2004年の"るろう"

2005年10月23日

2004年5月22日、ついに…

2004年5月22日(土)、ついにJR全線完乗のXデーを迎えました。今回事前に友人諸兄には告知を出したものの、特に「儀式」のお願いなどはせず自然体で現地へ乗り込むことにしました。

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その日はいつになく目覚めが良かった。ただ、緊張感はぐっと高まっているらしく、じっとしていられない。しかもその週の中盤にちょっとしたアクシデントが発生し、右足にまだ痛みが残っているので、よけいに落ち着かないのかもしれない。

現地待機をしたいというカミさんを見送り、出発前に病院に立ち寄る。診察が終わった後武蔵中原駅から南武線と東海道本線を乗り継いで、東京駅へ。そして東北新幹線「なすの233号」に乗車し、一路小山を目指す。

11時02分定刻に小山に到着。新幹線改札を出ると友人の姿があったので早速挨拶をする。ふと携帯にらくださんからメールが入り、駅構内のベックスで合流。今日は奥様も同行されていて、こちらでも御礼の挨拶をする。

しばらくあれこれ話をするうちに完乗列車発車の時間が迫り、ホームへと降りる。前方に何とムーンハートさんの姿が! 今回山猫さんが体調不良だったため単独でお越しくださったとのことで、感謝の気持ちを伝える。さらに列車に乗ると顔なじみの面々が並んでいて、いよいよその瞬間が迫ってきたことを強く感じる。

11時28分、ついに列車は動き出した。列車の旅の時はいつも腰を据えて座っているのだが、今日はやはり落ち着かない。真正面にすわ座っている友人(過去JR、私鉄ともに完乗をしている)によると、完乗直前は緊張感から妙な気分になるとのこと。今日の私はまさにその状態に陥っているようだ。

そんな私を構うことなく列車は淡々と進んで行き、ついに一駅手前の岩舟駅を出発。無事に着いてほしいという気持ちと、これで終わっちゃうんだという寂しさが入り交じり始める。そして車内放送が流れ、ブレーキがかかる。

11時55分定刻、列車は佐野駅のホームへと滑り込んだ。ホームにはカミさんや友人諸兄の姿があり、何だかすごいことになっている。そして扉が開き、笑顔のみんなが待つホームへと降りる。この瞬間、長らく目標にしてきたJR全線完乗を無事達成した。

無事到着

その後遠路来てくださった皆さんに挨拶をし、記念撮影。いくら声をかけたとはいえ、そして「佐野ラーメンオフだから」とおちゃらけながらも、私のためにこんなに多くの人が遠路栃木まで駆け付けてくれたのがとても嬉しくて、ちょっと男泣きしたい気分にもなったが、気合いを入れ直して改札を出る。

駅前で全員での記念撮影をし、昼飯休憩に。私たちも数名で固まって、ムーンハートさんの先導で「とかの」というラーメン屋に向かうが、あまりの混雑に挫折して別のお店に入ることに。あっさり目のスープとちぢれ麺が特徴で、なかなかおいしかった。餃子までしっかり食べて、これからの帰京の途に備える。

駅前に戻り、何人かの人と2次会について検討会議をする。いろいろ揉んだ結果、上野駅近くの居酒屋が候補に挙がり、16時45分上野駅再集合ということで解散することとなった。

いざ上野まではどうするかと考え、私たち夫婦はらくださん夫妻や数名の友人と東武線に乗ることに。運良く(笑)5000系が入線しており、館林まで魂に響くツリカケサウンドを楽しむ。

館林からは準急電車で一路都内へ向かう。途中羽生、久喜で何人か離脱し、残りはみんな北千住までぶっ続けで乗車。最終的に北千住でまさちゃんが離脱したので、らくださん夫妻と私たちだけが日比谷線で上野へと入ることとなった。

上野で若干余裕があったので、駅前のファーストキッチンでお茶をして時間調整。5分前くらいに集合場所に行くと、佐野から直帰した面々を除いてほぼ全員が到着していた。そしてここから上野広小路近くにある居酒屋へ移動して、二次会スタート。私の次なる目標の発表があったり、参加者同士がいろんな話題で盛り上がり、大変和やかな宴となった。

