年末の京都へ
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2007年8月3日から5日にかけ、「鉄分補給」に行ってきました。
今回は3月に路線延長となった大阪モノレールの新線区間制圧と餘部鉄橋見学、そしてキハ181の最後の"牙城"と言われる特急はまかぜ乗車を目的とし、その他はその場で適当に…という実にお気楽な行程の旅となりました。
3日の朝は早朝の南武線でスタートし、まずは川崎へ。そして西へ下る時には定番となっている「ながら」折返しの普通列車を捕まえ、リクライニングシートでじっくり体力を蓄え(睡眠をとって)静岡まで進みます。
静岡からは焼津、浜松、豊橋、岐阜、大垣と乗り継ぎと途中下車を繰り返し、米原には何と15時過ぎに到着。かつてのように"本気で"乗りつぶしをしていた時には考えられない緩やかペースで、これも「乗りつぶしの呪縛」から解かれたお陰なのかと自ら感心してしまいます(^^;。
この後は新快速で真っ直ぐ大阪へ…というつもりでしたが、特急はまかぜを捕まえるにはまだ早すぎるということで、途中の石山で下車して京阪石坂線と京津線に乗ることに決めました。
石山で下車し、何度となく歩き慣れた通路を歩いて石坂線改札を通過。ホームに降りるとまもなく電車が入線。久しぶりの石坂線の電車はいつものようにまったりゆったりの速度で琵琶湖のほとりを進んでいきます。
浜大津では乗り継ぎがうまく行き、2分で京都市役所行きに接続。スーパーカーの異名を取る800形電車は、急勾配、急カーブ続きの逢坂山を軽快に走り抜けて行きます。
山科で京阪電車と別れ、再び新快速に乗り込みます。夕方ラッシュが近づいてきたせいか先程に比べて混雑が激しくなり、大阪に着く頃には通路に人がびっしり…という状態になっていました。
大阪駅についてからは入線の時間まで駅構内をふらついて時間調整。発車10分前にホームへと戻り、入線を待ちます。
18時ちょうどの新快速を見送るといよいよ目的の列車が独特のエンジン音を奏で入線してきました。開扉と同時に乗車し、発車を待ちます。
18時06分、列車はしびれるような唸りを上げて出発。昨今のディーゼルカーとは異なり恐ろしく加速は悪いものの、一度スピードが乗り出すと安定した乗り心地となり何とも気持ち良いです(^^)。そして速度上昇とともに独特のエンジン音が車内に響き渡り、古き良き時代の国鉄特急に思いをはせながら車窓を楽しみます。
姫路で方向転換をして播但線に突入。線路条件が悪い路線にも関わらずなかなか良い速度で走り、さすがは特急という印象を受けます。
和田山からは山陰本線に。さらに線路条件が悪くなってきて、どことなく元気のない走りになってきました。それでも餘部鉄橋では「銀河鉄道のような雰囲気(知人のコメントより)」を堪能。何とも言えない幸せな気分に浸るうちに終点の鳥取に到着。大阪を出てから4時間20分という長丁場だったものの、最後まで飽きることはありませんでした。
列車を降りた後は宿に直行。明日朝からの闘いに備え、日付が変わる前に床につきました…。
4日は5時40分に起床。パッと身支度を整え、チェックアウトします。
駅構内のマクドで朝ご飯を食べ、6時57分発の普通列車でまずは浜坂を目指します。
のどかな沿線風景とはミスマッチなキハ121に揺られること50分で浜坂に到着。20分ほどの待ち時間を経て、おなじみののキハ47に揺られ、いよいよ今回一番の目玉「餘部鉄橋」を目指します。
浜坂を発って15分程で餘部に到着。ホームに降り立ち、列車の進行方向を見ると目の前にあの餘部鉄橋の姿が…。地図などで距離が近いということはわかっていたのですが、実際にホームへ降り立つとここまで近いのかと驚かされます。
列車を見送った後、撮影名所の"お立ち台"に上がり列車の到着を待ちます。
すぐそばで撮影場所談義に花を咲かせている人たちをよそ目に(^^;周囲の風景を眺めつつ待っていると、ふと遠くから汽笛が聞こえてきました。そろそろと思いカメラを構えると、ついに列車がトンネルを抜けて橋の上に出てきました。すかさずシャッターを落とし、まもなく姿を消してしまうこの風景をしっかりと記録しました。
撮影後は橋の下にある集落へと向かいます。決してにぎやかという訳ではないですが、何ともいえない独特の雰囲気があり、それこそ一泊してのんびりしたらさぞかし良いだろうなぁと思ったほどでした。
集落を抜けた後は近くにあった神社で、この後の旅の安全を祈り(ちなみに鈴を鳴らした時に私にとって最強の"天敵"が頭上から落ちてきて死ぬほどビックリしたというとんでもないオチもありました(^^;)、今度はかつて列車が転落した事故現場へと向かいます。
事故現場には地蔵菩薩が立てられ、その当時の事故のことが簡単に触れられています。もうかれこれ20数年も前の話ですが、落ちた列車が有名な「ジョイフルトレイン」だったこと、そしてその現場が鉄道の名所であったこともあり、今でもそのことを鮮明に覚えています。
結局その時のことが引き金になって掛け替えという話になった訳ですが、何故その時未然に事故を防げなかったのかということを考えると、何とも切ない気分になります。
亡くなられた方の冥福を祈ってその場を離れた後は、香住行きバスが来るまで橋のすぐそばにある喫茶店で一休みします。
