15時33分発のこだまで帰宅の途に着きました。

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今回は本当に駆け足でしたが、お祝いに駆けつけただけでなく乗りつぶしもしっかりこなし、宮沢さんのお陰で名古屋市内も堪能できていうことなしの2日間でした(^^)。

#この場を借りて改めて御礼申し上げます(__)>宮沢さん。

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2005年12月10日

不安的中…(T^T)

先ほどいちのつぼさんから頂いたコメントを読んで知ったのですが、今年9月の台風14号によって壊滅的なダメージを受けてしまった「高千穂鉄道」がついに廃線となる見通しになってしまったそうです(詳細な記事は以下のリンクをご参照ください)。

 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051209-00000287-kyodo-soci

 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051210-00000139-mailo-l45

当初は復活の可能性を含んだ議論もされていたので良い方向に話が進むことを期待していたのですが、結局その願いは届かなかったようです。あと1週間早く九州へ行っていれば良かった…(T^T)。

【今日の“乗りました記録”】
自宅~(東急バス、目黒線、東急バス)~実家~(目黒線、南武線)~自宅

【明日の“乗ります記録”】
自宅~(自転車)~武蔵小杉~(自転車)~自宅

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2005年11月 6日

久々の沖縄で念願のゆいレール乗車

2005年1月21日から23日にかけて、2年振りの沖縄へ行ってきました。
今回の旅はゆいレールに乗ることと、いつものように路線バスと観光を楽しむことが目的です。それと同時に、沖縄初心者の友人を案内する使命も請け負いましたが、果たしてちゃんとできるかがちょっと心配だったりします…(^^;。

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21日朝、たまたま同じ便が取れたことから、沖縄初挑戦のらくださんといちのつぼの住人さん(以降文中では「いちのつぼさん」と省略させて頂きます)とは羽田で合流。特に事前のレクチャーはせず、早速検査場を通過し、搭乗する。

私たちを乗せたANA121便は偏西風の影響から微妙に遅れを出しながらも、無事那覇空港到着。到着ロビーに出て、らくださんといちのつぼさんは郵便局で一仕事(^^;。まもなくYanagiくんとMさんが登場し、初日昼間のメンバーは勢揃い。その後の行程を相談し、まずは松尾にある宿に荷物を預けることに。国際通りを通る那覇バス25番がまもなく来ることから、ひとまずそれに乗車することにする。
バス停で待っていると貸し切り格下げと思われるバスが登場。以前はBUが当たり前のようにやってきていたものの、残り1台となっては当たらないのも当然。乗り込んで先に進む。

途中那覇バスターミナル(以下BTと略す)でMさんと、松尾でYanagiくんと一旦別れ、私たち3人だけで宿泊先「八汐荘」へ。フロントに荷物を預け、歩きやすい状態にしてから那覇BTへ戻る。BT内の食堂でお昼を食べていると先程離脱したMさんから電話があり、再び合流することに。そしてちょうど良いタイミングでやってきた沖縄バス35番で一路糸満に向かうことにする。

津嘉山や志多伯など、今まで私も通ったことのない地域を経由しながらのんびりとバスは進み、小一時間で糸満ロータリーに到着。ここで琉球バス82番に乗り換えることにする。しかし肝心のバスはしばらくないことが判明し、タクシーを捕まえることに。ここでも見事なタイミングで捕まえることに成功し、あっという間に第一の目的地「ひめゆりの塔」に到着。

ここは私自身2度目の訪問となるが、最近資料館が新しくなったことから機会があれば再訪したいと思っていた。そして今回の旅でいちのつぼの住人さんからリクエストを受け、早速行程に組み込んだという経緯がある。以前に比べてさらにしっかりと整理された資料を読んでいると、ひめゆりの学徒たちが先程乗ってきた35番のルートを通ってきたことが判明。何だか彼女達に導かれてここへきたような気がして、改めて冥福を祈る…。

その後バスの時間を確認すると、若干の余裕があることが判明。地図を見ると近くに局があることを確認し、バス停を3つほど徒歩行軍で移動。米須簡易郵便局で通算667局目の貯金を果たす。貯金終了後バス停で何台かのタクシーをかわし(笑)、無事82番のバスに乗車。5分ほどで着くので200円程度と見込んでいたものの、運賃表が恐ろしい勢いで跳ね上がり平和祈念公園到着時点で300円に到達(x_x)。ひとまず払って下車したものの、何だか腑に落ちない…。

平和の礎を見学した後、平和祈念資料館に行く。らくださん、いちのつぼさん、Mさんは入場することになりましたが、私自身は前回相当ショックを受けたこともあり、入る気にはなれず入口で待機。お茶を飲みつつYanagiくんとiモードメールで今後の行程について検討する。

少し経ってMさんが出場。この後は一歩早めに那覇へ戻るとのことで、すぐに出発していった。その後らくださん、いちのつぼさんの順で出場。お二人からの感想を伺いながら資料館を後にする。

この後は、Yanagiくんからの「誘導」に従い百名BTを目指すことに。ガイドブックと路線図を見ながらあれこれ考えていると、タクシーが私たちの横で停車。運転手といろいろ話をして交渉が成立し、乗車。その後運転手との話の中で、先程Mさんを輸送した事実が判明したり、また地元の人ならではの話を伺うことができたお陰で、さほど時間を感じることなく百名BTに到着。運賃もなかなかお手頃で済んで非常に助かったので、丁寧にお礼を言って下車する。

ターミナルに入るとすでにYanagiくんが待っていた。この後の行程を聴き、沖縄バス39番しか止まらない百名バス停に案内される。5分ほどでこぎれいな待合所がある百名バス停に到着。

百名バス停

ちょうど小学校の下校時間らしく、子供達がベンチにランドセルを置いてすぐ近くで遊んでいるのが目に入る。かつて自分達が子供の頃には公園のベンチにランドセルを置いて遊ぶ姿は当たり前のように見られていたが、最近はまったく見る機会がなかったこともあって、この様子は新鮮に映ったのと同時にホッとするものがあった。

まもなく新原ビーチからやってきたバスが到着。座席の様子から元横浜市交の車と思われる。閉鎖された中ドア付近の座席に座り、初訪問となる佐敷町界隈の風景を眺めつつ先に進む。

与那原町役場入口にてバスを一旦下車。この近くに軽便鉄道の遺構があるということで案内してもらいます。国道をしばらく歩き、交差点を曲がると目の前に農協の建物が登場。Yanagiくんの解説によると、この建物は砲撃を受けつつも残った与那原駅そのもので、砲撃を受けながらも残った骨組みを利用して作ったとのこと。建物裏側に行くと駅舎で使われていた柱が残っており、なかなか洒落た駅舎だったことが想像できるような感じだ。また今国道から農協に入ってくる道も大通りから駅前へつながる道と雰囲気が漂っていて、もし鉄道が残っていたらまた違った発展をしていたのだろうか…とふと思ってしまった。

見学を終え、与那原バス停から再びバスに乗る。ここからはMさんからも強く「推薦」を受けた東陽バス91番に乗車することにする。夕方ラッシュの渋滞が始まっていたもののバスはほぼ時間通りに到着。車は期待通り"730車"(日野RE)である。最後部座席に陣取り、じっくり車内観察&エンジン音を堪能(^-^)。そして横に座ったらくださんもご満悦の様子。その後も恐ろしく狭い道を走ったり、急な坂道で素晴らしい「REサウンド」を奏でたりして、実に楽しい。このまま延々と乗りたいところだが、那覇市内での宴に備えて大平で下車。ここで琉球バス55番に乗り換えて古島駅まで向かう。

古島駅からはいよいよゆいレールに乗車。駅構内を観察しながらホームに上がるとまもなく電車が入線。席はザッと埋まっていたので、ひとまずドアのそばに立って車窓を楽しむことにする。レール上から眺める車窓は何とも爽快で、このレールが少しずつできあがっていく様子を知っている身としては感無量である。乗客は私たちのような観光客だけでなく地元の用務客らしき姿も多く見られ、徐々に地元に根付き始めているのがわかる。今後このまましっかりと根を下ろし、「那覇の足」として頑張ってほしいものである。

県庁前で下車し、一旦宿へ戻りチェックイン。荷物を下ろして一服する間もなく夕飯を兼ねた呑み会へ繰り出す。今宵の会場は県庁近くの「ちぬまん」という居酒屋。店には先に那覇へ戻っていたMさんと、この日の午後に来沖したばかりのI同志がすでに宴を繰り広げていたので、早速輪に加わる。オリオンビールや泡盛を飲みつつ(私は一口だけ飲んでウコン茶ばかりでしたが)、おいしい沖縄料理に舌鼓をうちながら様々な話題で盛り上がり、あっという間に23時近くに。名残惜しいものの、明日のこともあるので一旦お開き。
宿の方角が違うMさんとI同志と別れ、Yanagiくんと八汐荘泊の3人は久茂地交差点そばのモスバーガーで酔い覚ましのお茶の飲んで一服。そしてゆいレールの最終を見計らい、本日終了とする。

翌朝はいきなり久茂地交差点で最後の「いすゞBU」を目撃してスタートとなった。交差点近くで昨日中にレンタカーを確保していたI同志と落ち合い、荷物を預けてから行動開始。

久茂地川沿いを行くゆいレール

まずはゆいレールに揺られて首里城を目指すことにへ。首里駅からは現在実験中のコミュニティバス石嶺・首里城みぐい線(2/6より「8番 首里城下町線」という正式な路線バスになります)に乗車することにする。改札で乗り継ぎ割引の切符を求め、改札外にあった時刻表を確認するとすでにバスが行ってしまった模様。しばらく時間があるので徒歩行軍で…と考えていたら、その真横に貼られているカラーの時刻表ではまもなくバスが来るとのこと。この不一致はいったい…と考えたものの、ひとまず真意はバス停にあるという結論に達し、ひとまずバス停へ行く。すると、見事カラー時刻表が正解(大汗)。ガックリしているとまもなくバスが登場したので、気を取り直して乗り込むことにする。

面白い形の停止ブザーを鳴らして、守礼門入口で下車。守礼門をくぐり、長い石段を上がっていよいよ正殿へと入る。ここは以前も訪れているが、本土の城とは大きく異なる造りということもあり、何度見ても新鮮である。

首里城正殿

ちゅらさんでおなじみ、古波蔵家

資料を一通り見て、城からの展望を楽しみ、首里城を後にする。まだ時間にも余裕があるので、近くにある金城町の石畳を目指すことにする。ここは以前バスラリーの最中に訪れた場所だが、なかなか味があって個人的にもお気に入りである。今回は赤マルソウ通りから石畳に入り、「ちゅらさん」の古波蔵家前まで行き、記念撮影後折り返すことにする。

この後はいよいよ名護へ向かうことになるが、その前に牧港のBigDipA&Wへ行くことにする。まずはを検討し、まずはコミュニティバスの石畳入口バス停で時刻表を確認。しかししばらくバスが来ないようなので、徒歩行軍可能な都ホテル前まで出て、適当なバスを捕まえて安里まで進む。

赤マルソウ通りを汗をかきつつ歩くこと10分強で沖縄都ホテル前バス停に到着。あわよくば朝見かけた「銀バス」を捕まえようと思い一旦那覇バス9番のバスを見過ごしたものの、続いてやってきたのは貸し切り格下げ仕様の那覇バス25番。その後の行動を考慮し、あきらめて乗車する…。

安里で下車後は市外線バス停へ移動。まもなく東陽バス31番がやってきたが、肝心の牧港を通るかがあいまいだったため運転士に確認した上で乗車する。席に座る前にバスは勢い良く走り出し、フラフラしながら席に着く。この勢いは国道58号線に出るとますます活発となり、沖縄の路線バスらしさ「全開」となる。都内や川崎の「もっさり」した走りに慣れている自分にとってはなかなか刺激的ではあるが…(^^;。

そんな訳で牧港にあっという間に到着。BigDipは1個手前の停留所で降りなければいけなかったため、ひとまずA&Wへ行ってお昼にする。初めて訪れたお二人はガソリンスタンドのような造りにビックリ。店内に入り、各自オーダーをして「沖縄のハンバーガー」を賞味。名物「ルートビア」は私以外はオーダーしなかったものの、いちのつぼさんが興味を示して一口だけ味見。そして予想通りの反応があり、思わずニヤリとしてしまう(笑)。

食事を終えて、1つ先の宇地泊バス停へ。先程立ち寄る予定だったBigDip本店を通り過ぎてしまったため、北谷店に寄る計画に変更。琉球バス29番を捕まえて再び北上する。

軍病院前で下車し、無事BigDip北谷店に到着。久々となるブルーシールアイスクリームを食べることにする。パフェなどの気になるメニューも多数あったものの、やはり普通のアイスを選ぶ。各自好みのものを堪能し、ひとまず本日の「食い倒れ旅」は無事終了。程なくやってきた沖縄バス20番に乗車し、一路名護を目指す。この系統は美しい海を間近に見れる区間を走ったりするため、所要時間は長いながらも退屈することはなく(ただ途中睡魔に襲われ一眠りしましたが(^^;)、あっという間に名護BTに到着。

沖縄バスのMP118

BT内で懐かしいバスの写真を撮り、I同志の車に同乗しているMさんに連絡。BTそばのコンビニでピックアップしてもらうことが決まり、それまではBT付近をフラフラして時間をつぶす。

20分ほどで朝久茂地で見かけたワンボックスが登場。車内にはYanagiくんと昨晩遅くに到着したともともすももさんもいて、これで総勢7名の大所帯に。この後の行程を全員で打合せ、まもなく船で沖縄入りするMくんをピックアップするため本部港に行くことに決定。そしてこの後しばらくは1日走り回ってお疲れのI同志に代わり、私が運転を引き受ける。

