2005年の"るろう"

2006年1月 3日

嵐の後の九州で乗りつぶし

2005年9月10日から12日にかけて、九州の私鉄線制圧の旅に行ってきました。
今回は出発直前に台風が九州地方を直撃し、乗りつぶし対象路線の高千穂鉄道の線路が流されて運休になるという番狂わせが発生しましたが、その他の路線については全く問題なかったことから早急に行程を修正し、当日を迎えることとなりました。

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【9月10日】
ワンダーラクテンチのケーブルカー
武蔵中原 508-(南武線)-522 川崎-京急川崎 539-(京急)-551 羽田空港 630-(全日空981便)-810 福岡空港 819-(福岡市交)-823 博多 840-(福北ゆたか線)-943 直方 1005-(平成筑豊鉄道)-1038 田川伊田 1052-(日田彦山線)-1056 田川後藤寺 1110-(平成筑豊鉄道)-1122 金田 1127-(平成筑豊鉄道)-1223 行橋 1231-(日豊本線)-1304 小倉 1320-(北九州モノレール)-1339 企救丘-(徒歩)-志井公園 1409-(日田彦山線)-1416 城野 1428-(日豊本線)-1449 行橋 1504-(ソニック29号)-1559 別府 1603-(タクシー)-1610 ラクテンチ下 1620-(ラクテンチケーブル)-1623 ラクテンチ上 1640-(ラクテンチケーブル)-1643 ラクテンチ下 1647-(タクシー)-1655 別府 1745-(九州横断特急7号)-2013 立野 2031-(南阿蘇鉄道)-2057 高森 2101-(南阿蘇鉄道)-2127 立野 2130-(阿蘇高原線)-2206 水前寺-(徒歩)-水前寺駅通 2216-(熊本市電)-2228 辛島町

この日の対象路線はかつての筑豊炭田を支えた国鉄の赤字ローカル線を引き継いだ「平成筑豊鉄道」と小倉駅を起点に北九州市内を走る「北九州モノレール」、さらに難所と言われる「ラクテンチケーブル」と本来は2日目に乗るはずだった「南阿蘇鉄道」の4社です。
朝5時前に川崎の我が家を出発し、全日空981便で福岡入り。福岡空港からは地下鉄、福北ゆたか線を乗り継いで直方まで向かいます。

直方から平成筑豊鉄道に乗車します。かつては乗りつぶしを開始します。ここはかつて炭坑から積み出した石炭を運ぶために敷かれた路線だったことから、一部複線区間が存在する他、行き違い出来る駅も有効長に余裕があったりと、過去の栄光が見え隠れします。当然今走っている列車はごく普通のレールバスなので、あまりに余裕がありすぎる訳ですが…。

田川伊田から1駅だけ日田彦山線を利用して田川後藤寺に移動。そして再び平成筑豊鉄道に乗ります。先ほど通過した金田駅まで一旦戻り、再び田川伊田を経由して日豊本線の行橋まで進みます。

行橋からは一度北上して小倉へ向かい、2番手となる北九州モノレールに乗車します。小倉駅のものすごい構造に圧倒されたものの、走行時の速度が実に遅く、東京モノレールになれてしまった私としてはちょっと物足りない感じがしました…(^^;;;。

終点の企救丘からはすぐそばにある日田彦山線の志井公園まで徒歩行軍で移動。先ほどから怪しげだった空模様もさらに悪くなり、ホームに入るとざんざん降りの雨に…。20分後にやってきた鈍行で城野まで北上。城野からは再び日豊本線に乗り込み、別府を目指します。
ところがここで先行する列車の遅れを受け、乗車予定の鈍行が約5分遅れで入線。行橋から乗り継いだソニックも2分遅で出発。車窓を眺めていると天候がどんどん悪化していく状況が目に見えてわかるだけに先行きが心配になります…。

今回初乗車となる「白いソニック」は革張りのシートでちょっと豪華な雰囲気。別府までの1時間をゆったりと過ごします。しかし空模様はどんどん悪くなる一方。この後の行動に影響が出なければ良いのですが…。

別府には約5分延で到着。ここから「ワンダーラクテンチ」にあるケーブルカーを目指します。駅前の案内を見たものの、バスの路線がはっきりしないため非常手段のタクシーに乗車して移動します。

ワンダーラクテンチに着いてからは早速入場券込みの乗車券を購入。10分ほどの待ち時間を経てついに乗車となります。わずか数百メートルの路線を3分で走破し乗車完了。
折り返しまでの時間どうしようか?と悩んでいたところ、駅舎内からケーブルカーの"運転士さん"が出てきて私に声をかけてくれました。そして何と駅舎内に案内してくれて、滅多に見ることの出来ない運転台や駆動部分を見せてくれていろいろ説明までしてくださいました。
ちょうど発車時間になったところで説明が終わり、お礼を述べて下山することに。後ほどタクシー待ちの時に遊園地職員の方とお話をしたところ、先ほど案内をしてくれた運転士さんはここのケーブルカー一筋ウン十年のキャリアで、鉄道好きの人が来ると喜んで案内をしてくれるとのこと。来年全線完乗を果たした際には再びここを訪れて報告をしなくては…と思いつつ、再び別府へと戻ります。

別府駅構内で夕飯を食べてから九州横断特急7号に乗車。別府出発時点では定刻でしたが、大雨の影響で下り方列車の遅延が発生し、途中最大10分強の遅れが発生(x_x)。それでも交換待ちの時間をうまく使いながら徐々に遅れを取り戻し、立野到着時には5分延まで回復してくれました。

立野からは南阿蘇鉄道を一往復。当然周囲の風景も見えないので、一番前の座席に座ってで前方の様子を眺めて過ごします。

高森から折り返しの最終上り列車に乗り再び立野へ。ここからは定刻で接続となった普通列車で水前寺まで進みます。さすがに雨も峠を越したようで、対向の列車の遅れもなくなり、定刻通りに水前寺に到着。徒歩で市電の水前寺駅通まで移動し、ツリカケのうなりが楽しい旧型車に乗って一路辛島町へ。そして電停からもほど近い宿へと転がり込み、長い長い一日の行程を無事に終えました。


【9月11日】
熊本電鉄5000系

辛島町 815-(徒歩)-830 藤崎宮前 855-(熊本電鉄)-901 北熊本 902-(熊本電鉄)-911 上熊本 918-(熊本市バス)-926 交通センター 957-(産交バス)-1027 熊本港 1110-(熊本フェリーオーシャンアロー)-1145 島原外港 1207-(島原鉄道)-1311 加津佐 1340-(島原鉄道)-1604 諫早 1637-(大村線)-1759 佐世保 1813-(松浦鉄道)-1817 中佐世保(泊)


翌11日は8時過ぎに宿を出発。対象路線は対岸の島原鉄道のみということで、懐かしい東急5000系が走っている熊本電鉄に寄り道することにしました。
とぼとぼ歩いて15分ほどで藤崎宮前に到着。10数年前に訪れた時の古めかしい駅舎は跡形もなく、パチンコ店併設のこぎれいな建物に変わっていてビックリ。狭い通路を抜けて行き、小さな改札口からホームへと入ります。

程なくしてやってきた御代志行き電車は元都営三田線の6000系。車内の吊り輪には今はなきさくら銀行の広告が貼られていて思わずニヤリ。
6分ほどで北熊本に到着。隣のホームに止まっている上熊本行きは10数年ぶりに再会する東急5000系(^^)。懐かしいえんじ色のシートに座り、長い吊り輪の揺れる様子を眺めながら、上熊本までのひとときを過ごします。
しかし楽しい時間というものはあっという間に過ぎ去るもので、10分程で上熊本に到着。名残惜しかったものの、その後の行程もあるため5000系に別れを告げ、市営バスで交通センターへ移動します。
交通センターからは産交バスに乗車。熊本港まで移動し、熊本フェリー「オーシャンアロー」で島原へ渡ります。今日は天気が穏やかなお陰で非常に快適な船旅となり、気分上々で島原外港で下船します。

港から5分程歩くと島原鉄道の島原外港に到着。古めかしい小さな駅舎に入ると女性の駅員さんから「こんにちは」と声をかけられたので、早速切符を購入します。
20分ほどで加津佐行きの列車が入線。しかしやってきたのは期待していた旧型ディーゼルカーではなく、ごく最近投入されたばかりの新型レールバス。ちょっと残念に思いながらも、山側の席に座り終始沿線に見える普賢岳と90年代の大噴火でできた痕跡を眺めながら車内でまったり過ごします。
加津佐の折り返し待ちで昼ご飯を入手し、車内でランチタイム。帰りは海側の座席に座って美しい有明海の海を眺めて過ごします。
約2時間半で諫早に到着。ここからさほど間を開けず接続を取った大村線の普通列車で佐世保まで進み、さらに松浦鉄道に乗り換えて中佐世保駅へと向かいます。
まだ日があるうちに中佐世保駅に到着。今日はここで終了とし、明日の早起きに備えて早寝することにします…。


【9月12日】
帆柱ケーブル

中佐世保 600-(松浦鉄道)-835 伊万里 900-(松浦鉄道)-926 有田 939-(みどり8号)-1100 博多 1108-(鹿児島本線)-1205 八幡 1205-(徒歩)-1225 帆柱ケーブル山麓 1230-(帆柱ケーブル)-1235 山上 1300-(帆柱ケーブル)-1305 山麓-(徒歩)-高速帆柱ケーブル 1310-(西鉄高速バス)-1422 天神・天神南 1445-(福岡市交七隈線)-1509 橋本 1515-(福岡市交七隈線)-1539 天神南・天神 1551-(福岡市交空港線)-1602 福岡空港 1830-(全日空264便)-2010 羽田空港 2024-(京急)-2033 京急蒲田 2038-(京急)-2041 京急川崎-(徒歩)-川崎 2107-(南武線)-2123 武蔵中原

最終日は朝6時に中佐世保駅を出発。途中かつての"最西端駅"たびら平戸口を通り、数年ぶりにやってきた伊万里を経由して有田まで、約3時間半の長旅となります。
有田からは久々に乗るハイパーサルーン使用の特急みどりに乗車し、一路博多へ。朝早かったせいかさすがに眠気に見舞われ、うつろうつろしながら過ごします。