アイスティを飲みながら外の様子を見ていると観光バスでやってきた団体さんたちが、先程までの私と同様橋の周辺をぐるぐると歩き回っていました。やはりまもなくなくなるという話を聞きつけて、どこかの旅行帰りに立ち寄っているのかもしれませんね。
バスの時間が迫ってきたところで休息を終え、バス停へと向かいます。先程の"お立ち台"を見上げるとカメラの砲列がはっきりとわかり、朝早めに来たことが正解だったということを実感させられました。
定刻になり、香住駅行きのバスが到着。初乗りとなる全但バスは期待していた古いバスではなく、こぎれいなキュービックだったのでちょっとガックリ(^^;。とはいえのんびりした雰囲気は都会の路線バスとは異なり、周囲ののどかな風景とあいまって楽しいものがあります。
15分程で香住駅に到着。目的の列車到着まで40分近くあるので、待合室でのんびりしながらこの後の行程を考えます。
当初は山陰線で真っ直ぐ京都に向かうつもりでしたが、昨日大阪モノレールに乗らなかったこともあるので大幅に予定を修正。福知山から宝塚へ抜け、阪急宝塚線の蛍池からモノレールに乗ることにしました。
10時56分の城崎温泉行き列車で再び列車の旅を再開。ここもおなじみのキハ47で、ボックスシートに身をゆだねてのんびりと風景を眺めます。
城崎温泉からは電車が走る区間となり、乗り換えたの列車は113系。ここから線路状態も格段に良くなり、速度もグンと上昇します。しかし列車本数が増えてきたため、各駅ごとに交換待ちが発生。しかも対向列車の遅れがあったようで、徐々に停車時間が延びていきます。
何となく不完全な気持ちになりかけた頃に福知山に到着。乗り継ぎ列車まで時間があるので、駅構内にある「王将」で昼食を取ります。
13時56分に福知山線篠山口行きが出発。部活の遠征帰りらしい中学生?の集団に巻き込まれ、車内はとんでもないくらいの大混雑。マナーの悪い輩もいてムカムカしていたものの、そのうちいなくなるだろうと思い我慢をして過ごします。その思いが通じたのか、終点間近になるとそのほとんどが下車して落ち着きを取り戻しました(^^)。
篠山口ではわずかの時間で大阪行きに乗り継ぎ。幸い同じホームだったので、あっさりと乗り換えができました。
221系の転換クロスに座り、しばし休息。かつて@niftyのオフ会で訪れたことのある武田尾、生瀬を通過するとまもなく宝塚に到着。ここで阪急線に乗り換えです。
15時58分発の急行に乗って20分ほどで蛍池に到着。ここでも乗り換えがスムーズにできたお陰で、万博記念公園までさほど時間をかけずにたどり着きました。
ここからは今回の旅の第二の目的である乗りつぶしです。阪大病院前を過ぎると新線区間に突入。開発中の空き地が目立つ中をゆったりまったりと走っていくと、6分程で終点の彩都西に到着。駅前にバスの乗り入れがないことを確認し、1本後の万博記念公園行きに乗車して彩都西を後にします。
万博記念公園から南茨木へ抜けた後、阪急京都線に乗って一路宿のある烏丸を目指します。茨木市で特急を捕まえるとあっという間に京都市内に突入。そして烏丸に到着しました。
駅から徒歩数分のところにある宿に荷物を預けた後は、京都在住の友人と一献。今回もおいしいラーメン屋を紹介していただいた上に、おいしいお酒と楽しいお話で盛り上がり、京都の夜は更けてゆきました…。
5日は7時半に起床。朝食を食べてからチェックアウトし、まずは「京都へ来た時の定番」である八坂神社詣でに行きます。
参拝後は今回の旅の三つ目の目的である「赤川橋梁」の見学へ向かうことにします。
京阪四条から京阪特急の2階席に座り、ちょっと贅沢な気分を味わいつつ京橋を目指します。
京橋からは「赤バス」に乗り換えます。バスは駅を出ると廃線跡とおぼしき物件のそばや普通のバスなら走らないような狭い道など、実に面白い場所ばかり走っていきます。しかしあまりにグルグル回っていたために自分がどこにいるのか見当が付かなくなり、目的地の桜宮高校についた時には何だか訳のわからない状態になっていました(^^;。
ひとまず少し落ち着いて方向感覚を取り戻し、いよいよ赤川鉄橋とご対面となります。団地を通り抜け、淀川の土手に上がると目的の橋が目に入りました。一度河原に降りて橋をくぐり、再び土手に上ると赤川橋梁の入口にたどり着きます。
何枚か写真を撮った後、橋に足を踏み入れます。鉄道橋を渡るのは福知山線廃線歩き以来ではあるものの、こちらは一般の人を通行させることを目的としているため結構しっかりした「木道」で安定感があります。とはいえ、川の中程ではちょっと強い風が吹いていて、帽子が飛ばされそうな間隔もあり、台風の時などはかなりおっかないのだろうなぁと思ってしまいました。
歩き始めて数分で対岸にたどり着き、赤川鉄橋訪問は無事終了。次ここへ来る時は電車の中から様子を見ることになるのかな、と思いながらその場を離れました。
その後は鉄橋近くの東淡路一丁目バス停から大阪駅行きバスを捕まえ、市内中心部に向かいます。まだ昼前ということもあるので、途中天六でバスを降りて堺筋線に乗って南へ下ってみることにしました。
ガラガラの天下茶屋行き電車に揺られて10分で恵美須町に到着。ここで下車して、阪堺電車に乗ることにしました。
