1998年の"るろう"

2005年8月28日

今年最後のオフは鉄分補給の旅?

1998年12月20日、FTABIの今年最後のオフ「忘年オフ」へ参加しました。今回は久しぶりに一参加者としての参加となりました(^^;。

朝はバスで東京駅に。ホームに着くとすでに参加者のご夫婦がおいでになられていてビックリしました(予定より早い電車に乗れてしまったとのことでした)。
その後遠く福岡からおいでになられた方、初参加の方、そしてご存じSYSOPなど、延べ10人が集合。しかし遅延の告知を受けていた1名に加えてもう1人発車時刻になっても姿が見えず、仕方なしに先行することに。
船橋で1人増員となり、その後千葉駅の乗り換えの時点で遅延の2人が無事合流となりました(^^)。これで八日市場経由銚子行き電車はぐっとにぎやかになります(^^)。

延々乗り続けること約2時間、銚子駅に到着。さらに1人合流し、昼の部参加者は全員揃いました(^o^)。
ここからは味のあるローカル私鉄として有名な銚子電鉄に乗り換え。一日乗車券「弧廻手形」を購入して各自電車へ乗り込みます。成田経由の電車の接続待ちをした後出発。ツリカケの響きが腹の底にまで染み渡っていきます(^-^)。

銚子電鉄800型
銚子電鉄の電車(銚子駅にて撮影)

途中の本銚子(もとちょうし)駅で下車し、まずはお昼ご飯を食べに港近くの「礁」というお店に行きます。もちろん目当ては新鮮なお魚料理です。
テーブルごとに注文し、ビールとお茶?!で乾杯。そして恒例の自己紹介をして盛り上がります(^^)。そのうちに食事が運ばれてきて、それぞれ新鮮な刺身を堪能します。

食事後はヤマサ醤油の工場へ行きます。先ほど降りた本銚子駅から仲の町駅まで戻り、巨大な工場へと入っていきます。しかし悲しいかな今日は日曜日。残念ながら工場自体は見ることができず、ビデオでの解説にとどまりました(/_;)。

ヤマサ醤油で使われていたディーゼル機関車
ヤマサ醤油で使われていたディーゼル機関車

見学後の残りわずかの時間で外川へと向かいます。しかし、目の前で外川行き電車を逃すという事態に見舞われ、地図を確認の上次の観音駅まで徒歩で進みます。

銚子電鉄デキ3型
銚子電鉄名物のデキ3型電気機関車(仲ノ町駅にて)

観音駅には銚子電鉄名物のたい焼きがあり、もちろん私たちもその行列に並ぶことになりました。しかし運が悪いことに電車の時間に間に合わなくなってしまい、最終的にはSYSOPの交渉で折り返しの電車で回収することで決着が付き、一行は再び電車に乗り込みます。SYSOPといろいろ検討をした結果、当初の予定に入っていた犬吠埼は無理と判断、結局外川からとんぼ返りということになりました(;_;)。

ガタゴトと揺られること10分強で終点の外川に到着。電車の前で記念撮影をして折り返しまで休憩をします。
そして6分程して折り返し銚子行きは出発。ちょうど観光客が帰る時間のようで、犬吠からもほどほどの乗客がありました。座席もさらりと埋まったまま電車は先ほどの観音駅に到着。するとたい焼き屋のおばちゃんが袋を持って待っていてくれました(^^)。引換券と交換し、無事に名物のたい焼きを手に入れました\(^o^)/。

無事銚子駅に帰り着き、ここで3名途中離脱の人がいるため先ほどのたい焼きの配布を行います。あんこも衣もたっぷりで歓喜の声が挙がりました(^^)。また参加者の方が持ってきたカレンダーの抽選会も実施してしまいました(^^;。

時間になり、成田経由千葉行きの電車は出発。帰りの電車は疲れた人も多いようで、ところどころでうとうとする姿が。私も途中何度か睡魔に襲われて一息つきました…。

そして千葉からは総武快速に乗り換え、一路東京へ。途中船橋で1名離脱し、残りの面々はそのまま2次会へと向かいます。

東京駅と有楽町駅で夜の部参加者の方と合流し、裏通りにある「ゆのじ」という居酒屋へ。なんと入口が銭湯のようになっていて、内装もタイルや壁画を使ったりしてお風呂やさんのような作りでなかなか面白いです。再びビールで乾杯、オーダーストップまで食べ物やアルコールを楽しみつつ、語り合いました(^^)。また途中でカレンダー抽選会があり、運良く私が頂くことができました(^^)。