Mさんのナビに従い、本部半島をまったりと北上。船が入港するまで若干の余裕があったため、すぐそばにある瀬底島まで足を伸ばして時間調整。島に入るとまもなく「クイーンコーラル」の姿が見えたので、農道の入口でUターンし本部港へ。

港に到着し、車から降りて入港を待つ。普段船の入港する様子を見る機会がないことから、着岸する時の作業や荷役につい見入ってしまう。そんなうちにM君が悠々と下船してきて、今宵の一泊会参加者が勢揃いとなる。車に乗り込み、多野岳山中にある「いこいの村」を目指して出発する。

途中の「サンエー」で二次会用のつまみを購入した後、30分かからずに「いこいの村」に到着。夕飯を食べ、風呂に入った後は定番の二次会になだれ込み、沖縄話を始め様々な話題で盛り上がる。そして日付が変わった後もしばらく宴は続いたが、明日もあるので適当なところでお開きとなった…。

多野岳山中にある「いこいの村」

翌朝は8時頃に起床し、各自朝食。食後今日の行程を検討し、まずは残波岬へ向かうことに決定する。そして運転はらくださんが引き受けてくれたので、私は一番後でまったり過ごすことになる。

途中名護城前でMくんが離脱し、残った7名が残波岬を目指す。国道58号線→沖縄道と順調に進み、伊芸SAで一旦休憩。遠くに見える海中道路を眺めながら一服し、この後の道路を確認する。

伊芸PAからの眺め

荒波の残波岬

再び沖縄道を南下し、石川ICから一般道へ。美しい東シナ海を眺めるうちにほどなく残波岬に到着。この日は風が強く、岬そばの海は上記画像のような荒れ具合で近づくことも困難。灯台で風に煽られるのも怖かったので(苦笑)、岬近辺をふらふらすることにした。

しばらくのんびりした後、残波岬を後にして「道の駅かでな」を目指す。途中、楚辺通信所と読谷補助飛行場を見学し、嘉手納ロータリーを無事にクリアして目的地に到着。真横に嘉手納基地という絶好?のロケーションの上、併設されているレストランは地元で大変有名な「嘉手納ロータリードライブインレストラン」というごく普通のレストランが入っており、普通の道の駅とは何かが違う。
屋上で基地の様子を眺め、資料館で勉強をした後、いよいよレストランへ。手渡されたメニューを見るとどれもボリューム満点で、セットものはどう頑張っても食べ切れなさそうな雰囲気なので、お手軽なタコライスを選ぶ。さほど時間がかからずに料理が出てきたが、予想以上の量にビックリ! セットものを頼んだ人たちはさすがに絶句している…。それでも各自何とか食べ終え、満腹状態で道の駅を後にする。

続いてMさんからのオススメにのって、中城城跡を目指すことに。途中の池武当で一足先に帰京するいちのつぼさんと、所用で一旦那覇へ戻るYanagiくんが下車し、この先は5人での行動となる。
車で30分も走らないうちに中城城跡に到着。以前訪れた勝連城にも負けず劣らずの見事な造りと眺めに感激する。しばし海を眺めたり、今年一番最初の桜を愛でつつ、まったりとしたひとときを過ごす。

中城城址

2005年一番の桜です

中城見学後はすぐ近くにある中村家を訪れる。今まで琉球王朝に関係する建物を見ることかあったものの、昔の沖縄の農家は見る機会がなかったので、しっかりと見学する。本土の農家と似ているものの、所々に沖縄独特の造りがあり、大変興味深い。

見学を終え、再び那覇を目指して南下する。新聞を賑わした沖縄国際大のヘリ墜落現場を見て怒りを新たにした後、琉大前でMさん、ともともすももさんと別れる。いよいよこの先はらくださんとI同志の3人だけという、ワンボックスであるのがもったいない状況になる。

国道330号線をひたすら南下し、無事那覇市内へ到着。まだ時間に余裕があったので、空港近くの瀬長島に立ち寄る。ちょうど着陸する便があったので、真下から飛行機を眺めることができた。京浜島と同等クラスの迫力があり、なかなか面白い。

島を出ると、I同志がバスの写真を撮りましょうと提案をしてくれたので、すぐそばの那覇バス具志営業所に立ち寄る。I同志が事務所に行き交渉をした結果、撮影許可が下りたので所内へと入っていく。するとすでに廃車となったBUが数台置いてあり、かつて彼らが元気に走っていた様子を知る身としては何とも痛い状況だが、もう二度と見れなくなるはずなのでしっかりと写真を撮っておく。

BU04の廃車体

写真を撮り終え、給油をしてレンタカー屋に直行。返却後一度空港に立ち寄ってチェックインを済ませ、ゆいレールの乗り残しを片付けつつ国際通りの「御菓子御殿」へ買い出しに行く。
電車に乗って10分ほどで県庁前に到着。これで無事沖縄県内の鉄道は完乗となった。目的の「御菓子御殿」でお土産を求め、再びゆいレールで空港へと戻る。

那覇空港に着いてからは、先程旭橋駅から合流したYanagiくんとMくんも交えて空港食堂で夕飯を食べながら今回の旅の締めくくりの宴をし、らくださんと2人でいよいよ帰京の途に着く。

手荷物検査を済ませ、搭乗口に行くと見慣れない色の飛行機の姿が…。よくよく見るとピカチュウジャンボであることに気づき、思わず舞い上がるヽ(^o^)丿。搭乗後は普通の便と違う部分を観察しつつ、東京までのひとときをまったりと過ごす。

空飛ぶピカチュウで東京へ(^-^)

行きと違って偏西風の勢いに乗っているお陰で、ちょっと一眠りをしている間に着陸体勢に入る。そしてほぼ定刻通りに羽田空港に到着し、今回の旅は無事終了となった。

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少ない日数で駆け足になってしまいましたが、今回の来沖も大変充実したものになりました。今度訪れるのがいつになるかわかりませんが、次回は「ゆいレール」の縛りがなくなった分じっくり観光しに期待と思います(^^)。

ちなみにガイド役の仕事は当初の心配通り中途半端になってしまいました。この場を借りてお詫び申し開けます(__)>らくださん、いちのつぼさん。

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2005年10月30日

これにて

名鉄全線完乗となりました\(^O^)/。pcm_05_10_30_0007.jpg

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玉ノ井駅

あとは新羽島を目指すだけです(^^)。pcm_05_10_30_0006.jpg

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弥富駅

そろそろ終わりが見えてきました(^^)。pcm_05_10_30_0005.jpg

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中部国際空港駅

これからミュースカイに乗ります(^^)。pcm_05_10_30_0004.jpg

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河和駅

念願の展望席に座ります(^-^)。pcm_05_10_30_0003.jpg

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内海駅

ホームにはパノラマカーが止まってます(^^)。pcm_05_10_30_0002.jpg

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東名古屋港駅

始発電車に乗ってやってきました(^^)。pcm_05_10_30_0001.jpg

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2005年10月29日

碧南駅

今日の予定もあと一息です(^^)。pcm_05_10_29_0007.jpg

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桃花台東駅

ニュータウンの中にある駅でした(^^)。pcm_05_10_29_0006.jpg

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犬山遊園駅

先頭部分を撮ってみました(^^)。pcm_05_10_29_0005.jpg

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動物園駅

クラシックなモノレールでした(^^)。pcm_05_10_29_0004.jpg

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御嵩駅

滞在時間わずか4分で折り返します(^^;。pcm_05_10_29_0003.jpg

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明智駅

このあとバスで瑞浪駅を目指します(^^)。pcm_05_10_29_0002.jpg

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今朝一番は

明知鉄道からスタートです(^^)。pcm_05_10_29_0001.jpg

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2005年10月23日

2004年5月22日、ついに…

2004年5月22日(土)、ついにJR全線完乗のXデーを迎えました。今回事前に友人諸兄には告知を出したものの、特に「儀式」のお願いなどはせず自然体で現地へ乗り込むことにしました。

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その日はいつになく目覚めが良かった。ただ、緊張感はぐっと高まっているらしく、じっとしていられない。しかもその週の中盤にちょっとしたアクシデントが発生し、右足にまだ痛みが残っているので、よけいに落ち着かないのかもしれない。

現地待機をしたいというカミさんを見送り、出発前に病院に立ち寄る。診察が終わった後武蔵中原駅から南武線と東海道本線を乗り継いで、東京駅へ。そして東北新幹線「なすの233号」に乗車し、一路小山を目指す。

11時02分定刻に小山に到着。新幹線改札を出ると友人の姿があったので早速挨拶をする。ふと携帯にらくださんからメールが入り、駅構内のベックスで合流。今日は奥様も同行されていて、こちらでも御礼の挨拶をする。

しばらくあれこれ話をするうちに完乗列車発車の時間が迫り、ホームへと降りる。前方に何とムーンハートさんの姿が! 今回山猫さんが体調不良だったため単独でお越しくださったとのことで、感謝の気持ちを伝える。さらに列車に乗ると顔なじみの面々が並んでいて、いよいよその瞬間が迫ってきたことを強く感じる。

11時28分、ついに列車は動き出した。列車の旅の時はいつも腰を据えて座っているのだが、今日はやはり落ち着かない。真正面にすわ座っている友人(過去JR、私鉄ともに完乗をしている)によると、完乗直前は緊張感から妙な気分になるとのこと。今日の私はまさにその状態に陥っているようだ。

そんな私を構うことなく列車は淡々と進んで行き、ついに一駅手前の岩舟駅を出発。無事に着いてほしいという気持ちと、これで終わっちゃうんだという寂しさが入り交じり始める。そして車内放送が流れ、ブレーキがかかる。

11時55分定刻、列車は佐野駅のホームへと滑り込んだ。ホームにはカミさんや友人諸兄の姿があり、何だかすごいことになっている。そして扉が開き、笑顔のみんなが待つホームへと降りる。この瞬間、長らく目標にしてきたJR全線完乗を無事達成した。

無事到着

その後遠路来てくださった皆さんに挨拶をし、記念撮影。いくら声をかけたとはいえ、そして「佐野ラーメンオフだから」とおちゃらけながらも、私のためにこんなに多くの人が遠路栃木まで駆け付けてくれたのがとても嬉しくて、ちょっと男泣きしたい気分にもなったが、気合いを入れ直して改札を出る。

駅前で全員での記念撮影をし、昼飯休憩に。私たちも数名で固まって、ムーンハートさんの先導で「とかの」というラーメン屋に向かうが、あまりの混雑に挫折して別のお店に入ることに。あっさり目のスープとちぢれ麺が特徴で、なかなかおいしかった。餃子までしっかり食べて、これからの帰京の途に備える。

駅前に戻り、何人かの人と2次会について検討会議をする。いろいろ揉んだ結果、上野駅近くの居酒屋が候補に挙がり、16時45分上野駅再集合ということで解散することとなった。

いざ上野まではどうするかと考え、私たち夫婦はらくださん夫妻や数名の友人と東武線に乗ることに。運良く(笑)5000系が入線しており、館林まで魂に響くツリカケサウンドを楽しむ。

館林からは準急電車で一路都内へ向かう。途中羽生、久喜で何人か離脱し、残りはみんな北千住までぶっ続けで乗車。最終的に北千住でまさちゃんが離脱したので、らくださん夫妻と私たちだけが日比谷線で上野へと入ることとなった。

上野で若干余裕があったので、駅前のファーストキッチンでお茶をして時間調整。5分前くらいに集合場所に行くと、佐野から直帰した面々を除いてほぼ全員が到着していた。そしてここから上野広小路近くにある居酒屋へ移動して、二次会スタート。私の次なる目標の発表があったり、参加者同士がいろんな話題で盛り上がり、大変和やかな宴となった。

その後さらにカラオケボックスに寄り、もう一騒ぎ(^^;。予定の2時間は意外とあっさり過ぎ去り、これにて終了ということに。その後は川崎経由で帰宅の途に着くこととなった。

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ついに終了しました。約1年に渡り、乗りつぶし最優先で頑張ってきましたが、これでやっと解放です。ただ国内鉄道全線完乗という次なる目標があるので、ずっとダラダラと気を抜くわけにはいかないので、結婚式などの大イベントが一段落する来年以降再スタートしようと考えています。ただ今度はもうちょっとゆったりしたペースで、観光なども楽しみながら乗りつぶしを進めて行けたらと思いますが、果たしていつまで持つことやら…。

追伸:今回現地にお越しくださった皆様方、この場を借りて改めて御礼申し上げます。本当なら全員のお名前を列記したいところですが、プライバシーの問題もありますので割愛させていただきました。

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2005年10月22日

まったりしながら九州新幹線

2004年4月17日から18日にかけて、九州へ行ってきました。今回は3月に開通した九州新幹線の乗りつぶしが目的ですが、他に乗りつぶす路線もないためかみさんを誘って観光ありの「まったり旅」にすることにしました。

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17日は11時半の全日空623便で鹿児島へ。風が強かったらしく機体は終始小刻みに揺れ、鹿児島到着も若干遅れた。だいぶ慣れてきたとはいえ、飛行機の揺れというのはあまり良いものではないなぁとつくづく思ってしまう。

空港に着いてからニッポンレンタカーに立ち寄り、車を受け取る。今回の旅のお供はダイハツストーリア。ことあるごとにお借りしている義父の愛車(トヨタデュエット)と全く同じため、今日はサクサクと走れそうだ(笑)。

営業所を出てすぐ九州道に乗り、まず桜島SAで昼食を取りながらかみさんと作戦会議。今回はあまり欲張りすぎても厳しいので、指宿の砂蒸し1本に絞ることに。

食後一服してから再び九州道を南下し、谷山ICからは国道226号線を走行。ここは錦江湾沿いの眺めの良い道なので、多少流れが悪くても苦にならない。しかも途中で指宿枕崎線の姿も見れて、なかなか楽しい(^^)。