通天閣が見えるホームへと入り、しばらく周辺を眺めて待っているとこぎれいな電車が入線。前よりの座席に座り、のんびりとした雰囲気を楽しみます。
途中の住吉で下車し、今度は天王寺方面へ乗り換えます。時刻表を見て住吉方面からのホームへ移動しようとしたところ放送が流れ、我孫子道方面からのホームへと方向転換。そしてまもなく「雲電車」塗装の501形が入線。満50歳を迎えているにも関わらずパッと見の痛みが少なく、大事に使われていることがよくわかります。
途中で乗客をぼちぼち増やしながら電車はのんびりと進み、約20分で天王寺駅前に到着。
そろそろお昼も近づいてきたので、御堂筋線に乗ってなんばへ移動します。
なんばに着いて定番の「金竜ラーメン」へと向かいます。時間がよかったのかあまり混んでおらず、すぐに食べることができました。いつも通りに具をしっかり乗せ、汗をかきながら食します。
しっかりお腹を満たし、ふたたびなんば駅へと戻ります。時間を見るとまだ京都駅に戻るには早かったので、千日前線で野田阪神を目指します。
野田阪神で阪神電車に乗り換えて、ここからはまっすぐに梅田へと向かいます。梅田到着後はいっそ阪急でも…と思ったものの、ひとまず素直にJRに乗って京都を目指します。
京都到着後はお土産を購入し、駅構内でお茶休憩。そして15時39分発の東京行きひかりで帰京の途に着き、3日間におよぶのんびり乗り歩きの旅は無事終了となりました。
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2002年、念願の山鉾巡行を無事見ることができたものの、尋常ではない混雑に気が滅入ってしまい(^^;、ふと思いつきの乗り歩きに出ることにしました(^^)。まず最初に近鉄線の南大阪線系列で乗り残しとなっている「御所」「長野」「道明寺」の3線を押さえてしまおうと思い立ち、四条から京阪電車に乗って丹波橋へ出て、ここから近鉄に乗り換えます。
ホームに入り時刻表を見ると橿原神宮行き特急がくるようなので、特急券券売機に行こうとしたものの、落雷で一時不通になっていたため運休とのこと。やむなく次の奈良行き快速急行で西大寺を目指します。
途中落雷現場となった小倉駅そばの踏切で徐行をしたものの、あとは比較的順調に走りあっと言う間に西大寺…のはずが、山田川付近から数分おきに走ったり止まったりの状態になってしまいました。車内巡回に来た車掌さんによると、落雷の遅延によって京都線、奈良線ともに電車が数珠繋ぎになってしまい、西大寺に入線できないのが原因とか。もうどうにもならないので、おとなしく到着を待ちます。
そして走る、止まるの状態を繰り返すこと30分強、やっと西大寺に到着。次の手を打つために駅員さんに橿原神宮前に向かう電車を問い合わせると、とりあえず普通列車が先発するそうなので6番ホームへ移動し、入線してきた電車に身をゆだねます。
さすがにこちらは影響がほぼ解消したようで、かなりいい勢いでかっ飛んで行きます。
何とか最後まで抑止がかからず、無事に橿原神宮前に到着。ここから南大阪線の2両編成ワンマン電車に揺られて尺土に移動。続いて御所線に乗り換えて近鉄御所に向かいます。
近鉄御所に着いてからは、薄暗いアーケードと狭い商店街を通り抜けて和歌山線の御所へ。ここで時刻表を眺めて今後の行動を検討した結果、まもなくやってくる和歌山行きで橋本に向かうことに。相変わらず路線に見合わない105系のロングシートに深々と座り、先を目指します。
途中五條で「阪本線」のバスの姿を発見。近々廃止になるという噂もあるため、どうしようかと悩むうちに電車は出発。その後もあれこれと悩むものの、あっと言う間に目的地の橋本に到着してしまいました。とりあえず駅前に出て、喫茶店で遅めの昼食をとります。
お腹を満たし駅に戻って時刻表を眺めているうちに、やはり五條へ戻るべきという結論が出たので、まもなくやってきた王寺行きの電車に乗り込みます。
五條に到着し、バスの時刻表をチェックするとまもなく到着の模様。待合室の様子や運賃表を眺めてフラフラしているうちにバスが入線。しかも今や全国でたった1台となってしまった日野車体のいすゞCJM500が登場(^^)。早速乗り込んで車内観察をしながら発車を待ちます。
そしてまもなく、乗客は私を含めてわずか3人という状態で五條駅を出発。懐かしい特有のエンジン音を響かせて国道をしばらく走って行きます。
五條病院バス停を過ぎると専用道入口の看板が登場。いよいよ「線路上」を走るようです。急な坂道を登って行くと進行方向右側から築堤が現れ、そしてその高さに達するといよいよ「線路上」に突入します。ここからは道路にしては緩いカーブと勾配になり、バスの唸りもおさまります。一般道との交差点部分はあきらかに踏切を意識した作りになっていて、もしやレールバスに乗っているのか?と思ったほどです(^^ゞ。その後の各停留所や、トンネル、橋なども独特の雰囲気があり、周囲の風景の良さもあって飽きない旅路となります。
五條駅を出て30分ほどで終点の城戸「駅」に到着。ここは数年前にうちの車でやって来たことがあるのですが、その当時と全く変わっておらずホッとします(^^)。折り返し時間を利用して「駅」構内を散歩して時間をつぶします。



