1999年の"るろう"

2005年8月31日

幕末から維新をたどるとっても鉄な旅

1999年7月22日~26日にかけて、夏恒例の乗り歩きの旅へと出かけてきました(^^)。今回の目的は中国地方のローカル線のおっかけと「るろ剣の世界」に浸る(^^;ことでした。
なおこのページの写真の一部に白黒のものがありますが、これは実際白黒にて撮影したものなので異常はありません。

7月22日は仕事が終わって一服してからの出発となりました。今回の旅の始まりは寝台特急出雲号。今話題のサンライズは帰りに乗る予定だったのであえて敬遠をしたのです。しかしこの出雲号、夏休みでありながらかなりすいており、昨今の夜行列車凋落の様子をかいま見ることとなりました(;_;)。

23日は浜坂あたりで目が覚めました。車内販売のかにずしを朝食とし、松江到着までのひとときを車窓を眺めながら過ごします。天気はいまいちパッとせず、晴れたり曇ったりという状態が延々と続きます。

松江からは木次線直通備後落合行きに乗り換え。たった1両のディーゼルカーでしかもロングシートという悪夢のような状況に一瞬くらくらっとしました(^^;。そんな状況にくじけることなく、木次線の風光明媚な車窓を楽しみます。

途中の「三段スイッチバック」出雲坂根駅では延命水を飲み、ちょっとだけ長生きできるような気分を味わいました(^-^)。小休止の後スイッチバックを無事越えると今度は駅の見える所やおろちループの側で徐行をするという大サービスが行われ、私も写真を撮らせてもらいました。
#この時の運転士さんの粋な計らいには本当に感謝です(^-^)。


木次線 キハ120

出雲坂根駅 延命水

奥出雲おろちループ

そして備後落合からは懐かしの気動車急行「ちどり」(もちろんキハ58(*^^*))で三次へ進み、この旅で唯一の旅行貯金活動へ出ます。運良く駅周辺に2局あり、予想外の収穫でした(^^;。
この後は今回の旅一番の難所、三江線制覇となります。途中では乗客が自分一人になったり、石見川本では30分に及ぶ長時間停車を味わったりと、ローカル線の雰囲気をたっぷりと楽しみました(^^)。

もう真っ暗闇となった江津からは山陰本線を西に進み、浜田で一度乗り換えをしたのち益田に到着。この日はここで打ち止めとなりました。

翌朝は山口線の始発列車で津和野まで1往復し乗りつぶしの記録を伸ばします。再び益田へ戻ってからは山陰本線に乗り換え、念願の萩へ向かいます。

1時間ほどで東萩駅に到着し、駅前のレンタサイクルを借りていよいよ街歩きに出ます。萩城址に「るろ剣」でおなじみの高杉晋作、桂小五郎の生家などを見学し、幕末の萩をたっぷり味わいました。しかもありがたいことに、街自体をあまりいじり回していないため、かつての武家屋敷で使われていた壁などがうまい具合にくすんでいて好感が持てました(^-^)。

高杉晋作の家

桂小五郎(木戸孝允)の家

そして最後の締めに松陰神社へ行き、松下村塾を見学して駅に戻ろうとするとよりによってレンタサイクルの鍵を紛失し大騒ぎ(x_x)。もたもたしているとバスの時間になってしまうので駅まで担いで持ってかえることにしました(^^;。

松下村塾

なんとかバスの時間前に駅へ戻り着き、レンタサイクル屋のおじさんに事情を話すと「電話してくれれば合い鍵を持っていったよ」と言われて我に返りました(爆)。これこそ「骨折り損のくたびれ儲け」という感じでした。

返却手続きを終えて今度はバスで津和野へ向かいます。東萩駅からバスに乗ったのは何と私一人でしたが、その後バスセンターから大量の乗車がありました。しかしながら停留所ごとに人は減り、途中の吉部というバス停で再び私だけになりました。ここで時間調整の小休憩があり、お茶を飲んで一服します。そして運転士さんからエアコンのガスが抜けているとの説明があったため、窓を全開にして綺麗な空気を吸いながらの旅路となります。この後途中乗降は一切無く、時間通りに津和野駅に到着しました。運転士さんからお詫びの一言がありましたが、こちらとしては快適なドライブが出来たのでお礼を言ってバスを降りました(^-^)。

津和野の滞在時間もさほどないため、こちらもレンタサイクルで町中をふらふらと走り回ります。先ほどの萩に比べると手を入れてしまっているため妙に真新しい感じがするのは残念でしたが、それなりに趣はあったのが救いでした。

森鴎外旧宅を見た後再び駅へ向かいます。途中神社の横を通りかかるとなにやら人だかりがあったので立ち寄ってみると、30分後にかの有名な鷺舞をやるとのこと。まさか生で見れると思っていなかったので待つことにしました。

