2001年の"るろう"

2005年9月17日

初の「ドライブ」旅行で薩摩を堪能

2001年9月1日から3日にかけて、JASのマイレッジを利用して鹿児島へ行って来ました。今回ここを目的地にしたのは、6月の沖縄行きで見た「沖縄戦」と関連がある「特攻隊」のことを見たくなり、知覧へ行こうと思ったのがきっかけでした。その後両親が新婚旅行で訪れたという佐多岬に行こうなど、いろいろ肉付けがされていき、2泊3日の「ドライブ旅行」に発展していきました(^^ゞ。

9月1日は朝10時50分発の便で羽田を出発。いつものように居眠りをするうちに無事鹿児島空港へとたどり着きます。ここからは最終日までレンタカーでの行動となります。空港近くのニッポンレンタカーで車を受け取り、早速行動開始です。

まずは九州道でいきなり人吉を目指して北上。当初予定には入ってなかったものの、ふと「くま川鉄道」の存在を思い出したため、直前に行程へと組み入れました(爆)。東京近郊の高速道路からは想像できないような交通量であっという間に人吉に到着。ちょっと迷いながらもさほど時間をかけずに駅へたどり着きました。
ここで車を止めて、くま川鉄道の駅へ行きます。窓口で切符を買うと硬券が登場(*^^*)。つられて記念の硬券も購入してしまいました(^^;。
15時過ぎの列車で人吉を出発し、一路湯前へ。山間部にも関わらず以外と平坦な路線で、風景も近くを走る肥薩線とは異なったのどかな雰囲気が漂っています(^^)。

懐かしい雰囲気の湯前駅

くま川鉄道のレールバス

湯前に到着してから、しばらく駅前をフラフラして時間をつぶします。ふと目の前に「人吉温泉」という方向幕を出した産交バスがいたものの、ルートが全然見当がつかないので、やむなく折り返しの列車で人吉へ戻ることにしました。
人吉に戻ってからは再び車に乗り込み、先ほど見かけたループ橋にアタックすることにしました。ずーっと一般道を転がり、山間部を駆け抜けていき、やっとえびののループ橋に到着(^-^)。ちらちらとえびのの街を眺めつつ、ぐるぐると回りながら麓へと下っていきます。

その後は九州道に乗り、一路鹿児島を目指します。もう日もとっぷり暮れて、市内に入った頃には夕ラッシュの渋滞が始まってました。距離の割には時間がかかり、しかも宿の場所が全然把握できず一苦労しましたが、何とか宿を発見(^^;。駐車場に車を止め、チェックインしました(^^)。

夕食もまだだったので、とりあえず鹿児島市電乗りつぶしをした後天文館へ繰り出します。あの有名な「無邪気」の場所を確認しつつ、適当なラーメン屋で夕食(^^)。その後天文館の街の様子を見て宿に戻りました。


翌朝はちょっと早めに出発。フェリーに乗って、桜島へと渡ります。車をフェリーに乗せるのは数年ぶりで、確か初代を買った頃以来なんです(^^;。その記憶から、車検証を用意して…などと思っていたのですが、この桜島フェリーは手続きは一切無しのまま船に乗せられてしまいました(^^;。桜島港に着き、果たして運賃はどこで?と考えつつ下船すると、目の前に料金所が登場。ここで車体長を確認しながらの集金するシステムでした(^^)。

島に入ってからはまず鳥島が沈んだポイントを見学し、続いて「埋没鳥居」に立ち寄ります。ともに大正年間の大噴火で埋まったという話ですが、見ているとちょっと背筋が寒くなるものがありました。
#これだけの噴火をすれば地続きになるのも納得ですねぇ。

この足下に島が…

雨に煙る佐多岬

その後佐多岬を目指し、雨の国道をどんどん南下していきます。垂水、根占の街を通り抜け、まだか~と思ううちにやっと大泊に到着。ここからはロードパークという有料道路に入りますが、先ほどの国道を遥かに越える悪路で、所々地面がへこんでいたり、野生の猿が登場したりして参りました(^^;。そしてやっと駐車場にたどり着き、車を降りて展望台を目指します。ジャングルのような遊歩道を通り抜け、やっとの思いで展望台へ到着。そしてしばらく雨に煙る海を眺めます。天気が良ければきっと南西諸島の姿も見えたのかな~と思うと、この天気が恨めしかったです(;_;)。