そして折り返しのバスで再び今来た道を戻り五條駅へ。再び和歌山線で橋本へ向かいます。
橋本からは南海高野線に乗り換え。時刻表を見ると大型車による急行電車だそうで、時間間近になって難波方から6001系が入線してきました。ちょっと懐かしい雰囲気のエンジ色ロングシートに身をゆだねて紀見峠を越えていきます。
河内長野からは近鉄長野線のあべの橋行準急に乗車。道明寺で下車し南大阪線系統最後の路線である道明寺線に乗り換えます。2両編成のワンマン電車に揺られること5分で終点の柏原に到着。あとは大和路線の電車に乗って天王寺へ向かい、天王寺からは地下鉄谷町線で今宵の宿のある天満橋へと一直線。やたらと濃い1日を無事終えました(^^)。
翌日は午前中京都へ戻り市内の散策をし、午後から阪急線の乗り残しをやっつけに行きます。河原町の新福菜館で昼食を取って阪急京都線特急に乗車。久しぶりの6300系に感激しながら一路十三を目指します。
神戸線・伊丹線と乗り継いで阪急伊丹に寄り道。ここはかつて阪神大震災で駅が崩壊したそうで、駅ビルにもその旨の説明が書かれていました。しばらくその当時の映像を思い出しながら、駅前を一巡します。
折り返しの電車でいよいよ最終地点の甲陽園を目指します。夙川から線内折り返しの電車に乗り、単線の登り勾配をゆるゆると上っていくこと数分、終点の甲陽園に到着。10年以上前に初めて京都線に乗って以来少しずつやっつけてきた阪急線も、これで全線完乗と相成りました\(^_^)/。
駅前のバスから阪神西宮行きの阪神バスに乗車。大形の標準尺車が恐ろしく狭い道を走り抜けていくのが面白く、つい車窓に見入ってしまいます。そして阪神西宮駅に着いてから1局立ち寄って、阪神電車で梅田方面へ向かいます。電車内で時計を見るとまだ若干の余裕があるので、突如尼崎で下車。西大阪線と大阪環状線を経由し、弁天町へ。ここから中央線・御堂筋線と乗り継いで新大阪に向かいます。
駅構内で会社へのおみやげなどを購入し、18時ちょうどのこだまに乗車。ここ数年定番化している100系2階グリーン車でくつろぎながら帰京の途に着きました…
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2002年7月、ついに長年の課題であった祇園祭のメインイベント、宵山と山鉾巡行に行って来ました。
今回は宵山当日まで会社の研修が入っていたため、夕方新横浜から「のぞみ」に乗って入洛となりました。
まず四条大宮の東横インにチェックインし、身軽な状態にしてから宵山で賑わう界隈へと向かいます。
阪急電車に乗ってお隣の烏丸駅へ。地上に出ると四条通り上に多くの人が歩いていて、独特の雰囲気になってました。周囲を見るとところどころに鉾の姿が(^^)。まずは一番見たかった「長刀鉾」とご対面。さすが祇園祭で一番注目される鉾だけに、作りや雰囲気が華やかでつい見とれてしまいます。生のお囃子や鉾に乗っている人達の仕草ひとつひとつもまた良い雰囲気がありました(^^)。

四条通にて
そのまま四条通りを西に進み、四条烏丸の交差点から北へ進路を変えます。「孟宗山」を見た後、錦小路を通って室町通りへ。ここは北上の一方通行のため、流れに乗って「山伏山」「鯉山」「黒主山」と見物。鉾町の町家では屏風や鉾の上に乗る飾り、さらには写真なども飾られており、多くの人が足を止めています。六角通りを通り「浄妙山」を見ながら一旦烏丸通りへ戻り、再び北上。「鈴鹿山」を見たところで姉小路を西に向かい、今度は南下の一方通行になる新町通りで四条通を目指します。八幡山を過ぎると周囲の家並みに押されてちょっと窮屈そうな「北観音山」「南観音山」が。しばらくその姿を眺めて再び南下して行きます。
四条通りに着くと交通規制が解除されるらしく、案内放送が延々と流れています。パトカーも走り回っており、人もだいぶ減ってきているので、そろそろ撤収することに。宵山の町の雰囲気の余韻に浸りながら阪急電車で宿へと戻りました。
翌朝、8時前に宿を出て四条河原町の交差点へ向かいます。地上に出ると朝8時半前だというのにすでに多数の人が。自分もベストポジションを探します。
そのうち空が急に暗くなり、朝から雷雨が。歩道の屋根の下に待避し、雨がやむのを待ちます。しかしながらその後完全に上がることはなく、巡行の時間中も雨に見舞われるという大変珍しい山鉾巡行になりました。
9時過ぎると道路規制の準備が始まり、車が完全に遮断されたところで信号の向きを変える作業員が登場。運良くその姿をおさえることができるので紹介します(※画像上にカーソルをあわせると説明が出るようになってます)。




信号の向きが変わってまもなく、たくさんの人を従えて大きな大きな長刀鉾が目の前に現れました。コンチキチンの優雅なお囃子を奏でつつ、交差点内で一旦停止。車輪の所に「止め竹」という足場を敷き水を撒くと、鉾の上が扇子を振るいながらかけ声をかけると、弾き手の人たちが河原町通の北側に移動し始め、鉾の角度が変わります。その作業を数度繰り返し、無事「鉾まわし」が完了。今度は河原町通りを北上していきました。下にその様子の画像を添付します。