博多から鹿児島本線の区間快速に乗り換えて八幡へ。徒歩行軍で帆柱ケーブルの駅を目指します。駅前からひたすら急な坂道をあがっていくと山麓駅に到着。ここからは架線が張られていないちょっと特殊なケーブルカーで山頂駅を目指します。
山頂駅に着いてからは折り返しまで時間があったので、すぐそばのリフトで山頂まで登ります。眼下には北九州の工場地帯が見えるほか、玄界灘の姿や筑豊の山々の姿も見えるなど、非常に素晴らしい眺めが楽しめました。

下山してからは西鉄高速バスで一路天神へ。道路が空いているお陰でさほど時間をかけずに天神へ到着。ここでいよいよ九州内最後の対象路線である福岡市交七隈線に乗車します。天神の地下街につながっている改札口からホームに入ると、大江戸線と同じサイズの車両が登場。こちらの方がデザインが凝っていて、狭苦しい印象がないのが特徴的です。
約25分程で終点の橋本に到着。これで先日の台風で休止となってしまった高千穂鉄道以外の九州内私鉄各線は全線完乗となりました(^^)。

その後は折り返しの電車で天神へ戻り、地下鉄を乗り継いで福岡空港に。おみやげを購入後はサクッと全日空264便で帰京…のはずが、羽田で起きたトラブルの影響で何と50分延とのこと。まさか最後の最後でこんなオチが待っているとは想像すらしていなかったので、ガックリ来たことは言うまでもないと思います…(^^;。

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いろいろトラブルに遭ったものの、無事旅を終えることができました。今回の作戦終了時点で残り未乗率は10.4%となり、だいぶ終わりが見えてきた感じがします。
今年はいよいよ「最後の詰め」をする1年になりますが、念願の完乗に向けてさらに頑張っていきたいと思います(^^)。

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2005年12月25日

浜名湖界隈を駆け巡る

2005年8月16日、この夏第4弾の乗りつぶしに行ってきました。

今回は浜名湖周辺を走る遠州鉄道、天竜浜名湖鉄道の2社と、そこからほんのちょっと足を伸ばした先にある豊橋鉄道をターゲットにしました。

朝は10日程前にも乗った川崎5時39分発の静岡行き普通列車で出発。早起きで眠気が取れないことから、静岡駅到着までほとんど眠りこけてました(^^;。

天浜線にいたピカピカのディーゼルカー

静岡駅から浜松行き普通列車に乗り換え、40分ほどで掛川に到着。いよいよここから今日の作戦開始です。天竜浜名湖線のホームに行くと、ピカピカの新車が入線していました。ボックスシートに身を委ね、発車を待ちます。

9時21分、列車はゆっくりと出発。のんびりまったりとしたペースで先に進んでいきます。途中の交換待ちでは5分以上止まることが多く、ふらりとホームに降りる余裕があるのは嬉しい限り。ここ最近忘れていた「ローカル線の良さ」をたっぷりと堪能します(^-^)。

トロッコ「そよかぜ」

天竜二俣駅では留置中のトロッコ列車「そよかぜ」を目撃。渓谷や高い鉄橋などスリリングなポインがない路線とはいえ、のんびりと風を浴びて走る列車はさぞかし気持ちよさそう(^^)。時刻表を見るとこの列車の後を追っかけてくるようですが、今回は先に予定があるので残念ながら見送ることに。次回訪れた時にはぜひ乗りたいものです(^^)。

車内でまったりしているとかみさんからメールが。何とまた首都圏で地震が発生したとのこと。慌てて気象情報を確認すると震源は宮城県沖だそうで、東北新幹線は一気に運休状態とか。しかし私のいる浜名湖界隈はまったく揺れる気配がなかったので、このメールがなかったら気づかずじまいでした。早速運転見合わせや遅延も発生してきたようなので、何とか帰りまでに列車が元に戻っていれば良いのですが…。
その後浜名湖の湖岸を走り、ますます車内はまったりした空気に。もうトロトロの状態になった頃、終点の新所原駅に到着。もうちょっとまったりしていたい気分だったものの、気持ちを切り替えて先に進みます。

東海道本線に揺られること10分で豊橋駅に到着。ここからは豊橋鉄道線乗りつぶしに取りかかります。まずは懐かしい電車が待つ渥美線から…ということで、駅前ロータリーの端っこにある新豊橋駅へ向かいます。

豊鉄で元気に走る元東急7200系

窓口で1日乗車券を購入し、ホームに入ると元東急7200系こと1800形が入線していました(^^)。ひとまず先頭車に乗り込み、発車を待ちます。車内の様子を見ると、広告や車号を除けばまるっきり東急時代と変わっておらず、目蒲線で乗っていた頃のことを思い出します(^^ゞ。
12時17分、電車はゆっくりと出発。懐かしいモーター音を響かせて、池上線を彷彿させるようなのんびりした速度で進んでいきます。

独特の作りの三河田原駅

新豊橋を出て35分で三河田原駅に到着。帰りは定番の路線バスを…と思って駅前に出ると、あまり良い情報が得られずあえなく断念。折り返しとなる13時04分の新豊橋行きに乗ることにします。

名古屋からやってきた3100形

新豊橋駅に着いてからは市内線の制圧に入ります。停留所で時刻表を見ると赤岩口行き電車がまもなく来ることがわかったため、ひとまず赤岩口駅を目指すことにします。
まもなくやってきたのは、元名古屋市電という3100形。冷房こそついているものの、一昔前の路面電車らしい内装に思わずニヤリ。運転席直後の席に座って豊橋市内の様子を眺めつつ過ごします。
途中の競輪場駅からは単線に。過去にも岐阜や高岡などで単線の路面電車というものを経験していますが、日頃世田谷線や都電のような全線複線に見慣れている私にとってはちょっと不思議な光景に映ります。

クラシックな3700形

豊橋駅から約20分で赤岩口駅に到着。停留所のすぐそばには車庫があり、カラフルな一般車に混じりクラシックな装いの3700系の姿があったので一枚パチリ。その後停留所近くにあった豊橋井原郵便局で旅行貯金を済ませ、運動公園駅へ徒歩行軍で向かいます。
途中で見つけた吉野家での食事休憩を挟み、約30分で運動公園駅に到着。直前に電車を逃したため、約15分停留所のベンチで待ちぼうけとなります。
かつて国内の路面電車が減少する一方だった昭和50年代に新たにできた路線として注目されたこの路線も、今やすっかり周囲になじんでいる様子。そんな風景を眺めていると井原駅方から元都電7000系の3500形がコトコトと走ってきました。
乗り込んで車内の様子を見ているうちに発車時間となりゆっくりと動き出しました。まだ都内でも現役で走っている車だけにさすがに懐かしいという印象は受けなかったものの、ステップを付けて終始専用軌道を走る姿はちょっと新鮮でした。

ステップが付いた元都電7000系

豊橋駅に戻り、今日の最終目的である遠州鉄道線を目指し浜松へと向かいます。駅の案内を見るとすでに発車しているはずの15時14分発の浜松行きがまだ来ていない模様。急いでホームに降りるとちょうど発車ベルが鳴り出したのでそそくさと乗り込みます。当初の予定では約20分後の浜松行きに乗る予定だったので、ここで大幅に予定が繰り上がりました(^^ゞ。

浜松駅に着き、きれいな駅前を通って新浜松駅へと入ります。とても中小私鉄とは思えない作りの良いホームに上がると、まもなく西鹿島行き電車が入線。期待していた30系ではなく1000系でした。
16時00分、電車は軽やかに出発。以前から話には聴いていたものの、12分おきの頻繁運転や電車・バス共通のICカードシステム「ナイスパス」を導入するなど、大手顔負けのサービスを目の当たりにしてビックリ。そしてそのお陰か比較的乗車率は高く、鉄道会社も攻めの姿勢が重要なんだ…ということを痛感させられました。

洒落た作りの西鹿島駅舎

驚きまくっているうちに西鹿島に到着。これで本日の作戦は無事終了となりました。途中から考えていた東名のハイウェイバスで帰宅する案を採用しようかと思っていたものの、iモードで道路情報を確認すると偉いことになっていたのでひとまず16時48分発の新浜松行きに乗って浜松駅へ戻ることに。

浜松駅に戻ってからは17時31分発の静岡行き普通列車に乗り込み、車内でいろいろ検討を実施。最終的に静岡~小田原を新幹線で移動して時間を稼ぐことにして、静岡駅で新幹線に乗り換えます。
静岡駅からは3分遅れでやってきた「こだま」に揺られて一路小田原へ。普通列車ならかなり時間がかかる区間をあっさりと通過してくれました(^^)。
小田原からは快速アクティに乗って川崎に向かうだけ。心配されていた地震の影響もすっかりなくなり、その後はまったく遅延が発生することなく自宅最寄りの駅までたどり着け、無事旅を締めくくることができました。

☆今回の作戦終了時点の残り未乗率(つくばエクスプレス含む)…17.4%☆

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出張終えて、北近畿へ

2005年8月12日から13日にかけて、この夏第3弾の乗りつぶし作戦を展開してきました。

今回はおなじみの草津出張が週末になったことから、仕事が終わった後1泊して北近畿にある難所を片づけることにしました。

12日夕方仕事が終わり、京都駅で上司、同僚と別れていよいよ作戦開始。17時33分発福知山行きの普通列車に揺られて北上していきます。車内であれこれ時刻表を眺めているうちに、明日の朝の早起きを回避したくなり(笑)急遽予定を変更することに。ひとまず綾部駅で普通列車を降りて、舞鶴線に乗り換えます。
まもなくやってきた東舞鶴行きは特急「まいづる」。わずか20分の所要時間で特急に乗るのはちょっともったいない気もしましたが、その後の行程を考慮して迷わず乗車。車内で特急券を購入してちょっと一息つきます。

20時02分西舞鶴駅に到着。乗り換え予定の北近畿タンゴ鉄道豊岡行きまで約40分あるため、駅近くの吉野家で夕飯を取って時間待ちすることにします。
駅に戻ってくるとすでに列車は入線済み。少しでも海が見えることを期待して、進行方向右側の席に座って発車を待ちます。

20時38分、列車はゆっくりと動き出しました。ディーゼルカーの心地良い揺れを感じながら、遠くに見える家の明かりや国道の街灯をぼんやり眺めて車内でのひとときを過ごします。
丹後由良を過ぎたあたりから期待通り海沿いを走り始めましたが、あっという間に内陸に戻ってしまい、ふと気が付けば宮津駅に到着。ここで宮福線に乗り換えます。

