2000年の"るろう"

2005年9月14日

新世紀は京都で

2000年12月31日、今年通算7回目の上洛をしました。今回は以前から憧れていた「京都で年越し」をすることが目的のため、夕方に入洛することになりました。

まず最初は新京極界隈の雰囲気を味わいに四条河原町へ。まだ時間が早かった(18時頃)のもあって、いつもの休日の夕方となんら変わらない雰囲気でした。さて次は…とバスの路線図を眺めると、掲示板で教えて頂いたラーメン屋「杉千代」近辺を通る市バス27号系統が乗り入れていることがわかったので早速転進、一路右京区を目指します。

バスに揺られてごく普通の住宅街を進んでいくと目的の停留所「安井小学校」に到着。バスを降りて少し歩いていくと「杉千代」にたどり着きました。早速チャーシュー麺を注文すると、さほど時間をかけずにラーメンが登場。私の中で「黒系」に分類されるスープと、巨大なチャーシューにまず目を奪われました。そしていざ食べ出すと変なしつこさのない味付けと、口の中で解けていくような食感のチャーシューに思わず言葉を失いました(^-^)。そして食べ終わると「大満足」状態になり、鼻歌でも出てきそうな気分でお店を後にしました。

先ほどバスに乗ってきて位置関係がわかったので、暫く南下して嵐電の山ノ内駅へ向かいます。ここの駅はいわゆる「安全地帯」で、私自身は初挑戦(^^;。地元の人の動きをまねて電車に乗り込み、四条大宮へ舞い戻ります。

時計を見るといよいよ送り火点火の時間まであと一息、ここから市バス201号系統の乗って河原町今出川へ。そして鴨川の河原へと降りていき、ビューポイントを探しつつ時間を待ちます。

そしていよいよ21時、大文字山にある「大文字」が点火され、約4ヶ月ぶりに大の字との対面となりました(^^)。しばらく必死に写真を撮り、時間を見計らって河原を北上し加茂街道を進んでいきます。予測通り途中で「妙法」「船形」も見ることが出来、前回よりも2つ多くに見ることが出来ました\(^o^)/。残るは「左大文字」「鳥居形」ですが、これは次回挑戦ということにしましょう(^^)。

お腹一杯状態で下鴨神社前バス停にたどり着き、時刻表を眺めるとどのバスも同じくらいに来ることが判明。しかし今日はダイヤ通りに来るとは思えないので、とりあえず一番最初にやってきたバスに乗ることとしました。そしてやってきたのは4号系統深泥池行き最終バス(笑)。松ヶ崎駅まで進んでいくことにします。

松ヶ崎駅からは地下鉄烏丸線に揺られて烏丸御池へ進み、東西線に乗り換えて東山へ。時計を見ると除夜の鐘の突き始めの時間が迫っているため、当初の予定通り知恩院へ向かいます。ここでは鐘楼まで上がり、鐘の音をすぐそばで味わい煩悩を払います(笑)。

鐘楼から降りてからは今回の最終ポイント、八坂神社を目指して山を下りていきます。すでに祇園の交差点は人であふれていて、神社に入るのも一苦労するほど。とりあえず流れに乗って何とか本殿前まで進んでいきます。年越しまで少し時間があるので賽銭箱前で待機します。

そしていよいよ2001年1月1日0時、21世紀がやって来ました! お賽銭が一斉に投げ始められ、私も負けずに投げつけます(^^;。何とかお願いもしてさぁ帰ろうと方向転換すると周囲が押し合いへし合い状態になっていて、身動きがとれなくなりました(汗)。前を進むことができないのに背後から押され、押しつぶされそうな状態になりながらも何とか脱出。被害はカメラのレンズカバー紛失のみで済みました(^^;。

その後は人の流れに乗って一路河原町駅へ。何とか無事に2000年最後、そして2001年最初の上洛は終了となりました。さて、今年は何回上洛することになるのでしょうか?

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大江戸線開通記念 都バス乗り歩き

2000年12月12日の都営地下鉄大江戸線開通を機に、多数の都バスが路線変更や廃止になりました。バスに乗って散歩をするのが好きな私にとって都バスは大事な足でもありました。

何とか最期にもう一度と思っていたところ、最終日目前の12月10日に友人からの誘いの声がかかったため、早速「乗り納め」へと出ることにしました。

当日の朝は目黒駅から橋86系統「日本橋三越前」行に乗車。広尾や麻布の裏道、東京タワーの足下を抜けて新橋へ。そして今回廃止となってしまう銀座中央通りへと入っていきます。まだ朝早い時間だったこともあって
普段よりも早く日本橋三越前に到着。

日本橋三越前にて「橋86」

ここから秋葉原方面へ向かう茶51系統を捕まえます。この路線、日中毎時1~2本なので果たして捕まるかが疑問でしたが奇跡的にすぐに接続(^^)。万世橋まで進むことにします。