その後「油天神山」「保昌山」「郭巨山」「函谷鉾」と山鉾が交差点を通過していきますが、人があまりに増えすぎてうんざりしたため(身の危険を感じたというのもあるのですが)、やむなくこの場を離れることにしました。そしてその後の1日は鉄活動へと走ることにしました…(^^;。
前日の鉄活動でお腹一杯の翌日、宿のある天満橋から京阪特急に乗り込んで入洛します。終点の出町柳で降りて、ふと曼殊院の「幽霊の掛け軸」を思い出したので、早速叡山電車に乗ります。何と運良く「きらら」に乗ることができたためこのまま鞍馬まで行くのも良いかなー…と思ったものの、またの機会にということで予定通り修学院駅で下車。
暑い中急な坂道を上がっていき、やっとの思いで曼殊院に到着。見学をしながら汗を引かせていきます。そして肝心の「幽霊の掛け軸」の在処を探したものの結局発見できず、お寺の方に話を伺うことに。何とすでにこちらにはなく、滋賀県内のとあるお寺で供養しているとか。ちょっと残念でしたが「供養」とあらば仕方ないと言うことで、再び山を降りていきます。。
続いて定番の円通寺へ行くため、修学院道のバス停から市バス5号系統に乗って岩倉に向かいます。何度となく利用しているこの路線ですが、実は岩倉操車場まで乗るのは初めてだったりします。終点で降りると幡枝の郵便局もほど近く、円通寺への新しい入り口として使えそうな雰囲気(^^)。汗だくになりながらいつもの畑の脇を歩いていき、円通寺に到着。入り口で拝観料を払うと同時にカメラを預ける台に置き(住職に恐れ入りますと言われてしまいました(^^;)、早速庭とご対面。いつになく霞んでいる叡山を眺め、しばし時を忘れて庭を眺めます。
30分ほどして再び市内に戻ります。円通寺道から京都バスに乗って北大路駅に行き、ここからはおなじみの市バス206号で祇園に向かい、本殿が完成したばかりの八坂神社に詣でます。
参拝後は四条河原町の新福菜館でお昼ご飯。今回はこれで洛内散歩は打ち止めとし、新幹線の時間までは鉄活動の時間に充てることにしました。
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2001年4月28日~30日、またまた京都へ行って来ました(^^;。今回は高専の時の同期2人が同行し、「野郎三人珍道中」が展開されました(爆)。
※今回の表のテーマは「癒し」、裏のテーマは「幕末」ということで、スタート時点で何とも凶悪な雰囲気が漂っていました(笑)。
11時過ぎ、こだまで京都駅に着いて荷物をコインロッカーに預けて早速スタート。まずは京都名物の「にしんそば」を食べたいという声があったので、南座の「松葉」に向かう事にしました。しかもせっかくなのでということで、鴨川の河原に出て徒歩行軍となりました(笑)。涼しい風を浴びながら、地元の人たちに混じってのんびりと進んでいきます。
お昼少し前に四条大橋に到着。早速「松葉」に入ってにしんそばを食します。同行した友人からも絶賛のコメントがあり、まずは一安心(^-^)。
食後は四条通を東に向かい、八坂神社、円山公園を経由して霊山へ。ご存じ龍馬さんのお墓詣でます。途中維新志士のお墓を詣で、やっと龍馬さん、中岡慎太郎さんのお墓に到着。しばらく心静かにお二人の前にたたずみ、友人と熱く語って(笑)その場を離れました。
つづいて目の前の霊山資料館で幕末のお勉強。またまた熱く語り合いながら資料を見ていきます。
たっぷり幕末に浸った後は、定番の清水寺を目指します。三年坂を上がり、お土産屋の前をフラフラ歩いていきやっと到着。拝観料を払い、舞台から市内をのんびりと眺めます。ここからの市内の眺めはいつ見ても良いものだなぁと思い、つい見入ってしまいます。
しばらくして舞台を降り、五条坂のバス停へ向かいます。ここから市バス206号系統に乗り込み、一路京大へ。ここには資料館があるということで足を運んだものの、残念ながらお休み。近くの喫茶店でお茶をして一服します。
一服した後は市バス17号系統を捕まえて次は銀閣寺へ。こちらではわびさびの雰囲気を味わいつつ境内を一巡し外へ出ます。ここからまた徒歩行軍で哲学の道を散歩。永観堂付近までひたすら歩いて、最後は東天王町にたどり着きます。市バス203号系統に乗って烏丸丸太町を経由して、地下鉄で京都駅へ。荷物を回収した後飲み屋に入り、のんびり宴を楽しみました(^^)。
翌朝は8時頃に東急インを出発。シャトルバスで京都駅まで戻ります。駅前の喫茶店で朝食を摂りながら作戦会議。そして大まかな行程が決まり、一路金閣寺を目指します。「かたつむり作戦」仕様の101号系統に乗ると道路が比較的空いている上に、急行運転のバスのため以外と早く金閣寺道に到着。早速金閣寺の拝観へ向かいます。昨日の銀閣寺に比べてやはり人手は多く、写真を撮るのも一苦労しました。
その後再びバスに乗って北大路BTに進みます。ここからは京都バス28系統で円通寺道へ。そして毎度おなじみの円通寺に向かいます。この日はお天気が良くなかった事もあって比叡山はうっすらかすんでいましたが、これもまたいい味を出していて友人も大絶賛(^^)。頑張ってきた甲斐がありました(^-^)。
この後北山駅前のラーメン屋で昼食を摂り、地下鉄で二条城へ。私自身二条城はお初だったので、ウグイス貼りの床や城の作りをじっくりと楽しみます。