乗り換え列車の席に座るとまもなく福知山行きは発車。駅を離れてまもなく、先ほどとは比にならないくらいしっかりとした軌道の上を走り出しました。しかし勾配がきついのかスジが寝ているのかわかりませんが、何となくかったるい走りっぷり。高規格の線路を高速走行することを期待していましたが、ちょっと拍子抜けしてしまいました(^^;。
22時05分、定刻よりわずかに遅れて福知山駅に到着。ひとまず今日の行程はここで打ち止めにし、駅近くの宿へと向かうことにしました…。

翌朝は7時40分過ぎに宿を出発。駅前のマクドナルドで朝食を取り、福知山発8時22分の豊岡行き普通列車に身を委ねます。まだ疲れが取れていないらしく、駅を出て5分と経たずに意識朦朧となり、うつらうつらし始めました(^^;。そしてふと目を覚ますと、下夜久野駅にて停車している模様。中継信号を見ると青が出ていたのですぐ動くかな…と思っていたらまったく動く気配なし(x_x)。そのまま数分間何の放送もないまま停車して、車内がざわつきだした所で何事もなかったように出発。
これは平常ダイヤなのかな?と思いしばらく気にとめずにいましたが、周囲の人たちがおもむろに時刻表を広げ始めたので思わず手元の時刻表を確認してみました。すると見事10分近く遅れているではありませんか! こんな事態なのに何にも放送しない運転士は何なんだ?!と思ったのと同時に、この後乗る予定の北近畿タンゴ鉄道との接続があるのかが心配になってきました。
その後和田山駅、養父駅と電車は進んでいきましたがまったく回復する傾向はなく、豊岡駅到着寸前に初めて遅れが発生しているとの放送が入りました(-_-;。しかも同時に北近畿タンゴ鉄道の列車との接続はないという案内も流れ、かなり厳しい状況になりました…。

ひとまず後続の西舞鶴行き普通列車に乗ることにして、事前に集めていた情報と時刻表を突き合わせしながら計画を修正。結果、最終的には予定通りに戻せることがわかったので、やっと落ち着いて旅を続行できることになりました(;^_^A。
9時52分、定刻より4分ほど遅れて後続の普通列車は出発。ピンチを脱出したこともあり、のんびり進んでいく車窓を落ち着いて楽しみます(^-^)。

10時56分に岩滝口駅に到着。本来はこの次の天橋立駅まで行く予定でしたが、あわよくば…の期待も込めここで傘松ケーブル方面に向かうバスに乗り換えます。
駅前ロータリーを抜けてバス停に行くと、次のバスまでは約30分待ち。しばらく行き交う車の様子を眺めながら到着を待ちます。しかし、時間を過ぎてもバスの気配は全くなく、いい加減しびれを切らしてタクシーを呼び出そうと思ったところでやっとバスが来ました(^^;。

バスは狭い国道をスイスイと走り、20分ほどで傘松ケーブル下に到着。いよいよ「近畿一の難所」の制圧にかかります。参道らしき坂道を上がっていくとなかなか渋い府中駅の駅舎が登場。往復乗車券を買って列に並びます。
改札が始まり、いざ車両に乗り込むと席は全部埋まり、立ち席も出る程の大混雑。先月箱根で乗ったあのケーブルカー達とはまるで別ものの状態でした(^^;。
まもなくベルが鳴り発車。ゆっくりと勾配を登り出すと、眼下に天橋立の姿が見えてきました(^-^)。その眺めを楽しみながら傘松駅到着を待ちます。

天橋立

府中駅から4分ほどで傘松駅に到着。これで無事「難所」をクリアしましたヽ(^o^)丿。駅前に出ると山上の相成寺行きバスが待機していたので思わず乗りたくなったのですが、待合室の時刻表を見るとまもなく野田川駅方面に行くバスが来ることがわかったので、「股のぞき」だけ試してリフトで下山することにしました。

野田川駅舎

バス停にたどり着いて数分後、バスが到着。「外周席」に座って車窓を楽しみつつ先に進みます。約20分ほどで先ほど列車内からも眺めた風景が目に入り、野田川駅に到着。駅近くの商店で昼ご飯を購入した後、この先の乗車券を購入します。
お昼ご飯を食べ、駅構内の様子を見ているうちに発車時刻が迫ってきたのでホームに入ります。しかし時間になっても踏切が動作しないのでおかしいなぁ…と思っていると事務室の中から駅員さんが出てきて、「5分ほど遅れるそうですよ」と教えてくれてくれました。どうも朝の遅れを今の時間まで引きずっているらしいのですが、ほんとこの遅れの根元って何だったのでしょう?

タンゴエクスプローラー

当初の予定より5分ほど遅れて「タンゴディスカバリー」が入線してきました。列車名からブルーの車両が来ると思っていましたが、実際にやってきたのは何とタンゴエクスプローラー。次が終点の天橋立なのでわずか数分の間ですが、ハイデッカー車両からの眺めを楽しみます。

天橋立駅からは特急はしだて6号に乗り換え。こちらも接続待ちの影響で3~4分遅れての発車となりましたが、途中福知山駅での長い停車時間のお陰で無事回復し、園部に着いた時には何事もなかったような状態になっていました。
園部駅からは普通電車に乗り換え、馬堀駅へ。そして今回の作戦の最後を締めくくる嵯峨野観光鉄道に乗車します。ここは京都という「しょっちょう遊びに行っていた街」のすぐそばにある路線でありながら、ずっと乗る機会を逸していて今回やっと乗ることになった次第です。

トロッコ亀岡駅舎

馬堀駅から線路そばの道を歩き、トロッコ亀岡駅へ。木造のステキな駅舎に入り、待合室で発車時刻を待ちます。
出発5分前にトロッコ嵯峨からの列車が入線。案内に従って乗り込み、席に着いてまもなく列車は動き出しました。駅を出てまもなく進行方向左側に保津川の流れが見えてきました。ほんの15年ほど前まで特急や急行が往来していた線路なのに、それが信じられないくらいののんびりとした風景に思わず心が和んでいきます。
トロッコ保津峡駅では「最終列車のならではの特別サービス」という7分の小休止。私もちょっとホームに降りて吊り橋の様子や保津川の流れを見物して息抜きをします(^-^)。

トロッコ保津峡駅

再び列車に乗り込むと、今度は進行方向右側に川の流れが見えてきました。途中橋の上でわざと止まってみたりするなど、先日の大井川鉄道と同じようにとことんサービスしまくり。やはり観光鉄道はこうでないと…などと思ってしまいました(^-^)。

嵯峨野観光鉄道のDE10

トロッコ亀岡駅から約30分で終点のトロッコ嵯峨に到着。波乱含みだった今回の乗りつぶし作戦はこれで無事完結となりました(^^)。

その後は嵯峨野線に乗り換えて京都駅へ出て、京都の友達と一献。最終のぞみの時間まで、鉄話を酒の肴に楽しいひとときを過ごして今回の旅を締めくくりました。

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2005年12月23日

大井川鐵道でトロッコ満喫

2005年8月6日、大井川鐵道乗りつぶしに行ってきました。

ここは過去に何度か東海道線で通りかかった時に寄り道しようと計画しながら、井川までの所要時間の長さからずっと先送りになり、今回やっと念願叶って…ということになりました。

朝は川崎5時39分発の静岡行き普通列車(373系を使っている乗り得列車)で一路西へ。さすが18きっぷシーズンということでかなりの混雑のため川崎乗車時点では席に座れませんでしたが、大船で何とか席を確保できたためその後はひたすら仮眠を取って昼の行動に備えることにします(^^;。

静岡からは6両編成の浜松行き普通列車に乗り換え。乗り換え時間が短いことに加え、座席を確保しようということからダッシュで乗り換えをしている人たちが大勢いましたが、私はすぐ下車してしまうので座ることは諦めてまったりと乗り換えをします。

旧近鉄の16000系

8時57分、金谷駅に到着。いよいよ大井川鐵道線に乗車です。ここでツリカケ駆動の旧型車が来れば最高だなぁ…と思っていると、やってきたのは近鉄南大阪・吉野線からやってきた16000系だったのでちょっとガッカリ(^^;。しかもどこかの小学校の団体に列車を占拠されていたため、先行きが少々不安になります。
そのイヤな予感は的中し、彼らは車内で大暴れ。しかも引率の先生方は注意するどころか一緒になってふざけているではありませんか。隣の家族連れがいろいろ気を利かせていたにも関わらず困った振る舞いを続けてくれるため車内が極めて険悪な雰囲気に…というところで彼らは下車してくれました。これで千頭まで乗ってきて、さらに井川線まで引き続き乗られたら、今日は最悪な1日になっていたかもしれません…。

今日はお休み?C56

金谷を出てから1時間ちょっとで千頭に到着。ここからいよいよ今日のメイン、井川線に乗り換えとなります。発車時刻まで若干余裕があったので、構内に止まっているSLを撮影したりしながらしばらく時間をつぶして過ごします。

井川線の客車

発車時間が迫り、乗客がぱらぱらと揃ってきたので私も列車に乗り込みます。黒部峡谷鉄道のトロッコに比べれば一回り大きいものの、私の身長(173cm)でも立つと天井に頭がぶつかりそうな雰囲気。それだけにこの後の車窓に期待が膨らみます(^-^)。

小さいのにパワフルなDD20

10時35分定刻、列車はゆっくりと走り出しました。駅をでてまもなく「まさに森林鉄道」という路盤になり、20km/hに満たない速度でまったりと進んでいきます(^-^)。

ちょっと鉄○ジャーナル風に…

何ともいえない雰囲気の駅をいくつか過ぎると、アプトいちしろ駅に到着。
ここからが国内で一番の急勾配、そして今日本で唯一のアプト区間に入ります。その区間に入るに辺り、この駅で最後部に電気機関車ED90を増結します。

ホームに降りて見学しても良いとの案内があったので列車最後部に行くと、千頭方からゆっくりと電気機関車が入線やってきました(上の段一番左の画像)。
そして連結が終わると手早くジャンパ線の接続を行い(上の段真ん中の画像)、あっという間に作業終了。まもなく発車ということで車両に戻りがてら線路を覗いてみるとアプト式ならではのラックレールの姿が見えたので、ちょっと1枚撮影(上の段一番右の画像)。

なかなか格好いいED90 連結作業中 真ん中のギザギサレールが命綱です
走行風景 アプト式登場のきっかけとなった長島ダム お疲れ様でした!

