2002年の"るろう"

2005年9月25日

幕末と市電三昧の函館

2002年夏、学生時代の友人と久しぶりに「幕末旅」に出ることになりました。今回は数年ぶりの北海道、それも幕末最後の戦争「箱館戦争」の舞台となった函館を目的地に選びました。

8月31日夕方に上野駅を出発した「北斗星3号」は定刻18時34分に函館駅に到着。以前訪れた時にはまだ残っていた連絡船へのデッキもきれいに撤去され、ずいぶん様子が変わっていました。しかも改札口には見覚えのある改札機(^^;があったりして、思わず時の流れを感じます。

駅そばのコンビニで朝食を調達し、駅待合室で手早く食べて早速出発。まずは新撰組副長、土方歳三最期の地に立ち寄ります。ここは今回の旅では絶対はずせない場所として友人共々決めていた場所で、歳三殿に敬意を表するために(笑)朝一番の訪問としました。案内板に従って歩いていくと市の施設に到着。その施設の中に歳三殿最期の地の碑がありました。ここで友人と記念撮影をし、歳三殿の遺影に手を合わせて再び旅に戻ります。

駅前から市電に揺られて、次は五稜郭を目指します。ここも幕末に関係ある史跡なので楽しみにしていました。繁華街の真ん中にある電停で電車を降りて歩くこと10分強で公園に到着。特にすごい施設があるわけではないものの、比較的しっかりした城跡で、いろいろ考えて作ったのだなぁと思わされる部分があちこちに見えました。公園内をうろうろするうちに博物館を発見したので、早速立ち寄ります。偶然箱館戦争の特別展が開かれていたため、2人揃ってじっくりと時間をかけての見学となりました。

お土産屋を冷やかした後、討議の結果トラピスチヌ修道院に行くことにしました。五稜郭電停のバス停に行き、修道院近くに行くバスを探すと少し前に出発したようで、路線図を眺めて再検討。とりあえず湯の川まで行くことにしました。
湯の川からはバスに乗り換え。どれに乗ればよいのやらと考えていると、親切な年配のご夫婦がバスの系統を教えてくれて大助かり(^^)。まもなくそのバスが来たので、お礼を言って乗り込みました。

最寄りと教えられた団地の中の停留所でバスを降り、案内板に従って山を登っていくと修道院に到着。開放的で明るい雰囲気の施設内を一通り見学をします。見学後は施設の目の前で売っていたソフトクリームを食べ一服(^^ゞ。ここで作戦会議を行い、湯の川温泉の公衆浴場で一風呂浴びることにしました。

トラピスチヌ修道院

一番最寄りのトラピスチヌ入口のバス停から市内方面へのバスに乗り、無事湯の川温泉に到着。地図で見つけた公衆浴場「日の出湯」に立ち寄ります。塩分が固まって白っぽくなっている湯船に入ると体中が痛くなるような熱いお湯でビックリ! 入る前に地元のおっちゃん達が「入れたらたいしたもんだ」と言っていたのですが、身をもってこの言葉を噛み締めました(^^;;;。

湯上がりで一服した後、市バス(今市バスはこの1路線だけとのこと)に揺られて函館駅へと戻ります。朝市近くの食堂で塩ラーメンを食べながら次の作戦を練り、碧血碑(幕府軍の墓)を詣でることにしました。

市電に揺られて谷地頭に行き、市営浴場のきれいな建物を遠目に見ながら山を登ってきます。案内板によればたいした距離ではなかったものの、きつい勾配のせいかなかなか距離が縮まらず、途中から草むした階段になったので「本当に着くのか?」という不安に駆られましたが、無事碧血碑に到着。早速手を合わせ、幕軍の霊を慰めます。

碧血碑

碧血碑を後にして、再び山を下っていきます。途中で函館八幡宮に詣でて、函館山ロープウェイ乗り場近くの護国神社に参拝。境内の隅の方にある官軍の墓地に立ち寄り、幕軍同様己の正義に身を投じ戦った志士に手を合わせます。
神社を後にし、坂道を下って宝来町電停にたどり着くと16時近く。夜の函館山登山に備えて一旦宿に戻り、しばしの休憩をします。