風景を楽しみつつ走り続けるうちに指宿市街に入る標識が見えてきたので、それに従って車を進める。海岸近くの道へ出るとまもなく「砂楽」に到着。ここは数年前の薩摩の旅で訪れたことがある公共の温泉で、なかなか快適だったことから迷わずここを選んだのだ。

受付を済ませて、まずは砂風呂へ。週末ということもありちょっと混雑していたが、あっという間に順番が回ってきた。砂の上に横たわると係のお兄さんが2人がかりで砂をかけてくれたので、瞬く間に生き埋めになった(笑)。まもなく汗が噴き出し、背中もちょっと熱くなってきた。10分強ほどで良い頃合いと見切り、砂の中から這い出す。

室内の温泉で汗と砂を落として、風呂から出る。外の気温もそれなりなので、汗がなかなか引かない。かみさんを待ちながら冷たい水を飲んでいるとやっと落ち着いて来たが、体の中はしっかり暖まっているらしくその後しばらく涼しくはならなかった(笑)。

その後車に戻り、今度は鹿児島市内を目指して北上する。途中から以前走ったことのある「指宿スカイライン」に入り、山間部のワインディングと素晴らしい展望を楽しむ。

鹿児島市内に着くと、夕方のラッシュで道路は渋滞気味。しかし土曜の夕方ということもあり、ある交差点を過ぎると順調に流れ始め、あえなく鹿児島中央駅前のレンタカー営業所に到着。車の返却をし、一旦宿へ入る。

一息ついた後、夕飯を食べに天文館へ行くことに。目の前の高見橋停留所から市電に乗り込むと数分で天文館通停留所に到着。今回はガイドブックでチェックしていたことに加え、以前も訪れた時の印象の良かったので「くろいわラーメン」へ入ることになった。レジで食券を求め、付け出しの塩漬け大根を食べながら待っていると、目の前にとんこつ特有の白いスープのラーメンが登場ヽ(^o^)丿。くどさのないスープとよく煮てあるチャーシューにクラクラしながら、しっかりと完食(^^)。やはり九州に来た時にはラーメンを食べないといけないなぁと思った瞬間だった。

食後はやはりデザート…ということで、同じく天文館にある「無邪気」に寄ることにした。もちろん目的はあの「白熊」だが、前回撃沈したのもあるので今回は1個頼んでかみさんと一緒に食べようかと考えていた。ところがいざ店に行くと「ベビー白熊」という、普通のかき氷サイズのものがあることが判明。かみさんと相談し、それぞれ1個ずつ頼むことにした。ほどなく、以前見たものよりずっと小振りな白熊が登場。これなら確実に食べられそうだ。夫婦揃って黙々と食べ続け、こちらも無事完食。これで何とか前回の屈辱を晴らすことができた(^^;;;。

その後は再び市電に乗って宿へ戻り、明日の九州新幹線に備えて早々と寝ることにした。


翌朝は少し早めに宿を出て、朝市の見学をすることに。しかし今日は市場が休みだったようで誰もおらず、あえなく撤収。方針転換し、駅からほど近い「維新ふるさと館」へ行くことにした。実は維新ふるさと館は今回2度目の訪問だが、幕末ネタは何度見ても飽きることはなく、非常に楽しいひとときとなった。

ざっと一巡した後、いよいよ鹿児島中央駅へ。実家や元職場へのお土産を購入し、お昼の弁当を用意していざホームへ。真っ白なボディの「つばめ」がすでに入線していた。早速カメラを片手にホームと車内を右往左往し、発車を待つ。

つばめの乗降口

独特の雰囲気の車内

11時49分定刻、つばめ8号は鹿児島中央を出発。沿線はトンネルが多く、かつての鹿児島本線のような素晴らしい眺望がないのは残念だが、シートがゆったりしている上に乗り心地も良く、はいたって快適。いつか東京に来る日が楽しみな車両である。

40分ほどで新八代に到着。これで晴れてJR九州完乗のタイトルを奪還しました\(^^@)/。すぐ真横に止まっている"先代"つばめ車両を使った「つばめリレー」に乗り換えて、再び北上を続ける。発車後車内探検をしていたかみさんが席に戻ってくると、いろいろ面白いものを発見したとホクホク顔。どうやら"先代"つばめ車両の方がお気に入りのようだ。

その後久しぶりに訪れる熊本駅の姿や列車の姿を眺めるうちに、98年のJR九州完乗の時をふと思い出す。あの頃はJR全線完乗まではまた程遠い状態で年中各地を攻撃的に走り回っていたが、それもまもなく一段落する。今改めて考えてみても、何だか信じられない話だ。

車窓を眺めてあれこれ考えるうちに、数分遅れで博多に到着。間を開けず地下鉄に乗り換えて福岡空港に移動し、全日空258便で帰京の途に。あっという間の2日間だったが、「つばめ」乗車と久しぶりの九州を味わえたことで大変充実した旅にすることができた。

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これでついに最終完乗路線の両毛線を残して、すべてのJR線を乗り終えました。あとは完乗Xデーを待つだけですが、徐々に緊張感が出てきました。
果たしてXデーはどんなことが起きるのでしょうか?

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2005年10月21日

アクシデントだらけの北海道乗りつぶし(^^;

2004年3月19日から21日にかけて、北海道へ行ってきました。今回は乗りつぶしだけが目的で、「観光」はいっさい省略という過酷(爆)なものとなりました。

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初日は朝7時羽田発の飛行機で一路新千歳空港へ。飛行機を降りるとすぐにJR線に飛び乗り、南千歳でスーパー北斗に乗り換えて一気に苫小牧へ。ここからいよいよ日高本線乗りつぶしを開始だ。

駅前のミスタードーナツで時間をつぶし、時間を見計らってホームへと入るとまもなく単行のキハ40が入線してきました。海側のボックスシートを陣取り、列車の様子を眺めるうちに発車時刻に。風景は工場地帯から海沿いの開放的な風景へと移り変わり、名物の「馬」の姿もチラホラ。何とも楽しいローカル線の旅が続いていく。
途中の静内で小休止。ホームへ降りて写真を撮りつつ背中を伸ばす。この小休止がローカル線の旅の楽しみでもある。そして再び車内に戻り、まったりとしたひとときを過ごす。

静内駅にて

そして苫小牧を出て約3時間。無事様似へ到着。改札を出て、襟裳岬方面のバス時刻を確認しに行くと、何と「黄金道路」で崖崩れが発生し一部区間運休の文字が…。つまり広尾へたどり着くことができないのだ(猛爆)。慌てて時刻表を取り出し、今後の作戦を検討。何とか当日中に帯広到着できるルートを策定したので、急遽折り返しの苫小牧行きに乗り込むことにする。

悲劇の現場(苦笑)

そしてまたまた約3時間、まもなく勇払到着というところで列車が異音と妙な振動を発生させて急停車。何とシカを轢いてしまったとのこと(x_x)。運転士さんが携帯でどこかに連絡をした後現場へ向かい、とりあえず亡骸を線路脇に排除。そして車両点検を含め、約10分で発車。一時はどうなることかと思ったが、何とか旅行再開となる。

苫小牧に到着してみどりの窓口に立ち寄り、この後乗車する「とかち」の指定券を確保。そしてまもなくやってきた夕方ラッシュで混雑する北斗に揺られて南千歳に向かう。
南千歳到着後は間を開けずに乗車予定の「とかち」が入線。ほとんど空席で妙にまったりとした空気が漂っていて、先ほどの緊張が解けたお陰で睡魔に襲われ始め…(^^;。途中トマムのゲレンデに惹かれて降りそうになりながらも(笑)何とか乗り通し、当初の予定より2時間以上遅れて無事帯広に到着\(^^@)/。さすがに疲れも出てきたので、今夜は早く寝ることにしよう…。


翌日は朝6時に宿を出発し、帯広6時21分の普通列車に身をゆだねる。池田からは存廃の議論がされている「北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線」に乗車。今日は途中から団体客が入るそうで、全部で3両編成での運転とのこと。しかし一般旅客が乗れるのは1両のみなので、何もなければ単行で走るようだ。
列車はひたすら平坦な大地の上を飛び跳ねるように走り、3セクにありがちの「ちんたら」した感じがないのが新鮮。そして北見に近づくに連れて客は増える一方で、本当に廃止して良いものか?と思うほど。もし全線存続が無理でも、たとえば利用客の多い北見寄りの一部区間のみ存続などと言った、柔軟な対応はできないものだろうか。線路は1回剥がせばそう簡単には復活できないのだから…。

北見からは「オホーツク」に乗車し、旭川へ。当初の予定ではここから留萌本線直通の列車に乗るつもりだったが、2時間近く待ち時間があるので並行する路線バスを探すことに。駅前のバスターミナルをふらふらしていると、留萌行きのバスを発見! ちょうど14時の便に乗れば適当な時間に着けるので、早速乗車することにした。

バスは最初線路から大きく離れて神居古潭付近を通り、途中深川駅付近から留萌本線沿いの道へと出た。ちょうど列車のない時間だったことから、留萌まで一度も列車とはすれ違わずじまいになった(^^;。

留萌駅にて

駅前の喫茶店で一服して時間をつぶし、発車10分前に改札内へ。そのうち遠くから踏切の音が聞こえ、キハ54がゆっくりと入線してきた。車内にいた数名の旅客はここでほとんど降りてしまい、まさに空気輸送状態。日本海の向こう側に暮れゆく夕日を眺めながら終点までの短いひとときを過ごす。

30分弱で終点の増毛に到着。駅前に降りると人の姿はなく、危うく途方に暮れそうになったが、何とか気を取り直して駅前散策に繰り出す。

増毛駅にて

増毛駅ホーム

発車時刻になり再び車内に戻るとやはり空気輸送。その後留萌で若干の乗車があった他はほとんど変動はなく、ほぼ全員が深川まで通し乗りとなった。それにしても「本線」という名からは想像できない状態に、ちょっと寂しいものを感じてしまう…。

深川からはスーパーホワイトアローで札幌へ出て、さらに普通列車に乗り換えて手稲まで向かう。ここからJR北海道バスに乗り換え、地下鉄宮の沢駅に出て、東西線の乗り残しを片づけることにした。宮の沢駅は昨今はやっているバスと地下鉄乗り換えを容易にした構造なのだが、ちょっとホームまでの距離があるのが難点。作る時点でもうちょっと考慮するべきだったような気がするのだが…。

無事東西線の乗りつぶしを済ませ、大通に到着。夕飯を食べずじまいだったので、南北線ですすきの駅に向かい、駅そばの新ラーメン横丁へ寄り道。一番入口にあった「もぐら」というラーメン屋で、やたらと大きいチャーシューの入ったラーメンを食す。外が冷えていたので、体を温めるにはちょうど良かったかも(^^)。

その後再び地下鉄に乗ってさっぽろ駅へ。すぐに今宵の宿へと転がり込み、明日に備えてそそくさと沈没することにした…。


そして道内最終日。この日も朝6時台に宿を出て、6時55分のスーパーホワイトアローで滝川へ。滝川からは富良野行きの快速列車でまたまたローカル線の旅を堪能。かつて石勝線がなかった頃は特急が走っていた区間だけに、長いホームや多数の交換設備が見られるのが面白い。

富良野からは帯広方面へ向かう快速「狩勝」で文字通り狩勝越えに挑む。ここからは車窓もさらに面白くなり、気が付けば石勝線が合流。途中信号所で「スーパーおおぞら」と行き違ったりしてさらに盛り上がって来たところで新得駅に到着。折り返しの列車が来るまでに駅前を散策。そして折り返しの滝川行きの普通列車で再び富良野まで戻る。

富良野からいよいよ道内最終路線の富良野線に乗車。合宿の大学生風の姿が多く妙に車内がうるさいが、美瑛で一気に下車してのどかな車内に。ゆっくり噛みしめるように車内でのひとときを過ごし、14時23分に旭川到着。これでついにJR北海道完乗となった。

感激している間もなく駅の改札を出て、帰京の途に。駅前から空港行きバスに乗り込んで旭川空港へ。そして今回は初めてAirDoの便に乗り、今回の旅を締めくくった。

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この旅が終わった時点で、JR線は九州新幹線と両毛線を残すのみとなりましたが、その後すぐに九州へ乗り込み(こちらの旅行記は後日お送りします)、いよいよ両毛線の小山~佐野だけとなりました。少しずつ現実になる「JR全線完乗」のタイトルに、自分り中で少しずつ緊張感が出てきましたが、Xデーにはリラックスし、元気に現地へ乗り込みたいと思います(^^ゞ。

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2005年9月24日

上洛のおまけで五新線へ…

2002年、念願の山鉾巡行を無事見ることができたものの、尋常ではない混雑に気が滅入ってしまい(^^;、ふと思いつきの乗り歩きに出ることにしました(^^)。まず最初に近鉄線の南大阪線系列で乗り残しとなっている「御所」「長野」「道明寺」の3線を押さえてしまおうと思い立ち、四条から京阪電車に乗って丹波橋へ出て、ここから近鉄に乗り換えます。

ホームに入り時刻表を見ると橿原神宮行き特急がくるようなので、特急券券売機に行こうとしたものの、落雷で一時不通になっていたため運休とのこと。やむなく次の奈良行き快速急行で西大寺を目指します。

途中落雷現場となった小倉駅そばの踏切で徐行をしたものの、あとは比較的順調に走りあっと言う間に西大寺…のはずが、山田川付近から数分おきに走ったり止まったりの状態になってしまいました。車内巡回に来た車掌さんによると、落雷の遅延によって京都線、奈良線ともに電車が数珠繋ぎになってしまい、西大寺に入線できないのが原因とか。もうどうにもならないので、おとなしく到着を待ちます。