その後さらにカラオケボックスに寄り、もう一騒ぎ(^^;。予定の2時間は意外とあっさり過ぎ去り、これにて終了ということに。その後は川崎経由で帰宅の途に着くこととなった。

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ついに終了しました。約1年に渡り、乗りつぶし最優先で頑張ってきましたが、これでやっと解放です。ただ国内鉄道全線完乗という次なる目標があるので、ずっとダラダラと気を抜くわけにはいかないので、結婚式などの大イベントが一段落する来年以降再スタートしようと考えています。ただ今度はもうちょっとゆったりしたペースで、観光なども楽しみながら乗りつぶしを進めて行けたらと思いますが、果たしていつまで持つことやら…。

追伸:今回現地にお越しくださった皆様方、この場を借りて改めて御礼申し上げます。本当なら全員のお名前を列記したいところですが、プライバシーの問題もありますので割愛させていただきました。

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2005年10月22日

まったりしながら九州新幹線

2004年4月17日から18日にかけて、九州へ行ってきました。今回は3月に開通した九州新幹線の乗りつぶしが目的ですが、他に乗りつぶす路線もないためかみさんを誘って観光ありの「まったり旅」にすることにしました。

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17日は11時半の全日空623便で鹿児島へ。風が強かったらしく機体は終始小刻みに揺れ、鹿児島到着も若干遅れた。だいぶ慣れてきたとはいえ、飛行機の揺れというのはあまり良いものではないなぁとつくづく思ってしまう。

空港に着いてからニッポンレンタカーに立ち寄り、車を受け取る。今回の旅のお供はダイハツストーリア。ことあるごとにお借りしている義父の愛車(トヨタデュエット)と全く同じため、今日はサクサクと走れそうだ(笑)。

営業所を出てすぐ九州道に乗り、まず桜島SAで昼食を取りながらかみさんと作戦会議。今回はあまり欲張りすぎても厳しいので、指宿の砂蒸し1本に絞ることに。

食後一服してから再び九州道を南下し、谷山ICからは国道226号線を走行。ここは錦江湾沿いの眺めの良い道なので、多少流れが悪くても苦にならない。しかも途中で指宿枕崎線の姿も見れて、なかなか楽しい(^^)。

風景を楽しみつつ走り続けるうちに指宿市街に入る標識が見えてきたので、それに従って車を進める。海岸近くの道へ出るとまもなく「砂楽」に到着。ここは数年前の薩摩の旅で訪れたことがある公共の温泉で、なかなか快適だったことから迷わずここを選んだのだ。

受付を済ませて、まずは砂風呂へ。週末ということもありちょっと混雑していたが、あっという間に順番が回ってきた。砂の上に横たわると係のお兄さんが2人がかりで砂をかけてくれたので、瞬く間に生き埋めになった(笑)。まもなく汗が噴き出し、背中もちょっと熱くなってきた。10分強ほどで良い頃合いと見切り、砂の中から這い出す。

室内の温泉で汗と砂を落として、風呂から出る。外の気温もそれなりなので、汗がなかなか引かない。かみさんを待ちながら冷たい水を飲んでいるとやっと落ち着いて来たが、体の中はしっかり暖まっているらしくその後しばらく涼しくはならなかった(笑)。

その後車に戻り、今度は鹿児島市内を目指して北上する。途中から以前走ったことのある「指宿スカイライン」に入り、山間部のワインディングと素晴らしい展望を楽しむ。

鹿児島市内に着くと、夕方のラッシュで道路は渋滞気味。しかし土曜の夕方ということもあり、ある交差点を過ぎると順調に流れ始め、あえなく鹿児島中央駅前のレンタカー営業所に到着。車の返却をし、一旦宿へ入る。

一息ついた後、夕飯を食べに天文館へ行くことに。目の前の高見橋停留所から市電に乗り込むと数分で天文館通停留所に到着。今回はガイドブックでチェックしていたことに加え、以前も訪れた時の印象の良かったので「くろいわラーメン」へ入ることになった。レジで食券を求め、付け出しの塩漬け大根を食べながら待っていると、目の前にとんこつ特有の白いスープのラーメンが登場ヽ(^o^)丿。くどさのないスープとよく煮てあるチャーシューにクラクラしながら、しっかりと完食(^^)。やはり九州に来た時にはラーメンを食べないといけないなぁと思った瞬間だった。