そして時間になると、優美な鷺舞が始まりました。やはりブラウン管を通して見る舞とは違い、美しい中にも力強さがあり、思わず見入ってしまいます。そんなうちに列車の時間が迫ってきたため、最後まで見れないのが残念でしたが駅へ戻ります。

レンタサイクルを返却し、お土産を東京に送ります。一段落して改札待ちをしていると、先ほどの鷺舞の一行が駅前に現れ、今度はここでお披露目をしてくれました。今度は先ほどよりもいい場所にいたので、舞の様子がゆっくりと見れました(^^)。

そして20年越しの念願である「やまぐち」に乗り込みます。以前はブルーの12系だったのですが、今はレトロ調の客車に変わっており、しかも今日は特別にマイテ49連結にC56+C57重連という極めて豪華な編成になっていました\(^o^)/。

C56の「やまぐち」

マイテ49

時間になると力強いドラフト音と共にゆっくりと列車は動き出しました。今回は重連ということで、加速・減速のタイミングをとる汽笛があり、C56とC57の微妙な音の違いをたっぷりと楽しめました(^-^)。

向かい側に座った年輩のご夫婦からお菓子を戴き、お話をするうちに山口に到着。ふとガイドブックに目を通すと何とも興味深い町で、次に来るときは1日歩く時間を設けたくなりました。

再び走り出すとほどなく終点の小郡に到着。 今宵の宿にチェックインし、荷物を降ろして小野田線乗りつぶしへ。宇部経由で居能へ入り、ここから小野田線へ入ります。少ししてやってきた電車はクモハ123で、小野田港辺りで花火があるため満員状態(x_x)。しかも中高生達が出口付近に固まるため乗るだけでも一苦労でした(-_-;。
#この辺はどの地方でも同じよ良からぬ慣習ですね…。

そのご一行が花火会場近くの駅で下車すると今度は空気輸送一歩手前という状況に代わり、先ほどまでの盛況がウソのように感じました(^^;。
小野田に到着後はそのまままっすぐ小郡へ戻り、明日の早起きに備えて早めに床へ着きました…。


翌朝は宇部線の始発電車に乗り宇部新川へ向かいます。目的は言うまでもなくクモハ42の出庫列車に乗るためです。せっかく乗るので、1分でも長く乗ろうと多少無理をした訳です(^^;。

クモハ42 長門本山駅にて

時間になるとがらがらと音を立てて扉が閉まり、そして魂を揺さぶるようなツリカケサウンドが車内に響き始めました。あまりに感動して思わず卒倒しそうになりましたが、気を取り直して久々の旧型国電の旅を楽しみます(^^)。

長門本山の折り返しでは撮影タイム。一緒に乗っていた同業者の皆さんたち(^^;があちこちに散らばっていきます。目的を果たして車内に戻ると運転士さんが乗車記念証を渡してくれると言う嬉しいハプニングが(^-^)。これはもう家宝にするしかないですね。

雀田到着後は居能、宇部経由で徳山をめざし、徳山からは岩徳線の乗りつぶしを敢行します。車中で時刻表を広げると当初予定よりも1時間早く行動しており、この列車の終点岩国から錦帯橋に立ち寄ることとしました。

錦帯橋

岩国市営バス いちすけ号

駅前から市バスに乗り、20分ほどで錦帯橋のたもとに到着。長らく写真でしか対面できなかったこの橋とついに対面を果たしました\(^o^)/。ゆっくり噛みしめるように橋を一往復し、再び駅へ戻ります。ちょうどバス停に戻ると岩国市営の名物バス「いちすけ号」が停車しており、慌てて飛び乗ります。このバスはかつて岩国に走っていた路面電車(戦前に廃止になったとか)の跡を走っているそうで、思わず目を皿にして町並み観察をしてしまいました(^^;。

再び山陽線に乗り込み、数年ぶりの広島市内へ。今回は可部線の乗り換えのため横川で下車し、ホームで列車を待ちます。ここも毎度おなじみ105系が現れ、可部まではサクサクと進んできます。いよいよここからは運転本数も激減し、今度の三段峡行きを逃すと大騒ぎになるので入線と同時に乗り込みます(^^;。

可部から先は、都会の風景から一転ローカル線の色が出てきてのんびりした空気になってきました。もう少し涼しければ窓を全開にして楽しみたいくらいです。

暫くのほほんと車窓を眺めているうちに終点の三段峡に到着。かつては浜田を目指した線路も駅のすぐ側でとぎれていて、ちょっと寂しい気分になりました…。

駅前で会社の先輩に戦果報告の電話をしているうちにバスが入線。話し終わってから「外周席」を陣取り車窓を楽しみます。そして戸河内からは何と中国道に乗り、80km/hという路線バスとしては最高のスピードを味わいます。自分の車の80km/hと違って迫力があり、ちょっとドキドキしてしまいました(^-^;。