その後発車合図の汽笛が鳴り、車掌さんが駅構内の確認をし終えるといよいよアプト区間に乗り込みます。特に特異な音や大きな音はしないものの、あきらかに従来の粘着式ではあり得ない急勾配を上がって行くことができるためアプト式であることを認識できます(下の段左の画像)。
長島ダム(下の段真ん中の画像)の姿が見えると長島ダム駅に到着。たった1駅の区間でしたが、ED90とはここでお別れとなります(下の段右の画像)。

すごい場所にある奥大井湖上駅

ここからしばらくはダム付け替えによりできた高規格の線路のため、DD20が本領発揮と言わんばかりに軽やかな走りを披露します。途中眼下に旧線跡に見えてきたり(高さの違いにビックリ!)、雄大なダム湖の風景が続くなど、最初の「森林鉄道」の雰囲気とは違った車窓が楽しめます。

旧線の橋梁跡

接阻峡温泉からはまた元の「森林鉄道」に戻り、まったりとしたスピードで進んでいきます。そして私鉄では最も高いとされる関ノ沢橋梁上で止まってみるなど、どこまでもサービス満点。最後の最後まで飽きさせません。

井川駅

そして千頭駅を出て1時間半強、最後のトンネルを抜けるとついに井川駅へと到着しました。普通1時間半というと中だるみが出てきそうな感じもするのですが、沿線の風景の変化と、スリリングな雰囲気のお陰で実に楽しいひとときが過ごせました(^^)。

中が空洞になっているという井川ダム

井川駅からは1時間後に来る静岡駅行きの静鉄バスで帰宅の途に着くので、それまでの間井川ダムの様子を見に行ったり、駅前の「やまびこ食堂」で昼食を摂ってバスを待ちます。

発車時間が迫ってきたので、車中で飲むお茶とアイスを購入して駅前のバス停に行きます。おそらく渋滞はないので時間通りに来ると踏んでいたものの、何と約20分遅で到着(^^;。車内を見ると登山客が満載だったので、途中停留所での乗車に時間がかかったのかもしれません。

ひとまず席に座り、溶け始めていたアイスをサクッと胃の中に納めて車窓を堪能します。とてもバスが走るとは思えない狭い道を、ごくごく普通の大型観光バスサイズのバスが走り抜けていく様子は圧巻でしたが、マナー知らずの対向車に苦労させられて何度かバックすることになったりと一苦労。これでは所要時間がかかるのも仕方がないかもしれません。
一時期心地よい揺れに負けて意識を失いましたが、森林の厳しい道を走ったり、はたまた小さな集落のメインストリートらしき道を走ったりと先ほどの井川線同様風景に変化があって面白く、約2時間の道中はなかなか充実したものになりました。

静岡駅に到着した後は東海道線を乗り継いで友人が待つ小田原駅へ向かい、そこから湘南新宿ラインで宴席のある都内へ行くだけ。たった1社2路線、約50kmしか片づかなかったものの、実に内容が濃くて楽しい乗りつぶしとなりました(^^)。

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2005年12月18日

箱根山をバスで駆け巡る

7月23日、箱根山中のケーブルカー2路線の乗りつぶしに行ってきました。

箱根のアプローチといえば小田急が定番なので今回もどうしようか悩んだのですが、ちょうど18きっぷシーズンに突入したので往復とも東海道線利用で行くことにしました。

川崎から快速アクティに揺られること約1時間で小田原に到着。相変わらず東海道線の速さにはビックリさせられます。駅前の案内所で伊豆箱根鉄道のフリークーポンを入手し、いざ山に挑みます。

9時45分定刻、駒ヶ岳経由箱根関所跡行きのバスは中高年ハイカーが座席の約半分を陣取るという偉い状況(^^;で小田原駅を後にしました。途中ほとんど乗車はなく、また心配された道路渋滞も発生しなかったためバスは順調に山を登り、約50分で駒ヶ岳登り口に到着。周囲は深い霧のため、自分から半径50メートルくらいの所までしか視界が確保されていない状況(^^;。せっかく箱根に来たので風景も楽しもうと思っていたのですが、ちょっと先行きが不安になってきました…。

霧の中にたたずむ駒ヶ岳登り口駅

風景が楽しめないとなった以上フラフラしていても仕方がないので、廃止を告げるポスターや、翌日からスタートするさよならイベントに関する掲示がある改札口を眺め、すぐホームへと入ります。

駒ヶ岳ケーブル

すでに入線していたケーブルカーには車体更新をしているためか思ったより綺麗。これがあと1ヶ月ほどで廃車になるとは何だかもったいない気がします。ケーブルカーには珍しいロングシートの座席に座るとまもなく発車。霧の中車窓を楽しむこともなく車内でのひとときを過ごします。

頂上に着いてからは駅構内にあった「廃止惜別の写真展」を見物。展示されている写真の中には今の寂しい状況からは考えられないくらい活気にあふれた様子を撮ったものもあり、ちょっと心が痛みます…。

寂しげなケーブル駒ヶ岳駅

多少起伏のある歩道を歩き、かつて人工スキー場があった頃に使われていた廃墟の横を通り抜けていくと、一件お化け屋敷(^^;と思ってしまうようなロープウェーの駒ヶ岳駅に到着しました。

一瞬ドキッとしたロープウェー駒ヶ岳駅

改札口に行くとちょうど箱根園行きが発車する寸前だったので、駅構内見物はしないですぐ乗車しました。本来なら眼下に芦ノ湖が見えるはずだったのですが、ここもかなり深い霧だったこともあり終着寸前でほんのちょっと見るだけにとどまりました…(/_;)。

箱根園からは箱根関所跡へ移動します。バス停の時刻表をのぞき込んでいると案内係のおじさんがそばにやってきたので、関所へ行けるかどうかを聴いてみました。すると箱根関所跡へ直接入るバスはなく、船の方が良いのではという説明があったので方針転換して遊覧船で移動することにしました。

出航時刻を調べるとまだ時間があるため、バス停近くのカレーショップで昼食タイムに。なかなかのお値段だったのですごい豪華なカレーが出てくることを期待していたものの、何だか寂しげなものが登場…。これなら隣のベーカリーでパンを買って、遊覧船乗り場のベンチで食した方が良かったかもしれません(;_;)。

芦ノ湖の遊覧船

11時35分、元箱根行きの遊覧船が入港。進行方向前よりの席に座り、芦ノ湖の風景を楽しみながら移動していきます。

箱根関所跡からは熱海行きのバスを捕まえて十国峠へ。"外周席"が確保できたので風景を楽しむつもりでしたが、箱根峠を越えてからは霧が深くなり、周囲は全く何も見えず。結局十国峠までただボーっと過ごす羽目になりました…。

十国峠のケーブルカー

十国峠のケーブルカーはドライブインの奥に駅があることから、先ほどの駒ヶ岳とは異なり何となく賑やか。しかし天候が悪いせいか乗客は少なく、私と家族連れ1組という実に寂しい状況でした…。

十国峠のあじさい

山頂についてからは折り返し時間待ちの間駅構内の見学や展望台付近を散策。気候が平地に比べて冷涼なせいか、まだあじさいが見事に咲き誇っていました(^^)。

折り返しのケーブルカーで下山した所で今日の予定は無事終了。この後は夕方から友人と呑み会の約束が入っているものの、今から行ったのではあまりに早く着いてしまうため、ひとまず強羅まで戻り、登山電車のツリカケサウンドを楽しむことにしました(^^;。

本当は富士山が見えるらしい…

まもなくやってきた箱根関所跡行きのバスに乗り込み、再び箱根関所跡へ。ここからは元箱根経由小田原駅行きのバスに乗って山を下っていきます。

強羅入口でバスを降りて、案内に従って強羅駅目指して歩き始めます。彫刻の森美術館を横目に見て、山を下る登山電車の姿を眺めたりしながら歩くこと20分で強羅駅に到着。

箱根登山の旧型車

そして目的の旧型電車が来るまで駅構内でしばしの休憩。そして2本電車を見送ったところでやっと登場ヽ(^o^)丿。ここから湯本まで、ツリカケの重々しい響きを楽しみながら、箱根山の風景を堪能します。

箱根湯本到着後は伊豆箱根鉄道バスに乗り換えて一路小田原へ。そして時間もちょうど良い頃合いになったので、16時07分小田原始発の普通列車で呑み会の待ち合わせ場所である川崎駅を目指すことにして今回の乗りつぶしを締めくくりました。

なおこの直後に関東地方で大きな地震が発生して辻堂駅に2時間半抑止された訳ですが、この件に関しては別の記事にしましたので割愛させて頂きます(^^;。

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2005年12月11日

名古屋界隈乗り歩き

2005年5月28日、29日と名古屋方面へ行ってきました。

今回は近鉄内部線の内部駅で「国内の鉄道完乗」を達成する友人のTさんのお祝いに駆けつけることが主目的でしたが、ちょうどこの界隈で乗り残しになっている路線があったため合間を縫って乗りつぶしをすることにしました。

28日朝、新横浜7時45分発のこだまで出発。仕事以外の目的で東海道新幹線に乗るのは本当に久しぶりで、いつになくワクワクした気分になります。

10時19分定刻名古屋に到着。ここで関西本線に乗り換えます。乗り継いだ列車は快速「みえ」。2両編成という非常に短い編成のせいか、乗車率もかなりのもの。満席の状態になった頃、若干遅れて出発。ディーゼルカーらしからぬ機敏な走りで快調に走っていきます。

しかし単線の路線だけに遅れは取り戻せず、鈴鹿には2分遅れで到着。ここから徒歩で近鉄鈴鹿線の鈴鹿市駅を目指します。駅前方にある近鉄線の線路横へ出ると左の方に鈴鹿市駅の姿が見えたので、そちらに向かって歩いて行きます。
10分強で鈴鹿市駅に到着。時刻表を見るとさほど待つことなく電車は来る模様。先ほど歩いてきた伊勢鉄道鈴鹿駅方向を眺めて電車を待ちます。
やってきた電車に乗り込むこと数分で終点の平田町に到着。本当ならここで駅前散歩でも…と思ったものの、あとの予定が詰まっているので今乗ってきた電車で折り返すことにします。