そして走る、止まるの状態を繰り返すこと30分強、やっと西大寺に到着。次の手を打つために駅員さんに橿原神宮前に向かう電車を問い合わせると、とりあえず普通列車が先発するそうなので6番ホームへ移動し、入線してきた電車に身をゆだねます。
さすがにこちらは影響がほぼ解消したようで、かなりいい勢いでかっ飛んで行きます。

何とか最後まで抑止がかからず、無事に橿原神宮前に到着。ここから南大阪線の2両編成ワンマン電車に揺られて尺土に移動。続いて御所線に乗り換えて近鉄御所に向かいます。

近鉄御所に着いてからは、薄暗いアーケードと狭い商店街を通り抜けて和歌山線の御所へ。ここで時刻表を眺めて今後の行動を検討した結果、まもなくやってくる和歌山行きで橋本に向かうことに。相変わらず路線に見合わない105系のロングシートに深々と座り、先を目指します。

途中五條で「阪本線」のバスの姿を発見。近々廃止になるという噂もあるため、どうしようかと悩むうちに電車は出発。その後もあれこれと悩むものの、あっと言う間に目的地の橋本に到着してしまいました。とりあえず駅前に出て、喫茶店で遅めの昼食をとります。

お腹を満たし駅に戻って時刻表を眺めているうちに、やはり五條へ戻るべきという結論が出たので、まもなくやってきた王寺行きの電車に乗り込みます。

五條に到着し、バスの時刻表をチェックするとまもなく到着の模様。待合室の様子や運賃表を眺めてフラフラしているうちにバスが入線。しかも今や全国でたった1台となってしまった日野車体のいすゞCJM500が登場(^^)。早速乗り込んで車内観察をしながら発車を待ちます。

そしてまもなく、乗客は私を含めてわずか3人という状態で五條駅を出発。懐かしい特有のエンジン音を響かせて国道をしばらく走って行きます。

五條病院バス停を過ぎると専用道入口の看板が登場。いよいよ「線路上」を走るようです。急な坂道を登って行くと進行方向右側から築堤が現れ、そしてその高さに達するといよいよ「線路上」に突入します。ここからは道路にしては緩いカーブと勾配になり、バスの唸りもおさまります。一般道との交差点部分はあきらかに踏切を意識した作りになっていて、もしやレールバスに乗っているのか?と思ったほどです(^^ゞ。その後の各停留所や、トンネル、橋なども独特の雰囲気があり、周囲の風景の良さもあって飽きない旅路となります。

五條駅を出て30分ほどで終点の城戸「駅」に到着。ここは数年前にうちの車でやって来たことがあるのですが、その当時と全く変わっておらずホッとします(^^)。折り返し時間を利用して「駅」構内を散歩して時間をつぶします。

城戸駅構内

城戸駅の運賃表

城戸駅の駅名標

そして折り返しのバスで再び今来た道を戻り五條駅へ。再び和歌山線で橋本へ向かいます。

橋本からは南海高野線に乗り換え。時刻表を見ると大型車による急行電車だそうで、時間間近になって難波方から6001系が入線してきました。ちょっと懐かしい雰囲気のエンジ色ロングシートに身をゆだねて紀見峠を越えていきます。

河内長野からは近鉄長野線のあべの橋行準急に乗車。道明寺で下車し南大阪線系統最後の路線である道明寺線に乗り換えます。2両編成のワンマン電車に揺られること5分で終点の柏原に到着。あとは大和路線の電車に乗って天王寺へ向かい、天王寺からは地下鉄谷町線で今宵の宿のある天満橋へと一直線。やたらと濃い1日を無事終えました(^^)。


翌日は午前中京都へ戻り市内の散策をし、午後から阪急線の乗り残しをやっつけに行きます。河原町の新福菜館で昼食を取って阪急京都線特急に乗車。久しぶりの6300系に感激しながら一路十三を目指します。

神戸線・伊丹線と乗り継いで阪急伊丹に寄り道。ここはかつて阪神大震災で駅が崩壊したそうで、駅ビルにもその旨の説明が書かれていました。しばらくその当時の映像を思い出しながら、駅前を一巡します。

折り返しの電車でいよいよ最終地点の甲陽園を目指します。夙川から線内折り返しの電車に乗り、単線の登り勾配をゆるゆると上っていくこと数分、終点の甲陽園に到着。10年以上前に初めて京都線に乗って以来少しずつやっつけてきた阪急線も、これで全線完乗と相成りました\(^_^)/。

駅前のバスから阪神西宮行きの阪神バスに乗車。大形の標準尺車が恐ろしく狭い道を走り抜けていくのが面白く、つい車窓に見入ってしまいます。そして阪神西宮駅に着いてから1局立ち寄って、阪神電車で梅田方面へ向かいます。電車内で時計を見るとまだ若干の余裕があるので、突如尼崎で下車。西大阪線と大阪環状線を経由し、弁天町へ。ここから中央線・御堂筋線と乗り継いで新大阪に向かいます。

駅構内で会社へのおみやげなどを購入し、18時ちょうどのこだまに乗車。ここ数年定番化している100系2階グリーン車でくつろぎながら帰京の途に着きました…

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2005年9月23日

ついに

舞浜のモノレールに乗ります(^^)。pcm_05_09_23_0001.jpg

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2005年9月19日

TXで茨城県内制圧の旅

2005年8月27日、開通して間もないつくばエクスプレス乗りつぶしに行ってきました。
今回は同時に筑波山や常総線といった、今まで乗らずじまいになっていた路線も一気に制圧することにしたため、1日がかりでの行程を組むことにしました。

朝8時過ぎに武蔵中原を出発し、川崎経由で秋葉原へ入ります。開通初日にも訪れた新しい改札口を経由してTXの駅へ入っていくと、朝早いせいか券売機の前には列ができておらず、ホームに降りても電車が到着した時以外はパラパラといる程度。開通初日のパニック状態がまるで嘘のようでした。
目的の列車到着までホームのベンチでお茶を飲んでいると少しずつ人の姿が増え、入線の放送が流れる頃にはドア周りに短いながらも列ができる状態になっていました。私もその列の後ろにつき、降車終了と同時に乗り込みます。

席が半分くらい埋まり、運転席後ろが人だかり(笑)になるといよいよ発車時刻に。南千住までは地下区間をダラダラと走り、本領発揮とは行かない様子。しかし北千住を過ぎると先ほどまでの鬱憤を晴らすかのような勢いで走り出しました。軌道の状態が良いお陰でほとんど揺れはなく、速度もおそらく130km/h近く出ているはずなのに、周囲の風景が開けていることやカーブが少ないお陰で一切恐怖感は感じず至って快適です(^^)。

途中駅に止まるたびに乗客を増やしていき、終点まであと一歩の守谷では大量に人が乗ってきて大混雑に。きっとあと1時間遅く出発していたらこんなものでは済まなかったでしょうから、早めに出発が正解だったことを痛感させられました。

秋葉原を出てわずか45分で終点のつくばに到着。改札口周辺はすでに大混雑で、前に進むのにも一苦労する始末。それでも何とか頑張って改札を通り抜け、ゆったりした通路に逃げ出しました。
構内の案内に従ってバスターミナルへ。目の前にはメガライナーの姿もあり思わずフラフラと引き寄せられそうになったものの、それでは筑波山のケーブルに乗れなくなってしまうので思いとどまり、大混雑の筑波山行きバスの列に並びます。

発車時刻間近になってバスが入線。ものすごい混雑にも関わらずやってきたのは昔懐かしい6Eボディ搭載の中型車(^^;。果たしてこれだけの人が乗り切れるのか不安に感じたものの、何とか乗り切って出発。
学園都市の中を右に左に走ること10数分、まもなく田んぼや畑がある開けた風景が登場。その向こう側には筑波山の姿が見えてきて、少しずつ目的地が近づいてきたことを実感します。

途中からかつての筑波鉄道の線路跡を利用したサイクリングロードが現れ、バス停にも「北条駅前」というように昔駅前だった所を通るようになり、つい廃線歩きをしたくなってしまうましたが、今回は本来の目的を目指して乗り通します。

"つくば"駅を出て約40分、かつて"筑波"駅と呼ばれていた筑波山のバスターミナルに到着。ここで筑波山神社行きバスに乗り換えます。
先ほどに比べると混雑は緩くなったものの、バスはほぼ満員の状態で筑波山の登山道に挑みます。運転席そばに経っていたことからメーターを眺めていたのですが、辛うじて20km/h出るかどうかのレベルでかなり苦しそう。いくらバスのエンジンは馬力があるといっても、これだけ大勢の人を乗せればやはり一苦労するんですね…。
それでもほぼ定刻に筑波山神社のバス停に到着。ここから参道を歩いてケーブル乗り場を目指します。

神社でお参りを済ませ、境内横の階段を上がっていくとケーブルカー宮脇駅に到着。ケーブルカーは出発したばかりだったので、ベンチに座って汗をぬぐいながら到着を待ちます。しばらくして山の上からケーブルカーの姿が現れました。乗客を降ろしてから少し間を開けて改札開始。適当な席に座って発車を待ちます。

筑波山のケーブルカー
12時ちょうどにケーブルカーはゆっくりと動き出しました。木々に覆われた急斜面をコトコトと登っていくと、先ほどの暑さが嘘のように思える涼しい風が車内に入ってきます。
宮脇駅を出て8分で筑波山頂駅に到着。周囲は霧が深く、麓の風景はほとんどみえない状態。とりあえずお昼を食べて12時40分発のケーブルで下山することにしました。
何を食べようか…と考えながら駅前のコマ展望台のそばに行くと、中の食堂で稲庭うどんを出していることが判明。うどんならさほど時間がかからず出てくるはずだから30分もあれば大丈夫だろうという結論に達しオーダーをしました。
しかし、本人の予想に反してうどんはなかなか出てこず、20数分経ってやっとテーブルに登場。この時点で12時35分を回っていたため大急ぎでうどんを食しましたが、箸を置いた時にはちょうど12時40分…。結局予定のケーブルには間に合いませんでした(/_;)。
ひとまず筑波山神社からタクシーを捕まえて…と思い、ケーブルカーの出札窓口にあった時刻表を眺めると、筑波山バスターミナルから乗る予定の下館行きバスが13時25分発とのこと。13時ちょうどのケーブルに乗って、思惑通りタクシーを捕まえたとしても13時半を回るのは確実。愕然としたもののここで止まっていては仕方ないので、とりあえず筑波山バスターミナルまで出ることにしました。

下山して筑波山神社のバス停に着くと臨時のバスが到着し、13時35分に筑波山バスターミナルに到着。代替えの手段を…と路線図や時刻表を調べてみたものの、どう頑張ってもこの遅れは回復できない見込み。困ったなぁ…と思って周囲を見回すとタクシーの料金目安表があったのでちょっと確認をしてみることに。すると下館までは5000円はかからないことが判明したため、しばらく節制生活をすることを心に決めて目の前で客待ちをしていたタクシーに乗り込みました。

タクシーはガラガラの道路をかなりのハイペースで走り、下館までの距離がものすごい勢いで縮んで行きます。同時に運賃も鰻登りで増えて行き、本当に5,000円未満で済むのか不安になってきました。
そんなうちに田畑ばかりの風景が住宅街へと代わり、前方に水戸線の線路が見えてきました。そして運賃が4,600円を超えた所で無事下館駅北口に到着。時計を見ればまだ14時をちょっと過ぎたばかりで、何とか予定を回復することができました(^^;。

ここからは今日の最終ポイントである常総線に乗車します。ホームの待合室に入るとまもなくピカピカのディーゼルカーが入線。個人的には懐かしいキハ35が来てくれるのを願っていたのでちょっと残念(^^;。ひとまず先頭車に乗り込んで発車を待ちます。
まるで電車のような関東鉄道2100系

14時43分、列車はエンジンの唸りを上げて出発。ロングシートで味気ない車内ではあるものの、のどかな風景と遠方に見える筑波山の姿を眺めつつ、取手までのひとときをまったりと過ごします。
水海道からは非電化路線では珍しい複線区間に。本数も多いため、頻繁に列車と行き交う様子を見ることができます。
守谷からはTX見物帰りと思われる人たちが大量に乗車。下館を出た直後のまったりした空気が嘘のような雰囲気です(^^;。その後も少しずつ乗客を増やし、終点の取手に着く頃には山手線並みの混雑状態になっていてちょっとビックリでした(^^;。
16時05分、下館から淡々と走り続けた列車は無事に取手に到着。途中アクシデントに見舞われたものの、今日の乗りつぶしは無事終了となりました。

2005年夏の乗りつぶしはいよいよ次の九州で締めくくり。ここまでは毎回アクシデントが発生して大変なことになっていたので、最後は順調にいってきれいに締めくくれることを期待したいところですが、果たしてどうなることやら…。

☆今回の作戦終了時点の残り未乗率…14.3%☆

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2005年9月17日

初の「ドライブ」旅行で薩摩を堪能

2001年9月1日から3日にかけて、JASのマイレッジを利用して鹿児島へ行って来ました。今回ここを目的地にしたのは、6月の沖縄行きで見た「沖縄戦」と関連がある「特攻隊」のことを見たくなり、知覧へ行こうと思ったのがきっかけでした。その後両親が新婚旅行で訪れたという佐多岬に行こうなど、いろいろ肉付けがされていき、2泊3日の「ドライブ旅行」に発展していきました(^^ゞ。

9月1日は朝10時50分発の便で羽田を出発。いつものように居眠りをするうちに無事鹿児島空港へとたどり着きます。ここからは最終日までレンタカーでの行動となります。空港近くのニッポンレンタカーで車を受け取り、早速行動開始です。