#カレンダー、ありがとうございましたm(__)m>Kさん。

2次会終了後は流れ解散となり、山手線&バスで自宅へと戻り無事楽しい1日を終了しました(^^)。参加された皆さん、本当にお疲れさまでした。そして良いお年を…(^^)/。

【今回の収穫】
 乗りつぶし :JR成田線 全線完乗\(^o^)/
 珍しいもの :なぜか瓶入り!?「ドクターペッパー」
 おいしいもの:刺身、銚子電鉄観音駅のたい焼き、ヤマサ醤油の工場で頂いた醤油(^^;

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2005年8月25日

初めてのお泊まりオフはハプニングだらけ

1998年10月23日~26日にかけて、FTABIの公式オフへ参加しました。今回は初めてのお泊まりオフということなので、いつもの日帰りオフとは異なった楽しみが待っていました。しかも旅は最初から最後までハプニング満載というおまけ付きで、素晴らしい景色と共に一生心に残るものとなりました(^^)。

23日、出発の日は会社は休暇として準備の時間に充てました。インプレッサにガソリン給油と洗車をして、近くのオートバックスでカーナビ用の分配ソケットを購入しました。そして家に帰り着き、駐車場でソケットの取り付けを行っていると同行者から電話があり、何と乗船予定のフェリーが荒天のために那智勝浦無寄港という情報を教えてくれました。これはまずいということで、慌ててフェリー会社に電話し問いただすと「9割方寄港せず」との返事が。キャンセルの手続きをしてもらい、予定を繰り上げすぐ出発となりました。

横浜青葉ICから東名に乗り、一路名古屋を目指します。途中のSAで適度に休憩をとり、また運転も交代しながら先に進んで行きます。
途中浜松で同行者の実家(浜松市内)に立ち寄った後、再び東名に。途中友人からの電話に加え、何とSYSOPからも迎撃の電話がありました(^-^;。この時点でなんと伊勢にいたとのことでした。

#ちなみにこの時日本シリーズがあったことをすっかり忘れていました(爆)。

名古屋からは東名阪道に乗り南下します。名古屋市内を抜ける頃から雨が激しくなり、道路上には水煙が発つほどの状態になりました。いつもよりスピードを抑えてさらに進み、伊勢道へ。そして何とか当日中に松阪へ到着。国道沿いにあったビジネスホテルへ駆け込んで休息をとります。

翌朝は5時半に宿を発ち、国道42号をひたすら南下します。ワインディングも多いものの、道は比較的良く整備されており、さすがは2ケタ国道と感心してしまいます。ここでも途中の道の駅などで一服しつつ、慌てず先へ進みます。
何とかフェリー利用の場合と同じ時間で紀伊勝浦駅に到着。SYSOPからの指令を受けているため、昼食の候補となるお店の探して時間をつぶします。

集合時間になると参加者の皆さんの姿が現れました。先程のチェックしたお店で新鮮な魚料理を堪能します。テーブルによってはメインのマグロ丼だけでなくビールやサザエ、アサリなどを食べていたようです(^^)。

食事後はバスで那智大社へ。ここでまたメンバーが追加となります。窓口でSYSOPが団体券の交渉をしたところ、何と臨時バスを出してくれると言う有り難いハプニングが(^^)。定期便の後を追うようにして私たちの「貸切」バスは発車します。

途中の那智駅前で定期便を追い抜き(爆)、予定よりも早く那智大社の入口に到着。ここからは歩きで那智大社を目指します。

きつい階段を上り詰めるとなかなか荘厳な神社にたどり着きました。お参りを済ませて一服。天気が良くないものの、遠くには太平洋も見える眺めの良さに感激します(^^)。続いてお隣の青岸渡寺に参拝。ここのご本尊は座像ですが、ちょっと面白い姿勢なのがご愛敬。もちろん御朱印を頂きました。