伊勢若松到着後は名古屋行き普通停車に乗って四日市へ進み、湯の山線に立ち寄ります。お昼を食べようと周囲を見回すと、構内にパン屋を発見。軒先に「松阪牛入りのカレーパン」という素晴らしい品物が置いてあったので、思わず購入します(^^;。

ホームのベンチで昼食を摂りつつ休憩をしているとまもなく電車が入線。下車してきたお客の中に、本日完乗を達成するTさんと同行しているYさんの姿を発見。1時間後内部線の方でお会いする旨を話し、ひとまず車中の人となります。

四日市を出てしばらく単線の高架線を走っていた電車は、中川原駅寸前から地上に下ります。しかもここから軽便鉄道だったということを証明するような線路状態になり、「まったり」とした感じで走っていきます。
四日市を出て25分で湯の山温泉駅に到着。なかなか雰囲気のある駅で、時間にゆとりがあればもう少し寄り道
をしたいと思うほど。しかし今回はそうも言っていられないので、平田町の時と同様に乗ってきた電車で折り返します。

四日市駅に戻り、いよいよ完乗立会に向かいます。内部線ホームに行くと、喫煙所で主賓のTさんがたばこをすいながら電車待ちをしていました。ここで改めてお祝いの挨拶をして、ともに電車を待ちます。その後久々にお会いするしいがるさんやおなじみの面々が少しずつ集まり、賑やかになってきます。

13時52分頃、内部行きの電車が入線。ここに集まった面々は先頭車に乗り込み発車待ちをします。14時定刻に電車はツリカケの音を響かせて出発。途中の赤堀からB大将が、終点一つ手前の小古曽からはKUTAMUKIさんが乗り込んで、さらに賑やかな状態になります。
そして四日市を出て16分、小さな電車は内部駅のホームに滑り込みました。ホームにはいちのつぼの住人さんとKくんが待っていて、我々同行組を合わせると立会者は全部で10名。なかなかの大所帯になりました。Tさんがホームに降り立つと立会者が挨拶と祝辞を述べて一気にお祝いムードに。しばし余韻に浸った後駅前に出て、ご本人からのご挨拶を頂戴します。

祝賀会を終えると、二次会の幹事さんから集合時間等の指示を受けて一旦解散に。私は先発隊に同行して折り返しの電車で一足先に名古屋へ向かうことにしました。
四日市でお茶休憩をした後、いちのつぼの住人さんと共に急行電車で一路名古屋へ。名古屋到着後は宿へチェックインをし、指示のあった列車の時間まで部屋で休憩します。

指示のあった「エキスポシャトル」に乗車すると主賓を始め何名かの人がすでに乗車していたので、私もすぐそばの席へ座ります。
16時40分に電車は発車し、7分で目的の鶴舞に到着。ここから歩くこと10分ほどで、今宵の宴が繰り広げられる名古屋ビール園「浩養園」に到着。ジンギスカンを突っつきながらさまざまな話題に盛り上がり、楽しい宴の時間はあっという間に過ぎ去っていきました。

終宴後は吹上から地下鉄に乗車。途中で一行から離脱して、もう一息乗りつぶしすることにしました。まず手始めに久屋大通で電車を降り、名城線右回りに乗車して金山まで向かいます。ちょっと古めかしい駅が出てきたり、まだできて間もないきれいな駅が出てきたりと、地下鉄でありながら微妙に車窓?が変化していて面白い。
そんなうちに金山に到着。名港線に乗り換えて名古屋港へ進みます。

名古屋港からはあおなみ線方面へ抜けるため、市バス幹築地1系統に乗り継ぎ。時刻表を見ると、今度のバスが最終とのこと。あと1歩遅かったら途方に暮れるところでした(^^;。

最終バスは時間通りに発車し、港湾地区と団地の近辺を淡々と走り、20分ほどであおなみ線野跡駅前に到着。バスを降りて改札口に行くと、1分後に金城ふ頭行きがでることが判明(x_x)。慌てて改札を通り、ホームに駆け上がるとドンピシャのタイミングで入線してきました。電車に乗り、席に座って呼吸を整えて外を見ると、前方に横浜ベイブリッジのような素晴らしいライトアップをしている「名港中央大橋」の姿が。あまりの見事さに、思わず息を呑んで見入ってしまいました(^^ゞ。
金城ふ頭に到着し、駅構内をぐるっと見学。しかし夜遅い時間のふ頭地区に何もあるはずはないので、ここもまた折り返しの電車に乗り込んで名古屋へ戻ることにしました。

港湾地帯、貨物駅、そして住宅地と少しずつ変わっていく風景を眺めるうちに名古屋駅に到着。全体を通してきついカーブが多く、思ったより時間がかかったなぁ…という印象を受けました。
名古屋到着後はコンビニでお茶を買い、宿へ直行して明日の朝に備えて早々に撃沈しました…。

翌29日は昼前に宮沢さんとお会いする約束をしているので、朝早く起きて乗りつぶし作戦を遂行します。
6時15分発の普通でまずは近鉄富田を目指します。まだ眠気も取れていないので、車中で少し居眠りをして時間を過ごします。

約40分で近鉄富田に到着。ここから三岐鉄道三岐線の乗りつぶしとなります。一旦改札を出て、窓口で西藤原までの切符を購入すると何と硬券が登場。磁気券が出てくると思っていただけに、思わず感激してしまいました(^^ゞ。

元西武の三岐鉄道101系

7時02分に西藤原行きの電車はゆっくりと走り出しました。乗った車両は元西武の401系で、この先行き違う車両もすべて西武のお古だったせいか、西武線の末端区間にでも乗っているような気分になりました(^^;。

ユニークな西藤原駅の駅舎

セメント積み出しの様子を眺めてまもなく、終点の西藤原に到着。周囲の風景は非常にのどかで、何だかホッとするものがあります。駅のすぐそばには「ウィステリア鉄道」と呼ばれる施設があり、ミニ鉄道も敷かれていて小さいながらも博物館のようでした。今日は朝早すぎて何もやっていませんでしたが、そのうち開園時間中に訪れてみたいものです。

帰りはただ往復するのもつまらないので、途中の伊勢治田で下車して北勢線の阿下喜へ出ることに。折り返しの電車に乗ること10分で伊勢治田に着きます。

駅構内がやたらと広い伊勢治田駅

駅前でバスの時刻を見ると、あと15分ほどで阿下喜方面のバスが来ることがわかりましたが、地図を見る限りでは歩きでもせいぜい1.5キロ程のようなので、ひとまず歩くことにしました。

味のある阿下喜駅

のどかな風景の中を歩くこと20分で阿下喜に到着。ちょうど西桑名から来た電車が着いたらしく、改札からぽちぽちお客が出てきました。改札口横の乗車駅証明書を発行し、早速電車に乗り込みます。

三岐カラーをまとった軽便電車

8時52分、ほんのわずかの人を乗せて電車は出発。ツリカケサウンドを奏でながら、ゆったりとしたスピードでのどかな風景の中を進んで行きます。
沿線の風景の中に家に比例して乗客の数も増えてきて、新たにできた東員辺りまでくると席がざっと埋まるくらいの状態に。その後も着実にお客を増やし立ち席が出るほどの盛況ぶりで、この路線が廃止の危機を乗り切った理由が見えた気がしました。
そして阿下喜を出て50分、乗車率になった軽便電車は終点の西桑名に到着。ここから再び近鉄に乗り、名古屋方面に向かいます。

途中八田で地下鉄東山線に乗り換え。乗り残し区間の一つである高畑~名古屋を片づけて、宮沢さんとの待ち合わせ場所へと向かいます。

名古屋駅の待ち合わせ場所に着くととまもなく宮沢さんも到着。早速行動を開始します。まずはちょっと早めお昼ご飯を食べに行きます。地下鉄東山線に乗って栄で下車、地下街をトコトコ歩いて行くと「スパゲティハウスチャオ」というお店に到着。

あんかけスパ「ミラカン」

ここはいうまでもなく「あんかけスパ」が名物とのことなので、迷わずあんかけスパにしました。待つこと数分、ついに本場のあんかけスパとご対面ヽ(^o^)丿。早速食べてみるとちょっと濃いめのソースと太めの麺が見事にマッチしていて、病みつきになりそうな感じ。あまりのおいしさに、ゆっくり味わうつもりがあっという間に平らげてしまいました(^^ゞ。

食後は私がリクエストした「ゆとりーとライン」乗車に行きます。栄から地下鉄名城線に乗り一路大曽根へ。地上に出るとまるで新交通システムかモノレールのような駅が目に入ってきました。そこが「ゆとりーとライン」の駅とのことで、そのまま宮沢さんの後についてホームへと上がっていきます。

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ホームに上がるとちょうど到着のバスが入線してきました。その様子はごくごく普通のバスが鉄道の駅に乗り込んできたような感じで、非常に不思議な印象を受けました。
その様子を眺めるうちにバスが入線。乗る時の状況もまるっきりバスなので、ますます不思議な印象を受けます。時間になり、バスはゆっくりと発車。早速カーブがあるので運転士の様子を見てみると、ハンドルには一切触っておらず、カーブに合わせて勝手に動いていました。その先に続く軌道は新交通システムそのもの、途中にあった速度制限の標識は鉄道用そのもので、本当に「鉄道とバスの良いとこ取り」のような感じでした。また沿線が丘陵地帯ということから眺めが非常に良く、これは夜乗ったらちょっとした夜景スポットにもなりそう。今度は夜乗りに来たいなぁ…と思ってしまいました(^^ゞ。
10分強で小幡緑地に到着。この駅を出ると地上に降り、ガイドウェイバスとしての機能が解除され、ごく普通の「路線バス」へと変化します。
次の竜泉寺で下車してUターン。まもなくやって来た大曽根行きに乗り、市内へと戻っていきます。

大曽根を戻ってきてからは再び名城線に乗り込み新線区間へ。途中の西高蔵駅で下車し、駅近くにあるビアレストラン「シャーロック・ホームズ」でお茶休憩になります。ここはお店の名前の通りシャーロック・ホームズをテーマにしたレストランで、何ともクラッシックな作り。そしてメニューも個性的で、ボリュームも満点の様子。その中に「あんバーガー」なるメニューがあったので、お店の方に聴いた上で注文。