食後はやはりデザート…ということで、同じく天文館にある「無邪気」に寄ることにした。もちろん目的はあの「白熊」だが、前回撃沈したのもあるので今回は1個頼んでかみさんと一緒に食べようかと考えていた。ところがいざ店に行くと「ベビー白熊」という、普通のかき氷サイズのものがあることが判明。かみさんと相談し、それぞれ1個ずつ頼むことにした。ほどなく、以前見たものよりずっと小振りな白熊が登場。これなら確実に食べられそうだ。夫婦揃って黙々と食べ続け、こちらも無事完食。これで何とか前回の屈辱を晴らすことができた(^^;;;。

その後は再び市電に乗って宿へ戻り、明日の九州新幹線に備えて早々と寝ることにした。


翌朝は少し早めに宿を出て、朝市の見学をすることに。しかし今日は市場が休みだったようで誰もおらず、あえなく撤収。方針転換し、駅からほど近い「維新ふるさと館」へ行くことにした。実は維新ふるさと館は今回2度目の訪問だが、幕末ネタは何度見ても飽きることはなく、非常に楽しいひとときとなった。

ざっと一巡した後、いよいよ鹿児島中央駅へ。実家や元職場へのお土産を購入し、お昼の弁当を用意していざホームへ。真っ白なボディの「つばめ」がすでに入線していた。早速カメラを片手にホームと車内を右往左往し、発車を待つ。

つばめの乗降口

独特の雰囲気の車内

11時49分定刻、つばめ8号は鹿児島中央を出発。沿線はトンネルが多く、かつての鹿児島本線のような素晴らしい眺望がないのは残念だが、シートがゆったりしている上に乗り心地も良く、はいたって快適。いつか東京に来る日が楽しみな車両である。

40分ほどで新八代に到着。これで晴れてJR九州完乗のタイトルを奪還しました\(^^@)/。すぐ真横に止まっている"先代"つばめ車両を使った「つばめリレー」に乗り換えて、再び北上を続ける。発車後車内探検をしていたかみさんが席に戻ってくると、いろいろ面白いものを発見したとホクホク顔。どうやら"先代"つばめ車両の方がお気に入りのようだ。

その後久しぶりに訪れる熊本駅の姿や列車の姿を眺めるうちに、98年のJR九州完乗の時をふと思い出す。あの頃はJR全線完乗まではまた程遠い状態で年中各地を攻撃的に走り回っていたが、それもまもなく一段落する。今改めて考えてみても、何だか信じられない話だ。

車窓を眺めてあれこれ考えるうちに、数分遅れで博多に到着。間を開けず地下鉄に乗り換えて福岡空港に移動し、全日空258便で帰京の途に。あっという間の2日間だったが、「つばめ」乗車と久しぶりの九州を味わえたことで大変充実した旅にすることができた。

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これでついに最終完乗路線の両毛線を残して、すべてのJR線を乗り終えました。あとは完乗Xデーを待つだけですが、徐々に緊張感が出てきました。
果たしてXデーはどんなことが起きるのでしょうか?

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2005年10月21日

アクシデントだらけの北海道乗りつぶし(^^;

2004年3月19日から21日にかけて、北海道へ行ってきました。今回は乗りつぶしだけが目的で、「観光」はいっさい省略という過酷(爆)なものとなりました。

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初日は朝7時羽田発の飛行機で一路新千歳空港へ。飛行機を降りるとすぐにJR線に飛び乗り、南千歳でスーパー北斗に乗り換えて一気に苫小牧へ。ここからいよいよ日高本線乗りつぶしを開始だ。

駅前のミスタードーナツで時間をつぶし、時間を見計らってホームへと入るとまもなく単行のキハ40が入線してきました。海側のボックスシートを陣取り、列車の様子を眺めるうちに発車時刻に。風景は工場地帯から海沿いの開放的な風景へと移り変わり、名物の「馬」の姿もチラホラ。何とも楽しいローカル線の旅が続いていく。
途中の静内で小休止。ホームへ降りて写真を撮りつつ背中を伸ばす。この小休止がローカル線の旅の楽しみでもある。そして再び車内に戻り、まったりとしたひとときを過ごす。