17時半過ぎに宿を出発し、函館駅前のバスターミナルに行きます。ここから登山バスに乗って函館山登頂を目指します。ここで偶然道内を放浪している友人と合流し、ここから3人での旅となります。
バスで山頂にたどり着くとなんと一面が霧で麓が全く見えないという事態になってました(;_;)。幸い日没までは時間があるので、奇跡を信じて待つことにします。そのうち風の流れで眺めが良くなり、間欠的ではあるものの無事「100万ドルの夜景」との対面を果たしました\(^o^)/。

函館山の夜景

無事夜景との対面を果たし、ロープウェイで下山。市電でベイエリア近辺まで移動し、函館西波止場にあるビアレストラン「はこだて海鮮倶楽部」で飲み会を催します。函館名物のイカソーメンなどに舌鼓を打ちながら、旅の話や歴史の話に花が咲き、楽しいひとときを過ごしました。

だいぶ盛り上がったものの、途中合流した友人はこの日の夜行列車で札幌を目指すそうなので、列車に間に合うような時間でお開きに。その後は市電の乗り、函館駅そばの宿へと戻り、友人をお見送りして初日の行程を終了しました。

夜の赤レンガ倉庫街

そして翌日。夜遅かった割には比較的早い時間に目が覚め、9時頃には宿を出発することができました。まずは駅近くの棒二森屋バス停から高龍寺行きのバスに乗ります。
20分ほどで終点の高龍寺に到着。停留所の名前にもなった高龍寺に参拝した後、外人墓地に立ち寄ります。横浜などに比べて小さな所ですが、やはり目の前には海が見えるなど、明るく開放感のある雰囲気なのが印象的でした。

その後先ほど乗ってきたバスに乗り、元町界隈に戻ります。路線図を見て確認した停留所の名前が間違っていたらしく、1つ先の停留所まで連れて行かれるという失敗をしましたが(^^;、徒歩行軍で何とかリカバリーします。まずはイギリス領事館に立ち寄り、明治時代の函館についての勉強をします。
続いて少し山の上にある元町公会堂を見学。今ではとても作ることのできない、何とも豪華な作りに驚かされました。

見学を終えて、建物の前でチラシを配っていたソフトクリーム屋に立ち寄り、「山川牧場のソフトクリーム」というものを食べます。何とも濃厚な味で、徒歩行軍での疲れを癒してくれます(^^)。

そんなうちに鉄分が欲しくなってきたので(笑)、麓へ降りて市電に乗ります。何と運が良いことに、元都電7000形だった1000形がやってきました。しっかり車内にもかつての車番が書かれている他、随所に都電時代の名残が見えるので、つい目を皿のようにして観察してしまいます(^^;。
終点の函館どつく前に到着後一服し、再び電車に乗って市役所前まで戻ります。

元は都電7000系だった函館市電1000系

電車を降りてからは昨日の夜も訪れた赤レンガの倉庫街へ行き、「はこだてビール」のお店でお昼ご飯にします。ランチタイムメニューのイカスミオムライスを注文すると、何ともでかいオムライスが登場(^^;。かなりの量だったようで、食べ終わった時にはお腹一杯状態でした(^^;。

食後は久しぶりの市営谷地頭温泉へ行こうという話になり、また市電に揺られて谷地頭まで向かいます。私自身はこの温泉には2度訪れているのですが、まだ建物が古い時代だったので、新しい建物になってからは初入浴となります(^^ゞ。施設はまるっきり変わってしまったものの、あの茶褐色のお湯はあの当時のままで、体の心から暖まってきます(^^)。

温泉から出て休憩室で冷たい飲み物を飲んでまったりするうちに、そろそろ空港に向かわなくてはいけない時間になりました。市電で函館駅へ戻り、空港方面のバスに乗り換えます。ここでまた作戦会議を行い、まだ少々の余裕があるという見解にたっしたので普通の路線バスを利用し、空港を目指すことにしました(^^;;;。そしてやってきたのは冷房の付いていない古参車で、懐かしい三方シートに身を委ねます。そして窓から飛び込んでくる風を浴びながら、市内の風景を眺めて空港までのひとときを楽しみます。

40分ほどで函館空港に到着。これで今回の行程はすべて無事終了となりました。あとは羽田行きの飛行機に乗って帰京の途に着くだけ。日程的には短かったものの、なかなか濃い内容になり、大満足の旅でした。