広島市内に入り一般道に入ってからも途中からの乗車はなく、ほぼ定刻にバスセンターに到着。ここから広島駅までは広電に乗車します。自分としては京都市電が来ることを願っていましたが、残念ながらやって来たのは大阪市電。先に進まなくてはいけないので飛び乗りましたが、その後追っかけてきたのが何と京都市電!!! 悔しくて仕方ないのでいずれリベンジを果たすことを誓い、再び山陽線に乗り込みます。

この先は乗り残しになっていた呉線経由で糸崎へ。運良くクロスシート車だったので、海側に席を取って外を眺めます。噂通りの素晴らしい車窓に思わず見とれてしまいました(^^)。糸崎に着く頃には日も暮れ、あとは岡山を目指すだけとなりましたが、ふと尾道ラーメンの存在を思い出しふらりと途中下車をしました(^^;。案の定駅前に取り扱っているお店があり、キビナゴの天ぷらをおかずに背油入りのラーメンをしっかり楽しみました(^^)。

その後岡山に向い、サンライズ入線まで岡山電軌の乗りつぶしを敢行し時間つぶしをします。すべて乗り終えて駅に戻ってくるといよいよこの旅最後の列車になる「サンライズ」に乗り込みます。登場して1年目にしての乗車ですが、もう疲れもピークを迎えているため車内をちらりと見物した後床に着きました(^^;。


「サンライズ」 東京駅にて

と言うわけで、旅が終わって1ヶ月半経ってやっと完結しました(^^;。またまた駆け足の紀行文になってしまいましたが、ぜひご感想をお寄せください。

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2005年8月30日

箱根の山で鉄分たっぷりのオフ(^^;

1999年7月3日に、FTABIのオフへ行ってきました(^^)。今回の目的地は箱根で、登山電車の紫陽花と彫刻の森を楽しむことが目的でしたが、何故か登山電車の撮影会もあり(爆)私も例に漏れずあれこれ撮ってみました(^^;。

ポー電車
強羅開業80周年と彫刻の森30周年を記念して走り出した「ポー電車」です(^^)。車内には広告の代わりにポーの漫画が貼られていたりしてなかなか楽しい車両です(^^)。
(箱根湯本駅にて)

モハ1型
最古参のモハ1型です。険しい箱根の上り坂を重々しいツリカケサウンドを響かせて登って来る様は鉄な人間としては堪えられないものです(^-^)。
(彫刻の森付近にて)

旧塗装
これは戦前の塗装を再現したものです。東急の戦前の電車と同じようなダークグリーンで、日頃見慣れている「ロマンスカー色」とは違った雰囲気を醸し出していました(^^)。

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2005年8月29日

年始も相変わらず乗り歩き!

1999年の年始は適度に休みがあったため、いろいろと乗り歩きをしてきました。
ちょうど良いタイミングなので、ここで一気に報告をしたいと思います。


1月1日

年始第1発目は横浜支部の面々と怪しいツアーへと出ました。目的は

 ・東横線高島町駅での乗降客はあるのか?
 ・京急大師線の川崎大師以東の乗客はどの程度か?
 ・エアポート初日はどんな動きをして空港へ行くのか?

という感じで、年始からなかなか「濃い」ものになりました(^^;。
目蒲線最終1本前で武蔵小山を出発。大岡山・自由が丘経由で東横線に乗ります。車内はどことなくけだるい雰囲気で、いつもの終電時間とはちょっと違っていました(^^;。
目的の高島町に着くと私たち以外にも数名下車し、大騒ぎになりました(@_@)。そして駅の改札口でメンバー全員が合流。ここでなぜか用意されていた日本酒で乾杯となりました(^^;。

入鋏省略!!
東急迷物? 入鋏省略(高島町駅にて撮影)

東横線の最終を見届けたあと、終夜運転を行っている京急の戸部駅まで徒歩行軍。ここから小島新田へ向かいます。こちらの電車は東横線とは違って活気がありました。
川崎に着くと乗客のほとんどは大師線ホームへとなだれ込み、残りは金町方面の電車へ流れていきました。そしていよいよ第二の目的を完遂すべく電車に乗り込みます。途中の港町、鈴木町では全く乗降はなく、川崎大師でほぼ全部が降りてしまいました。しかし、予想に反して私たち以外にも乗客が何名か乗車しており、先ほどの高島町に次いで驚いてしまいました(@_@)。