静内駅にて

そして苫小牧を出て約3時間。無事様似へ到着。改札を出て、襟裳岬方面のバス時刻を確認しに行くと、何と「黄金道路」で崖崩れが発生し一部区間運休の文字が…。つまり広尾へたどり着くことができないのだ(猛爆)。慌てて時刻表を取り出し、今後の作戦を検討。何とか当日中に帯広到着できるルートを策定したので、急遽折り返しの苫小牧行きに乗り込むことにする。

悲劇の現場(苦笑)

そしてまたまた約3時間、まもなく勇払到着というところで列車が異音と妙な振動を発生させて急停車。何とシカを轢いてしまったとのこと(x_x)。運転士さんが携帯でどこかに連絡をした後現場へ向かい、とりあえず亡骸を線路脇に排除。そして車両点検を含め、約10分で発車。一時はどうなることかと思ったが、何とか旅行再開となる。

苫小牧に到着してみどりの窓口に立ち寄り、この後乗車する「とかち」の指定券を確保。そしてまもなくやってきた夕方ラッシュで混雑する北斗に揺られて南千歳に向かう。
南千歳到着後は間を開けずに乗車予定の「とかち」が入線。ほとんど空席で妙にまったりとした空気が漂っていて、先ほどの緊張が解けたお陰で睡魔に襲われ始め…(^^;。途中トマムのゲレンデに惹かれて降りそうになりながらも(笑)何とか乗り通し、当初の予定より2時間以上遅れて無事帯広に到着\(^^@)/。さすがに疲れも出てきたので、今夜は早く寝ることにしよう…。


翌日は朝6時に宿を出発し、帯広6時21分の普通列車に身をゆだねる。池田からは存廃の議論がされている「北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線」に乗車。今日は途中から団体客が入るそうで、全部で3両編成での運転とのこと。しかし一般旅客が乗れるのは1両のみなので、何もなければ単行で走るようだ。
列車はひたすら平坦な大地の上を飛び跳ねるように走り、3セクにありがちの「ちんたら」した感じがないのが新鮮。そして北見に近づくに連れて客は増える一方で、本当に廃止して良いものか?と思うほど。もし全線存続が無理でも、たとえば利用客の多い北見寄りの一部区間のみ存続などと言った、柔軟な対応はできないものだろうか。線路は1回剥がせばそう簡単には復活できないのだから…。

北見からは「オホーツク」に乗車し、旭川へ。当初の予定ではここから留萌本線直通の列車に乗るつもりだったが、2時間近く待ち時間があるので並行する路線バスを探すことに。駅前のバスターミナルをふらふらしていると、留萌行きのバスを発見! ちょうど14時の便に乗れば適当な時間に着けるので、早速乗車することにした。

バスは最初線路から大きく離れて神居古潭付近を通り、途中深川駅付近から留萌本線沿いの道へと出た。ちょうど列車のない時間だったことから、留萌まで一度も列車とはすれ違わずじまいになった(^^;。

留萌駅にて

駅前の喫茶店で一服して時間をつぶし、発車10分前に改札内へ。そのうち遠くから踏切の音が聞こえ、キハ54がゆっくりと入線してきた。車内にいた数名の旅客はここでほとんど降りてしまい、まさに空気輸送状態。日本海の向こう側に暮れゆく夕日を眺めながら終点までの短いひとときを過ごす。

30分弱で終点の増毛に到着。駅前に降りると人の姿はなく、危うく途方に暮れそうになったが、何とか気を取り直して駅前散策に繰り出す。

増毛駅にて

増毛駅ホーム

発車時刻になり再び車内に戻るとやはり空気輸送。その後留萌で若干の乗車があった他はほとんど変動はなく、ほぼ全員が深川まで通し乗りとなった。それにしても「本線」という名からは想像できない状態に、ちょっと寂しいものを感じてしまう…。

深川からはスーパーホワイトアローで札幌へ出て、さらに普通列車に乗り換えて手稲まで向かう。ここからJR北海道バスに乗り換え、地下鉄宮の沢駅に出て、東西線の乗り残しを片づけることにした。宮の沢駅は昨今はやっているバスと地下鉄乗り換えを容易にした構造なのだが、ちょっとホームまでの距離があるのが難点。作る時点でもうちょっと考慮するべきだったような気がするのだが…。