PIC_0018

注文して数分後、あんことバニラアイスが塗られたパンが登場(^^;。お店の人に説明通りにもうひとつのパンを上にのせるとまさにハンバーガー(画像参照)! しかもパンが温かいので、中のアイスが溶けて生地にしみこんでいきます。早速食べてみるとなかなかおいしく、これまた病みつきになりそうでした(^^;。

お茶を飲んで一息入れた後は名城線に乗り込んで栄へ。これで名城線をキレイに1週しましたヽ(^o^)丿。栄到着後は「日車夢工房」に寄り道。私が以前通販で買った「新幹線のチャイムが流れる目覚まし時計」を始め、心惹かれるグッズが満載でクラクラきましたが何とか我慢(^^;。懐に余裕があったら非常に危険なお店でした(;^_^A。
ふと時計を見るとちょうど良い頃合いとなったので、ここで市内散歩は終了して名古屋駅へ戻ります。

名古屋駅で宮沢さんと別れた後、15時33分発のこだまで帰宅の途に着きました。

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今回は本当に駆け足でしたが、お祝いに駆けつけただけでなく乗りつぶしもしっかりこなし、宮沢さんのお陰で名古屋市内も堪能できていうことなしの2日間でした(^^)。

#この場を借りて改めて御礼申し上げます(__)>宮沢さん。

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2005年11月26日

神奈川県内路線バス乗り継ぎの旅(中原街道編)

2005年5月22日、かみさんが出かけた後今日一日やることがないことに気づいたので、ちょっと暇つぶしがてら路線バスの旅に出ることにしました(^^;。

今回は我が家の近くにある旧街道の名残である「丸子中山茅ヶ崎線(通称 中原街道)」を追っかけて、一路茅ヶ崎を目指します。

【中原駅 9:53発(東急バス 杉06系統 KA1512号車)】
初っぱなは最寄り駅の中原駅前からバスに乗ります。この系統は何度か乗っている路線で、しかも普段車で通ることが多い区間を走るため、特に何もせずのんびりと過ごします。

【道中坂下 10:09着/10:30発(横浜市バス 88系統 9-4527号車)】
ここから先は目的のルートを走るバスが2時間に1本しか来ないという、最大の難関。しかし今回はここだけは調べておいたお陰で、さほど待つことなくバスがやってきました(^^)。本当はこういうのも行き当たりばったりでやる方が面白いのですが、夕方の時間が決まっているだけに難しいところです…(^^;。

【平台 10:45着/11:14発(横浜市バス 80系統 3-4599号車)】
途中仲町台駅に寄り道した後、乗り換えポイントの平台に到着。バス停の時刻表を調べるとこちらも30分待ちでバスがつながることが判明。ベンチでこの後の行動を考えているうちにバスがやってきました。

【中山駅北口 11:28着/中山駅 11:42発(相鉄バス 旭13 1351号車)】
かつて狭くて走りにくかった区間がいつの間にか拡幅されていて、バスはさほど苦労せずに中山駅北口まで走ってきました。ここから先はしばらく相鉄バスのエリアが続きます。

【よこはま動物園 12:00着/12:25発(相鉄バス 旭25 1454号車)】
中山駅から乗ったよこはま動物園(ズーラシア)行きのバスはさすが週末だけあって、家族連れ、カップルで賑やか。こんな風に「元気な路線バス」を見るとホッとしますね(^^)。
よこはま動物園では25分待ちで、中原街道経由の三ツ境駅行きに乗り継ぎます。ここは以前二俣川に行く時もスルーしたので、今度こそ動物を見に行かなくては…(^^;。

【三ツ境駅 12:40着/13:10発(相鉄バス 旭28系統 2164号車)】
中原街道を快調に飛ばし、15分ほどで三ツ境駅に到着。目の前に乗り継ぎ予定のバスがいたので一番に降りて近づいていくと、何とすでにドアが閉まっていて、私に気づくことなく走り去っていってしまいました(/_;)。次のバスは1時間以上来ないため計画変更。30分後に発車する、目的のバス停の1つ手前まで行くバスに乗ることにし、ひとまず昼食休憩をとります。

【郵便局前 13:21着】
30分後のバスで、目的の「バザール前」一歩寸前の郵便局前で下車。バスを降りて、中原街道を歩き始めると、何とバザール前まではほんのわずか。ここは見切って正解でした。

【桜ヶ丘駅 13:35着/14:00発(神奈中バス 長33系統 せ35号車)】
とぼとぼ歩くこと15分、桜ヶ丘駅に到着。ここでも目的の綾瀬車庫行きバスが5分前に発車しており、こちらも1つ手前のバス停まで行く長後駅行きを捕まえるハメになりました(/_;)。

【大法寺 14:14着】
30分後に来た長後駅行きバスは米軍基地のそばを走り、15分ほどで大法寺に到着。ここから1キロほど先にある綾瀬車庫まで中原街道を徒歩行軍で進みます。

【綾瀬車庫 14:25着/14:40発(神奈中バス 湘20系統 せ20号車)】
綾瀬車庫に着き、15分ほど待ちで湘南台駅行きバスが入線。私以外におばさん2人を乗せてすぐに発車しました。

【用田辻 14:49着】
停留所到着寸前の信号待ちで、乗り換え予定の宮原南行きバスが走り去る姿を目撃。三ツ境駅でバスに逃げられたことでこんなに痛い目に遭うとは…(;_;)。がっくりしながらバスを降りようとすると、運転士から乗車時に湘南台駅までの運賃を引かれていることを指摘されました(x_x)。当然過剰徴収なので、現金と預かり金引換証で返金を受けます。
#でも先払いだったら、前面の案内も先払いにしてくれなきゃねぇ…(^^;。

【小谷 15:15着/15:17発(神奈中バス 茅45系統 ち53号車)】
三ツ境駅でバスを逃がしたことを後悔しながら、かなりのハイペースで歩行。途中の宮原南の折り返し場で先ほど逃がしたバスを目撃して、また悔しさがこみ上げてきます。
必死に頑張ったお陰で25分ほどで小谷に到着。やっと運が上向いてきたらしく、わずか2分待ちでバスを捕まえました。

【景観寺 15:26着/15:46発(神奈中バス 茅27系統 ち51号車)】
寒川駅からもほど近い景観寺で下車。ここから中原街道を通る系統に乗り換えます。

【茅ヶ崎駅 15:58着】
武蔵中原を出てちょうど6時間で無事最終目的地の茅ヶ崎駅に到着。何とか目標の16時にギリギリ間に合い、ホッとしました。

ということで、中原街道は無事終了しました。前回の国道1号に比べて路線のつながりが悪いのに加え、三ツ境駅でのミスが尾を引いてものすごく苦労させられました(^^;。
しかしここでめげていてはあまりに情けないので、今後もまた新たなテーマを見つけて路線バスの旅に出てみたいと思います(^^)。

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2005年11月10日

神奈川県内路線バス乗り継ぎの旅(国道1号線編)

2005年5月2日、今日はどこへ行こうかと悩みながら朝食を食べている時、ちょうどラジオからトラフィックレポートが流れてきました。今日も定番の渋滞箇所が詰まってるのかな?と耳を傾けると「神奈川県内の道路は全般的に交通量少なめ」とのこと。連休中でこういうことはなかなかないので、ひとまず路線バスの旅に出ることにしました。

身支度をして家を出発。さらに悩んだ結果、国道1号線を走るバスを乗り継ぎ、16時までにどこまで行けるか挑戦することにしました。以下は時系列でレポートしていきます。

【国道尻手 10:19発(横浜市バス 7系統 8-1506号車)】
尻手駅近くにある国道尻手が今回の旅のスタート。約20分待ちでバスがやってきました。
ここの路線は過去に何度か乗車していることもあって、あまり興味を引かれるものもなくまったりと乗車。車内は横浜駅に近づくにつれ混雑してきたものの、道路が比較的空いていたこともあり順調に進んで行きました。

【横浜駅 10:54着】
到着してすぐにお茶を入手するのと同時に神奈中の1日乗車券(大人1,000円)を購入しました。

【横浜駅 11:09発(横浜市バス 77系統 9-3683号車)】
絶妙のタイミングで乗り継ぎ。車内が空いていたので「外周席」陣取り、やはり走り慣れた区間を進んでいきます。途中権太坂近辺で渋滞をしたものの、比較的順調に推移。平戸を目前に坂下口で下車します。

【坂下口 11:47着/11:48発(神奈中バス 横43系統 お163号車)】
バスを降りると1分もたたず戸塚駅の神奈中バスが登場。ここから神奈中1日乗車券を行使します。ここから少し先には渋滞ポイントとして知られる「不動坂」がありますが、ここもあっさりクリアできました。

【戸塚駅 12:04着】
ここでひとまず昼食休憩。駅構内のベックスでお腹を満たします(^^)。

【戸塚BC 12:25発(神奈中バス 戸81系統 ふ078号車)】
午後は戸塚駅から徒歩数分のところにある戸塚バスセンターからスタートします。バスは若干遅れて到着したため、乗客を乗せるとすぐに発車。もしかすると定番の渋滞ポイントである「原宿」が混雑しているのかな?と心配したが、ここはあっさりクリア。その後もスイスイと走っていったものの、「藤沢橋」で渋滞した他、駅周辺の道路渋滞にはまりロスタイム発生(x_x)。ちょっと先行きが不安になってきました…。

【藤沢駅 13:12着/13:25発(神奈中バス 藤07系統 ち101号車)】
藤沢駅について茅ヶ崎駅行きのバス停に行くとすでにバスは発車した模様。これは一旦辻堂を経由しなくては…と思いベンチで地図を見ながら計画を練っていると、予定より20分遅れで茅ヶ崎行きバスが到着。どうやら藤沢駅界隈の渋滞に巻き込まれたらしい。どちらにしても不幸中の幸い、乗り込んで先に進むことにします。
市内の狭い道を抜けて国道1号に出ると再びサクサクと走り出しました。幸い乗降も少ないので、先ほどまでの遅れは若干回避できそうな雰囲気です。

【茅ヶ崎駅 14:04着/14:15発(神奈中バス 茅06系統 ひ037号車)】
10数年ぶりに来た茅ヶ崎駅は、駅前がすっかり変わっていてビックリ(^^;。本当なら少し探検をしたかったものの、バスが絶妙のタイミングで繋がるため諦めて先に進みます。
相模川を渡ると街の雰囲気にも変化が出てきて、西湘地区が近づいてきたことがわかります。この先は私にとってもなじみの薄い地域なので、車窓の一つ一つが新鮮に感じます(^^)。