まずは九州道でいきなり人吉を目指して北上。当初予定には入ってなかったものの、ふと「くま川鉄道」の存在を思い出したため、直前に行程へと組み入れました(爆)。東京近郊の高速道路からは想像できないような交通量であっという間に人吉に到着。ちょっと迷いながらもさほど時間をかけずに駅へたどり着きました。
ここで車を止めて、くま川鉄道の駅へ行きます。窓口で切符を買うと硬券が登場(*^^*)。つられて記念の硬券も購入してしまいました(^^;。
15時過ぎの列車で人吉を出発し、一路湯前へ。山間部にも関わらず以外と平坦な路線で、風景も近くを走る肥薩線とは異なったのどかな雰囲気が漂っています(^^)。

懐かしい雰囲気の湯前駅

くま川鉄道のレールバス

湯前に到着してから、しばらく駅前をフラフラして時間をつぶします。ふと目の前に「人吉温泉」という方向幕を出した産交バスがいたものの、ルートが全然見当がつかないので、やむなく折り返しの列車で人吉へ戻ることにしました。
人吉に戻ってからは再び車に乗り込み、先ほど見かけたループ橋にアタックすることにしました。ずーっと一般道を転がり、山間部を駆け抜けていき、やっとえびののループ橋に到着(^-^)。ちらちらとえびのの街を眺めつつ、ぐるぐると回りながら麓へと下っていきます。

その後は九州道に乗り、一路鹿児島を目指します。もう日もとっぷり暮れて、市内に入った頃には夕ラッシュの渋滞が始まってました。距離の割には時間がかかり、しかも宿の場所が全然把握できず一苦労しましたが、何とか宿を発見(^^;。駐車場に車を止め、チェックインしました(^^)。

夕食もまだだったので、とりあえず鹿児島市電乗りつぶしをした後天文館へ繰り出します。あの有名な「無邪気」の場所を確認しつつ、適当なラーメン屋で夕食(^^)。その後天文館の街の様子を見て宿に戻りました。


翌朝はちょっと早めに出発。フェリーに乗って、桜島へと渡ります。車をフェリーに乗せるのは数年ぶりで、確か初代を買った頃以来なんです(^^;。その記憶から、車検証を用意して…などと思っていたのですが、この桜島フェリーは手続きは一切無しのまま船に乗せられてしまいました(^^;。桜島港に着き、果たして運賃はどこで?と考えつつ下船すると、目の前に料金所が登場。ここで車体長を確認しながらの集金するシステムでした(^^)。

島に入ってからはまず鳥島が沈んだポイントを見学し、続いて「埋没鳥居」に立ち寄ります。ともに大正年間の大噴火で埋まったという話ですが、見ているとちょっと背筋が寒くなるものがありました。
#これだけの噴火をすれば地続きになるのも納得ですねぇ。

この足下に島が…

雨に煙る佐多岬

その後佐多岬を目指し、雨の国道をどんどん南下していきます。垂水、根占の街を通り抜け、まだか~と思ううちにやっと大泊に到着。ここからはロードパークという有料道路に入りますが、先ほどの国道を遥かに越える悪路で、所々地面がへこんでいたり、野生の猿が登場したりして参りました(^^;。そしてやっと駐車場にたどり着き、車を降りて展望台を目指します。ジャングルのような遊歩道を通り抜け、やっとの思いで展望台へ到着。そしてしばらく雨に煙る海を眺めます。天気が良ければきっと南西諸島の姿も見えたのかな~と思うと、この天気が恨めしかったです(;_;)。

展望台の売店でパッションフルーツの生ジュースを飲みながらおばちゃんとしばし歓談。そして再び車へ戻り、今度は根占へ向かい北上します。港に着き、時刻表を見るとちょうど良いタイミングの様子。乗船の手続きをして、乗船の列こ並びます。

デッキでうどんをすすり、船室でお茶を飲むうちに山川の港に到着。下船して一路指宿の砂蒸し温泉「砂楽」に立ち寄ります。浴衣に着替えて浜辺にある砂風呂へ。約10分ほど天国のような時間を過ごし、温泉で一風呂浴びて疲れを癒しました(^^)v。

温泉を出てから国道で一路鹿児島市内へ。そしてどうしても見ておきたかった「維新ふるさと館」を目指します。途中渋滞を食らい、これは時間内には無理かな?という気配が漂ったものの、何とか16時前に到着(;^_^A。西郷さんを始めとした薩摩の維新志士の資料をじっくり見学し、長州とは違った角度での幕末を勉強する事ができました(^^)。

これで日中の行程は終了し、宿へ帰着。荷物を置いてからまた市電に乗って天文館に繰り出し「くろいわ」のラーメンで夕食。その後昨日チェックをしておいた元祖白熊の「無邪気」へ行きます。そして有無を言わさず白熊を注文。自分の想像を遥かに超えるでかいかき氷が登場し、一瞬引いてしまいます(^^;。意を決して食べ始めると最後の頃は恐ろしいまでの満腹感に襲われ、帰りの市電の中ではヘロヘロになってしまいました(^^;。生まれて初めて「甘いもの」に負けた気分になりました(^^;。
#教訓:白熊をは食べる前に何も口にしないこと(爆)。
その後宿に帰ってからはしばらくひっくり返っていたことは言うまでもないと思います(^^;。


そして最終日、いよいよ最大の目的である知覧へ向かいます(^^)。指宿スカイラインに乗り、とても有料道路とは思えない峠道?を走っていきます。途中あおられながら何とか知覧インターに到着。そして一般道を転がしていくと目の前に味のある町並みが…。やっと知覧の街に到着です。ここは後ほどゆっくり見るとして、まずは特攻平和会館に立ち寄ります。ここは以前沖縄で平和祈念資料館を見て以来ずっと気になっていたところで、今回知覧へ行くことを決意させるきっかけの場所だったのです。開館まて少し時間があったので、敷地内の神社に詣でたり、遺族から寄せられたという灯籠や復元された兵舎を見学します。

特効平和会館の灯籠

特攻隊員が寝泊まりをした三角兵舎

9時の開館と同時に入館し、早速資料を1点ずつゆっくりと見学していきます。死を目前にしながら、あまりにすがすがしい表情の隊員の写真を見ると何とも切ない気分になり、改めて戦争が良くないことであるということを強く実感しました。不幸にも若くして亡くなった特攻隊員の皆さん達のためにも戦争反対の姿勢を通し、二度とこのようなことが起こらないようにしていかなくては、と決意を新たにして平和会館を発ちました。

隣にある「ミュージアム知覧」を見学した後、知覧の街へと戻ります。車を駐車場に止めて、武家屋敷の一帯へと入ります。ここは各地にある「景観地区」にありがちの「いかにも保存している」という雰囲気が全くなく、京都の美山のように「人が生活をしている」という一番理想的な状態で街が存在していました。

知覧の街並み

庭園からの眺め

案内のパンフレットに従って順番に見学をしていきますが、どこもきちんと手入れがされていて、ふっと心が和むような庭ばかりでした(^^)。古い町並みが好きな方はぜひ一度足を運ばれることをオススメできる街です(^-^)。

一通り見終わり、そろそろ空港へ…と思って時計を見るとまだ時間に余裕が。地図を見ると「加世田」という地名が目に入り「南薩鉄道記念館」の存在を思い出しました(^^;。そしてほとんど何も考えずに加世田へ向かって車を走らせていました(^^;。
少々迷いながらも何とか加世田バスターミナルに到着。横にあるスーパーの駐車場に車を止めて、記念館に行くと「バスの窓口へ」との案内が。どうやらお客さんが来た時だけ開けてくれるとのこと。バスの切符売り場へ行き、窓口のお姉さんに声をかけると早速記念館に案内してくれました。入口で入場券を受け取り、ここからは自分一人だけで資料と向かい合います。かつて鉄道雑誌の上だけでしか見たことのなかった鹿児島交通南薩線の姿がここでやっと見えてきました。しばらく思いに浸っていたものの、飛行機の時間を思い出して我に帰り、窓口のお姉さんにお礼を言って記念館を後にしました。

鹿児島交通 キハ100

その後再び国道を転がり、途中の道の駅でおみやげを買ってから指宿スカイラインへ。あとは九州道をかっ飛ばして無事鹿児島空港に到着\(^o^)/。これで薩摩の旅は無事終了となりました。

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2005年9月12日

戦い終えて

現在福岡空港です。帰りの便が50分遅れるとのことなので、出発までまったりと過ごすことにします。
しかし最後にこんなオチが待ってるとは…(^^;。

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帆柱ケーブル

なかなか良い眺めでした(^^)。pcm_05_09_12_0002.jpg

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たびら平戸口駅

現在松浦鉄道に乗車中です(^^)。pcm_05_09_12_0001.jpg

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2005年9月11日

加津佐駅にて

これから諫早を目指します(^^)。pcm_05_09_11_0002.jpg

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熊本港にて

これから「オーシャンアロー」で島原に向かいます(^^)。pcm_05_09_11_0001.jpg

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懐かしひ(ToT)

久しぶりに5000系と対面しました(^^)v。pcm_05_09_11_0001.jpg

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2005年9月10日

高森駅にて

最終列車に乗り、熊本を目指します(^^)。pcm_05_09_10_0003.jpg

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別府駅

これから九州横断特急に乗ります(^^)。pcm_05_09_10_0002.jpg

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ワンダーラクテンチ

サクッと頂上まで行ってきます(^^)。pcm_05_09_10_0001.jpg

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企救丘駅前にて

モノレールを降りたら、ちょっとステキなものを見つけました(^^)。pcm_05_09_10_0001.jpg

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田川伊田駅

現在平成筑豊鉄道乗りつぶし実行中です(^^)。pcm_05_09_10_0001.jpg

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2005年9月 8日

大変なことが…

いよいよ「九州の私鉄乗りつぶし旅」まであと2日となりましたが、何と乗りつぶし予定となっている「高千穂鉄道」が、台風の影響で2カ所橋梁が流出するという大変な事態になったことが発覚しました(x_x)。
今の時点では復旧の目処が立たず、代行バスの状況も怪しいようなので、急遽行程を見直しました。

ひとまずこれで九州完乗はお預けとなってしまいましたが、ここでひとつ気になるのがここ最近浮上している「高千穂鉄道廃止」の話ですね。このまま廃止になってしまえば自動的に九州完乗となる訳ですが、私としては再訪したい路線でもありますし、1つの路線がなくなるというあまりに残念な事態が避けられることを心から願っています…。

【今日の“乗りました記録”】
自宅~(南武線、東横線、湘南新宿ライン)~大宮~(湘南新宿ライン、東横線、南武線)~自宅

【明日の“乗ります記録”】
自宅~(南武線、東横線、湘南新宿ライン)~大宮~(湘南新宿ライン、東横線、南武線)~自宅

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2005年9月 5日

夏の終わりは飯田線へ

2000年の夏はまとまった休みが取りにくかったことや、五山の送り火を見に行くという予定があったため、久しぶりに長距離の乗り歩き旅行へ出ずに終わりました。
しかしながら、このまま終わってしまっては「鉄」としてもプライドが許さないので(笑)、最後に1枚残った青春18きっぷを片手に飯田線乗りつぶしへ行くことにしました。

作戦決行は9月9日、目黒線の始発で武蔵小山を出発、目黒でわずか2分で接続する山手線を捕まえて品川まで向かいます。ここからは「ながら」崩れの普通静岡行きに乗ります。最近くたびれ気味のためか、走り出してまもなく沈没モードに突入し、静岡まではしばしの休息時間となりました。

静岡からは浜松行きに乗換。短い編成の普通列車になるため、着席はできず先頭車でかぶりつきをして暇つぶしをします。ただこの東海道筋も散々乗っているので、むかしのようなワクワクする気持ちが無くなっている自分が怖かったりします(^^;。その後浜松で今度は豊橋行きに乗換。こちらも短い編成なので、先頭車でかぶりつきをして時間を潰していきます。

品川を出ること約5時間で豊橋に到着。売店でお茶を買って飯田線ホームを目指します。そして時間になるとたった天竜峡行き電車が入線してきました。当然のようにボックスシートに身を委ね、この先の旅路を堪能することにします。

東海道線の接続待ちのために10分遅れで電車は豊橋を離れました。豊川までは一部複線で、平坦な線路が続いていましたが、その先はカーブや勾配も厳しくなり、やっとローカル線らしい状態になってきました。車窓もだんだん面白くなってきて、子供のころから気になっていた「城西のS字カーブ」も堪能できました(^-^)。

途中から向かい側に座っていたおじいさんとあれこれ話ながらの旅路となりました。76という年にも関わらず大変若い方で、朝大阪から出てきて、時刻表を持たずに気まぐれ旅をしていると言うお話。自分が東京から来たことを話すと、今日はその後東京へ出ようかと考えていると振って来たので、あれこれ質問に答えていきました。

そんなうちにやっと天竜峡に到着。ちょうど駅に立ち食いそばがあったのでここで軽い昼食を摂ることにします。そのうちに岡谷行きの電車が入線してきたので乗り込みます。先ほどのおじいさんの姿が見えなくなり、しかもボックスシートの空きがなくなってしまっため、仕方なく最後部のロングシートに座ることにしました。

天竜峡駅にて

定刻通りに電車は天竜峡を離れ、淡々と走っていきます。飯田に着くと向こうの方から先ほどのおじいさんが私を手招きしていたので、そちらへ行くとボックスシートの空きが(^-^)。またお話をしながら先へ進むことになりました。先ほどに比べて線路自体だいぶ平坦になり、車窓もちょっとのどかな感じになってきました。そのうちに辰野に到着。豊橋を出て丸々6時間という飯田線の旅はこれで終了となります。