城を見てからは地下鉄に乗って三条京阪へ。ここでお茶タイムをして新京極を散歩。修学旅行シーズンということもあり、いつにも増して人でごった返していて、前に進むのも一苦労でした(^^;。
京阪四条に着いてからは京阪電車に乗って東福寺に向かいます。そしてまた徒歩行軍で歩を進め、雪舟寺に立ち寄ります。ここではお茶を頼み、ゆっくり庭を眺めます。雨がしとしと降っているお陰かいつもよりしっとりとした雰囲気があり、友人二人はここがいたく気に入った様子。こちらも足を延ばした甲斐がありました(^-^)。
拝観終了後は鳥羽街道駅へ向かい、今回の京都歩きは無事終了となりました。京都はいつも一人歩きばかりでしたが、たまには友人とのんびり歩くのも悪くはないなぁ、と改めて思った、今回の旅でした。
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2001年3月11日、念願だった京都でのオフ会を開きました。今回の内容は嵐電沿線を散歩するというものでした。
午前10時、四条大宮駅にて集合。簡単に当日の予定をお話しして、いざ嵐電に乗り込みます。第1の目的地は太秦の広隆寺です。ここは歴史の教科書等でもおなじみの「弥勒菩薩」が安置されており、この沿線を歩くならばぜひ立ち寄りたいお寺の1つです。境内を散策後宝物殿へ入り、いざご対面。この弥勒菩薩の表情は何とも言えない穏やかな表情で、何度見ても良いものだと実感します。他にも多数の仏像や聖徳太子の像など、大変価値のある像が多数納められており、思わず時間が経つのを忘れて見入ってしまいます。

予定の時間になり太秦駅に戻ると参加者からの提案があり、途中の車折(くるまざき)で途中下車することになりました。電車を降りると目の前に小さな鳥居があり、そこをくぐって参道を歩いていくと車折神社に到着。こぢんまりとした境内には梅の花の香りが漂っていて心が落ち着きます。また他の神社には見られないちょっと特殊な造りが目を引きました。


再び電車に揺られて一路嵐山へ。駅前にある「コロッケ」を楽しんだ後、昼食タイムとなり一時解散になります。
午後は駅からほど近い天竜寺の拝観へ向かいます。現在方丈の修理をしているため庭のみの拝観となります。各位境内を散歩して時間を過ごします。
再び全員集合し、続いて向かったのは野宮神社。ここは山陰線の線路そばにあり、名物でもある「苔の庭」を眺めていると電車の姿まで見えるのが面白かったりします(^^;。

境内をしばらく散策した後は竹林の中を歩いて渡月橋方面を目指します。さすがロケなどにも使われるだけあって、雰囲気も抜群です(^^)。途中トロッコ嵐山駅に立ち寄って休憩。ちょうどタイミング良くトロッコ列車が来るのでその様子を眺めます。


列車が去ってから再び徒歩行軍、程なく渡月橋に到着しました。ここで途中で連絡をくださったばくちゃんさんが合流。そしていよいよ今日の最終到達地である北野天満宮を目指します。
帷子ノ辻で北野線に乗り換えて北野白梅町へ、この後徒歩行軍で10分程で北野天満宮に到着しました。ごった返している境内を進み、まずお参りをした後いよいよ梅との対面となりましたが、さすがは梅の名所だけあってかなり見応えがありました(^^)。



一巡して時計を見ると終了予定時間よりも1時間近く早いので、参加者の皆さんに投げかけた所、ここで離脱するという家族連れのご主人から「千本釈迦堂はいかがですか?」との提案がありました。他の皆さんも賛同してくださったので早速現地を目指します。

15分ほどで千本釈迦堂に到着。ここはあの「おかめさん」にゆかりのあるお寺でした。「おかめ塚」の横にある説明を読んだ所、このおかめさんと言う人は大変な夫想いの人で、そのために自らの命をも絶ったというあまりに素晴らしい人であることがわかりました。あのふくよかな顔からは想像できない、その潔い行動には思わず感動してしまいました。


境内と本堂を一巡するとちょうど良い頃合いとなり、これで今日のオフはお開きとすることになりました。
最後に今回は参加者の皆さんの「味付け」のお陰で、当初想像していたものよりも何倍素晴らしいオフにすることが出来ました。本当にどうもありがとうございましたm(__)m。
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2000年12月31日、今年通算7回目の上洛をしました。今回は以前から憧れていた「京都で年越し」をすることが目的のため、夕方に入洛することになりました。
まず最初は新京極界隈の雰囲気を味わいに四条河原町へ。まだ時間が早かった(18時頃)のもあって、いつもの休日の夕方となんら変わらない雰囲気でした。さて次は…とバスの路線図を眺めると、掲示板で教えて頂いたラーメン屋「杉千代」近辺を通る市バス27号系統が乗り入れていることがわかったので早速転進、一路右京区を目指します。
バスに揺られてごく普通の住宅街を進んでいくと目的の停留所「安井小学校」に到着。バスを降りて少し歩いていくと「杉千代」にたどり着きました。早速チャーシュー麺を注文すると、さほど時間をかけずにラーメンが登場。私の中で「黒系」に分類されるスープと、巨大なチャーシューにまず目を奪われました。そしていざ食べ出すと変なしつこさのない味付けと、口の中で解けていくような食感のチャーシューに思わず言葉を失いました(^-^)。そして食べ終わると「大満足」状態になり、鼻歌でも出てきそうな気分でお店を後にしました。