続いて那智の滝を目指します。長い下り坂を延々と下り、バス停の横を通り抜けて更に石段を下っていきます。さすがに滝のそばは涼しく、拝観料?を払って滝壺そばに行くとかなりの水しぶきが(x_x)。夏場ならば抜群かもしれませんね。

再び石段と坂道を上り、熊野古道入り口へ。前日の雨のせいで足場がかなり悪いため、一部の人はリタイアしてバス道を下っていきました。
残った面々は滑って転びながら何とかけが人を出すことなく中間地点までたどり着きました。さすがに大半の人はここでリタイアとなり、5人ほどの人が更にチャレンジすることとなりました。(私もここで挫折しました)
バス道を下っていくと途中で熊野古道のチャレンジャーから電話が。何とあっさり下れてしまったとのことですでにバス停へ到着していました。そして私たちも数分遅れでバス停到着。予定のバスに無事間に合うことが出来ました。
再び紀伊勝浦駅に戻り、いよいよ今夜の宿「国民宿舎 白鯨」へ向かいます。参加者の車に分乗し、それぞれ宿へ入ります。

建て直して間もないと思われる国民宿舎では蒼々とお風呂を楽しむ面々、部屋でおくつろぎモードに入る人など、夕食までのひとときを楽しみます。
お楽しみの夕食はなんと鯨料理(*^^*)。小学校の給食で食べた「鯨の竜田揚げ」以来久しぶりの鯨で大変感激しました\(^o^)/。
夕食後は大部屋で宴会。ベイスターズファンの方がもって来た「横浜の大魔神」というお酒を試してみたり、日本シリーズ観戦をしたり、いろいろ語り合ったりと修学旅行ばりの大盛り上がりになり、その夜は更けていきました…。


翌24日は晴天に恵まれました。朝食後に出発して紀伊勝浦駅で今日から参加する人を拾い、一路瀞峡へ。駐車場に車をおいてウォータージェットに乗り込みます。
暫く急流を遡っていくとなかなか味のある雰囲気の渓谷へと入っていきました。青空に映える巨大な石がそれぞれに味を出していて、わずか数十分ほどではありましたが十分堪能できました(^^)。
その後船は途中で休憩を挟み(何と川の中州に仮設の軽食コーナーがある!)再び急流を下り、小川口で下船。徒歩にて湯の口温泉に向かいます。

温泉につくと目の前に坑内電車の駅が現れました。明らかに年代物とわかる蓄電池式電気機関車と小さな客車で、思わず舞い上がってしまいます(^^;。
SYSOPが交渉をしたところ、臨時に列車を出してくれることになり早速乗り込みます。列車は駅を出るといきなり長いトンネルに入り、ほとんど終点までの間暗闇の中を走り続けました。
終点に着くと目の前に木造のかわいらしい建物があり、看板を見てそれが温泉であることに気づく。ここで参加者の一人が帰京するため折り返しの臨時列車で戻ることになりましたが、なんと運転士のおじさんの粋な計らいで運転席に乗って戻るといううらやましいハプニングが起きました(^^)。

お見送り後に昼食をとり、早速温泉へ。ここには露天風呂もあり、当然の事ながらそちらへ入ります。外の気温もほどよく、ぬるいお湯にゆっくり浸かりながら疲れを癒しました(^-^)。
折り返しの列車の時間にあわせお風呂から出て、再びウォータージェットの乗り場へ戻ります。

河原の乗船場でのんびりひなたぼっこをしているうちに乗船予定の船が登場。乗客の羨望のまなざし?をうけながら乗り込みます。
再び志古の乗船場に戻り着き、ここにてオフの解散となりました。その後新宮駅へ参加者の皆さんを送り、私と同行者は再び東京を目指して走り出します。

途中道の駅でお土産を買ったり、休憩をしつつ進むうち、途中でSYSOPの車を目撃。同乗していた参加者の方からの電話があり、その後松阪市内で夕食をとることに。新宮当たりでかなり時間差が生じたのでもう会えないかと思っていただけにこれまたびっくりです(^^)。