その後は中央本線の旧線を東へ向けて進んでいき、無事岡谷へ到着。ここで先ほどのおじいさんと別れ、駅前へ出て一服することにしました。が、目の前に中央道高速バスのバス停が目に入ったので思わず時刻表覗いて見ると、あと数分でバスが来ることが判明。たまにはバスというのも面白いので乗車することに決定しました。

そのうちに3ケタナンバーを付けた京王バスが現れ、3060円払い乗り込みます。その後は市内を少し走ってすぐに高速に乗ります。途中渋滞を喰らったものの、40分遅延で済み、比較的快適な旅路となりました。新宿からは渋谷を経由し、帰宅の途へ着きました。

わずか1日で東京、神奈川、静岡、愛知、長野、山梨と6都県を走り回った大変な旅でしたが、またJR全線完乗にまた一歩近づけたのが何よりでした(^-^)。

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2005年9月 2日

新年は近場のローカル線へ

新年を会社で迎えるという悲劇で幕明けた2000年、第1発目のお休みになった1月3日に近場の乗り歩きに言ってきました。今回は千葉県内で最後になる2私鉄路線の乗りつぶしです。

今回の旅立ちは品川から総武快速線へ乗車します。まだ3が日ということで何となく呑気な空気が車内にも漂っています。見慣れた風景をボケッと眺めるうちに千葉に到着。ここから内房線に乗り換えて五井を目指します。

五井からは関東で最も「ローカル線」の雰囲気を持っていると思われる小湊鉄道に乗り換えます。車両はパッと見は京成ながらロングシート仕様のキハ20という車(確か形式もキハ20だったような)となります。

小湊鉄道のキハ20

沿線風景は本当に東京から100km圏内とは思えないほどのどかで、このところローカル線に飢えていた自分にとっては最高のシチュエーションとなりました(^^)。途中上総牛久で下車をして軽くお昼を取り、再び上総中野行きに乗車。ここからはさらにローカル色が濃くなり、思わずカメラをぶら下げて沿線を歩きたくなってしまうほどでした(^^)。

もう鉄分満杯になった所で上総中野に到着。ここからはいすみ鉄道のレールバスに乗り換え、大原までのんびりとした旅が続きます。こちらは先ほどの小湊鉄道に比べて沿線が開けているようですが、やはり東京から100km圏内とは思えない風景が続いていました。

大原に着いてからは夕方の新年会備え、一路東京方面へ向かうことになりました。

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2005年8月31日

幕末から維新をたどるとっても鉄な旅

1999年7月22日~26日にかけて、夏恒例の乗り歩きの旅へと出かけてきました(^^)。今回の目的は中国地方のローカル線のおっかけと「るろ剣の世界」に浸る(^^;ことでした。
なおこのページの写真の一部に白黒のものがありますが、これは実際白黒にて撮影したものなので異常はありません。

7月22日は仕事が終わって一服してからの出発となりました。今回の旅の始まりは寝台特急出雲号。今話題のサンライズは帰りに乗る予定だったのであえて敬遠をしたのです。しかしこの出雲号、夏休みでありながらかなりすいており、昨今の夜行列車凋落の様子をかいま見ることとなりました(;_;)。

23日は浜坂あたりで目が覚めました。車内販売のかにずしを朝食とし、松江到着までのひとときを車窓を眺めながら過ごします。天気はいまいちパッとせず、晴れたり曇ったりという状態が延々と続きます。

松江からは木次線直通備後落合行きに乗り換え。たった1両のディーゼルカーでしかもロングシートという悪夢のような状況に一瞬くらくらっとしました(^^;。そんな状況にくじけることなく、木次線の風光明媚な車窓を楽しみます。

途中の「三段スイッチバック」出雲坂根駅では延命水を飲み、ちょっとだけ長生きできるような気分を味わいました(^-^)。小休止の後スイッチバックを無事越えると今度は駅の見える所やおろちループの側で徐行をするという大サービスが行われ、私も写真を撮らせてもらいました。
#この時の運転士さんの粋な計らいには本当に感謝です(^-^)。


木次線 キハ120

出雲坂根駅 延命水

奥出雲おろちループ

そして備後落合からは懐かしの気動車急行「ちどり」(もちろんキハ58(*^^*))で三次へ進み、この旅で唯一の旅行貯金活動へ出ます。運良く駅周辺に2局あり、予想外の収穫でした(^^;。
この後は今回の旅一番の難所、三江線制覇となります。途中では乗客が自分一人になったり、石見川本では30分に及ぶ長時間停車を味わったりと、ローカル線の雰囲気をたっぷりと楽しみました(^^)。

もう真っ暗闇となった江津からは山陰本線を西に進み、浜田で一度乗り換えをしたのち益田に到着。この日はここで打ち止めとなりました。

翌朝は山口線の始発列車で津和野まで1往復し乗りつぶしの記録を伸ばします。再び益田へ戻ってからは山陰本線に乗り換え、念願の萩へ向かいます。

1時間ほどで東萩駅に到着し、駅前のレンタサイクルを借りていよいよ街歩きに出ます。萩城址に「るろ剣」でおなじみの高杉晋作、桂小五郎の生家などを見学し、幕末の萩をたっぷり味わいました。しかもありがたいことに、街自体をあまりいじり回していないため、かつての武家屋敷で使われていた壁などがうまい具合にくすんでいて好感が持てました(^-^)。

高杉晋作の家

桂小五郎(木戸孝允)の家

そして最後の締めに松陰神社へ行き、松下村塾を見学して駅に戻ろうとするとよりによってレンタサイクルの鍵を紛失し大騒ぎ(x_x)。もたもたしているとバスの時間になってしまうので駅まで担いで持ってかえることにしました(^^;。

松下村塾

なんとかバスの時間前に駅へ戻り着き、レンタサイクル屋のおじさんに事情を話すと「電話してくれれば合い鍵を持っていったよ」と言われて我に返りました(爆)。これこそ「骨折り損のくたびれ儲け」という感じでした。

返却手続きを終えて今度はバスで津和野へ向かいます。東萩駅からバスに乗ったのは何と私一人でしたが、その後バスセンターから大量の乗車がありました。しかしながら停留所ごとに人は減り、途中の吉部というバス停で再び私だけになりました。ここで時間調整の小休憩があり、お茶を飲んで一服します。そして運転士さんからエアコンのガスが抜けているとの説明があったため、窓を全開にして綺麗な空気を吸いながらの旅路となります。この後途中乗降は一切無く、時間通りに津和野駅に到着しました。運転士さんからお詫びの一言がありましたが、こちらとしては快適なドライブが出来たのでお礼を言ってバスを降りました(^-^)。

津和野の滞在時間もさほどないため、こちらもレンタサイクルで町中をふらふらと走り回ります。先ほどの萩に比べると手を入れてしまっているため妙に真新しい感じがするのは残念でしたが、それなりに趣はあったのが救いでした。

森鴎外旧宅を見た後再び駅へ向かいます。途中神社の横を通りかかるとなにやら人だかりがあったので立ち寄ってみると、30分後にかの有名な鷺舞をやるとのこと。まさか生で見れると思っていなかったので待つことにしました。

そして時間になると、優美な鷺舞が始まりました。やはりブラウン管を通して見る舞とは違い、美しい中にも力強さがあり、思わず見入ってしまいます。そんなうちに列車の時間が迫ってきたため、最後まで見れないのが残念でしたが駅へ戻ります。

レンタサイクルを返却し、お土産を東京に送ります。一段落して改札待ちをしていると、先ほどの鷺舞の一行が駅前に現れ、今度はここでお披露目をしてくれました。今度は先ほどよりもいい場所にいたので、舞の様子がゆっくりと見れました(^^)。

そして20年越しの念願である「やまぐち」に乗り込みます。以前はブルーの12系だったのですが、今はレトロ調の客車に変わっており、しかも今日は特別にマイテ49連結にC56+C57重連という極めて豪華な編成になっていました\(^o^)/。

C56の「やまぐち」

マイテ49

時間になると力強いドラフト音と共にゆっくりと列車は動き出しました。今回は重連ということで、加速・減速のタイミングをとる汽笛があり、C56とC57の微妙な音の違いをたっぷりと楽しめました(^-^)。

向かい側に座った年輩のご夫婦からお菓子を戴き、お話をするうちに山口に到着。ふとガイドブックに目を通すと何とも興味深い町で、次に来るときは1日歩く時間を設けたくなりました。

再び走り出すとほどなく終点の小郡に到着。 今宵の宿にチェックインし、荷物を降ろして小野田線乗りつぶしへ。宇部経由で居能へ入り、ここから小野田線へ入ります。少ししてやってきた電車はクモハ123で、小野田港辺りで花火があるため満員状態(x_x)。しかも中高生達が出口付近に固まるため乗るだけでも一苦労でした(-_-;。
#この辺はどの地方でも同じよ良からぬ慣習ですね…。

そのご一行が花火会場近くの駅で下車すると今度は空気輸送一歩手前という状況に代わり、先ほどまでの盛況がウソのように感じました(^^;。
小野田に到着後はそのまままっすぐ小郡へ戻り、明日の早起きに備えて早めに床へ着きました…。


翌朝は宇部線の始発電車に乗り宇部新川へ向かいます。目的は言うまでもなくクモハ42の出庫列車に乗るためです。せっかく乗るので、1分でも長く乗ろうと多少無理をした訳です(^^;。

クモハ42 長門本山駅にて

時間になるとがらがらと音を立てて扉が閉まり、そして魂を揺さぶるようなツリカケサウンドが車内に響き始めました。あまりに感動して思わず卒倒しそうになりましたが、気を取り直して久々の旧型国電の旅を楽しみます(^^)。

長門本山の折り返しでは撮影タイム。一緒に乗っていた同業者の皆さんたち(^^;があちこちに散らばっていきます。目的を果たして車内に戻ると運転士さんが乗車記念証を渡してくれると言う嬉しいハプニングが(^-^)。これはもう家宝にするしかないですね。

雀田到着後は居能、宇部経由で徳山をめざし、徳山からは岩徳線の乗りつぶしを敢行します。車中で時刻表を広げると当初予定よりも1時間早く行動しており、この列車の終点岩国から錦帯橋に立ち寄ることとしました。

錦帯橋

岩国市営バス いちすけ号

駅前から市バスに乗り、20分ほどで錦帯橋のたもとに到着。長らく写真でしか対面できなかったこの橋とついに対面を果たしました\(^o^)/。ゆっくり噛みしめるように橋を一往復し、再び駅へ戻ります。ちょうどバス停に戻ると岩国市営の名物バス「いちすけ号」が停車しており、慌てて飛び乗ります。このバスはかつて岩国に走っていた路面電車(戦前に廃止になったとか)の跡を走っているそうで、思わず目を皿にして町並み観察をしてしまいました(^^;。

再び山陽線に乗り込み、数年ぶりの広島市内へ。今回は可部線の乗り換えのため横川で下車し、ホームで列車を待ちます。ここも毎度おなじみ105系が現れ、可部まではサクサクと進んできます。いよいよここからは運転本数も激減し、今度の三段峡行きを逃すと大騒ぎになるので入線と同時に乗り込みます(^^;。

可部から先は、都会の風景から一転ローカル線の色が出てきてのんびりした空気になってきました。もう少し涼しければ窓を全開にして楽しみたいくらいです。

暫くのほほんと車窓を眺めているうちに終点の三段峡に到着。かつては浜田を目指した線路も駅のすぐ側でとぎれていて、ちょっと寂しい気分になりました…。

駅前で会社の先輩に戦果報告の電話をしているうちにバスが入線。話し終わってから「外周席」を陣取り車窓を楽しみます。そして戸河内からは何と中国道に乗り、80km/hという路線バスとしては最高のスピードを味わいます。自分の車の80km/hと違って迫力があり、ちょっとドキドキしてしまいました(^-^;。

広島市内に入り一般道に入ってからも途中からの乗車はなく、ほぼ定刻にバスセンターに到着。ここから広島駅までは広電に乗車します。自分としては京都市電が来ることを願っていましたが、残念ながらやって来たのは大阪市電。先に進まなくてはいけないので飛び乗りましたが、その後追っかけてきたのが何と京都市電!!! 悔しくて仕方ないのでいずれリベンジを果たすことを誓い、再び山陽線に乗り込みます。

この先は乗り残しになっていた呉線経由で糸崎へ。運良くクロスシート車だったので、海側に席を取って外を眺めます。噂通りの素晴らしい車窓に思わず見とれてしまいました(^^)。糸崎に着く頃には日も暮れ、あとは岡山を目指すだけとなりましたが、ふと尾道ラーメンの存在を思い出しふらりと途中下車をしました(^^;。案の定駅前に取り扱っているお店があり、キビナゴの天ぷらをおかずに背油入りのラーメンをしっかり楽しみました(^^)。

その後岡山に向い、サンライズ入線まで岡山電軌の乗りつぶしを敢行し時間つぶしをします。すべて乗り終えて駅に戻ってくるといよいよこの旅最後の列車になる「サンライズ」に乗り込みます。登場して1年目にしての乗車ですが、もう疲れもピークを迎えているため車内をちらりと見物した後床に着きました(^^;。


「サンライズ」 東京駅にて

と言うわけで、旅が終わって1ヶ月半経ってやっと完結しました(^^;。またまた駆け足の紀行文になってしまいましたが、ぜひご感想をお寄せください。

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2005年8月29日

年始も相変わらず乗り歩き!

1999年の年始は適度に休みがあったため、いろいろと乗り歩きをしてきました。
ちょうど良いタイミングなので、ここで一気に報告をしたいと思います。


1月1日

年始第1発目は横浜支部の面々と怪しいツアーへと出ました。目的は

 ・東横線高島町駅での乗降客はあるのか?
 ・京急大師線の川崎大師以東の乗客はどの程度か?
 ・エアポート初日はどんな動きをして空港へ行くのか?