日本橋三越前にて「茶51」

万世橋から書泉ブックタワーの足下にある秋葉原駅東口バス停へ移動。日頃秋葉原と新宿を掛け持ちで歩く時に愛用したこの路線に乗るのもこれが最後になるので、牛込界隈の風景を堪能しながら新宿を目指します。そして初乗りとなる新宿車庫までの区間も無事クリアし、折り返しのバスで新宿駅へ戻ります。

四谷駅前にて「四92」

昼食休憩を取ってから再びバスに乗りコマを進めます。今度は部分廃止になる都03系統に乗って四谷へ。ここからはまた部分廃止となる四92系統で都心の虎ノ門を目指します。ここの区間はちょうど皇居のお堀沿いを走るなかなか味のある所で、今回の再編で1本もバスが走らなくなるとか。大変残念な限りです。

虎ノ門からは渋88甲系統で東京駅へ移動。数寄屋橋交差点で少し渋滞した以外は極めて順調で、こちらもいつもと様子が違っていました(^^;。

虎ノ門にて「渋88」

東京駅からは御茶ノ水駅近くの順天堂病院を目指します。北口にある東43系統のバス停を目指して急いだものの、見事目の前でバスに逃げられる始末(爆)。今日一番の失態でした。
ここから今日初めての電車である丸の内線に乗り御茶ノ水駅へ、そして徒歩で順天堂病院バス停に向かいます。

順天堂病院にて「茶81」

ここからは渋谷駅行きの茶81系統に乗車。神保町や九段など、日頃見慣れていた風景をしっかり目に焼き付けつつ先に進んでいきます。渋谷に着いてからは折り返しのバスで青山一丁目へ。

渋谷駅前にて「茶81」

そして今日の山場の1つである田70系統に乗車。六本木や毎度おなじみの麻布十番というエリアを通過し、田町駅東口そばの港区スポーツセンターにたどり着きます。

ここで今日2本目の電車である京浜東北線に揺られて東京駅へ。そしてこの旅のトリになる黒10系統に乗車します。

東京駅丸の内南口の「黒10」バス停

ここの路線は都バスの中でも一番馴染みのある路線だっただけに、いつも見慣れた東京タワーや増上寺、赤羽橋界隈や魚らん坂の風景も心なしか寂しげに感じました…。
そして約8時間に及ぶ惜別乗車の旅は目黒駅にて無事終了となりました。

【この日の行程】
目黒駅 1040-(黒10)-1128 日本橋三越 1133-(茶51)-1140 万世橋-(徒歩連絡)-秋葉原駅東口 1154-(秋76)-1245 新宿車庫 1250-(秋76)-1300 新宿駅西口 1329-(都03)-1347 四谷駅 1359-(四92)-1410 虎ノ門 1437-(渋88甲)-1458 東京駅南口 1508-(丸の内線)-1513 御茶ノ水駅-(徒歩連絡)-順天堂病院 1548-(茶81)-1648 渋谷駅 1703-(茶81)-1722 青山一丁目駅 1726-(田70)-1750 港区スポーツセンター-(徒歩連絡)-田町駅 1802-(京浜東北線)-1810 東京駅南口 1816-(黒10)-1848 目黒駅

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2005年9月 6日

秋恒例の上洛です

2000年11月18日、19日と毎秋恒例の紅葉見物へ行ってきました。今回は初めて京都市内に焦点を置かず、京都北部の美山へ行くことにしました。
ここは以前から知り合いの話を聴いて興味を持っていたのですが、交通の便がよろしくないこともあってなかなか足を運ぶことが出来ずにいましたが、今回レンタカーを借りようという構想があったこと、市内の紅葉が微妙に遅れているという事実があったために思い切って作戦決行となりました。

下に何点か画像を添付しましたが、ここまで多数の茅葺き屋根のある集落というのは初めてで、かつての港北ニュータウン界隈やローカル線の車窓でぼちぼち建っているのを見かける程度でした。意図的に保存をしているにしてもここまできちんと揃えているのは地元の方々の努力があってこそで、頭の下がる思いがしました。ぜひ今後もこの見事な風景を保存していって頂きたいものです(^-^)。

#あとは今年の5月に焼失してしまった資料館の再開とその原因究明に期待したいところですね。

それからもう一つの目的である紅葉はちょうど良い時期だったようで、美山周辺の山々だけでなく道すがら(佐々里峠、広河原、久多界隈)の山も赤や黄色に色づいて文句無しでした(^^)。あと1週間もすると京都市内もこんな感じに色づいてくるのでしょうか。

これで一つ目的を達成したので、来秋はもう少し時期を遅らせた上で市内に視点を戻してみようかと思います。

美山の風景 その1 美山の風景 その2

美山の風景 その3 美山の風景 その4

美山の風景 その5 美山の風景 その6

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2005年9月 5日

夏の終わりは飯田線へ

2000年の夏はまとまった休みが取りにくかったことや、五山の送り火を見に行くという予定があったため、久しぶりに長距離の乗り歩き旅行へ出ずに終わりました。
しかしながら、このまま終わってしまっては「鉄」としてもプライドが許さないので(笑)、最後に1枚残った青春18きっぷを片手に飯田線乗りつぶしへ行くことにしました。