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2005年9月24日

上洛のおまけで五新線へ…

2002年、念願の山鉾巡行を無事見ることができたものの、尋常ではない混雑に気が滅入ってしまい(^^;、ふと思いつきの乗り歩きに出ることにしました(^^)。まず最初に近鉄線の南大阪線系列で乗り残しとなっている「御所」「長野」「道明寺」の3線を押さえてしまおうと思い立ち、四条から京阪電車に乗って丹波橋へ出て、ここから近鉄に乗り換えます。

ホームに入り時刻表を見ると橿原神宮行き特急がくるようなので、特急券券売機に行こうとしたものの、落雷で一時不通になっていたため運休とのこと。やむなく次の奈良行き快速急行で西大寺を目指します。

途中落雷現場となった小倉駅そばの踏切で徐行をしたものの、あとは比較的順調に走りあっと言う間に西大寺…のはずが、山田川付近から数分おきに走ったり止まったりの状態になってしまいました。車内巡回に来た車掌さんによると、落雷の遅延によって京都線、奈良線ともに電車が数珠繋ぎになってしまい、西大寺に入線できないのが原因とか。もうどうにもならないので、おとなしく到着を待ちます。

そして走る、止まるの状態を繰り返すこと30分強、やっと西大寺に到着。次の手を打つために駅員さんに橿原神宮前に向かう電車を問い合わせると、とりあえず普通列車が先発するそうなので6番ホームへ移動し、入線してきた電車に身をゆだねます。
さすがにこちらは影響がほぼ解消したようで、かなりいい勢いでかっ飛んで行きます。

何とか最後まで抑止がかからず、無事に橿原神宮前に到着。ここから南大阪線の2両編成ワンマン電車に揺られて尺土に移動。続いて御所線に乗り換えて近鉄御所に向かいます。

近鉄御所に着いてからは、薄暗いアーケードと狭い商店街を通り抜けて和歌山線の御所へ。ここで時刻表を眺めて今後の行動を検討した結果、まもなくやってくる和歌山行きで橋本に向かうことに。相変わらず路線に見合わない105系のロングシートに深々と座り、先を目指します。

途中五條で「阪本線」のバスの姿を発見。近々廃止になるという噂もあるため、どうしようかと悩むうちに電車は出発。その後もあれこれと悩むものの、あっと言う間に目的地の橋本に到着してしまいました。とりあえず駅前に出て、喫茶店で遅めの昼食をとります。

お腹を満たし駅に戻って時刻表を眺めているうちに、やはり五條へ戻るべきという結論が出たので、まもなくやってきた王寺行きの電車に乗り込みます。

五條に到着し、バスの時刻表をチェックするとまもなく到着の模様。待合室の様子や運賃表を眺めてフラフラしているうちにバスが入線。しかも今や全国でたった1台となってしまった日野車体のいすゞCJM500が登場(^^)。早速乗り込んで車内観察をしながら発車を待ちます。

そしてまもなく、乗客は私を含めてわずか3人という状態で五條駅を出発。懐かしい特有のエンジン音を響かせて国道をしばらく走って行きます。

五條病院バス停を過ぎると専用道入口の看板が登場。いよいよ「線路上」を走るようです。急な坂道を登って行くと進行方向右側から築堤が現れ、そしてその高さに達するといよいよ「線路上」に突入します。ここからは道路にしては緩いカーブと勾配になり、バスの唸りもおさまります。一般道との交差点部分はあきらかに踏切を意識した作りになっていて、もしやレールバスに乗っているのか?と思ったほどです(^^ゞ。その後の各停留所や、トンネル、橋なども独特の雰囲気があり、周囲の風景の良さもあって飽きない旅路となります。

五條駅を出て30分ほどで終点の城戸「駅」に到着。ここは数年前にうちの車でやって来たことがあるのですが、その当時と全く変わっておらずホッとします(^^)。折り返し時間を利用して「駅」構内を散歩して時間をつぶします。

城戸駅構内

城戸駅の運賃表

城戸駅の駅名標

そして折り返しのバスで再び今来た道を戻り五條駅へ。再び和歌山線で橋本へ向かいます。

橋本からは南海高野線に乗り換え。時刻表を見ると大型車による急行電車だそうで、時間間近になって難波方から6001系が入線してきました。ちょっと懐かしい雰囲気のエンジ色ロングシートに身をゆだねて紀見峠を越えていきます。