無事東西線の乗りつぶしを済ませ、大通に到着。夕飯を食べずじまいだったので、南北線ですすきの駅に向かい、駅そばの新ラーメン横丁へ寄り道。一番入口にあった「もぐら」というラーメン屋で、やたらと大きいチャーシューの入ったラーメンを食す。外が冷えていたので、体を温めるにはちょうど良かったかも(^^)。

その後再び地下鉄に乗ってさっぽろ駅へ。すぐに今宵の宿へと転がり込み、明日に備えてそそくさと沈没することにした…。


そして道内最終日。この日も朝6時台に宿を出て、6時55分のスーパーホワイトアローで滝川へ。滝川からは富良野行きの快速列車でまたまたローカル線の旅を堪能。かつて石勝線がなかった頃は特急が走っていた区間だけに、長いホームや多数の交換設備が見られるのが面白い。

富良野からは帯広方面へ向かう快速「狩勝」で文字通り狩勝越えに挑む。ここからは車窓もさらに面白くなり、気が付けば石勝線が合流。途中信号所で「スーパーおおぞら」と行き違ったりしてさらに盛り上がって来たところで新得駅に到着。折り返しの列車が来るまでに駅前を散策。そして折り返しの滝川行きの普通列車で再び富良野まで戻る。

富良野からいよいよ道内最終路線の富良野線に乗車。合宿の大学生風の姿が多く妙に車内がうるさいが、美瑛で一気に下車してのどかな車内に。ゆっくり噛みしめるように車内でのひとときを過ごし、14時23分に旭川到着。これでついにJR北海道完乗となった。

感激している間もなく駅の改札を出て、帰京の途に。駅前から空港行きバスに乗り込んで旭川空港へ。そして今回は初めてAirDoの便に乗り、今回の旅を締めくくった。

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この旅が終わった時点で、JR線は九州新幹線と両毛線を残すのみとなりましたが、その後すぐに九州へ乗り込み(こちらの旅行記は後日お送りします)、いよいよ両毛線の小山~佐野だけとなりました。少しずつ現実になる「JR全線完乗」のタイトルに、自分り中で少しずつ緊張感が出てきましたが、Xデーにはリラックスし、元気に現地へ乗り込みたいと思います(^^ゞ。

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2005年10月15日

東横線横浜~桜木町惜別散歩

2004年1月30日、みなとみらい線(以下MM線)の開業と引き替えに東急東横線の横浜~桜木町が廃線となりました。廃止でなくなった両駅とも私にとっては大変馴染みがあり、はたまたいろんな思い出がある所だけに、いまだに信じられない部分はあります。
その廃止を前に最後の姿を見に行こうと、1月26日の公休を利用し、横浜へと足を運びました。

午前中家での用事を片づけ、横浜駅へ。ここで横浜市バスの1日乗車券を購入します。東横線を見に行くのにバス?と思われるかもしれませんが、今回のMM線開業に合わせ路線の改変が行われるため、こちらの乗り納めもしておこうと考えたわけです。

まずはみなとみらい地区を突っ切る125系統で桜木町駅へ。平日の昼間に横浜駅からは通過することの無くなる区間を順調に進んでいきます。ランドマークの足下を通り抜けるとまもなく駅前のバスターミナルに到着。

ハマちゃんバス

ここから伊勢山皇大神宮に寄るため、「ハマちゃんバス」に乗車します。車内の路線図を見るとなかなか面白い所を通るようなのでふと通し乗りしようかと思ったものの、今日の本来の目的から外れるため素直に(笑)開洋亭前で下車。皇大神宮で用事を済ませた後は坂を下り、東横線の撮影に少し時間を割きます。

さすがに廃止間近、道路沿いにも多数のカメラが並んでいましたが、驚いたのは携帯カメラを片手にした女性やどうみても「鉄」に見えない人たちが多かったこと! 今まで廃線といえば"同業者"が多いという印象があったのですが、今回の場合路線や区間を見ればこちらの方がむしろ自然なのかなぁとも思いました。