作戦決行は9月9日、目黒線の始発で武蔵小山を出発、目黒でわずか2分で接続する山手線を捕まえて品川まで向かいます。ここからは「ながら」崩れの普通静岡行きに乗ります。最近くたびれ気味のためか、走り出してまもなく沈没モードに突入し、静岡まではしばしの休息時間となりました。

静岡からは浜松行きに乗換。短い編成の普通列車になるため、着席はできず先頭車でかぶりつきをして暇つぶしをします。ただこの東海道筋も散々乗っているので、むかしのようなワクワクする気持ちが無くなっている自分が怖かったりします(^^;。その後浜松で今度は豊橋行きに乗換。こちらも短い編成なので、先頭車でかぶりつきをして時間を潰していきます。

品川を出ること約5時間で豊橋に到着。売店でお茶を買って飯田線ホームを目指します。そして時間になるとたった天竜峡行き電車が入線してきました。当然のようにボックスシートに身を委ね、この先の旅路を堪能することにします。

東海道線の接続待ちのために10分遅れで電車は豊橋を離れました。豊川までは一部複線で、平坦な線路が続いていましたが、その先はカーブや勾配も厳しくなり、やっとローカル線らしい状態になってきました。車窓もだんだん面白くなってきて、子供のころから気になっていた「城西のS字カーブ」も堪能できました(^-^)。

途中から向かい側に座っていたおじいさんとあれこれ話ながらの旅路となりました。76という年にも関わらず大変若い方で、朝大阪から出てきて、時刻表を持たずに気まぐれ旅をしていると言うお話。自分が東京から来たことを話すと、今日はその後東京へ出ようかと考えていると振って来たので、あれこれ質問に答えていきました。

そんなうちにやっと天竜峡に到着。ちょうど駅に立ち食いそばがあったのでここで軽い昼食を摂ることにします。そのうちに岡谷行きの電車が入線してきたので乗り込みます。先ほどのおじいさんの姿が見えなくなり、しかもボックスシートの空きがなくなってしまっため、仕方なく最後部のロングシートに座ることにしました。

天竜峡駅にて

定刻通りに電車は天竜峡を離れ、淡々と走っていきます。飯田に着くと向こうの方から先ほどのおじいさんが私を手招きしていたので、そちらへ行くとボックスシートの空きが(^-^)。またお話をしながら先へ進むことになりました。先ほどに比べて線路自体だいぶ平坦になり、車窓もちょっとのどかな感じになってきました。そのうちに辰野に到着。豊橋を出て丸々6時間という飯田線の旅はこれで終了となります。

その後は中央本線の旧線を東へ向けて進んでいき、無事岡谷へ到着。ここで先ほどのおじいさんと別れ、駅前へ出て一服することにしました。が、目の前に中央道高速バスのバス停が目に入ったので思わず時刻表覗いて見ると、あと数分でバスが来ることが判明。たまにはバスというのも面白いので乗車することに決定しました。

そのうちに3ケタナンバーを付けた京王バスが現れ、3060円払い乗り込みます。その後は市内を少し走ってすぐに高速に乗ります。途中渋滞を喰らったものの、40分遅延で済み、比較的快適な旅路となりました。新宿からは渋谷を経由し、帰宅の途へ着きました。

わずか1日で東京、神奈川、静岡、愛知、長野、山梨と6都県を走り回った大変な旅でしたが、またJR全線完乗にまた一歩近づけたのが何よりでした(^-^)。

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2005年9月 2日

新年は近場のローカル線へ

新年を会社で迎えるという悲劇で幕明けた2000年、第1発目のお休みになった1月3日に近場の乗り歩きに言ってきました。今回は千葉県内で最後になる2私鉄路線の乗りつぶしです。

今回の旅立ちは品川から総武快速線へ乗車します。まだ3が日ということで何となく呑気な空気が車内にも漂っています。見慣れた風景をボケッと眺めるうちに千葉に到着。ここから内房線に乗り換えて五井を目指します。

五井からは関東で最も「ローカル線」の雰囲気を持っていると思われる小湊鉄道に乗り換えます。車両はパッと見は京成ながらロングシート仕様のキハ20という車(確か形式もキハ20だったような)となります。

小湊鉄道のキハ20

沿線風景は本当に東京から100km圏内とは思えないほどのどかで、このところローカル線に飢えていた自分にとっては最高のシチュエーションとなりました(^^)。途中上総牛久で下車をして軽くお昼を取り、再び上総中野行きに乗車。ここからはさらにローカル色が濃くなり、思わずカメラをぶら下げて沿線を歩きたくなってしまうほどでした(^^)。

もう鉄分満杯になった所で上総中野に到着。ここからはいすみ鉄道のレールバスに乗り換え、大原までのんびりとした旅が続きます。こちらは先ほどの小湊鉄道に比べて沿線が開けているようですが、やはり東京から100km圏内とは思えない風景が続いていました。

大原に着いてからは夕方の新年会備え、一路東京方面へ向かうことになりました。

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