夕食後、再び伊勢道、東名阪、名高、東名と乗り継ぎ、2人で壊れてテンションを上げながら眠りこけることなく、早朝3時半に東京へと戻ってきました。

とにかくいろいろ盛りだくさんだった公式オフ、また次の機会にもぜひ参加したいと思います(^^)。
参加された皆さん、いろいろお世話になりましたm(__)m。

【今回の収穫】
 珍しいもの  :湯の口温泉のトロッコ←運転してみたかったなぁ(爆)
          那智大社に行くときに乗った臨時バス(爆)←10数年ものの三菱車で喜び倍増
          無理矢理止めた瀞峡のウォータージェット←乗客の羨望のまなざしが…
 初めての道路:焼津以西の東名、東名阪、伊勢道、国道42号線
 入った温泉  :太地温泉、湯の口温泉
 御朱印    :熊野那智大社、青岸渡寺、那智の滝
 おいしいもの :紀伊勝浦のマグロ丼、鯨料理、きじ丼、那智黒飴、柿の葉ずし

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2005年8月24日

ついにJR九州制覇!!

1998年9月10日~15日にかけてちょっと遅めの夏休みを頂き、九州へと出かけてきました。今回の旅では初のJR1社の完乗という大変なタイトルがかかっているため、計画もかなり入念に行われ、現地では「タイムアタック」が登場するなど、かなり苦戦を強いられましたが、1998年9月15日 筑豊本線6542Dに乗車、10時59分若松駅に到着し、無事JR九州全線完乗を達成しました\(^o^)/。

今回久しぶりに写真を撮りましたので、報告がてら紹介したいと思います(^^)。

tsubame
JR九州ご自慢のつばめ型電車です。今回の旅ではまず初日の夜に「ドリームつばめ」(何とグリーン車に乗りました)、そして3日目の「にちりんシーガイヤ」と2回乗車できました。
「にちりんシーガイヤ」ではビュフェを利用し、なかなかおいしいチーズケーキとコーヒーを味わい至福の時を過ごすことが出来ました(^^)v。
今度九州へ来るときには「つばめ」のグリーン車にチャレンジ、というところでしょうか。

moji-kou
門司港駅の駅舎です。以前から評判は聞いていましたが、噂以上の重厚な作りで記念物の指定を受けたのも頷けます。
門司港駅界隈は結構このような洋館が多いとのことで、時間があれば散歩をしたかったというのが本音のところですが、今回の旅は「乗りつぶし」がメインでこの先があったので涙を呑んで諦めました(T^T)。

yoake
某乗り継ぎの始発駅、夜明の駅名表です。最近あまり見かけなくなってきた木製だったので思わず一枚撮りました(これは本音ぢゃないのでは?<私)
周囲の風景は至ってのどかで、時々田圃から鳥避けの空砲が聞こえる以外は至って静かでした。ホームのベンチに座ってのんびり風景を眺めていると日頃のイヤなことを忘れることができます(^^)v。

dc52
私の大好きなディーゼルカーの一つ、キハ20の兄弟にあたるキハ52です。これは以前南九州で走っていると言う噂を聞いたので、今回北九州で乗ることができて驚くばかりです。
この車両の後がまとして製造されたキハ40とは違って、いかにも"昔のDC"という雰囲気が漂っています。
さて、今度はいつどこでこの車両の姿を見ることが出来るでしょうか?

wakamatsu
これが私のJR九州線完乗の地、筑豊本線若松駅です。いわゆる"本線"の起点にしてはちょっと小振りな駅で、反対側の原田とともに「あれぇ?」という印象を受けました。
何はともあれ、この駅私にとっては忘れられない駅の一つとして心に残っていくことでしょう(^^)。

【今回の収穫】
 乗りつぶし完了路線:JR九州全線、西鉄全線、筑豊電鉄、甘木鉄道
 預けた局数     :吉松局、都城北原町局、伊万里局、基山局、原田局の計5局
 食べた豚骨ラーメン:佐賀市内で1杯、基山町で1杯、福岡の長浜で1杯(替え玉1)、博多駅そばで1杯

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2005年8月23日

身延線・小海線・碓氷峠

1998年7月20日、青春18きっぷで東京近郊の乗り歩きに行ってきました。

今回は特急用車両が充てられる乗り得鈍行として知られる323Mで品川から出発。乗り慣れてしまっている東海道本線で西へ向かう。横浜~小田原で混雑したものの、あとの区間では空席がぽちぽち現れる程度の乗車率。今後も利用する機会が増えるかも。