【平塚駅 14:37着/14:43発(神奈中バス 平41系統 ひ010号車)】
平塚駅でも順調にバスがつながります。ここでもしばらく国道1号から離れていましたが、花水橋で再び合流。ここからは比較的海岸近くを走るらしく、沿道に大磯プリンスホテルの姿も。また沿線の大磯町はかつての別荘地の名残なのか古いおそばやさんなどもあり、興味をそそられます(^^)。
国府津駅到着寸前で相模湾の姿が見え、今回の旅では一番気持ちの良い区間でした。

【国府津駅 15:27着/15:33発(箱根登山バス 33系統 KB87号車)】
神奈中とはここでお別れとなり、この先は箱根登山バスになります。ピカピカのバスに揺られて再び海沿いを進んでいきます。酒匂川を渡り小田原市内に入ると、下校の女子高生で車内が賑やかに。よくよく考えれば今日は平日だったんですよね…(^^;。

【小田原駅 16:00着】
小田原市内をクネクネ走り、やっと小田原に到着。時計を見ると16時ピッタリでした(^^)。国道1号はこの先箱根を越えていきますが、一応タイムリミットが来たということでここで打ち止め。電車ならわずか1時間ちょっとの距離を6倍の時間をかけてやってきましたが、さほど疲れはなくむしろ良くやったなぁという満足感を得ることができました(^^)。

ひとまず国道1号シリーズはこれで終了にしますが、なかなかお手軽で楽しかったのでこのシリーズはまたどこかでやるつもりです。次はどこをターゲットにしようか、ふと手が空いた時にはあれこれと思いめぐらせてしまいます(^^ゞ。

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2005年11月 6日

久々の沖縄で念願のゆいレール乗車

2005年1月21日から23日にかけて、2年振りの沖縄へ行ってきました。
今回の旅はゆいレールに乗ることと、いつものように路線バスと観光を楽しむことが目的です。それと同時に、沖縄初心者の友人を案内する使命も請け負いましたが、果たしてちゃんとできるかがちょっと心配だったりします…(^^;。

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21日朝、たまたま同じ便が取れたことから、沖縄初挑戦のらくださんといちのつぼの住人さん(以降文中では「いちのつぼさん」と省略させて頂きます)とは羽田で合流。特に事前のレクチャーはせず、早速検査場を通過し、搭乗する。

私たちを乗せたANA121便は偏西風の影響から微妙に遅れを出しながらも、無事那覇空港到着。到着ロビーに出て、らくださんといちのつぼさんは郵便局で一仕事(^^;。まもなくYanagiくんとMさんが登場し、初日昼間のメンバーは勢揃い。その後の行程を相談し、まずは松尾にある宿に荷物を預けることに。国際通りを通る那覇バス25番がまもなく来ることから、ひとまずそれに乗車することにする。
バス停で待っていると貸し切り格下げと思われるバスが登場。以前はBUが当たり前のようにやってきていたものの、残り1台となっては当たらないのも当然。乗り込んで先に進む。

途中那覇バスターミナル(以下BTと略す)でMさんと、松尾でYanagiくんと一旦別れ、私たち3人だけで宿泊先「八汐荘」へ。フロントに荷物を預け、歩きやすい状態にしてから那覇BTへ戻る。BT内の食堂でお昼を食べていると先程離脱したMさんから電話があり、再び合流することに。そしてちょうど良いタイミングでやってきた沖縄バス35番で一路糸満に向かうことにする。

津嘉山や志多伯など、今まで私も通ったことのない地域を経由しながらのんびりとバスは進み、小一時間で糸満ロータリーに到着。ここで琉球バス82番に乗り換えることにする。しかし肝心のバスはしばらくないことが判明し、タクシーを捕まえることに。ここでも見事なタイミングで捕まえることに成功し、あっという間に第一の目的地「ひめゆりの塔」に到着。

ここは私自身2度目の訪問となるが、最近資料館が新しくなったことから機会があれば再訪したいと思っていた。そして今回の旅でいちのつぼの住人さんからリクエストを受け、早速行程に組み込んだという経緯がある。以前に比べてさらにしっかりと整理された資料を読んでいると、ひめゆりの学徒たちが先程乗ってきた35番のルートを通ってきたことが判明。何だか彼女達に導かれてここへきたような気がして、改めて冥福を祈る…。

その後バスの時間を確認すると、若干の余裕があることが判明。地図を見ると近くに局があることを確認し、バス停を3つほど徒歩行軍で移動。米須簡易郵便局で通算667局目の貯金を果たす。貯金終了後バス停で何台かのタクシーをかわし(笑)、無事82番のバスに乗車。5分ほどで着くので200円程度と見込んでいたものの、運賃表が恐ろしい勢いで跳ね上がり平和祈念公園到着時点で300円に到達(x_x)。ひとまず払って下車したものの、何だか腑に落ちない…。

平和の礎を見学した後、平和祈念資料館に行く。らくださん、いちのつぼさん、Mさんは入場することになりましたが、私自身は前回相当ショックを受けたこともあり、入る気にはなれず入口で待機。お茶を飲みつつYanagiくんとiモードメールで今後の行程について検討する。

少し経ってMさんが出場。この後は一歩早めに那覇へ戻るとのことで、すぐに出発していった。その後らくださん、いちのつぼさんの順で出場。お二人からの感想を伺いながら資料館を後にする。

この後は、Yanagiくんからの「誘導」に従い百名BTを目指すことに。ガイドブックと路線図を見ながらあれこれ考えていると、タクシーが私たちの横で停車。運転手といろいろ話をして交渉が成立し、乗車。その後運転手との話の中で、先程Mさんを輸送した事実が判明したり、また地元の人ならではの話を伺うことができたお陰で、さほど時間を感じることなく百名BTに到着。運賃もなかなかお手頃で済んで非常に助かったので、丁寧にお礼を言って下車する。

ターミナルに入るとすでにYanagiくんが待っていた。この後の行程を聴き、沖縄バス39番しか止まらない百名バス停に案内される。5分ほどでこぎれいな待合所がある百名バス停に到着。

百名バス停

ちょうど小学校の下校時間らしく、子供達がベンチにランドセルを置いてすぐ近くで遊んでいるのが目に入る。かつて自分達が子供の頃には公園のベンチにランドセルを置いて遊ぶ姿は当たり前のように見られていたが、最近はまったく見る機会がなかったこともあって、この様子は新鮮に映ったのと同時にホッとするものがあった。

まもなく新原ビーチからやってきたバスが到着。座席の様子から元横浜市交の車と思われる。閉鎖された中ドア付近の座席に座り、初訪問となる佐敷町界隈の風景を眺めつつ先に進む。

与那原町役場入口にてバスを一旦下車。この近くに軽便鉄道の遺構があるということで案内してもらいます。国道をしばらく歩き、交差点を曲がると目の前に農協の建物が登場。Yanagiくんの解説によると、この建物は砲撃を受けつつも残った与那原駅そのもので、砲撃を受けながらも残った骨組みを利用して作ったとのこと。建物裏側に行くと駅舎で使われていた柱が残っており、なかなか洒落た駅舎だったことが想像できるような感じだ。また今国道から農協に入ってくる道も大通りから駅前へつながる道と雰囲気が漂っていて、もし鉄道が残っていたらまた違った発展をしていたのだろうか…とふと思ってしまった。

見学を終え、与那原バス停から再びバスに乗る。ここからはMさんからも強く「推薦」を受けた東陽バス91番に乗車することにする。夕方ラッシュの渋滞が始まっていたもののバスはほぼ時間通りに到着。車は期待通り"730車"(日野RE)である。最後部座席に陣取り、じっくり車内観察&エンジン音を堪能(^-^)。そして横に座ったらくださんもご満悦の様子。その後も恐ろしく狭い道を走ったり、急な坂道で素晴らしい「REサウンド」を奏でたりして、実に楽しい。このまま延々と乗りたいところだが、那覇市内での宴に備えて大平で下車。ここで琉球バス55番に乗り換えて古島駅まで向かう。

古島駅からはいよいよゆいレールに乗車。駅構内を観察しながらホームに上がるとまもなく電車が入線。席はザッと埋まっていたので、ひとまずドアのそばに立って車窓を楽しむことにする。レール上から眺める車窓は何とも爽快で、このレールが少しずつできあがっていく様子を知っている身としては感無量である。乗客は私たちのような観光客だけでなく地元の用務客らしき姿も多く見られ、徐々に地元に根付き始めているのがわかる。今後このまましっかりと根を下ろし、「那覇の足」として頑張ってほしいものである。

県庁前で下車し、一旦宿へ戻りチェックイン。荷物を下ろして一服する間もなく夕飯を兼ねた呑み会へ繰り出す。今宵の会場は県庁近くの「ちぬまん」という居酒屋。店には先に那覇へ戻っていたMさんと、この日の午後に来沖したばかりのI同志がすでに宴を繰り広げていたので、早速輪に加わる。オリオンビールや泡盛を飲みつつ(私は一口だけ飲んでウコン茶ばかりでしたが)、おいしい沖縄料理に舌鼓をうちながら様々な話題で盛り上がり、あっという間に23時近くに。名残惜しいものの、明日のこともあるので一旦お開き。
宿の方角が違うMさんとI同志と別れ、Yanagiくんと八汐荘泊の3人は久茂地交差点そばのモスバーガーで酔い覚ましのお茶の飲んで一服。そしてゆいレールの最終を見計らい、本日終了とする。

翌朝はいきなり久茂地交差点で最後の「いすゞBU」を目撃してスタートとなった。交差点近くで昨日中にレンタカーを確保していたI同志と落ち合い、荷物を預けてから行動開始。

久茂地川沿いを行くゆいレール

まずはゆいレールに揺られて首里城を目指すことにへ。首里駅からは現在実験中のコミュニティバス石嶺・首里城みぐい線(2/6より「8番 首里城下町線」という正式な路線バスになります)に乗車することにする。改札で乗り継ぎ割引の切符を求め、改札外にあった時刻表を確認するとすでにバスが行ってしまった模様。しばらく時間があるので徒歩行軍で…と考えていたら、その真横に貼られているカラーの時刻表ではまもなくバスが来るとのこと。この不一致はいったい…と考えたものの、ひとまず真意はバス停にあるという結論に達し、ひとまずバス停へ行く。すると、見事カラー時刻表が正解(大汗)。ガックリしているとまもなくバスが登場したので、気を取り直して乗り込むことにする。