展望台の売店でパッションフルーツの生ジュースを飲みながらおばちゃんとしばし歓談。そして再び車へ戻り、今度は根占へ向かい北上します。港に着き、時刻表を見るとちょうど良いタイミングの様子。乗船の手続きをして、乗船の列こ並びます。

デッキでうどんをすすり、船室でお茶を飲むうちに山川の港に到着。下船して一路指宿の砂蒸し温泉「砂楽」に立ち寄ります。浴衣に着替えて浜辺にある砂風呂へ。約10分ほど天国のような時間を過ごし、温泉で一風呂浴びて疲れを癒しました(^^)v。

温泉を出てから国道で一路鹿児島市内へ。そしてどうしても見ておきたかった「維新ふるさと館」を目指します。途中渋滞を食らい、これは時間内には無理かな?という気配が漂ったものの、何とか16時前に到着(;^_^A。西郷さんを始めとした薩摩の維新志士の資料をじっくり見学し、長州とは違った角度での幕末を勉強する事ができました(^^)。

これで日中の行程は終了し、宿へ帰着。荷物を置いてからまた市電に乗って天文館に繰り出し「くろいわ」のラーメンで夕食。その後昨日チェックをしておいた元祖白熊の「無邪気」へ行きます。そして有無を言わさず白熊を注文。自分の想像を遥かに超えるでかいかき氷が登場し、一瞬引いてしまいます(^^;。意を決して食べ始めると最後の頃は恐ろしいまでの満腹感に襲われ、帰りの市電の中ではヘロヘロになってしまいました(^^;。生まれて初めて「甘いもの」に負けた気分になりました(^^;。
#教訓:白熊をは食べる前に何も口にしないこと(爆)。
その後宿に帰ってからはしばらくひっくり返っていたことは言うまでもないと思います(^^;。


そして最終日、いよいよ最大の目的である知覧へ向かいます(^^)。指宿スカイラインに乗り、とても有料道路とは思えない峠道?を走っていきます。途中あおられながら何とか知覧インターに到着。そして一般道を転がしていくと目の前に味のある町並みが…。やっと知覧の街に到着です。ここは後ほどゆっくり見るとして、まずは特攻平和会館に立ち寄ります。ここは以前沖縄で平和祈念資料館を見て以来ずっと気になっていたところで、今回知覧へ行くことを決意させるきっかけの場所だったのです。開館まて少し時間があったので、敷地内の神社に詣でたり、遺族から寄せられたという灯籠や復元された兵舎を見学します。

特効平和会館の灯籠

特攻隊員が寝泊まりをした三角兵舎

9時の開館と同時に入館し、早速資料を1点ずつゆっくりと見学していきます。死を目前にしながら、あまりにすがすがしい表情の隊員の写真を見ると何とも切ない気分になり、改めて戦争が良くないことであるということを強く実感しました。不幸にも若くして亡くなった特攻隊員の皆さん達のためにも戦争反対の姿勢を通し、二度とこのようなことが起こらないようにしていかなくては、と決意を新たにして平和会館を発ちました。

隣にある「ミュージアム知覧」を見学した後、知覧の街へと戻ります。車を駐車場に止めて、武家屋敷の一帯へと入ります。ここは各地にある「景観地区」にありがちの「いかにも保存している」という雰囲気が全くなく、京都の美山のように「人が生活をしている」という一番理想的な状態で街が存在していました。

知覧の街並み

庭園からの眺め

案内のパンフレットに従って順番に見学をしていきますが、どこもきちんと手入れがされていて、ふっと心が和むような庭ばかりでした(^^)。古い町並みが好きな方はぜひ一度足を運ばれることをオススメできる街です(^-^)。