河内長野からは近鉄長野線のあべの橋行準急に乗車。道明寺で下車し南大阪線系統最後の路線である道明寺線に乗り換えます。2両編成のワンマン電車に揺られること5分で終点の柏原に到着。あとは大和路線の電車に乗って天王寺へ向かい、天王寺からは地下鉄谷町線で今宵の宿のある天満橋へと一直線。やたらと濃い1日を無事終えました(^^)。


翌日は午前中京都へ戻り市内の散策をし、午後から阪急線の乗り残しをやっつけに行きます。河原町の新福菜館で昼食を取って阪急京都線特急に乗車。久しぶりの6300系に感激しながら一路十三を目指します。

神戸線・伊丹線と乗り継いで阪急伊丹に寄り道。ここはかつて阪神大震災で駅が崩壊したそうで、駅ビルにもその旨の説明が書かれていました。しばらくその当時の映像を思い出しながら、駅前を一巡します。

折り返しの電車でいよいよ最終地点の甲陽園を目指します。夙川から線内折り返しの電車に乗り、単線の登り勾配をゆるゆると上っていくこと数分、終点の甲陽園に到着。10年以上前に初めて京都線に乗って以来少しずつやっつけてきた阪急線も、これで全線完乗と相成りました\(^_^)/。

駅前のバスから阪神西宮行きの阪神バスに乗車。大形の標準尺車が恐ろしく狭い道を走り抜けていくのが面白く、つい車窓に見入ってしまいます。そして阪神西宮駅に着いてから1局立ち寄って、阪神電車で梅田方面へ向かいます。電車内で時計を見るとまだ若干の余裕があるので、突如尼崎で下車。西大阪線と大阪環状線を経由し、弁天町へ。ここから中央線・御堂筋線と乗り継いで新大阪に向かいます。

駅構内で会社へのおみやげなどを購入し、18時ちょうどのこだまに乗車。ここ数年定番化している100系2階グリーン車でくつろぎながら帰京の途に着きました…

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2005年9月20日

念願の祇園祭へ

2002年7月、ついに長年の課題であった祇園祭のメインイベント、宵山と山鉾巡行に行って来ました。
今回は宵山当日まで会社の研修が入っていたため、夕方新横浜から「のぞみ」に乗って入洛となりました。

まず四条大宮の東横インにチェックインし、身軽な状態にしてから宵山で賑わう界隈へと向かいます。

阪急電車に乗ってお隣の烏丸駅へ。地上に出ると四条通り上に多くの人が歩いていて、独特の雰囲気になってました。周囲を見るとところどころに鉾の姿が(^^)。まずは一番見たかった「長刀鉾」とご対面。さすが祇園祭で一番注目される鉾だけに、作りや雰囲気が華やかでつい見とれてしまいます。生のお囃子や鉾に乗っている人達の仕草ひとつひとつもまた良い雰囲気がありました(^^)。

夜の長刀鉾
四条通にて

そのまま四条通りを西に進み、四条烏丸の交差点から北へ進路を変えます。「孟宗山」を見た後、錦小路を通って室町通りへ。ここは北上の一方通行のため、流れに乗って「山伏山」「鯉山」「黒主山」と見物。鉾町の町家では屏風や鉾の上に乗る飾り、さらには写真なども飾られており、多くの人が足を止めています。六角通りを通り「浄妙山」を見ながら一旦烏丸通りへ戻り、再び北上。「鈴鹿山」を見たところで姉小路を西に向かい、今度は南下の一方通行になる新町通りで四条通を目指します。八幡山を過ぎると周囲の家並みに押されてちょっと窮屈そうな「北観音山」「南観音山」が。しばらくその姿を眺めて再び南下して行きます。

四条通りに着くと交通規制が解除されるらしく、案内放送が延々と流れています。パトカーも走り回っており、人もだいぶ減ってきているので、そろそろ撤収することに。宵山の町の雰囲気の余韻に浸りながら阪急電車で宿へと戻りました。


翌朝、8時前に宿を出て四条河原町の交差点へ向かいます。地上に出ると朝8時半前だというのにすでに多数の人が。自分もベストポジションを探します。

そのうち空が急に暗くなり、朝から雷雨が。歩道の屋根の下に待避し、雨がやむのを待ちます。しかしながらその後完全に上がることはなく、巡行の時間中も雨に見舞われるという大変珍しい山鉾巡行になりました。