面白い形の停止ブザーを鳴らして、守礼門入口で下車。守礼門をくぐり、長い石段を上がっていよいよ正殿へと入る。ここは以前も訪れているが、本土の城とは大きく異なる造りということもあり、何度見ても新鮮である。

首里城正殿

ちゅらさんでおなじみ、古波蔵家

資料を一通り見て、城からの展望を楽しみ、首里城を後にする。まだ時間にも余裕があるので、近くにある金城町の石畳を目指すことにする。ここは以前バスラリーの最中に訪れた場所だが、なかなか味があって個人的にもお気に入りである。今回は赤マルソウ通りから石畳に入り、「ちゅらさん」の古波蔵家前まで行き、記念撮影後折り返すことにする。

この後はいよいよ名護へ向かうことになるが、その前に牧港のBigDipA&Wへ行くことにする。まずはを検討し、まずはコミュニティバスの石畳入口バス停で時刻表を確認。しかししばらくバスが来ないようなので、徒歩行軍可能な都ホテル前まで出て、適当なバスを捕まえて安里まで進む。

赤マルソウ通りを汗をかきつつ歩くこと10分強で沖縄都ホテル前バス停に到着。あわよくば朝見かけた「銀バス」を捕まえようと思い一旦那覇バス9番のバスを見過ごしたものの、続いてやってきたのは貸し切り格下げ仕様の那覇バス25番。その後の行動を考慮し、あきらめて乗車する…。

安里で下車後は市外線バス停へ移動。まもなく東陽バス31番がやってきたが、肝心の牧港を通るかがあいまいだったため運転士に確認した上で乗車する。席に座る前にバスは勢い良く走り出し、フラフラしながら席に着く。この勢いは国道58号線に出るとますます活発となり、沖縄の路線バスらしさ「全開」となる。都内や川崎の「もっさり」した走りに慣れている自分にとってはなかなか刺激的ではあるが…(^^;。

そんな訳で牧港にあっという間に到着。BigDipは1個手前の停留所で降りなければいけなかったため、ひとまずA&Wへ行ってお昼にする。初めて訪れたお二人はガソリンスタンドのような造りにビックリ。店内に入り、各自オーダーをして「沖縄のハンバーガー」を賞味。名物「ルートビア」は私以外はオーダーしなかったものの、いちのつぼさんが興味を示して一口だけ味見。そして予想通りの反応があり、思わずニヤリとしてしまう(笑)。

食事を終えて、1つ先の宇地泊バス停へ。先程立ち寄る予定だったBigDip本店を通り過ぎてしまったため、北谷店に寄る計画に変更。琉球バス29番を捕まえて再び北上する。

軍病院前で下車し、無事BigDip北谷店に到着。久々となるブルーシールアイスクリームを食べることにする。パフェなどの気になるメニューも多数あったものの、やはり普通のアイスを選ぶ。各自好みのものを堪能し、ひとまず本日の「食い倒れ旅」は無事終了。程なくやってきた沖縄バス20番に乗車し、一路名護を目指す。この系統は美しい海を間近に見れる区間を走ったりするため、所要時間は長いながらも退屈することはなく(ただ途中睡魔に襲われ一眠りしましたが(^^;)、あっという間に名護BTに到着。

沖縄バスのMP118

BT内で懐かしいバスの写真を撮り、I同志の車に同乗しているMさんに連絡。BTそばのコンビニでピックアップしてもらうことが決まり、それまではBT付近をフラフラして時間をつぶす。

20分ほどで朝久茂地で見かけたワンボックスが登場。車内にはYanagiくんと昨晩遅くに到着したともともすももさんもいて、これで総勢7名の大所帯に。この後の行程を全員で打合せ、まもなく船で沖縄入りするMくんをピックアップするため本部港に行くことに決定。そしてこの後しばらくは1日走り回ってお疲れのI同志に代わり、私が運転を引き受ける。

Mさんのナビに従い、本部半島をまったりと北上。船が入港するまで若干の余裕があったため、すぐそばにある瀬底島まで足を伸ばして時間調整。島に入るとまもなく「クイーンコーラル」の姿が見えたので、農道の入口でUターンし本部港へ。

港に到着し、車から降りて入港を待つ。普段船の入港する様子を見る機会がないことから、着岸する時の作業や荷役につい見入ってしまう。そんなうちにM君が悠々と下船してきて、今宵の一泊会参加者が勢揃いとなる。車に乗り込み、多野岳山中にある「いこいの村」を目指して出発する。

途中の「サンエー」で二次会用のつまみを購入した後、30分かからずに「いこいの村」に到着。夕飯を食べ、風呂に入った後は定番の二次会になだれ込み、沖縄話を始め様々な話題で盛り上がる。そして日付が変わった後もしばらく宴は続いたが、明日もあるので適当なところでお開きとなった…。

多野岳山中にある「いこいの村」

翌朝は8時頃に起床し、各自朝食。食後今日の行程を検討し、まずは残波岬へ向かうことに決定する。そして運転はらくださんが引き受けてくれたので、私は一番後でまったり過ごすことになる。

途中名護城前でMくんが離脱し、残った7名が残波岬を目指す。国道58号線→沖縄道と順調に進み、伊芸SAで一旦休憩。遠くに見える海中道路を眺めながら一服し、この後の道路を確認する。

伊芸PAからの眺め

荒波の残波岬

再び沖縄道を南下し、石川ICから一般道へ。美しい東シナ海を眺めるうちにほどなく残波岬に到着。この日は風が強く、岬そばの海は上記画像のような荒れ具合で近づくことも困難。灯台で風に煽られるのも怖かったので(苦笑)、岬近辺をふらふらすることにした。

しばらくのんびりした後、残波岬を後にして「道の駅かでな」を目指す。途中、楚辺通信所と読谷補助飛行場を見学し、嘉手納ロータリーを無事にクリアして目的地に到着。真横に嘉手納基地という絶好?のロケーションの上、併設されているレストランは地元で大変有名な「嘉手納ロータリードライブインレストラン」というごく普通のレストランが入っており、普通の道の駅とは何かが違う。
屋上で基地の様子を眺め、資料館で勉強をした後、いよいよレストランへ。手渡されたメニューを見るとどれもボリューム満点で、セットものはどう頑張っても食べ切れなさそうな雰囲気なので、お手軽なタコライスを選ぶ。さほど時間がかからずに料理が出てきたが、予想以上の量にビックリ! セットものを頼んだ人たちはさすがに絶句している…。それでも各自何とか食べ終え、満腹状態で道の駅を後にする。

続いてMさんからのオススメにのって、中城城跡を目指すことに。途中の池武当で一足先に帰京するいちのつぼさんと、所用で一旦那覇へ戻るYanagiくんが下車し、この先は5人での行動となる。
車で30分も走らないうちに中城城跡に到着。以前訪れた勝連城にも負けず劣らずの見事な造りと眺めに感激する。しばし海を眺めたり、今年一番最初の桜を愛でつつ、まったりとしたひとときを過ごす。

中城城址

2005年一番の桜です

中城見学後はすぐ近くにある中村家を訪れる。今まで琉球王朝に関係する建物を見ることかあったものの、昔の沖縄の農家は見る機会がなかったので、しっかりと見学する。本土の農家と似ているものの、所々に沖縄独特の造りがあり、大変興味深い。

見学を終え、再び那覇を目指して南下する。新聞を賑わした沖縄国際大のヘリ墜落現場を見て怒りを新たにした後、琉大前でMさん、ともともすももさんと別れる。いよいよこの先はらくださんとI同志の3人だけという、ワンボックスであるのがもったいない状況になる。

国道330号線をひたすら南下し、無事那覇市内へ到着。まだ時間に余裕があったので、空港近くの瀬長島に立ち寄る。ちょうど着陸する便があったので、真下から飛行機を眺めることができた。京浜島と同等クラスの迫力があり、なかなか面白い。

島を出ると、I同志がバスの写真を撮りましょうと提案をしてくれたので、すぐそばの那覇バス具志営業所に立ち寄る。I同志が事務所に行き交渉をした結果、撮影許可が下りたので所内へと入っていく。するとすでに廃車となったBUが数台置いてあり、かつて彼らが元気に走っていた様子を知る身としては何とも痛い状況だが、もう二度と見れなくなるはずなのでしっかりと写真を撮っておく。

BU04の廃車体

写真を撮り終え、給油をしてレンタカー屋に直行。返却後一度空港に立ち寄ってチェックインを済ませ、ゆいレールの乗り残しを片付けつつ国際通りの「御菓子御殿」へ買い出しに行く。
電車に乗って10分ほどで県庁前に到着。これで無事沖縄県内の鉄道は完乗となった。目的の「御菓子御殿」でお土産を求め、再びゆいレールで空港へと戻る。

那覇空港に着いてからは、先程旭橋駅から合流したYanagiくんとMくんも交えて空港食堂で夕飯を食べながら今回の旅の締めくくりの宴をし、らくださんと2人でいよいよ帰京の途に着く。

手荷物検査を済ませ、搭乗口に行くと見慣れない色の飛行機の姿が…。よくよく見るとピカチュウジャンボであることに気づき、思わず舞い上がるヽ(^o^)丿。搭乗後は普通の便と違う部分を観察しつつ、東京までのひとときをまったりと過ごす。

空飛ぶピカチュウで東京へ(^-^)

行きと違って偏西風の勢いに乗っているお陰で、ちょっと一眠りをしている間に着陸体勢に入る。そしてほぼ定刻通りに羽田空港に到着し、今回の旅は無事終了となった。

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少ない日数で駆け足になってしまいましたが、今回の来沖も大変充実したものになりました。今度訪れるのがいつになるかわかりませんが、次回は「ゆいレール」の縛りがなくなった分じっくり観光しに期待と思います(^^)。

ちなみにガイド役の仕事は当初の心配通り中途半端になってしまいました。この場を借りてお詫び申し開けます(__)>らくださん、いちのつぼさん。

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2005年10月30日

これにて

名鉄全線完乗となりました\(^O^)/。pcm_05_10_30_0007.jpg

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