一通り見終わり、そろそろ空港へ…と思って時計を見るとまだ時間に余裕が。地図を見ると「加世田」という地名が目に入り「南薩鉄道記念館」の存在を思い出しました(^^;。そしてほとんど何も考えずに加世田へ向かって車を走らせていました(^^;。
少々迷いながらも何とか加世田バスターミナルに到着。横にあるスーパーの駐車場に車を止めて、記念館に行くと「バスの窓口へ」との案内が。どうやらお客さんが来た時だけ開けてくれるとのこと。バスの切符売り場へ行き、窓口のお姉さんに声をかけると早速記念館に案内してくれました。入口で入場券を受け取り、ここからは自分一人だけで資料と向かい合います。かつて鉄道雑誌の上だけでしか見たことのなかった鹿児島交通南薩線の姿がここでやっと見えてきました。しばらく思いに浸っていたものの、飛行機の時間を思い出して我に帰り、窓口のお姉さんにお礼を言って記念館を後にしました。

鹿児島交通 キハ100

その後再び国道を転がり、途中の道の駅でおみやげを買ってから指宿スカイラインへ。あとは九州道をかっ飛ばして無事鹿児島空港に到着\(^o^)/。これで薩摩の旅は無事終了となりました。

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2005年9月16日

沖縄バス乗り倒しの旅!

2001年6月16日から18日にかけて、生涯2度目となる沖縄上陸を果たしました。今回は現在学業のために沖縄在住となったうちの掲示板の常連さんであるYanagiくんに案内をしてもらっての旅となりました。

那覇空港でYanagiくんと合流し、まずは那覇バスターミナルへ向かいます。ここで荷物を整理して徒歩行軍スタイルに。売店の沖縄そばで腹ごしらえをして市外線の400円回数券を購入し、いよいよ沖縄本島の旅を出発します。

一番最初に乗ったのは銀バス46系統糸満方面へ。恐らく高速仕様だったと思われる日野のブルーリボンで、いすゞ主流の銀バスで乗れるとはかなり運が良いかも。Yanagiくんから「面白いものをお見せしますよ」とのコメントがあり、途中の豊見城で下車。で、たどり着いたのは「豊見城村役所」。そう、「役場」ではないのです。これはいろいろ理由があってのこととのことですが、現在最後の「村役所」だとか。近々豊見城村が市に上がるため、この姿を見れるのは後僅かのようです。

再び停留所に戻り、今度は銀バス33系統に乗車。今度はいすゞBUです(^-^)。糸満ロータリーとその界隈の古めかしい街並みを眺めていくうちに終点の糸満出張所に到着。出張所とは名ばかりの小さな折返所ですが、何とも言えない味がありました(^^)。

豊見城村役「所」

糸満出張所にて ずらりと並んだBUに注目!

糸満出張所からは徒歩で真栄里入口停留所に移動。日デ+3Eボディの車を使った琉球バス82系統のバスを捕まえて一路平和祈念公園へ向かいます。

平和祈念公園 平和の礎付近

昨年の社内旅行でも訪れた平和祈念公園に到着。前回見る事の出来なかった資料館に訪れます。ある程度は予測していたものの、背筋が凍るような写真、展示物にしばし絶句。もともと反戦主義の人間ですが、あまりの悲惨な状況を見せつけられ、今まで以上にその気持ちが強くなったのは言うまでも無いと思います。

※沖縄地上戦のすさまじさは想像を絶するものでした。正直気持ちが重くなってしまいますが、日本人として生まれたからには正しい認識を持つ事が大切だと思います。今後沖縄へ訪れる機会がある方は、ぜひ時間を作って沖縄県平和祈念資料館などに訪れることを「強く」オススメします。※

再びバス停へ戻り、82系統で具志頭まで進み、ここからは琉球バス83系統で市内へ戻ります。ここで来たのは恐らく都バスのお古と思われる5Eボディの日デ車。通学の学生達の元気さに圧倒されながらもちょっと一休みします…。