という感じで、年始からなかなか「濃い」ものになりました(^^;。
目蒲線最終1本前で武蔵小山を出発。大岡山・自由が丘経由で東横線に乗ります。車内はどことなくけだるい雰囲気で、いつもの終電時間とはちょっと違っていました(^^;。
目的の高島町に着くと私たち以外にも数名下車し、大騒ぎになりました(@_@)。そして駅の改札口でメンバー全員が合流。ここでなぜか用意されていた日本酒で乾杯となりました(^^;。

入鋏省略!!
東急迷物? 入鋏省略(高島町駅にて撮影)

東横線の最終を見届けたあと、終夜運転を行っている京急の戸部駅まで徒歩行軍。ここから小島新田へ向かいます。こちらの電車は東横線とは違って活気がありました。
川崎に着くと乗客のほとんどは大師線ホームへとなだれ込み、残りは金町方面の電車へ流れていきました。そしていよいよ第二の目的を完遂すべく電車に乗り込みます。途中の港町、鈴木町では全く乗降はなく、川崎大師でほぼ全部が降りてしまいました。しかし、予想に反して私たち以外にも乗客が何名か乗車しており、先ほどの高島町に次いで驚いてしまいました(@_@)。

小島新田で折り返して今度は花月園前に行きます。ここで近くにあるJR国道駅の様子を見に行きましたが、終夜運転をしないにも関わらず構内の照明は付いており、当然出入りも自由でした。ホームからつばさ橋とベイブリッジを眺めた後、徒歩で鶴見駅へ。そして電車で八丁畷へ移動します。

ここのホームで突如酒盛りを開始(^^;。しばらく時間をつぶします。南武浜川崎線の始発を見送った後、いよいよ第三の目的である「エアポート初日」乗車のため川崎へ移動。そして予定通りに電車へ乗り込みます。
座ってつかの間のうちに蒲田到着のアナウンスがされ、一度ホームに停車。その後品川方向へ少し動いて方向転換して空港線ホームへと進入しました。こちらは私たちの予測をちょっと裏切るような形で残念でした。
そしてそのまま羽田空港へ向い、初日をちょっと拝んだ後家路へと着きました。しかしこんな新年の迎え方ってどんなもんでしょうか?

1月3日

この日は秋葉原の買い出しのついでに京成の乗り残しであった千原線を制覇しに行きました。

#ここは元々「千葉急行」という別会社でしたが、経営が破綻(!)してしまい京成へ吸収されたそうです。

秋葉原から上野へ移動して、京成特急で津田沼へ。ここから千葉線に乗り換えになるのですが、なんとちはら台行きは20分サイクル! 1本電車を見送り、やっとちはら台行きが到着。乗客はほどほどあったものの、千葉中央で一気に下車してしまい、千原線内へ向かう人は各車両数名という異常事態になりました(*_*)。

その後各駅で1~2人ほど降ろしていき、無事ちはら台へ到着。駅の周囲はまだ造成途中の模様でほとんど建物が無く、寂しさのあまり折り返しの電車で帰宅の途へ着きました(/_;)。この状況を見ると、経営破綻するのも何となくうなずける気がしてならないのは私だけでしょうか??


1月5日

続いてこの日は北総・公団線の制圧に向かいます。五反田から都営浅草線に乗り泉岳寺へ。ここから直通の印西牧の原行きに乗ります。

こちらも千原線同様本数が少ないものの、途中住宅地も多く、乗客もそれなりにありました。しかし終着間近になると先日のちはら台とタメを貼るほどの状況になり、たどり着いた印西牧の原駅周辺もほとんど住宅がないと言う状態でした(;_;)。駅から離れると綺麗な団地もあるだけこちらのほうが開けているようですが、完成にはまだ時間がかかりそうです…。

当然ここも何もすることがなく、しばらく駅周辺を散歩した後、開通してまもないらしいバスでJR成田線へと逃げ、我孫子周りで山手線内へと戻り、乗り歩きを終了しました。


1月11日

この日は寝床で時刻表を眺め、以前乗り残しとなっていた千葉都市モノレール制圧へ向かいました。しかし、東京駅に着いたところ電車の時間が空いてしまいロスタイム発生。とりあえずやって来た各駅停車の蘇我行きに乗って計画を練り直し、東武線の乗り残しである亀戸線と大師線を片づけることにしました。

途中の葛西臨海公園で下車し、都バスの乗り継ぎで亀戸駅へ。下町でバスに乗ることは珍しいだけに、町の観察をたっぷりできたのは大きな成果でした(^^)。

亀戸からは2両編成の電車に揺られて曳舟へ。目蒲線を彷彿とさせるのんびりとした走りで、ここにツリカケ電車がいたら…と思わず悪い考えを起こしてしまいました(^^;。

曳舟から準急館林行きに乗り、西新井へ移動。ここから大師線に乗り換えます。終点の大師前は無人とのことで、西新井で切符を回収するという面白いシステムに遭遇。これはなかなかうまい合理化の手段かもしれない。ごとごとと揺られること2分で大師前に到着。ほとんどの乗客は西新井大師への参拝へ向かっていった様子でした。

駅前にある「足立西新井局」で今年最初の旅行貯金を実施。なんと局番が1桁で驚かされました\(^o^)/。預けた後に都バスに乗り王子駅へ。ここのバスも裏路地のような所をうねうねと走り、なかなか楽しいものでした。
#しかしこんな狭い道に5分おきにバスが来るとは…。

王子からはこのところご無沙汰していた都電で早稲田へ。まともな路面電車に乗るのは昨年夏の西鉄北九州市内線以来なので、ここでしっかり鉄分を補給しておくことにします(^^;。

早稲田で1局預けた後新宿へ向い、買い物をして帰宅の途へ着きました。

【今回の収穫】
 乗りつぶし :京成千原線、北総・公団線、東武亀戸線&大師線
 郵便局   :足立区内と新宿区内で各1局

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2005年8月27日

TX全線完乗

今日は予定通り、つくばエクスプレス乗りつぶしに行ってきました。

今回は快速電車で全線通し乗りをしましたが、速さの割には乗り心地が良く不快な揺れを感じることはありませんでした。やはり最初から高速運転することを考慮して作ったお陰でしょうか。
肝心の沿線開発状況はまだまだ…という感じでしたが、この路線の開通で勢いがつくかもしれませんね。他の第三セクターが苦戦している昨今ですが、快適で速いことを全面的に押し出して頑張ってほしいものです(^-^)。

#なお今日の乗りつぶしレポートは後日お送りしますね(^-^)。

【今日の“乗りました記録”】
自宅~(南武線)~川崎~(京浜東北線)~秋葉原~(つくばエクスプレス)~つくば~(関東鉄道バス)~筑波山~(関東鉄道バス)~筑波神社前(ケーブル乗車)~(関東鉄道バス)~筑波山~(タクシー)~下館~(関東鉄道常総線)~取手~(常磐線)~上野~(京浜東北線)~川崎~(南武線)~自宅

【明日の“乗ります記録”】
なし

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今日のラストは

下館から関鉄常総線に乗ります(^^)。pcm_05_08_27_0004.jpg

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筑波山もクリア

12時08分に無事到着しました(^^)。pcm_05_08_27_0003.jpg

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つくば駅

あっと言う間に着きました(^^)。pcm_05_08_27_0002.jpg

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TX秋葉原駅

9時30分発のつくば行きで出発します(^^)。pcm_05_08_27_0001.jpg

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2005年8月26日

東武の"網の目"も無事クリア

盆休み最終日の2005年8月16日、またまた私鉄各線の乗りつぶしに行ってきました。

今回は最終完乗路線の東武佐野線を除いた東武の各支線と、栃木で一番の"難所"わたらせ渓谷鐵道をターゲットにし、南武線の立川行き始発電車で自宅最寄駅を出発しました。

府中本町駅での乗り継ぎがスムーズに行ったお陰で、朝霞台5時29分発の小川町行きに乗ることができました。ロングシートという悪条件でしたが、早起きしすぎて眠かったので小川町駅までのひととき仮眠を取って過ごします。

小川町駅で寄居行き普通に乗り継ぎ。天下の東上線も末端区間はローカル線そのもので、運転系統を切り離して本数を絞っているの状況に思わず納得。
落ち着くまもなく寄居に到着。ここから八高線で高崎を目指します。乗り継ぎ時間が短いため、走って跨線橋を渡って八高線ホームへと向かいます。席に座り一息つくと列車は動き出し、間一髪セーフ。もし何かの事情で東上線の到着が遅れていたら今日の計画は台無しになってしまうところでした…。

ボックスシートに座り、うつろうつろしながらくつろいでいると倉賀野駅で高崎線に合流。そしてあっという間に高崎駅到着となります。
さほど間を置かず乗り継げた両毛線に乗り、8時ちょうどに伊勢崎駅に到着。ここから東武線の「網の目」を片付けに入ります。当初考えた計画では若干効率が悪かったため、ホームに掲示されていた全線時刻表とにらめっこをして計画修正。ひとまず8時21分発の浅草行き準急に乗り、太田駅まで進むことにします。
こちらも先ほどの東上線と同様、あの伊勢崎線の末端とは思えないローカル線的雰囲気。途中行き違いなどをしながら、順調に進んでいきます。

8時52分、高架駅になったばかりの太田駅で下車。「スバルの城下町」なので時間があれば街中に繰出したかったのですが、今回は涙を呑んで素直に小泉線に乗り換えます。
ホームに入ると2両編成の8000系がちょこんと止まっていました。席に座るとまもなく発車。単線の線路をまったりと走り、10分ほどで東小泉駅に到着。館林行き到着まで、ホームの様子を見ながら待ちます。
15分ほどして西小泉の方から5050系が入線ヽ(^o^)丿。もうすでに乗ることができないと思っていただけに、思わず心の中でバンザイ三唱をしてしまいました(^^;。16分ほどの短い時間ではあるものの、モーター付の車両に乗り込んでツリカケサウンドを堪能します(^-^)。

9時38分、館林駅に到着。まだまだ乗り続けたい気持ちがありましたが、後があるので気力を振り絞って下車して改札を出ます。
ここから再び下り方面の列車に乗り、わたらせ渓谷鐵道の接続駅である相老駅を目指すのですが、普通列車乗り継ぎでは接続がよろしくないので、まもなくやってくる「りょうもう5号」に乗車することにしました。
9時53分、「りょうもう5号」が入線。相老までガラガラの車内でちょっと贅沢なひとときを過ごします。

40分ほどで相老に到着。わたらせ渓谷鐵道のホームにはすでに列車が入線していたので、そそくさと乗り込みます。夏休みの真っ盛りということもありなかなかの乗車率でボックスシートは確保できなかったものの、最後部のロングシートに座り風景を楽しむことにします。
大間々では満員のトロッコ列車を目撃。発車までまだ時間があるにも関わらず満員となっているところを見ると、この先の風景は相当期待できそうな雰囲気(^^)。大間々を出るとまもなく、期待通りの見事な渓谷美が車窓に現れました、清々しい気分になります(^-^)。
終点の間藤に近づくに連れて車内の人は減って行き、気が付くとボックスシートにも空きが現れました。当然席を移動し、終点までのんびりと過ごします。

間藤駅舎
相老を出て約1時間20分、間藤駅に到着。折り返しまで7分ほどあるので、駅構内を散策して時間をつぶします。
駅舎内には故宮脇俊三先生の「時刻表2万キロ」の一文を紹介する記事が貼られていました。そう、ここは知る人ぞ知る宮脇先生が国鉄完乗を果たした駅。ふと乗りつぶしをする者にとっては「聖地」なのかも…と思ってしまいました。
わたらせ渓谷鐵道のレールバス
12時04分、列車は間藤駅を離れて再び渡良瀬川沿いを下っていきます。帰りはずっとボックスシートを確保できたため、時折居眠りをしつつ(^^;風景をと堪能します。
気が付くと相老駅を過ぎ、13時29分桐生駅に到着。これで今日の大物は無事クリアとなりました(^^)。20分ほど待ち時間の間に駅構内の立ち食いそばで昼食タイムを取り、13時48分発の小山行きに乗り込みます。

1年ほど前JR全線完乗で訪れた佐野駅を通り過ぎ、40分ほどで栃木駅に到着。ここから今日の最終ポイントである東武宇都宮線に乗車します。改札口を入ると頭上からツリカケモーターの音が響いてきたのでもしや…と期待してホームに上がると、またまた5050系が…ヽ(^o^)丿。1日に2度もツリカケ電車に乗れるとは最高の一言に尽きます(^-^*)。
14時42分、電車は重々しい唸りを上げて出発。先ほど小泉線で乗った時よりも速度を上げるため、しびれるようなサウンドが楽しめます(^-^)。
完全にトロトロ状態(^^;になった頃、終点の東武宇都宮に到着。これで本日の乗りつぶしは無事終了となりました(^^)。

その後はバスで宇都宮駅へ移動。絶妙のタイミングで乗れた「湘南新宿ライン」で帰宅の途に着き、今日の旅を無事締めくくりました。

☆今回の作戦終了時点の残り未乗率(つくばエクスプレス含む)…15.7%☆

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2005年8月24日

TXも初日襲撃(^^;

今日は「つくばエクスプレス」の開通日。年休を入れなかったため開通区間全線通し乗りはできませんでしたが、夕方仕事が終わってから北千住~秋葉原間だけ「試し乗り」してきました(^^ゞ。
さすが話題の路線ということもあり、鉄な人だけでなく沿線住民の人や通勤帰りにちょっと寄り道…という人も多く見受けられ、秋葉原駅に関しては半分パニック状態になっていました(^^;。
おそらく向こう1週間くらいこの状態が続きそうですが、この週末茨城県内の未乗路線を絡めて全線乗車をしてこようと思います(^-^)。

【今日の“乗りました記録”】
自宅~(目黒線、三田線、浅草線)~某鉄道会社~(東京モノレール)~羽田空港~(京急、浅草線、三田線)~某メーカー本社~(日比谷線、千代田線)~北千住~(TX)~秋葉原~(京浜東北線、南武線)~自宅

【明日の“乗ります記録”】
自宅~(東横線、山手線)~職場~(中央線)~某メーカー本社~(浅草線、三田線、目黒線、南武線)~自宅

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ついにJR九州制覇!!