9時過ぎると道路規制の準備が始まり、車が完全に遮断されたところで信号の向きを変える作業員が登場。運良くその姿をおさえることができるので紹介します(※画像上にカーソルをあわせると説明が出るようになってます)。

作業員登場

ひもを付けて、思いっきり引っ張り

あっという間に横向きに

電球を外して完了

信号の向きが変わってまもなく、たくさんの人を従えて大きな大きな長刀鉾が目の前に現れました。コンチキチンの優雅なお囃子を奏でつつ、交差点内で一旦停止。車輪の所に「止め竹」という足場を敷き水を撒くと、鉾の上が扇子を振るいながらかけ声をかけると、弾き手の人たちが河原町通の北側に移動し始め、鉾の角度が変わります。その作業を数度繰り返し、無事「鉾まわし」が完了。今度は河原町通りを北上していきました。下にその様子の画像を添付します。

鉾が来ました

四条河原町交差点に進入

ここで一旦停止

合図にあわせて

向きが変わります

そしてもう一丁!

無事河原町通りに入りました

その後「油天神山」「保昌山」「郭巨山」「函谷鉾」と山鉾が交差点を通過していきますが、人があまりに増えすぎてうんざりしたため(身の危険を感じたというのもあるのですが)、やむなくこの場を離れることにしました。そしてその後の1日は鉄活動へと走ることにしました…(^^;。

前日の鉄活動でお腹一杯の翌日、宿のある天満橋から京阪特急に乗り込んで入洛します。終点の出町柳で降りて、ふと曼殊院の「幽霊の掛け軸」を思い出したので、早速叡山電車に乗ります。何と運良く「きらら」に乗ることができたためこのまま鞍馬まで行くのも良いかなー…と思ったものの、またの機会にということで予定通り修学院駅で下車。

暑い中急な坂道を上がっていき、やっとの思いで曼殊院に到着。見学をしながら汗を引かせていきます。そして肝心の「幽霊の掛け軸」の在処を探したものの結局発見できず、お寺の方に話を伺うことに。何とすでにこちらにはなく、滋賀県内のとあるお寺で供養しているとか。ちょっと残念でしたが「供養」とあらば仕方ないと言うことで、再び山を降りていきます。。

続いて定番の円通寺へ行くため、修学院道のバス停から市バス5号系統に乗って岩倉に向かいます。何度となく利用しているこの路線ですが、実は岩倉操車場まで乗るのは初めてだったりします。終点で降りると幡枝の郵便局もほど近く、円通寺への新しい入り口として使えそうな雰囲気(^^)。汗だくになりながらいつもの畑の脇を歩いていき、円通寺に到着。入り口で拝観料を払うと同時にカメラを預ける台に置き(住職に恐れ入りますと言われてしまいました(^^;)、早速庭とご対面。いつになく霞んでいる叡山を眺め、しばし時を忘れて庭を眺めます。

30分ほどして再び市内に戻ります。円通寺道から京都バスに乗って北大路駅に行き、ここからはおなじみの市バス206号で祇園に向かい、本殿が完成したばかりの八坂神社に詣でます。

参拝後は四条河原町の新福菜館でお昼ご飯。今回はこれで洛内散歩は打ち止めとし、新幹線の時間までは鉄活動の時間に充てることにしました。

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2005年9月18日

数年ぶりの南紀へ

2002年4月29日から30日にかけて、学生時代の友人3人と南紀方面へ行ってきした。南紀といえば以前初めてのお泊まりオフで訪れた場所でして、今回の計画には前回入手した現地情報が大いに役立ちました(^^ゞ。

4月29日、朝7時20分に東京駅で友人たちと合流。ひかり101号で一路名古屋へ。名古屋で食料を補給し紀勢本線特急「南紀」に乗り込みます。通路より一段高くなっている座席にゆったりと座り、途中睡眠をとりながら(^^;沿線の風景を堪能しつつ、南下を続けます。

東京を出て6時間になろうというところで紀伊勝浦駅に。早速駅前のバスターミナルの窓口に行き、レンタカーの手続きをします。そして出てきた車は新車のランサーセディア! いつも旅先で利用するレンタカーはそこそこ距離を走っている車が多かったので、わずか2000kmほどの車は本当に久しぶりだったりします。そして友人にハンドルを預け、まずは那智大社を目指します。