目を覚ますと那覇市内に到着。結構長い間沈没していたようです(^^;。那覇バスターミナルで下車し、先ほど預けた荷物を回収。続いて沖縄では珍しい「温泉」へと向かいます。琉球バス112系統に揺られて一路宜野湾へ。ベイスターズがキャンプを張る球場を横目にコマを進め、宜野湾市農協にて下車。埋め立て地をとぼとぼ歩いて行くと目的地「エデンぎのわん」に到着。本土でよくある「日帰り温泉」系の造りで、ちょっと塩味のするぬるいお湯に身を沈めるとしっかりと疲れが取れました(^-^)v。

温泉を出てからは琉球バス88系統でYanagiくんの自宅近くへ向かいます。ここで来たのはシートの色から大阪市交のお古と思われる日野ブルーリボン。今日1日だけでかなり多種多様のバスに巡り会えたのはかなりの収穫でした。最近いろいろと話題になっている普天間の基地を眺めるうちに中部商業高校前に到着。買い出しをしつつYanagiくん宅へ転がり込みました…。


翌朝はちょっと遅く起きて沖縄北部を目指します。琉大入口から東陽バス111系統に揺られて沖縄道を北に進みます。1時間ほどで名護バスターミナルに到着。ここからいよいよ67系統で辺土名を目指します。いったいどんなバスがやってくるかと様子を見ると見ていると、これまた懐かしい三菱のバスが登場! 思わず外周席を陣取ります(^^;。

名護バスターミナルにて

バスはぽつぽつとお客を乗せて北上を開始。南部とはまた違った風景が目の前に広がり、なかなか楽しいです(^-^)。辺土名バスターミナルに着き、乗り継ぎとなる69系統を待ちますが、どうやらさっき乗ってきたバスがそのまま入るらしく、気が付いたら系統表示板が変わってました(^^;。休憩中の運転士さんが声を掛けてきてくれて、しばらく談笑。そして「行きますか」という声で再びバスに乗車。この先奥までは運転士さんのガイドを聴きながらの楽しい旅路になります(^-^)。

海岸沿いの国道を延々と走り、やっと奥に到着。ついに沖縄本島最北の集落にやってきました(^-^)。ここでバスを1本落として散策することにしました。

国道58号線機転の標識

奥ヤンバルの里

しばらく集落を散策し、国道58号線の起点を見たり、交流館を見学して時間を潰します。周囲の風景は本土の山間部に近いものがあり、同じ沖縄本島でも、南部と北部でここまで雰囲気が違うのか、としみじみ感じてしまいました。

奥バス停にて

そしてそろそろ時刻となり、バスがやって来ました。これもまた懐かしい日野のREで、これで一昔前のバスを全て制覇したことになりました(^^;。また外周席に座り、再び辺土名まで進みます。もう18時近いというのに恐ろしく明るいため、周囲の風景がいまだにハッキリ見えるのが何とも不思議な感じです(^^;。
辺土名でバスを1本見送るとまた今度も自分たちが乗ってきたバスが名護方面へ向かうとの事。またまた外周席に座り、ひたすら南下して行きます。

そろそろ薄暗くなり始めた名護十字路でバスを降り、20系統那覇行きに乗り換え。今度もひたすら国道58号線を南下していきます。かなり運転が荒いのが気になったものの、渋滞をほとんど喰らわずに宇地泊までやって来ました。ここでバスを降り、私がリクエストした「A&W」で夕食。久々に飲むルートビアーと初めて食べるハンバーガーに舌鼓を打ち、お手頃で楽しい夕食を楽しみました。
その後はまたまた大阪市営のお古を使った27系統に揺られてYanagiくんの家に向かい、今日の行程を終了しました。


翌朝は琉大入口から113系統に揺られて那覇バスターミナルへ。那覇交通の1日乗車券を購入して県庁前まで移動し、「ポルシェ」で紅イモタルトをゲット。そして前回途中までしか乗らなかった市内線5系統に乗車。うねうね道を頑張って走るバスをたっぷり堪能し、久茂地まで1週します。

バスを降りてからは再び徒歩行軍で那覇バスターミナルに到着。時間も迫ってきたので荷物をまとめて空港へ戻る事にしました。時刻表を見るとちょうど空港行きが来る事がわかり、バス停で待っていると高速経由のバスが。そして車内には学校が終了して駆けつけてきたYanagiくんと偶然遭遇(^^;。無事これで沖縄ツアー終了となりました。