1998年9月10日~15日にかけてちょっと遅めの夏休みを頂き、九州へと出かけてきました。今回の旅では初のJR1社の完乗という大変なタイトルがかかっているため、計画もかなり入念に行われ、現地では「タイムアタック」が登場するなど、かなり苦戦を強いられましたが、1998年9月15日 筑豊本線6542Dに乗車、10時59分若松駅に到着し、無事JR九州全線完乗を達成しました\(^o^)/。

今回久しぶりに写真を撮りましたので、報告がてら紹介したいと思います(^^)。

tsubame
JR九州ご自慢のつばめ型電車です。今回の旅ではまず初日の夜に「ドリームつばめ」(何とグリーン車に乗りました)、そして3日目の「にちりんシーガイヤ」と2回乗車できました。
「にちりんシーガイヤ」ではビュフェを利用し、なかなかおいしいチーズケーキとコーヒーを味わい至福の時を過ごすことが出来ました(^^)v。
今度九州へ来るときには「つばめ」のグリーン車にチャレンジ、というところでしょうか。

moji-kou
門司港駅の駅舎です。以前から評判は聞いていましたが、噂以上の重厚な作りで記念物の指定を受けたのも頷けます。
門司港駅界隈は結構このような洋館が多いとのことで、時間があれば散歩をしたかったというのが本音のところですが、今回の旅は「乗りつぶし」がメインでこの先があったので涙を呑んで諦めました(T^T)。

yoake
某乗り継ぎの始発駅、夜明の駅名表です。最近あまり見かけなくなってきた木製だったので思わず一枚撮りました(これは本音ぢゃないのでは?<私)
周囲の風景は至ってのどかで、時々田圃から鳥避けの空砲が聞こえる以外は至って静かでした。ホームのベンチに座ってのんびり風景を眺めていると日頃のイヤなことを忘れることができます(^^)v。

dc52
私の大好きなディーゼルカーの一つ、キハ20の兄弟にあたるキハ52です。これは以前南九州で走っていると言う噂を聞いたので、今回北九州で乗ることができて驚くばかりです。
この車両の後がまとして製造されたキハ40とは違って、いかにも"昔のDC"という雰囲気が漂っています。
さて、今度はいつどこでこの車両の姿を見ることが出来るでしょうか?

wakamatsu
これが私のJR九州線完乗の地、筑豊本線若松駅です。いわゆる"本線"の起点にしてはちょっと小振りな駅で、反対側の原田とともに「あれぇ?」という印象を受けました。
何はともあれ、この駅私にとっては忘れられない駅の一つとして心に残っていくことでしょう(^^)。

【今回の収穫】
 乗りつぶし完了路線:JR九州全線、西鉄全線、筑豊電鉄、甘木鉄道
 預けた局数     :吉松局、都城北原町局、伊万里局、基山局、原田局の計5局
 食べた豚骨ラーメン:佐賀市内で1杯、基山町で1杯、福岡の長浜で1杯(替え玉1)、博多駅そばで1杯

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2005年8月23日

身延線・小海線・碓氷峠

1998年7月20日、青春18きっぷで東京近郊の乗り歩きに行ってきました。

今回は特急用車両が充てられる乗り得鈍行として知られる323Mで品川から出発。乗り慣れてしまっている東海道本線で西へ向かう。横浜~小田原で混雑したものの、あとの区間では空席がぽちぽち現れる程度の乗車率。今後も利用する機会が増えるかも。

富士で身延線に乗り換え。以前この路線に乗ったのは1982年頃で、まだ旧型国電がぞろぞろと走っていた時代。しかも平坦な区間(富士~西富士宮)しか乗っていないので、本格的に乗るのは実質今回が初めてとなる。
うっすら記憶に残っている西富士宮まではあまり変化の無い車窓だが、西富士宮を出ると長い急勾配となり、気が付けば富士宮市街が車窓に見えてきた。高度を稼ぐため、身延線は大きなカーブを描いていることがわかる。

その後は時折富士川の姿を見つつ山間部をのんびりと走っていく。身延では長時間停車となり、ホームで一服。この時間が鈍行での旅の醍醐味である(^^)。
再び山間部を走っていき、視界が開け始めるといよいよ甲府到着。ホームで立ち食いそばを発見したので早めの昼食にする。

今度は中央本線で小淵沢へ向かう。ここも事あるごとに乗っているためあまり珍しいという感じはしない。

小淵沢に着くと小海線の列車も同時に到着したため、中央本線へ乗り換える乗客と小海線へ乗り換える乗客とで跨線橋は大渋滞になり身動きがとれない。やっとの思いで小海線に乗り込むと席はしっかりと埋まっている。やはりシーズン中なので仕方ない。
そして時間になり、小諸行きの列車はゆっくりとホームを離れた。かつての旧式のディーゼルカーならば唸るばかりでスピードが上がらないような勾配も新型のディーゼルカーでは比較的余裕を持って登っていく。この車両は窓が開かないことを除けば最近のJRのディーゼルカーの中では良い車であると思う。特に小海線という、外の空気をも楽しみたい路線において窓が開かないというのは大きなマイナスポイントではないだろうか。
その後甲斐小泉、清里と客を減らして行き、席を確保できる状態になった。鉄道最高地点もかつての苦しみながら通過して行く姿からは考えらられないような状態で駆け抜けていく。
野辺山を過ぎると更に客は減るが、席はほとんど埋まった状態のまま先へ進んで行く。駅間も東京近郊の私鉄並の短いものとなり、乗客は細かく入れ替わっていく。
その後中込で1両増結されても混雑状況はほとんど変わらず、個人的には安心する。佐久平でまた客を増やし、いよいよ小諸に到着。車窓は比較的に変化に富んでいたお陰で2時間退屈せず楽しむことが出来た(^^)。

ここからしなの鉄道に乗り換え、軽井沢へ向かう。ここも乗車率は良く、果たして第3セクターにして良かったのか疑問が出るような感じである。車両は毎度お馴染みの近郊型電車である。

ほぼ1年ぶりとなる軽井沢に到着して、ここから碓氷峠代行バスで横川へ向かう。すでにバスは入線しており、驚いたことにほぼ満席で続行便も出る模様。とりあえず先発するバスに乗り込む。
発車時間5分前に満席になったため発車となるが、ここで「渋滞回避のため旧道経由で運転」するとの放送が入り、思わず舞い上がる(^^;。当然の事ながら途中で見かける信越線の遺構を眺め、昨年の夏の日を思い出す。改めて廃止されたことが悔しくなり、またバスのこの混雑を考えるとあまりに容易に路線を切ってしまったと思う。叶わぬ願いかも知れないが、再びこの区間に列車が走ることを望むばかりである。

約40分ほどで横川に到着。大好きな「峠の釜飯」を買い、高崎行きへ乗り込む。駅の軽井沢寄りには強固な車止めが置かれており、もう復活はあり得ないのかな…という印象を受ける。1年前には「峠のシェルパ」EF63の勇ましき姿もあったのだが、今はそれすら想像できないくらい静かな駅構内。ホームでじっと立っているうちにだんだん悲しくなってきたので電車が入線すると同時に乗り込むことにする。

ここからはひたすらロングシートの車両が続き、せっかくの釜飯も食べにくい状態が続く。しかしいつまでも待っていても仕方ないので適当なところで食す。
そして19時13分、無事上野に到着。これで今回の旅はお開きとなった。

【今回の収穫】
  乗りつぶし完了路線:身延線、小海線、碓氷峠代行バス
  初乗り路線     :しなの鉄道(軽井沢~小諸)

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2005年8月21日

北関東乗りつぶし

今日は南武線の始発電車で出発し、群馬、栃木の私鉄線乗りつぶしに行ってきました。今回もまた地震というおまけが付きましたが(-_-;、東武線内で5050形に2度も乗れるなど上々の一日となりました(^-^)。
レポートはまた後日、「るろう」にアップしますのでどうかお楽しみに。

【今日の“乗りました記録”】
自宅~(南武線)~府中本町~(武蔵野線)~北朝霞・朝霞台~(東武東上線)~寄居~(八高線)~高崎~(両毛線)~伊勢崎~(東武伊勢崎線)~太田~(東武小泉線)~東小泉~(東武小泉線)~館林~(東武"りょうもう号")~相老~(わたらせ渓谷鐵道)~間藤~(わたらせ渓谷鐵道)~桐生~(両毛線)~栃木~(東武日光・宇都宮線)~東武宇都宮~(関東バス)~宇都宮~(湘南新宿ライン)~新川崎・鹿島田~(南武線)~自宅

【明日の“乗ります記録”】
自宅~(東横線、山手線)~職場~(山手線、東横線、南武線)~自宅

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間藤駅にて

今日一番の「大物」をクリアしました(^^)。pic_0003.jpg

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2005年8月16日

お盆休み終了

お盆休み最終日の今日は、豊橋・浜松まで遠征してきました。
現地に着いた頃に宮城県方面で大きな地震があり帰りの足が心配になったものの、特に問題なくあっさりと帰宅の途に着くことができました(^^;。
どうも今年は乗りつぶしに出ると何かが起きる傾向があるので、今週末の群馬方面、来週末のTX方面の乗りつぶしの時には本当に「何も起きない」ことを願うばかりです…(^^;。

【今日の“乗りました記録”】
自宅~(南武線)~川崎~(東海道本線)~掛川~(天浜線)~新所原~(東海道本線)~豊橋~(豊橋鉄道)~三河田原~(豊橋鉄道)~豊橋~(豊橋鉄道市内線)~赤岩口~(徒歩)~運動公園~(豊橋鉄道市内線)~豊橋~(東海道本線)~浜松~(遠鉄)~西鹿島~(遠鉄)~浜松~(東海道本線)~静岡~(東海道新幹線)~小田原~(東海道本線)~川崎~(南武線)~自宅

【明日の“乗ります記録”】
自宅~(東横線、山手線)~職場~(山手線、東横線)~自宅

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お次は

豊鉄市内線に乗ります(^^)。pic_0002.jpg

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豊鉄目蒲線(^^;

久々の7200系です(^^)。pcm_05_08_16_0001.jpg

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2005年8月13日

今回は

嵯峨野のトロッコで締めます(^^)。pcm_05_08_13_0002.jpg

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ケーブルに乗ったついでに

やっと見ることができました(^^)。pic_0001.jpg

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2005年8月 7日

今回は…

無事大井川鐵道乗りつぶしから帰還しました(^^)。
前回の箱根では地震のお陰で酷い目に遭いましたが、今回は特に大きなトラブルもなく順調に行程をこなすことができました(^-^)。
ちなみに終了後は常連の御影すばるレガシィさんと下落合の砂雲土で一献。"さし"でお話するのは久しぶりでしたが、今回はいろいろためになるお話を伺いました(^-^)。

#昨夜は夜遅くまでお疲れ様でした(__)>御影さん。

【昨日の“乗りました記録”】
自宅~(南武線)~川崎~(東海道本線)~金谷~(大井川鐵道)~井川~(静鉄バス)~静岡~(東海道本線、湘南新宿ライン)~新宿~(山手線、西武新宿線)~下落合~(西武新宿線、山手線、東横線、南武線)~自宅

【今日の“乗りました記録”】
なし

【明日の“乗ります記録”】
自宅~(南武線、東横線、湘南新宿ライン)~大宮~(埼京線、東横線、東急バス)~自宅

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2005年8月 6日

井川駅にて

3時間じっくり楽しめました(^^)v。井川駅駅舎

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金谷駅にて

今日は大井川鐵道乗りつぶしです(^^)。大井川鐵道16000系

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2005年7月24日

箱根山での戦いは…

地震のお陰で箱根山レポートが書けずじまいになってしまいました(^^;。なるべく早いうちに「るろう」の方にアップしますので、しばし間お待ちください(__)。

【昨日の“乗りました記録”】
自宅~(南武線)~川崎~(東海道本線)~小田原~(伊豆箱根バス)~駒ヶ岳登り口~(伊豆箱根ケーブル、ロープウェー)~箱根園~(遊覧船)~箱根関所跡~(伊豆箱根バス)~十国峠(ケーブルカー往復)~(伊豆箱根バス)~箱根関所跡~(伊豆箱根バス)~強羅入口~(徒歩)~強羅~(箱根登山鉄道)~箱根湯本~(伊豆箱根バス)~小田原~(東海道本線、辻堂にて150分抑止)~戸塚~(横浜市営地下鉄、振替乗車)~上大岡~(京急、振替乗車)~京急川崎~川崎~(南武線)~自宅

【今日の“乗りました記録”】
なし

【明日の“乗ります記録”】
自宅~(東横線、山手線)~職場~(山手線、東横線、南武線)~自宅

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2005年7月23日

05年夏の乗りつぶし第一段は

ここからスタートです(^^)。komagatake.jpg

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2005年7月 4日

18きっぷ購入

夏の「乗りつぶし作戦」に備え、18きっぷを買いました。
今回2年ぶりの購入ですが、券面を見るだけでも血が騒ぎますね(^^;。他の予定との絡みがあるので今の時点では日程が確定できなかったりしますが、合間を縫って少しでも多くの路線を制圧しに行きたいと思いますo(^-^)o。

【今日の“乗りました記録”】
自宅~(東急バ