9000系とヨットの帆

桜木町駅全景

9000系とランドマークタワー

8000系とランドマークタワー

駅名標

桜木町駅と9000系

撮影を終えた後、再び桜木町駅へ。ここから市バス99系統を捕まえて、本牧方面へ。この路線も今回の改変で経由地が変更されるため、しっかりと車窓を楽しみます。
そんなうちにバスは本牧界隈まで来ました。ふと時計を見るとかみさんと待ち合わせする約束時間が迫ってきたので、本牧宮原で下車し折り返します。
反対側のバス停に行くと絶妙のタイミングで125系統が来るため、これでみなとみらいまで直行します。夕方ということもありバスはだいぶ混雑していて、桜木町駅に着く頃にはほぼ満員になりました。

みなとみらい大通で下車し、三菱重工ビル内のドトールでかみさんと合流。帰りがけちょっとだけ撮影をさせて頂き、いつもよりも混雑をしている桜木町を後にし帰宅の途に着きました。

路線案内表示器

ホーム駅名標

ホームから見たランドマークタワー

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2004年9月 4日

久々の京都散歩

出張翌日の8月28日、本当に久しぶりに京都散歩へ繰り出しました。

今回の目的地は、これまた何年ぶりかになる大原。寝起きの頭をスッキリさせるため、電車とバスを軽く乗り歩いて出町柳へと出ます。

出町柳からは叡山電車に揺られ、八瀬比叡山口まで向かいます。ツリカケ電車でなかったのが残念でしたが、のんびりした雰囲気は以前と変わっておらずホッとします。

八瀬比叡山口から大原行きのバスを捕まえ、いよいよ久しぶりの大原へと乗り込みます。途中道路渋滞にあうことなく順調に進み、20分ほどで大原のバスターミナルに到着します。
改築されてきれいになっていたバスターミナルを後にして、まずは大原三千院を目指します。まだ朝も早いせいかお土産屋も開店準備をしている最中で、あまり声をかけられることなくどんどん歩いていけます。

坂を登り切り、無事三千院に到着。拝観料を払い、中へ入ります。きれいな庭、見応えのある仏像など、さすがと思わせる部分がある反面、境内の散策中に突如「お茶でもどうぞ」という声がかかり、何だか落ち着かない。もうちょっと静かに拝観する環境にしてほしいなぁと思ってしまった。

一通り拝観を終えた後、今度はお気に入りのお寺のひとつである宝泉院に寄ります。受付で拝観料を払い、自分の中のベストポジションを陣取ります。まもなくお抹茶とお菓子が用意され、お茶を楽しみながら庭を眺めてまったりとしたひとときを過ごします。

心が落ち着いたところで宝泉院を後にし、今回の大原訪問を決めるきっかけになった私イチオシの漬物屋さん「翠月」を目指します。
坂の途中にある「志野」でドレッシングを買った以外はほとんどノンストップ状態で歩いて行き、20分ほどで寂光院門前に到着。

そして門前にある翠月さんの軒先にいた奥さんにご挨拶。突然の訪問に驚かれたようでしたが、両親から預かった手紙を渡したところ大変喜んで頂けたのが何よりでした。
それから20分近く立ち話をし、再び遊びに来ることを約束して出発することに。帰る際に寂光院を見るつもりだったものの、まだ復興中ということから今回はそのままバスターミナルへと戻ることにしました。

バスターミナルに戻り、次なる行程を検討。これまた久しぶりの円通寺へ向かうことを決めて時刻表を見ると絶妙の良いタイミングで国際会館駅バスが来ることがわかり、これで山を下りることにしました。

バスは途中での乗降もほとんどなく、30分程で国際会館駅に到着。乗り継ぎの北大路行きバスも見事なタイミングでやってきて、あっという間に円通寺前に到着。

いつものように畑の真ん中の道を…と歩き出すと、何故か道路工事の看板が目に入ってきました。いったい何事か?と思ったものの、すぐに事態が飲み込めました。
これはまずいことになってきたと思いながら円通寺の門をくぐり、受付でいつものようにカメラを手渡そうとすると、住職が「庭園の撮影のみ可になりました」と仰るではないですか! こんなことが起きるとは今まで想像したことがなく、その場にがっくりと崩れそうな気持ちになりました。