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野郎3人で京都珍道中(^^;

2001年4月28日~30日、またまた京都へ行って来ました(^^;。今回は高専の時の同期2人が同行し、「野郎三人珍道中」が展開されました(爆)。

※今回の表のテーマは「癒し」、裏のテーマは「幕末」ということで、スタート時点で何とも凶悪な雰囲気が漂っていました(笑)。

11時過ぎ、こだまで京都駅に着いて荷物をコインロッカーに預けて早速スタート。まずは京都名物の「にしんそば」を食べたいという声があったので、南座の「松葉」に向かう事にしました。しかもせっかくなのでということで、鴨川の河原に出て徒歩行軍となりました(笑)。涼しい風を浴びながら、地元の人たちに混じってのんびりと進んでいきます。
お昼少し前に四条大橋に到着。早速「松葉」に入ってにしんそばを食します。同行した友人からも絶賛のコメントがあり、まずは一安心(^-^)。

食後は四条通を東に向かい、八坂神社、円山公園を経由して霊山へ。ご存じ龍馬さんのお墓詣でます。途中維新志士のお墓を詣で、やっと龍馬さん、中岡慎太郎さんのお墓に到着。しばらく心静かにお二人の前にたたずみ、友人と熱く語って(笑)その場を離れました。
つづいて目の前の霊山資料館で幕末のお勉強。またまた熱く語り合いながら資料を見ていきます。

たっぷり幕末に浸った後は、定番の清水寺を目指します。三年坂を上がり、お土産屋の前をフラフラ歩いていきやっと到着。拝観料を払い、舞台から市内をのんびりと眺めます。ここからの市内の眺めはいつ見ても良いものだなぁと思い、つい見入ってしまいます。

しばらくして舞台を降り、五条坂のバス停へ向かいます。ここから市バス206号系統に乗り込み、一路京大へ。ここには資料館があるということで足を運んだものの、残念ながらお休み。近くの喫茶店でお茶をして一服します。

一服した後は市バス17号系統を捕まえて次は銀閣寺へ。こちらではわびさびの雰囲気を味わいつつ境内を一巡し外へ出ます。ここからまた徒歩行軍で哲学の道を散歩。永観堂付近までひたすら歩いて、最後は東天王町にたどり着きます。市バス203号系統に乗って烏丸丸太町を経由して、地下鉄で京都駅へ。荷物を回収した後飲み屋に入り、のんびり宴を楽しみました(^^)。

翌朝は8時頃に東急インを出発。シャトルバスで京都駅まで戻ります。駅前の喫茶店で朝食を摂りながら作戦会議。そして大まかな行程が決まり、一路金閣寺を目指します。「かたつむり作戦」仕様の101号系統に乗ると道路が比較的空いている上に、急行運転のバスのため以外と早く金閣寺道に到着。早速金閣寺の拝観へ向かいます。昨日の銀閣寺に比べてやはり人手は多く、写真を撮るのも一苦労しました。

その後再びバスに乗って北大路BTに進みます。ここからは京都バス28系統で円通寺道へ。そして毎度おなじみの円通寺に向かいます。この日はお天気が良くなかった事もあって比叡山はうっすらかすんでいましたが、これもまたいい味を出していて友人も大絶賛(^^)。頑張ってきた甲斐がありました(^-^)。

この後北山駅前のラーメン屋で昼食を摂り、地下鉄で二条城へ。私自身二条城はお初だったので、ウグイス貼りの床や城の作りをじっくりと楽しみます。
城を見てからは地下鉄に乗って三条京阪へ。ここでお茶タイムをして新京極を散歩。修学旅行シーズンということもあり、いつにも増して人でごった返していて、前に進むのも一苦労でした(^^;。