富士で身延線に乗り換え。以前この路線に乗ったのは1982年頃で、まだ旧型国電がぞろぞろと走っていた時代。しかも平坦な区間(富士~西富士宮)しか乗っていないので、本格的に乗るのは実質今回が初めてとなる。
うっすら記憶に残っている西富士宮まではあまり変化の無い車窓だが、西富士宮を出ると長い急勾配となり、気が付けば富士宮市街が車窓に見えてきた。高度を稼ぐため、身延線は大きなカーブを描いていることがわかる。

その後は時折富士川の姿を見つつ山間部をのんびりと走っていく。身延では長時間停車となり、ホームで一服。この時間が鈍行での旅の醍醐味である(^^)。
再び山間部を走っていき、視界が開け始めるといよいよ甲府到着。ホームで立ち食いそばを発見したので早めの昼食にする。

今度は中央本線で小淵沢へ向かう。ここも事あるごとに乗っているためあまり珍しいという感じはしない。

小淵沢に着くと小海線の列車も同時に到着したため、中央本線へ乗り換える乗客と小海線へ乗り換える乗客とで跨線橋は大渋滞になり身動きがとれない。やっとの思いで小海線に乗り込むと席はしっかりと埋まっている。やはりシーズン中なので仕方ない。
そして時間になり、小諸行きの列車はゆっくりとホームを離れた。かつての旧式のディーゼルカーならば唸るばかりでスピードが上がらないような勾配も新型のディーゼルカーでは比較的余裕を持って登っていく。この車両は窓が開かないことを除けば最近のJRのディーゼルカーの中では良い車であると思う。特に小海線という、外の空気をも楽しみたい路線において窓が開かないというのは大きなマイナスポイントではないだろうか。
その後甲斐小泉、清里と客を減らして行き、席を確保できる状態になった。鉄道最高地点もかつての苦しみながら通過して行く姿からは考えらられないような状態で駆け抜けていく。
野辺山を過ぎると更に客は減るが、席はほとんど埋まった状態のまま先へ進んで行く。駅間も東京近郊の私鉄並の短いものとなり、乗客は細かく入れ替わっていく。
その後中込で1両増結されても混雑状況はほとんど変わらず、個人的には安心する。佐久平でまた客を増やし、いよいよ小諸に到着。車窓は比較的に変化に富んでいたお陰で2時間退屈せず楽しむことが出来た(^^)。

ここからしなの鉄道に乗り換え、軽井沢へ向かう。ここも乗車率は良く、果たして第3セクターにして良かったのか疑問が出るような感じである。車両は毎度お馴染みの近郊型電車である。

ほぼ1年ぶりとなる軽井沢に到着して、ここから碓氷峠代行バスで横川へ向かう。すでにバスは入線しており、驚いたことにほぼ満席で続行便も出る模様。とりあえず先発するバスに乗り込む。
発車時間5分前に満席になったため発車となるが、ここで「渋滞回避のため旧道経由で運転」するとの放送が入り、思わず舞い上がる(^^;。当然の事ながら途中で見かける信越線の遺構を眺め、昨年の夏の日を思い出す。改めて廃止されたことが悔しくなり、またバスのこの混雑を考えるとあまりに容易に路線を切ってしまったと思う。叶わぬ願いかも知れないが、再びこの区間に列車が走ることを望むばかりである。

約40分ほどで横川に到着。大好きな「峠の釜飯」を買い、高崎行きへ乗り込む。駅の軽井沢寄りには強固な車止めが置かれており、もう復活はあり得ないのかな…という印象を受ける。1年前には「峠のシェルパ」EF63の勇ましき姿もあったのだが、今はそれすら想像できないくらい静かな駅構内。ホームでじっと立っているうちにだんだん悲しくなってきたので電車が入線すると同時に乗り込むことにする。

ここからはひたすらロングシートの車両が続き、せっかくの釜飯も食べにくい状態が続く。しかしいつまでも待っていても仕方ないので適当なところで食す。
そして19時13分、無事上野に到着。これで今回の旅はお開きとなった。

【今回の収穫】
  乗りつぶし完了路線:身延線、小海線、碓氷峠代行バス
  初乗り路線     :しなの鉄道(軽井沢~小諸)

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