走り出して30分も経たないうちに那智大社の駐車場に到着。ここで車を降りて、熊野那智大社を詣でます。長い石段を上がり、途中で記念撮影をしながら境内へ。前回見ることのできた太平洋は悪天候に阻まれ見ることができませんでしたが、周囲の風景の良さに心が和みます。

続いてお隣の青岸渡寺に参拝。境内を散策していると怪しげな石段を発見(^^;。地図によると「植樹祭」なんとかという言葉があり、友人の一言で探検開始(爆)。しかしいくら歩いていってもゴールは見えず、途中でリタイヤ(笑)。引き返して青岸渡寺そばの茶屋で一服タイムにしました(^^ゞ。

今話題の八咫烏

那智の滝

その後今度は坂道と石段を下り、那智の滝へ。もちろん滝のすぐそばまで入り、迫力ある滝の姿を眺めます。

これで初日の予定が終わったため、駐車場に戻り再び紀伊勝浦駅を目指します。駅前のスーパーで夜のおつまみを仕入れ、いよいよ今宵の宿「ホテル浦島」を目指します。駐車場に車を預け、送迎車に乗車すると港にある桟橋に運ばれ、ここから亀(爆)に乗って宿に入ります。さすが有名な宿ということもあって、フロントは大混雑。今夜のお風呂がちょっと心配だったりします。

部屋に入り、夕食まで買い物をしたり軽く一杯飲んでくつろぎます。指定の時間になってから食堂に向かい、バイキング形式の夕飯を楽しみます。

食後はいよいよ温泉タイム(^^)。ここの宿はお風呂が全部で6カ所あるのですが、何とスタンプラリーをしていることもあり全部制覇しようという話になりました(^^;。手始めに室内の滝の湯で汗を流し、名物の忘帰洞、狼煙の湯、玄武洞と制覇し、磯の湯で小休止。そして最後のごんどの湯でもう一度汗を流して無事制覇となりました\(^O^;/。

その後部屋に戻ってからは数年ぶりとなる大貧民を楽しみ、長い夜は更けていきました…。

ホテル浦島からの眺め

翌朝は少し早めに出発準備をして、館内を探検。そしてチェックアウトをして、本州最南端の地である潮岬を目指します。

国道42号線を淡々と南下し、1時間かからずに串本町に到着。ひたすら南下を続け、ついに潮岬に到着しました。無料駐車場に車を置き、周辺散策へと出ます。

本州最南端 潮岬

本州最南端 潮岬

岬の先端に向かっていくとふと灯台の姿が見えたので、早速見学へ。狭い階段を上がっていき、外に出ると太平洋の雄大な眺めが飛び込んできました(^-^)。しばしその眺めを楽しみ、地上へ戻ります。すぐそばの神社を詣でたあと、この地をあとにします。

再び串本の市街地に戻り、昼食タイムに。国道沿いの寿司屋に立ち寄って、地のものをネタにしたにぎりを楽しみます(^^)。しっかり満腹になって会計をすると想像を絶する安さにびっくり! やはり魚の本場だということを実感しました。

途中串本郵便局で旅行貯金をしたあと、そして紀伊勝浦駅を目指し国道42号線を北上していきます。途中太地町に立ち寄り、くじら浜公園と灯明崎を見学。落合記念館もちょっと話題に出たものの、一瞬のうちに却下となりました(爆)。

グリーンピアの南海電車

国道沿いのグリーンピアという施設に緑色の電車を発見。友人の厚意でちょっと寄り道をして様子を見に行くと、南海1201系であることが判明。同じ和歌山県内ということもあってここに来た模様ですが、あまり保存状態が良くなく、何とも残念な限りです。

そして紀伊勝浦駅に無事到着。おみやげを買ったり、お茶をしたりして時間をつぶし、17時少し前に駅へ。ここからまた南紀号に乗って一路名古屋へ。名古屋からは久々となる100系「ひかり」で東京へと向かいました。

今回の旅はちょっと駆け足気味で、同行した友人からももう一押しという意見もでましたが、かなり濃い2日間になりました(^^)。普段一人旅の多い自分としては新鮮でしたし、今後も機会があれば一緒にでかけたいなぁと思いました(^^ゞ。

#今回ツアーに参加してくださった、Aさん、Kさん、Bさん、本当にお疲れ様でした(__)。この場にて改めて御礼申し上げます(__)。

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