京阪四条に着いてからは京阪電車に乗って東福寺に向かいます。そしてまた徒歩行軍で歩を進め、雪舟寺に立ち寄ります。ここではお茶を頼み、ゆっくり庭を眺めます。雨がしとしと降っているお陰かいつもよりしっとりとした雰囲気があり、友人二人はここがいたく気に入った様子。こちらも足を延ばした甲斐がありました(^-^)。

拝観終了後は鳥羽街道駅へ向かい、今回の京都歩きは無事終了となりました。京都はいつも一人歩きばかりでしたが、たまには友人とのんびり歩くのも悪くはないなぁ、と改めて思った、今回の旅でした。

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京都でオフをやりました

2001年3月11日、念願だった京都でのオフ会を開きました。今回の内容は嵐電沿線を散歩するというものでした。

午前10時、四条大宮駅にて集合。簡単に当日の予定をお話しして、いざ嵐電に乗り込みます。第1の目的地は太秦の広隆寺です。ここは歴史の教科書等でもおなじみの「弥勒菩薩」が安置されており、この沿線を歩くならばぜひ立ち寄りたいお寺の1つです。境内を散策後宝物殿へ入り、いざご対面。この弥勒菩薩の表情は何とも言えない穏やかな表情で、何度見ても良いものだと実感します。他にも多数の仏像や聖徳太子の像など、大変価値のある像が多数納められており、思わず時間が経つのを忘れて見入ってしまいます。

広隆寺の山門

予定の時間になり太秦駅に戻ると参加者からの提案があり、途中の車折(くるまざき)で途中下車することになりました。電車を降りると目の前に小さな鳥居があり、そこをくぐって参道を歩いていくと車折神社に到着。こぢんまりとした境内には梅の花の香りが漂っていて心が落ち着きます。また他の神社には見られないちょっと特殊な造りが目を引きました。

車折神社の境内

車折神社境内の梅

再び電車に揺られて一路嵐山へ。駅前にある「コロッケ」を楽しんだ後、昼食タイムとなり一時解散になります。
午後は駅からほど近い天竜寺の拝観へ向かいます。現在方丈の修理をしているため庭のみの拝観となります。各位境内を散歩して時間を過ごします。

再び全員集合し、続いて向かったのは野宮神社。ここは山陰線の線路そばにあり、名物でもある「苔の庭」を眺めていると電車の姿まで見えるのが面白かったりします(^^;。

野宮神社苔の庭と183系の狂演(爆)

境内をしばらく散策した後は竹林の中を歩いて渡月橋方面を目指します。さすがロケなどにも使われるだけあって、雰囲気も抜群です(^^)。途中トロッコ嵐山駅に立ち寄って休憩。ちょうどタイミング良くトロッコ列車が来るのでその様子を眺めます。

トロッコ嵐山駅

謎の花?

列車が去ってから再び徒歩行軍、程なく渡月橋に到着しました。ここで途中で連絡をくださったばくちゃんさんが合流。そしていよいよ今日の最終到達地である北野天満宮を目指します。

帷子ノ辻で北野線に乗り換えて北野白梅町へ、この後徒歩行軍で10分程で北野天満宮に到着しました。ごった返している境内を進み、まずお参りをした後いよいよ梅との対面となりましたが、さすがは梅の名所だけあってかなり見応えがありました(^^)。

北野神社の梅 その1

北野神社の梅 その2

北野神社の梅 その3

一巡して時計を見ると終了予定時間よりも1時間近く早いので、参加者の皆さんに投げかけた所、ここで離脱するという家族連れのご主人から「千本釈迦堂はいかがですか?」との提案がありました。他の皆さんも賛同してくださったので早速現地を目指します。

クラシックな番地表記

15分ほどで千本釈迦堂に到着。ここはあの「おかめさん」にゆかりのあるお寺でした。「おかめ塚」の横にある説明を読んだ所、このおかめさんと言う人は大変な夫想いの人で、そのために自らの命をも絶ったというあまりに素晴らしい人であることがわかりました。あのふくよかな顔からは想像できない、その潔い行動には思わず感動してしまいました。