先ほどバスに乗ってきて位置関係がわかったので、暫く南下して嵐電の山ノ内駅へ向かいます。ここの駅はいわゆる「安全地帯」で、私自身は初挑戦(^^;。地元の人の動きをまねて電車に乗り込み、四条大宮へ舞い戻ります。
時計を見るといよいよ送り火点火の時間まであと一息、ここから市バス201号系統の乗って河原町今出川へ。そして鴨川の河原へと降りていき、ビューポイントを探しつつ時間を待ちます。
そしていよいよ21時、大文字山にある「大文字」が点火され、約4ヶ月ぶりに大の字との対面となりました(^^)。しばらく必死に写真を撮り、時間を見計らって河原を北上し加茂街道を進んでいきます。予測通り途中で「妙法」「船形」も見ることが出来、前回よりも2つ多くに見ることが出来ました\(^o^)/。残るは「左大文字」「鳥居形」ですが、これは次回挑戦ということにしましょう(^^)。
お腹一杯状態で下鴨神社前バス停にたどり着き、時刻表を眺めるとどのバスも同じくらいに来ることが判明。しかし今日はダイヤ通りに来るとは思えないので、とりあえず一番最初にやってきたバスに乗ることとしました。そしてやってきたのは4号系統深泥池行き最終バス(笑)。松ヶ崎駅まで進んでいくことにします。
松ヶ崎駅からは地下鉄烏丸線に揺られて烏丸御池へ進み、東西線に乗り換えて東山へ。時計を見ると除夜の鐘の突き始めの時間が迫っているため、当初の予定通り知恩院へ向かいます。ここでは鐘楼まで上がり、鐘の音をすぐそばで味わい煩悩を払います(笑)。
鐘楼から降りてからは今回の最終ポイント、八坂神社を目指して山を下りていきます。すでに祇園の交差点は人であふれていて、神社に入るのも一苦労するほど。とりあえず流れに乗って何とか本殿前まで進んでいきます。年越しまで少し時間があるので賽銭箱前で待機します。
そしていよいよ2001年1月1日0時、21世紀がやって来ました! お賽銭が一斉に投げ始められ、私も負けずに投げつけます(^^;。何とかお願いもしてさぁ帰ろうと方向転換すると周囲が押し合いへし合い状態になっていて、身動きがとれなくなりました(汗)。前を進むことができないのに背後から押され、押しつぶされそうな状態になりながらも何とか脱出。被害はカメラのレンズカバー紛失のみで済みました(^^;。
その後は人の流れに乗って一路河原町駅へ。何とか無事に2000年最後、そして2001年最初の上洛は終了となりました。さて、今年は何回上洛することになるのでしょうか?
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2000年11月18日、19日と毎秋恒例の紅葉見物へ行ってきました。今回は初めて京都市内に焦点を置かず、京都北部の美山へ行くことにしました。
ここは以前から知り合いの話を聴いて興味を持っていたのですが、交通の便がよろしくないこともあってなかなか足を運ぶことが出来ずにいましたが、今回レンタカーを借りようという構想があったこと、市内の紅葉が微妙に遅れているという事実があったために思い切って作戦決行となりました。
下に何点か画像を添付しましたが、ここまで多数の茅葺き屋根のある集落というのは初めてで、かつての港北ニュータウン界隈やローカル線の車窓でぼちぼち建っているのを見かける程度でした。意図的に保存をしているにしてもここまできちんと揃えているのは地元の方々の努力があってこそで、頭の下がる思いがしました。ぜひ今後もこの見事な風景を保存していって頂きたいものです(^-^)。
#あとは今年の5月に焼失してしまった資料館の再開とその原因究明に期待したいところですね。
それからもう一つの目的である紅葉はちょうど良い時期だったようで、美山周辺の山々だけでなく道すがら(佐々里峠、広河原、久多界隈)の山も赤や黄色に色づいて文句無しでした(^^)。あと1週間もすると京都市内もこんな感じに色づいてくるのでしょうか。
これで一つ目的を達成したので、来秋はもう少し時期を遅らせた上で市内に視点を戻してみようかと思います。



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無事草津より帰ってきました。
今日は明日のことを考えてあまり寄り道をせずに帰ろうかなぁ…と思っていたものの、やはり誘惑には勝てず石山でJRを降りて、京阪大津線回りで京都駅へ向かうことにしました。
私は元々関西の私鉄では京阪電車が一番好きなのですが、最近は大津線のあの雰囲気が非常に気に入っていてついつい足が向いてしまいます(^^ゞ。一時期は廃止の計画すら出た路線ですが、いろいろ努力したお陰で少しずつ元気を取り戻している様子なので、今後も頑張って走り続けてもらいたいものです(^-^)。
京阪大津線公式サイト→http://www.keihan-o2.com/
【今日の“乗りました記録”】
草津~(琵琶湖線)~石山~(京阪大津線・京都市交東西線)~京都市役所~(京都市バス205号系統)~京都~(東海道新幹線)~新横浜~(横浜線、東横線、東急バス)~自宅
【明日の“乗ります記録”】