ベストポジションに腰を下ろして比叡山を眺めていると、まもなく住職による解説が始まりました。そしてその末尾で「残念ながら開発が始まり、今後この借景も見れなくなるかもしれません。そのため、写真撮影を認めることにしました」という趣旨の話があり、改めて強いショックを受けました。
少し沈んだ気持ちになったものの、いつものようにしっかり心を落ち着けお寺を後にします。

その後はまたバスと電車をふらふら乗り継いで、京都駅へと戻ります。荷物を回収し、帰りの列車を押さえ、のぞみで帰宅の途に着きました。

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西日本JRバス八幡線

先日中途半端に報告を書きましたが、西日本JRバス八幡線に乗ってきました。

夕方仕事が終わってから一旦京都駅そばの宿に入り、私服に着替えていざ出発! 夕ラッシュで混雑する新快速で一路草津を目指します。

草津からは草津線に乗り換え。変造(笑)113系に揺られること10数分で三雲駅に到着。ちょっと古めかしい駅舎に、ICOCA用の簡易改札機が設置されているのがアンバランスで面白い。

駅前に出るとそこがバス乗り場。まだ目的の近江八幡行きが来ていないため、待合室でお茶を飲みながらバスを待ちます。

発車10分前くらいにバスが到着。いすゞの中型バスだ。定番の「外周席」に座り、発車を待ちます。

19時03分定刻、バスは出発。狭い駅前を抜けると国道に出ます。速度は予想よりは速く、比較的順調に進んでいきます。

途中国道から外れて団地の中や田園地帯の真ん中を走ってみたり、はたまた商店街のような所を走るなど、非常に風景の変化に富んでおり、日暮れ後とはいえ車窓の変化をたっぷり楽しむことが出来ます。

だいぶ車の量が増えてくると、運賃表の金額も良い感じになってきました。そして19時40分頃、無事近江八幡駅南口に到着しました。たった40分のバスの旅でしたが、内容が非常に詰まっていて楽しいひとときを過ごすことができました(^^)。

ちなみに乗客は三雲駅発車直後はほどほど乗っていましたが、途中一部区間では「貸し切り」になることもあったため、先行きが厳しいと言われるのもやむなしと思いました。ただ議論なきままの廃止だけは避けて、利用者とバス会社がお互い納得するような答えが出ることを願いたいものです。

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2004年5月 6日

川崎市バスの旅

扇町バス停

ということで、無事川崎市バス乗り歩きの旅は終了しました。今回は…

自宅前(溝04)溝口駅(溝19)おし沼(徒歩)向丘遊園駅東口(向01)梶ヶ谷駅(溝23)新作(徒歩)新城駅(川63)井田営業所(川63)江川町(川83)川崎駅(川07)かわさきファズ(川07)塩浜営業所(川40)浜町二丁目(徒歩)扇町(川13)臨港警察署(川21)水江町(川10←何とタマちゃんバス(^^;)川崎駅(川74)上平間(川71)小杉駅(杉40)自宅近く

という流れで、南北をしっかりカバーしました(笑)。そして今回初めて扇町や水江町といった工場地帯の真ん中にも足を踏み入れ、「工業都市」川崎の一面を見ることができました。

こうなると次は新百合ヶ丘方面などに行って、また違った川崎の姿を見たいところですねぇ(^-^)。

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2004年3月21日

Sホワイトアロー1 号車中より

いよいよ今日でJR北海道完乗となります。

今日残る路線も難所が控えているので、無事に乗り切れることを願うばかりです。

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2004年3月20日

-5度

嵐のような初日を乗り切り(w、ただいま2日目スタートです。

帯広駅前の温度計は%たいとる%の通りなのですが、不思議なことに身を切るほどの寒さは感じません。 むしろ東京の一桁台の方がしんどいものがあり、北国出身の方が口にする「東京の寒さは痛い」という言葉を身をもって感じました。

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2004年3月19日

げげー(汗)

ただいま鹿を「得点」し、勇払の手前で列車停止中。いかにも北海道らしい事故とはいえ、何だかついてないわー(爆)。

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なんてこったい…

現在様似駅です。

これから襟裳岬~広尾~帯広と進んでいくはずが、崖崩れのために広尾行きバスがない…。

ということで、これから苫小牧まで戻りまふ(涙)。

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