千本釈迦堂

おかめさん

境内と本堂を一巡するとちょうど良い頃合いとなり、これで今日のオフはお開きとすることになりました。

最後に今回は参加者の皆さんの「味付け」のお陰で、当初想像していたものよりも何倍素晴らしいオフにすることが出来ました。本当にどうもありがとうございましたm(__)m。

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2005年9月14日

新世紀は京都で

2000年12月31日、今年通算7回目の上洛をしました。今回は以前から憧れていた「京都で年越し」をすることが目的のため、夕方に入洛することになりました。

まず最初は新京極界隈の雰囲気を味わいに四条河原町へ。まだ時間が早かった(18時頃)のもあって、いつもの休日の夕方となんら変わらない雰囲気でした。さて次は…とバスの路線図を眺めると、掲示板で教えて頂いたラーメン屋「杉千代」近辺を通る市バス27号系統が乗り入れていることがわかったので早速転進、一路右京区を目指します。

バスに揺られてごく普通の住宅街を進んでいくと目的の停留所「安井小学校」に到着。バスを降りて少し歩いていくと「杉千代」にたどり着きました。早速チャーシュー麺を注文すると、さほど時間をかけずにラーメンが登場。私の中で「黒系」に分類されるスープと、巨大なチャーシューにまず目を奪われました。そしていざ食べ出すと変なしつこさのない味付けと、口の中で解けていくような食感のチャーシューに思わず言葉を失いました(^-^)。そして食べ終わると「大満足」状態になり、鼻歌でも出てきそうな気分でお店を後にしました。

先ほどバスに乗ってきて位置関係がわかったので、暫く南下して嵐電の山ノ内駅へ向かいます。ここの駅はいわゆる「安全地帯」で、私自身は初挑戦(^^;。地元の人の動きをまねて電車に乗り込み、四条大宮へ舞い戻ります。

時計を見るといよいよ送り火点火の時間まであと一息、ここから市バス201号系統の乗って河原町今出川へ。そして鴨川の河原へと降りていき、ビューポイントを探しつつ時間を待ちます。

そしていよいよ21時、大文字山にある「大文字」が点火され、約4ヶ月ぶりに大の字との対面となりました(^^)。しばらく必死に写真を撮り、時間を見計らって河原を北上し加茂街道を進んでいきます。予測通り途中で「妙法」「船形」も見ることが出来、前回よりも2つ多くに見ることが出来ました\(^o^)/。残るは「左大文字」「鳥居形」ですが、これは次回挑戦ということにしましょう(^^)。

お腹一杯状態で下鴨神社前バス停にたどり着き、時刻表を眺めるとどのバスも同じくらいに来ることが判明。しかし今日はダイヤ通りに来るとは思えないので、とりあえず一番最初にやってきたバスに乗ることとしました。そしてやってきたのは4号系統深泥池行き最終バス(笑)。松ヶ崎駅まで進んでいくことにします。

松ヶ崎駅からは地下鉄烏丸線に揺られて烏丸御池へ進み、東西線に乗り換えて東山へ。時計を見ると除夜の鐘の突き始めの時間が迫っているため、当初の予定通り知恩院へ向かいます。ここでは鐘楼まで上がり、鐘の音をすぐそばで味わい煩悩を払います(笑)。

鐘楼から降りてからは今回の最終ポイント、八坂神社を目指して山を下りていきます。すでに祇園の交差点は人であふれていて、神社に入るのも一苦労するほど。とりあえず流れに乗って何とか本殿前まで進んでいきます。年越しまで少し時間があるので賽銭箱前で待機します。

そしていよいよ2001年1月1日0時、21世紀がやって来ました! お賽銭が一斉に投げ始められ、私も負けずに投げつけます(^^;。何とかお願いもしてさぁ帰ろうと方向転換すると周囲が押し合いへし合い状態になっていて、身動きがとれなくなりました(汗)。前を進むことができないのに背後から押され、押しつぶされそうな状態になりながらも何とか脱出。被害はカメラのレンズカバー紛失のみで済みました(^^;。

その後は人の流れに乗って一路河原町駅へ。何とか無事に2000年最後、そして2001年最初の上洛は終了となりました。さて、今年は何回上洛することになるのでしょうか?

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