自宅~(車)~秋川~(車)~自宅
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昨日、今日と草津出張へ行ってきました。
今日は本当は夕方目一杯まで仕事のはずでしたが、予想外に順調に仕事が進み予定より3時間近く早く終了したので、ちょっと京都市内の桜を見て帰ることにしました(^^ゞ。
↑は知恩院の門前の様子です。すでにピークは越えましたが、咲き始めが東京よりちょっと遅かったらしくまだ見頃でした(^-^)。
↑は私が京都で好きな桜のひとつである円山公園の枝垂れ桜です。こちらはすでに見頃を超えていましたが、独特の雰囲気は十分味わえました(^-^)。
この他にも蹴上のインクラインや鴨川沿いでも良い感じに咲いている場所がありました。この状態なら、よほどの大雨や強風がなければ週末までは楽しめそうですね(^-^)。
【昨日の“乗りました記録”】
自宅~(東急バス、京急線)~品川~(東海道新幹線、琵琶湖線)~草津
【今日の“乗りました記録”】
草津~(琵琶湖線)~石山~(京阪石坂線、京津線)~山科~(京阪バス)~神宮道~(徒歩…途中知恩院門前、円山公園、八坂神社を経由)~祇園~(京都市バス206号系統)~京都~(東海道新幹線、横浜線、東横線、東急バス)~自宅
【明日の“乗ります記録”】
自宅~(東横線、埼京線)~大宮~(埼京線、東横線)~自宅
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出張翌日の8月28日、本当に久しぶりに京都散歩へ繰り出しました。
今回の目的地は、これまた何年ぶりかになる大原。寝起きの頭をスッキリさせるため、電車とバスを軽く乗り歩いて出町柳へと出ます。
出町柳からは叡山電車に揺られ、八瀬比叡山口まで向かいます。ツリカケ電車でなかったのが残念でしたが、のんびりした雰囲気は以前と変わっておらずホッとします。
八瀬比叡山口から大原行きのバスを捕まえ、いよいよ久しぶりの大原へと乗り込みます。途中道路渋滞にあうことなく順調に進み、20分ほどで大原のバスターミナルに到着します。
改築されてきれいになっていたバスターミナルを後にして、まずは大原三千院を目指します。まだ朝も早いせいかお土産屋も開店準備をしている最中で、あまり声をかけられることなくどんどん歩いていけます。
坂を登り切り、無事三千院に到着。拝観料を払い、中へ入ります。きれいな庭、見応えのある仏像など、さすがと思わせる部分がある反面、境内の散策中に突如「お茶でもどうぞ」という声がかかり、何だか落ち着かない。もうちょっと静かに拝観する環境にしてほしいなぁと思ってしまった。
一通り拝観を終えた後、今度はお気に入りのお寺のひとつである宝泉院に寄ります。受付で拝観料を払い、自分の中のベストポジションを陣取ります。まもなくお抹茶とお菓子が用意され、お茶を楽しみながら庭を眺めてまったりとしたひとときを過ごします。
心が落ち着いたところで宝泉院を後にし、今回の大原訪問を決めるきっかけになった私イチオシの漬物屋さん「翠月」を目指します。
坂の途中にある「志野」でドレッシングを買った以外はほとんどノンストップ状態で歩いて行き、20分ほどで寂光院門前に到着。
そして門前にある翠月さんの軒先にいた奥さんにご挨拶。突然の訪問に驚かれたようでしたが、両親から預かった手紙を渡したところ大変喜んで頂けたのが何よりでした。
それから20分近く立ち話をし、再び遊びに来ることを約束して出発することに。帰る際に寂光院を見るつもりだったものの、まだ復興中ということから今回はそのままバスターミナルへと戻ることにしました。
バスターミナルに戻り、次なる行程を検討。これまた久しぶりの円通寺へ向かうことを決めて時刻表を見ると絶妙の良いタイミングで国際会館駅バスが来ることがわかり、これで山を下りることにしました。
バスは途中での乗降もほとんどなく、30分程で国際会館駅に到着。乗り継ぎの北大路行きバスも見事なタイミングでやってきて、あっという間に円通寺前に到着。
いつものように畑の真ん中の道を…と歩き出すと、何故か道路工事の看板が目に入ってきました。いったい何事か?と思ったものの、すぐに事態が飲み込めました。
これはまずいことになってきたと思いながら円通寺の門をくぐり、受付でいつものようにカメラを手渡そうとすると、住職が「庭園の撮影のみ可になりました」と仰るではないですか! こんなことが起きるとは今まで想像したことがなく、その場にがっくりと崩れそうな気持ちになりました。
ベストポジションに腰を下ろして比叡山を眺めていると、まもなく住職による解説が始まりました。そしてその末尾で「残念ながら開発が始まり、今後この借景も見れなくなるかもしれません。そのため、写真撮影を認めることにしました」という趣旨の話があり、改めて強いショックを受けました。
少し沈んだ気持ちになったものの、いつものようにしっかり心を落ち着けお寺を後にします。
その後はまたバスと電車をふらふら乗り継いで、京都駅へと戻ります。荷物を回収し、帰りの列車を押さえ、のぞみで帰宅の途に着きました。
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