小島新田で折り返して今度は花月園前に行きます。ここで近くにあるJR国道駅の様子を見に行きましたが、終夜運転をしないにも関わらず構内の照明は付いており、当然出入りも自由でした。ホームからつばさ橋とベイブリッジを眺めた後、徒歩で鶴見駅へ。そして電車で八丁畷へ移動します。

ここのホームで突如酒盛りを開始(^^;。しばらく時間をつぶします。南武浜川崎線の始発を見送った後、いよいよ第三の目的である「エアポート初日」乗車のため川崎へ移動。そして予定通りに電車へ乗り込みます。
座ってつかの間のうちに蒲田到着のアナウンスがされ、一度ホームに停車。その後品川方向へ少し動いて方向転換して空港線ホームへと進入しました。こちらは私たちの予測をちょっと裏切るような形で残念でした。
そしてそのまま羽田空港へ向い、初日をちょっと拝んだ後家路へと着きました。しかしこんな新年の迎え方ってどんなもんでしょうか?

1月3日

この日は秋葉原の買い出しのついでに京成の乗り残しであった千原線を制覇しに行きました。

#ここは元々「千葉急行」という別会社でしたが、経営が破綻(!)してしまい京成へ吸収されたそうです。

秋葉原から上野へ移動して、京成特急で津田沼へ。ここから千葉線に乗り換えになるのですが、なんとちはら台行きは20分サイクル! 1本電車を見送り、やっとちはら台行きが到着。乗客はほどほどあったものの、千葉中央で一気に下車してしまい、千原線内へ向かう人は各車両数名という異常事態になりました(*_*)。

その後各駅で1~2人ほど降ろしていき、無事ちはら台へ到着。駅の周囲はまだ造成途中の模様でほとんど建物が無く、寂しさのあまり折り返しの電車で帰宅の途へ着きました(/_;)。この状況を見ると、経営破綻するのも何となくうなずける気がしてならないのは私だけでしょうか??


1月5日

続いてこの日は北総・公団線の制圧に向かいます。五反田から都営浅草線に乗り泉岳寺へ。ここから直通の印西牧の原行きに乗ります。

こちらも千原線同様本数が少ないものの、途中住宅地も多く、乗客もそれなりにありました。しかし終着間近になると先日のちはら台とタメを貼るほどの状況になり、たどり着いた印西牧の原駅周辺もほとんど住宅がないと言う状態でした(;_;)。駅から離れると綺麗な団地もあるだけこちらのほうが開けているようですが、完成にはまだ時間がかかりそうです…。

当然ここも何もすることがなく、しばらく駅周辺を散歩した後、開通してまもないらしいバスでJR成田線へと逃げ、我孫子周りで山手線内へと戻り、乗り歩きを終了しました。


1月11日

この日は寝床で時刻表を眺め、以前乗り残しとなっていた千葉都市モノレール制圧へ向かいました。しかし、東京駅に着いたところ電車の時間が空いてしまいロスタイム発生。とりあえずやって来た各駅停車の蘇我行きに乗って計画を練り直し、東武線の乗り残しである亀戸線と大師線を片づけることにしました。

途中の葛西臨海公園で下車し、都バスの乗り継ぎで亀戸駅へ。下町でバスに乗ることは珍しいだけに、町の観察をたっぷりできたのは大きな成果でした(^^)。

亀戸からは2両編成の電車に揺られて曳舟へ。目蒲線を彷彿とさせるのんびりとした走りで、ここにツリカケ電車がいたら…と思わず悪い考えを起こしてしまいました(^^;。

曳舟から準急館林行きに乗り、西新井へ移動。ここから大師線に乗り換えます。終点の大師前は無人とのことで、西新井で切符を回収するという面白いシステムに遭遇。これはなかなかうまい合理化の手段かもしれない。ごとごとと揺られること2分で大師前に到着。ほとんどの乗客は西新井大師への参拝へ向かっていった様子でした。

駅前にある「足立西新井局」で今年最初の旅行貯金を実施。なんと局番が1桁で驚かされました\(^o^)/。預けた後に都バスに乗り王子駅へ。ここのバスも裏路地のような所をうねうねと走り、なかなか楽しいものでした。
#しかしこんな狭い道に5分おきにバスが来るとは…。

王子からはこのところご無沙汰していた都電で早稲田へ。まともな路面電車に乗るのは昨年夏の西鉄北九州市内線以来なので、ここでしっかり鉄分を補給しておくことにします(^^;。

早稲田で1局預けた後新宿へ向い、買い物をして帰宅の途へ着きました。

【今回の収穫】
 乗りつぶし :京成千原線、北総・公団線、東武亀戸線&大師線
 郵便局   :足立区内と新宿区内で各1局

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